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魔王のものにはならんので  作者: 遠山京


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1.おまけのポケットティッシュ

「あーー!私の船!」

「お前の船ではない」


眼下。青い海を渡っていく帆船。その遠い姿を見下ろしながら嘆く私。そんな私を、太い腕が抱え直す。己を拘束する憎たらしい腕。振りほどきたい。しかし振りほどけば私の体は遠い海面へ真っ逆さまだ。普通に死ぬ。しがみつくしかない。この不本意な状況に苛立ちがこみあげてきて、拳を握って叩きつけた。


「この極悪非道!駄目魔王!」

「駄目魔王なのは知っている。だからお前が必要なんだろう」


日の光の下でも、その光すら吸収してしまったのかと思うほど黒々とした髪。毛量がやたらと多いその髪はもっさりとしていて、血のように赤い目を半分隠している。しかしそれでも分かるその美貌。通った鼻梁に薄い唇。そして私がどれだけ叩こうがビクともしない厚い胸板。見事なマッチョ。赤い目を除けばただのイケメンだ。ただしその背中には、真っ黒な蝙蝠羽が生えているけれど。


「お前は俺の物だ。離れることは許さない」

「私はあんたのものじゃない!」


何度口にしたか分からない絶叫が、晴れ空に吸い込まれた。





異世界召喚。聖女召喚。巻き込まれ召喚。その手の小説は、男性向け女性向け問わずさんざん読んできた。ベタベタな復讐劇も、世界を巻き込んだ恋物語も、ハーレムだって、フィクションなら楽しい。

王道は好きだ。妄想も好きだ。しかし大抵の人がそうだろうが、本当に自分の身に起きてほしいなんて思っちゃいない。


「おお!召喚は成功だ!」


周囲のざわめき。冷たい床の感触。ゆっくり体を起こせば、そこは五メートル四方に切りそろえられた大理石の上だった。青いインクのようなもので、何か文字が書かれている。その上に、私は寝そべっていたらしい。


「……どういうことだ!?二人いるぞ!?」


そんな声が聞こえて、背後を見てみる。私の後ろでゆっくりと顔を上げたのは、金髪の少女だった。

え、これ本物?思わずそう思った。

さらりと零れ落ちる長い金髪はまるで絹糸のように輝き、アメシストを思わせる瞳は大きく潤んでいる。桜色の唇は、どこのグロスをお使いですか?と聞きたくなるほど艶やかで、顔の造作はもう本当に人形としか思えない、奇跡の配置だ。人形にしたって完成度が高い。

ファンタジー世界でしか見ないような真っ白なドレスを着ている。ドレスとはいってもパーティードレスのようなものではなく、上等な生地をシンプルなシルエットに縫い合わせた代物だ。しかしその飾り気のなさが、素材の良さを際立たせている。


「なんということだ……」


神官たちの愕然とした声が、神殿のような建物内に響く。


「どちらが本物の聖女様なんだ!?」

「よく見ろ!どう見てもあっちだろ!」


思わず怒鳴ってしまった。

悩む余地など無い。クマの浮いた目元に、悩ましい乾燥肌。人生で一度も染めたことの無い、ミディアムロングの黒髪を無造作に一つ結びにして、会社が服装規定なしなのを良いことに選んだ適当な服。そろそろ捨てるべきか三回くらい悩んだことのあるくたびれたカットソーと、ウエストを甘やかすためだけに選んだスウェット生地のワイドパンツ。汚れの目立ちにくさが最大の美点のカーキのスニーカー。

これが聖女だったら、神様嘘だろってなる。


「そ、そうなのか?」

「しかし、ご本人がそう言うのだから」


周囲に集まっている中年、壮年の神官っぽい男性達が慌てている。ああでもよかった、本物の聖女がちゃんと居て。この手の召喚はポンポンやれるもんじゃないはずだ。これで私だけだったら、彼らが泣き崩れてしまうところだった。どんな言葉をかければいいか分からない。


ふぅ、と息を吐いて頭上を見上げる。天井に近い位置にある窓ガラスから柔らかな日差しが祭壇に差し込んでいた。光を直視してめまいを覚え、目頭を押さえる。

……いや待て待て。よかった、じゃない。ナニコレ。現実?

