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物語の糖度  作者: 森野
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 どうやら僕は、ドMのようだった。こんな修羅場にいてさえも、楽しいと思えるのだから。いや、感覚が麻痺しているだけかもしれないな。

「お弁当作ってきたの。一緒に食べましょう」

 先輩の手には可愛い包みのお弁当箱が、2つ。

「雪村先輩の手作りですか!? いただきます!!」

 1度も僕に向けられたことのない太陽のような笑顔で、先輩を出迎える僕の幼馴染。藤野はるか、17歳。去年のクリスマスに、僕は彼女にそれはもうあっさりと振られている。無残な記憶だ。

「残念だけど、貴女の分はないわ。これは私と隆文の分だもの」

 そんなダイヤモンドよりも希少な笑顔に、凍てつくような息を吹きかける先輩。凄まじい温度差だ。これは間違いなく台風ができるな。

 そして、愛する先輩に無下にされた藤野の怒りと悲しみは、当然のように僕に向けられた。

「あたしのメロンパンあげるから、先輩のお弁当と交換してよ。てゆーかなんであんたが先輩にお弁当とか作らせてんのよ! 信じらんない!」

「いや、そんなこと言われてもだな……」

 普段ならば喜んでメロンパンと弁当を交換してやる、奴隷根性まるだしの僕ではあったが、さすがに先輩の目の前でそれが出来るほど外道ではなかった。いや、例え先輩がいなくても、先輩の手作りのお弁当を誰かにやるなんてことはしませんけどね。

「雪村先輩、お昼一緒に食べましょうよ!」

 藤野は先輩のコールドブレスにもまったく怯まない。メロンパン片手に、先輩へと擦り寄っていく。まるで猫みたいだ。

「ごめんなさい、私はこれから隆文と食べるの。そうね、メロンパンだけじゃ栄養バランスが良くないから、あなたは学食にでも行くといいわ」

「そんな〜! ヒドイですよせーんーぱーいー! わかりましたよ〜コイツいてもいいですから、あたしも一緒に食べさせてくださいよ〜」

「しょうがないわねぇ。でもお弁当はあげないわよ?」

 前述のとおり、僕はこのツンデレ幼馴染が大好きなので、この提案は願ってもないものであった。机を並べ、椅子を持ち寄り、僕らの昼食会は始まった。

 傍から見れば、それは僕のハーレムに見えることだろう。先輩と幼馴染を侍らせて、優雅な食事だ。僕がギャラリーだったなら、間違いなくそう見るだろう。

 しかし、真実は残酷なのだ。ここにあるのは僕のハーレムなどではない。神も目を背けるような見事な三角関係、完璧なトライアングルがここにはあった。それは、2人の女が1人の男を取り合うような、一方通行な三角関係ではない。美しく循環した、黄金比である。つまり、先輩は僕のことが好きで、僕は藤野のことが好きで、藤野は――あろうことか――先輩が好きなのだ。おお、神よ。人の世のなんと残酷なことか!

「はい、あーん」

「何やってんですか、先輩……」

 僕の目の前には、先輩の差し出す鳥のから揚げ。こんな美人の先輩に、こんなにも尽くしてもらって、僕はなんて幸せ者なんだろうか。すぐ横で、藤野がまるで親の敵のように僕を睨んでさえいなければ、僕はそのから揚げを何の躊躇いもなく口にしたに違いない。

「早く食べてあげなさいよ、高瀬くん」

 藤野が僕を苗字で呼ぶときは、とても不機嫌なときだ。おまけに全く抑揚のない声。いっそ殴ってくれたほうが、どれほど楽なことか。

「ほら先輩、人も見てますし……そういうのはちょっと恥ずかしいかなぁ……なんて…………」

「私のから揚げ、おいしくない? 口に合わなかった?」

 頬を引きつらせる僕に、ひどく悲しげに、語りかけてくる先輩。そんな目をしないでください。反則ですよ。

「先輩泣かすんじゃないわよ」

 そう呟く藤野の声には、抑揚が戻っていた。ただしそれは、低く呻くような、そう、人を恫喝するときの声だ。

 そして、僕と藤野のやり取りを、先輩は微笑みながら眺めている。ああ、さっきの儚げな表情は嘘だったんですね。藤野を僕に嗾ける為の演技だったんですね。

 僕は先輩の目論見どおり追い詰められ、そのから揚げを口にした。世に言う間接キスである。しかも藤野の目の前で。いたたまれない。

「先輩〜あたしにもから揚げくださいよ〜」

「ごめんなさい、今のでなくなっちゃったの」

 さらりと嘘を言う先輩。お弁当箱に2つも残ってるの、見えてますよ。先輩、そんなに藤野に食べさせたくないんですか……。

「じゃあ藤野、僕のた…………」

 藤野の輝く瞳、先輩の陰る表情。食べる? と言いかけた僕の口は、時を止めた。そもそも先輩の手作り弁当で藤野の気を引こうという考えが駄目なのだ。なんとも浅はかで、男らしさの欠片もない。

 そうだ。僕のこの溢れんばかりの侠気で、藤野を振り向かせなければ意味がないのだ。

「藤野、明日は僕がから揚げを作ってくるよ」

「いらないわよ、あんたの作ったから揚げなんて」

 侠気終了。

「隆文、ぜひ私に作ってくれ」

「いや……たぶん先輩のこのから揚げの100倍不味いですよ?」

「あんたそんなモンあたしに食べさせる気だったの……?」

「隆文の作るものが不味いはずないじゃないか」

「いや……あの…………」

 そして、昼休みの終わりを告げる鐘が、僕に安寧をもたらした。

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