ライディング!
夜中に響き渡る、一台のバイクから発せられるエンジン音。近所迷惑など気にもせず、排気ガスをそこら中にまき散らし、住宅街を激走していた。
「ひゃっはぁああああ! 最高だぜぇえええ!」
少年は少しばかり有頂天になっているらしい。時々左右にぶれる荒い運転であり、たまに歩行者にぶつかりそうになる程だった。スピードも法定速度をぶっちぎりで破っており、本来ならば道交法違反で警察に捕まってもよさそうだが、この辺りを管轄する交番は少し遠い位置にある為、それをいいことに、少年はこうして我が物顔でドライブを満喫しているのであった。
そうしていると、後ろの方からもう一台のバイクのエンジン音が響いてきた。少年は構わずスピードを上げて滑走する。そんな少年の背中に。
「そこを走る青少年! 私と勝負しないかい?」
声が飛び込んできた。声からして女性なのは間違いなかった。それも、二十代前半の女性のものだ。少年はその声を聞いて一度は無視して走り去ってしまおうかと考えてみたが、『勝負』というフレーズに誘われて、徐々にスピードを落としていった。やがてバイクは止まり、少年はそこで初めて声をかけてきた主の顔を確認することが出来た。
夜中であることと、ヘルメットを被っていることから、顔を確認することは難しかったが、身体つきを見るに女性であることは間違いなかった。全身を黒いライダースーツで覆っているその女性は、少年の横に停車すると、ヘルメットを外す。その口には、何故かせんべいが咥えられていた。
「……何故にせんべい?」
「口が寂しくてね。こうして何かを咥えていないと落ち着かないんだよ。それに、せんべいはちょっとした思い入れがあってね」
バリッと音を鳴らし、女性はせんべいを齧る。少年の耳にも、ボリボリというある意味心地よいとも言える音が聞こえてきた。
女性は少年の乗るバイクを眺め、その後で笑みを浮かばせながら少年にこう提案した。
「この夜の街を激走するのは気持ちいいだろう。私も若い頃はこうしてよくバイクで走っていたっけ。そこで、ちょっとお姉さんとこの街を競争してみないかい?」
女性のこんな提案に対して、少年が反対するわけがなかった。ただ一人で街の中を走るのもよかったが、こうして刺激的なレースを繰り広げられるのは、願ったり叶ったりな展開であった。だから少年は。
「いいぜ! ならゴールはあの橋にしようぜ!」
そう言って少年はある方向を指さす。いくつもの家々を通り過ぎた先に、ここからだと小さくしか見えないが、確かに橋らしきものが架けられているのが見えた。
女性は首を縦に頷かせ、その後でヘルメットを装着する。そして止めていたバイクのエンジンを動かし始める。少年も準備をする。そうして二台のバイクがやかましくエンジン音を鳴らし始め、
「よーい、ドン!」
女性の声と共に、夜の街を二台のバイクが走り始めた。互いの実力はほぼ互角。一進一退の攻防を繰り広げる。
「ちっ! なかなかやるじゃねえか!」
「君もね、青少年!」
女性は楽しんでいた。そして少年もまた、このレースを堪能していた。ギリギリの駆け引き、限界への挑戦。
それらがすべてこの場に現れているのだ。当然、楽しくないはずがない。
次第に橋も見えてきた。互いの全力をかけ、最後の激走を繰り広げる。
「これで、最後よ!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そして、雌雄は決された。
「……私の勝ちね、青少年」
最後の最後で勝ちを得たのは、女性の方だった。ここまでほぼ互角の戦いを繰り広げてきた彼らだったが、最後に女性がスピードをさらに上げ、少年を追い抜いたのだ。
だからと言って、少年は不満そうな表情を浮かべることはなかった。むしろ、その顔は満足気だった。
「ふぅ! 最高のレースだったぜ! ありがとうな!」
「ええ、どう致しまして」
ヘルメットを脱ぎ去り、ポケットからせんべいを取り出し、バリッと齧る。そして女性は、少年に告げる。
「そしてさようなら、青少年。成仏なさい」
その言葉を聞くと共に、バイクに乗った少年の姿が、その場から消え去る。女性は、その様子を最後まで見送ると。
「さて、これにて解決。帰って濡れせんべいでも食べるか」
せんべいのカケラを最後まで食べつくすと、その場から走り去っていったのだった。
街中に響き渡っていたバイクのエンジン音は、やがて聞こえなくなった。
了
三題噺「バイク」「幽霊」「せんべい」を私が消化するとこうなりました(笑)
今回は完全にギャグです、はい。
最後何気にいい感じで終わらせてますけど、ギャグです(笑)
ノリで書きましたね、今回は。
……以上です!(他に何かないのかよw