召喚した?聖女を?聖女はあちらのお嬢さん。じゃあ成功。

……私は、何?


「ひとまず、お二人ともこちらへ……」


一番立派な服装をしているおじいさんが、こちらへ歩み寄って来た。しかしその瞬間、けたたましい音が頭上から響く。

飛び散るガラス。容赦なく光量を増す日差し。それを遮るように、黒いシルエットが真上から降りてきた。

……悪魔?

第一印象はそれだ。ぱっと見は人型。だけど黒い蝙蝠羽が生えている。真っ黒な髪に金の縁取りがされた黒い衣装。長い前髪と逆光で目元はよく見えないが、白い牙が見えて、その男が獰猛に笑んでいることだけは分かった。


「これが聖女か?珍しく神が応えたらしいな」


天井の窓ガラスを突き破って乱入してきた男が、そう口にする。神官たちは恐れおののいたようにその場に震えて崩れ落ちた。まさか、敵なのだろうか。私の疑問に答えるように、誰かが『魔王』と叫んだ。

……魔王!?いきなりラスボス!?

祭壇に降り立った男。前髪の下から、わずかに赤い瞳が覗いている。その視線が、私と美少女をからめとった。


「……どっちが聖女だ?」


私は思わず美少女を見る。神官たちの視線も、美少女の方に集中する。それを見て取り、魔王も美少女に向き直った。

その場の全員の視線を集めながら、少女はゆっくり立ち上がる。小柄だ。150cmもないんじゃないだろうか。たぶん180cmは超えるであろう男と並ぶと頼りなさがすごい。間に割って入って守ってあげたくなってしまう。この庇護欲のやり場をどうすればいい。

彼女は男を見上げ、そっと胸の前で手を組んだ。


「………素敵」


彼女の愛らしい唇が紡いだのは、祈りの言葉とか浄化の呪文とかそういうものではなかった。紫の瞳がうっとりを男を見つめている。


「わたくしはキリーと申します。素敵な御方、お名前をお聞かせくださいませ」

「俺は魔王だ」

「魔王様……どうかわたくしを、貴方様のお傍に置いてくださいまし」


聖女、秒で魔王に寝返ったんですが。

私も、周囲の神官も唖然としていた。魔王だけは不審げにキリーちゃんを見下ろしている。細められた赤い目が、今度はこちらを見た。ビクリと体が震える。座り込んだまま、じわじわと後ずさるけれど、男の長い脚が一歩進んできただけで、あっという間に距離を詰められた。


「お前は何だ?」

「……おまけ?ですかね?」


たぶん、ハズレよりのおまけである。ポケットティッシュの方が役に立つ。思わず間抜けな返事をしてしまった私に、魔王は鼻で笑った。


「そうか。おまけなら、ついでに貰っておいてやろう」


しまった。無関係な村人Aとか言っておけばよかった!

しかし悔やんでももう遅い。魔王の腕が、私とキリーちゃんを掴む。あ、待ってお腹を掴まれると……ぐふぅ。

不摂生のツケが己の腹部にのしかかる。なんとか体重を分散するべく、必死に男の黒い衣装にしがみついた。かろうじて体を安定させたところで、耳を撫でる風切り音に気が付いた。

上空には青空。眼下には遠い町並み……が、すごい勢いで遠ざかっていく。声が出なかった。絶景に感動したわけじゃない。そこまで図太くない。私はジェットコースターでも声を上げないタイプだ。怖すぎて声が出なくなるのだ。安全点検されているはずのジェットコースターでそんな有様の人間が、この状況。


……あっという間に気を失った。





斎藤柚葉(ゆずは)、二十三歳。私の生活はと言えば、家と会社の往復が常だった。仕事が忙しかったわけではない。社畜とは無縁だ。むしろ『定時の斎藤』と陰で言われていたのを知っている。お気に入りのあだ名だった。

このこびりついた目のクマは、完全に趣味のせいだ。漫画にラノベにアニメ。世に溢れる無数の創作物を目にしようと思うと、一日二十四時間では到底足りない。

無節操にあさっていたので、召喚ものだって馴染みはある。

しかし、よりによって私。ねぇ、召喚するなら営業の橋本さんにしようよ。絶対その方が面白かったって。


「……橋本さん……」

「誰だ、それは?」


自分の声帯が声を発した感覚で、意識が浮上した。薄暗い。ぼんやりとした明かりが部屋を照らしていることは分かるが、チラチラと揺れている。キャンドルの明かりだ、なんて思いつつ光源を探しながら、誰かによこされた問いに答えた。


「営業の……めっちゃナルシストだけど仕事はできる雰囲気イケメン……たぶん、あっちの方がアニメキャラとしても良い仕事する……」

「何を言っているのかよく分からん。言葉は通じていたはずだが」


光源は、やっぱり蝋燭だった。わぁ、チルい。小さなテーブルの上に置かれた燭台。三本灯された蝋燭。その明かりに照らされながらグラスを傾けているのは……


「魔王」


羽が無い。収納できるのか。便利だな。


「ふむ、言葉は分かるのだな?」

「分かる……」


どうやら私はベッドに寝かされていたらしい。ダブルサイズの大きなベッドだ。隣にはキリーちゃんもいた。見える範囲には怪我も、服に乱れも無いことを確認して、ホッと息をつく。よし。たぶん、美少女無事。キリーちゃん寝顔がマジ天使。

ゆっくりと起き上がり、ベッドから足を下ろした。

寝起きの回らない頭を必死に回す。

相手は魔王。たぶん人間の敵。私達は攫われた。だけど、ベッドに寝かされているし今のところ扱いは悪くない。情報がほしい。どうしたものか。

日本の法律が通用しない相手だ。気に障れば命が危ない。ひとまず恭順を示す?跪けばいいのかな。跪くってどんなんだっけか。


「……何をしている?」

「正座です」


とりあえずお行儀よくしておこう。まずは相手の目的を知らねば。わざわざさらってきたのだ。きっと何かの目的はあるはず。殺されないという安心材料を得たい。


「えっと、魔王様?」

「なんだ?」

「私達をさらった目的を聞いても?」

「気まぐれだ」


ちっとも安心できんやつ……


「わ、私達に何かをさせようとかは……」

「貴様がどう役に立つかを知らん」


それはそう。


「そっちの聖女は豊穣の力を持つという。食糧の役には立つだろう」


魔王の視線がキリーちゃんをとらえた。


「え、話したんですか?」

「飛んでいる間、勝手に色々喋った。お前は眠りこけていたが」

「気を失ったんだよ!」


図太いような言い方をしないでもらいたい。こう見えて繊細なのだ。むしろキリーちゃんの方が存外豪胆だ。空中誘拐中に自分を売り込んでいたとは、侮れない。


「貴様は何ができるんだ?おまけ」

「パソコン仕事なら……得意、なんですけど」


ぐるりと部屋を見回した。パソコンはおろか、電化製品すらありそうにない。現代社会人のスキル、ファンタジー世界では役立たず。


「パソコンとは何だ。道具か?」

「………ここには無いっぽいですね……えーーーっと……」


聖女の力?あるわけない。家事?無理。お惣菜とルンバが大親友。医療知識?漫画の聞きかじりが実践の役に立つわけも無し。

唸るばかりで言葉にならない私を、赤い瞳が冷たく見下ろしている。


「……おまけにもならんか」


ヒュッと息を呑んだ。やばい。殺される。体にグッと力がこもり、全身に熱が溜まった。怖い。どうしよう。何か、何かしなくちゃ。何でもいい。ポケットティッシュくらいは役に立つところを見せないと!

ポフンッ!

何かの空気が抜けるような軽い音がした。私の眼前に現れたそれが、ヘタッと情けない音を立てて膝の上に落ちる。


「何だ?それは」


魔王が立ち上がり、私の目の前までやってきた。私の膝の上の……ポケットティッシュをつまみ上げる。


「……ティッシュです」

「布か?違うな……何に使うものだ?」

「えっと、鼻をかんだり、口を拭いたり?」


残念なものを見る目に戻った。


「これを、作り出すのが貴様のできることか?」

「そうなのかも……」


そうじゃないのかも。

こんな能力を持っているなんて初耳だ。おそらく初めてまともに目にする魔法。しかもたぶん私がやった。なのに感動が薄い。ポケティて。


「……もういい。貴様は、このティッシュとやらを作りながら、その聖女の世話でもしろ」


ポケティ製造係兼、聖女お世話係に任命された。とりあえずは生きられそうで良かったです。部屋を出て行く魔王の背を見送り、大きくため息をついた。





翌朝。重い頭をゆっくりと持ち上げた。なんか久々に長く寝た気がする。この状況なのにこんなに眠るなんて、よほど疲れていたんだろう。

キリーちゃんはまだ眠っている。朝だと思うんだけど、薄暗い。改めて室内を確認してみれば、小さな嵌め殺しの窓が一つしかなかった。あと、小さなテーブルと椅子が一脚。昨夜魔王が飲んでいたお酒とおぼしき液体がグラスに残り、隣のボトルにはなみなみと中身が入っている。しかしそれだけ。水や食事は用意されていない。

扉は重い金属製だった、おそるおそる開けてみたところ、普通に開く。鍵はかかっていないらしい。出ようと思えば出られそうだけど、出ていない。それを理由に殺されてはたまらないからだ。


朝になって誰か来るかと思えば、特に誰も来なかった。昨夜のうちにテストを兼ねて出しておいた枕元のティッシュを手に取り、とりあえず鼻をかむ。

昨夜、魔王が出て行ったあと、私は再度ポケットティッシュの召喚を試した。かなり時間がかかった。

もしかしてあれ一回きりの奇跡?もしくは私の力とかじゃなかった?やばいやっぱり殺されるかも!

とか焦ってたら出た。かなり強く念じない出ないっぽい。

喉が渇いたからお水。と思った時にも、ずいぶん時間をかけてようやく出せた。一応ポケティ以外も出せたことに安堵して、そのまま眠ったんだった。

ティッシュの側に転がしてあったペットボトルを手に取る。水が飲めるありがたみ。しかし、この力は何なんだろうか。聖女召喚に巻き込まれた私への補填だろうか。


「……ここから脱出できる魔法の道具……」

出ない。

「姿を消せる魔法の道具……」

出ない。

「脱出用の装甲車……」

出ない。


補填なら!このへん出させてくださいよ!魔王倒させる気あるのか!無いか!寝返る聖女よこしてるくらいだもんな!人選よ!


「んん……」


一人で悶えている私の背後から、かすかな声が聞こえた。何今の、色っぽい。

長いまつげに縁どられた瞳が、ゆっくりと開かれた。金色の髪が白いシーツに散っている。わずかに寄せられた眉さえも、彼女ならば絵画になってもおかしくないほど美しい。


「……魔王様は……?」

「今はいない、よ……?」

「あなたは……ああ、わたくしと一緒に召喚されたという……」

「あ、名前ね。ユズハです」

「ユズハ」


にこっと微笑んで名前を呼ばれた。心がスゥっと軽くなった気がする。これが聖女の力か。


「ともに、魔王様をお支え致しましょうね」

「……ハハ」


そのつもりはございません。

スゥっと心が重くなった。賛同できないでいると、キリーちゃんは扉の方を見て首を傾げた。


「召使が参りませんわね」


めしつかい!

聞いたところによると、やっぱりキリーちゃんは元の世界でも聖女として何不自由ない生活をしてきた女の子だった。年は十五歳。生まれて間もなく、高い神聖力が発現し、親元を離れ神殿で育てられたのだという。周りには神官やそのほかの聖女見習い、世話をする召使に囲まれて清く正しく育ってきた。

キリーちゃんは稀代の神聖力の持ち主で、少し祈るだけで、悪魔はあっという間にその存在を散らしたらしい。


「わたくしの世界の悪魔は、禍々しく、観るに堪えない異形でした。魔王様のような、麗しい容姿のものなどおりませんでしたわ」

「麗しい……」


確かに美男子ではあったけど。


「神殿には美男子はいなかったの?」

「綺麗な顔立ちの者はおりましたが……あのような……猛々しい表情をなさる方や、岩のような体躯の方は……」

「はぁん」


ワイルド系がいなかったわけか。箱入り娘が悪い男に惹かれちゃうようなやつだ。

つまり……謎が全融解。これ、キリーちゃんと魔王の恋物語系世界だな?そんで私は、そのサポーターポジってことな?おっけー、理解。


「キリーちゃんの髪サラサラだけど、魔王が来る前にちゃんと整えておこうね」

「ええ。お願いしますわ」


この美少女の髪を綺麗にくしけずるためのブラシが必要!って思った瞬間、すごい簡単に出た。あ、これ静電気防止のちょっといいやつだ。前に店頭で手に取ったことがある。結局買ってないけど。


「喉が渇きましたわね」

「お水をどうぞ」


ペットボトルの水もスッと出た。キリーちゃんの為なら物が簡単に出せるの、やっぱりサポートキャラだからかな?


「変わったボトルですわね……コップはありませんの?」

「失礼しました。こちらをどうぞ」


コップも簡単にでる。あ、しまった。百均のやつだ。うちで五年くらい愛用してるのと同じ。まぁいいか。美少女が持てば百均でもブランド物でも変わらんよ。

そう言い聞かせつつ、キリーちゃんの髪を梳かしていると、ドアがおもむろに開かれた。朝日が酷く似合わない男が立っている。


「魔王様!おはようございます」


キリーちゃんの明るい声が響く。大歓迎のテンションだ。私は一歩下がった。二人の逢瀬を邪魔すまい。しかし、魔王の目はキリーちゃんではなくテーブルの上をまじまじと見ていた。


「なんだ、これは」


魔王が手に取ったのはペットボトルだ。あ、そっか、この世界には無いんだ!


「ご、ごめんなさい!ほらあの、バイオマスプラスチックの奴だし!いやかといって海に流していいわけじゃないんだけど、あれ、どうしようこの世界ってゴミ処理どうしてる!?燃やす感じ!?」

「朝からやかましい。訳がわからん。燃やせばいいのか?」


魔王の手から火の手が上がった。手にしたペットボトルがチリチリと縮んでいき……


「……消えた」

「これくらい造作もない」


どこいった?空気中に溶けた?この部屋の空気、今吸って大丈夫?


「それで、これは何だったんだ?貴様が出したのか?」

「いや、そんなことよりキリーちゃんに挨拶返してあげてください」


私の能力に興味を持つより、キリーちゃんを構え。私がずいっとキリーちゃんを強調すると、魔王の視線が彼女に落ちた。


「そうだった、聖女。貴様に用がある」

「はい、魔王様」


挨拶しろって言っただろ。反抗期か。


「作物を実らせることができると言ったな」

「あなた様が望まれるのでしたら」

「やれ」

「仰せのままに」


キリーちゃんがその場に躊躇なく跪いた。手を丁寧に組み、額にそっとつける。温かな風が頬を撫でた気がした。これが本当の聖女の力?


「……今、食糧事情まずいんです、か?」


キリーちゃんの邪魔をしないように、小声で魔王に話しかけてみる。


「まずい、というと?」


返事がもらえるか不安だったか、普通に聞き返された。会話を拒まれはしないらしい。


「いや、なんか今年不作だったとか」

「この地で豊作やら不作やらというのは聞いた記憶が無い」


安定してるんじゃん?


「じゃあ何でですか?」

「金貨が減ってきている。戦準備にも時間はかかるから、念のためだ」

「金貨?」

「金でできている貨幣だ」

「知っとるわ」


思わず素で突っ込んでしまった。


「知っているなら聞くな」

「そこじゃなくて、ですね。不作じゃないなら、どうして時間稼ぎが必要なんですか?例年通り収穫できそうなんでしょ?備蓄が急に減ったんですか?」


しかし、魔王は怪訝な顔をする。


「この地で生産された食糧では、魔族の腹を満たすには足りん。外から買うには金貨がいる」

「え?」


あ、そういうこと?


「食糧、基本的に買ってるんですか?」

「そうだ」

「どこから?」

「人間の商人からだ」


人間から、食糧を買っている魔王。


「え、人間と争ってるんじゃないの?」

「宣戦布告はした」

「したんじゃん!?なんで人間から食糧買わないといけないのに宣戦布告しちゃうの!?」

「金貨が無くなってきたからだ」

「はぁ……?」


息の抜けるような、間抜けな声が漏れた。


「え、まさか……人間から食糧を買うための金貨を、人間から巻き上げようとしてる?」

「金貨だけではない。ついでに食糧などの物資もそのまま調達する」


マジ魔王じゃん。ワンチャン、この魔王はそんなに悪くない説も考えてたのに、普通に横暴じゃん。


「でも普段は買ってるの!?」

「戦は魔族にも被害が出るし、運べる量には限りがある。人間の商人は船で定期的に食糧を運んでくるから便利だ」


当然のことのように、魔王が淡々と語る。

つまり、戦で金貨を巻き上げる。その金貨でしばらくは普通に買い物する。無くなってきたら戦争する……ってこと?


「……そりゃ、聖女呼ぶわ」

「聖女はさすがに厄介だったから、消しに来たんだが」


魔王はキリーちゃんを見下ろして言う。


「有用そうなので使ってやる」

「魔族を滅ぼす力を持ってるんじゃ?」

「持っているようだが、使わんそうだからな」


自己申告を信じちゃうんだ?

案外、甘い魔王なのかもしれない。


「戦争、しょっちゅうしてるんですか?」

「俺の代では今回が初めてだ」


俺の代。そういや魔王って何歳なんだろ。魔族ってことだよね?こういうの、見た目に反して結構長生きしてたりするけど。


「魔王様って何歳ですか?」

「知ってどうする」

「興味本位なんですけど……」

「……生まれてからは二十年経つ」


二十歳!?年下!?魔王君じゃん!

一気に心配になって来た。命を守るためにひとまず恭順を示そうとしたものの、本当にこの魔王の下についてて大丈夫なのか。


「……この国の、食糧自給率ってどれくらいなんですか」

「なんだそれは」


自給率の概念すらない。この国、あかんっぽい。


「それより、貴様の能力について教えろ。あのやたらと薄いガラスは何だ?」

「いやあれはガラスじゃなくてペットボトルっていう……」


説明めんどくせぇな、と思いつつ口を開いたところで、あわただしい足音が近付いてきた。


「魔王様!」


この国にはノックの文化は無いのか。勢いよく扉を開けて飛び込んできたのは、パッと見てわかる、インテリキャラだった。銀色の髪を綺麗になでつけ、アイスブルーの瞳に細身の眼鏡をかけた冷淡そうな美男子。鈍色の軍服のようなものを着ている。その服装には一分の乱れも無い。いかにも真面目っぽい感じ。


「やかましい」

「失礼いたしました。しかし、このヴェンス。火急の報告をしにまいりました。畑の作物が急激に成長しだしたとの報告が、各地より上がっております!」


おお、キリーちゃんの祈りの効果が早くも!?


「成長か。これほど早く効果が出るとは。問題ない。昨日連れてきた聖女の豊穣の力によるものだ」

「なんと、そうでしたか」


今、畑ではニョッキニョッキ植物が伸び続けてるってこと?……え、見たい。


「あの、魔王様……畑に視察とか、行きません?私も見たい」

「効果の確認は後で良い」

「私はここから出ちゃダメですか?」

「出るのは構わんが、後にしろ」


後にしたら、成長過程見れないだろ!


「貴様は他に何が出せる?やってみろ」


なんで興味津々なんだ!いや異世界の物だし仕方ないか!私が魔法に興味津々なのと一緒か!

こうなったら、さっさと何か出すしかない。

魔王の気を引けるもの。魔王の好物ってなんだ。

ふと、テーブルの上に置かれたままの酒と思しきボトルが視界に入った。これだ!

魔王が食いつく、良い酒、良い酒!なんか、テレビとかに出てくるようなヴィンテージの奴とか!急げ急げ!

ぐぐぐっと、力を籠めると、出た。私の目の前に湧き出たボトルが、重力に従って落ちていく。あ、と思う間もなく、魔王の長い腕がそれを掴んだ。魔王様の反射神経すごい。思わず拍手した。


「ナイスキャッチ!それ私の世界のお酒!あげます!」


ヴィンテージのやつじゃなかった。二年くらい前に思い切って買った、スーパーで五千円超したやつだ。個人的には大奮発だった。

……え、なんかスーパーのものしか出てこないとか無いよね?そんなわびしい機能じゃないよね?

とりあえず、これで文句あるまい。


「ヴェンスさん?畑見たいんですけど!」

「何だ貴様は、慣れ慣れしい」

「ごめんなさい!とりあえず畑!こっちですか!?」

「勝手に動くな!魔王様、こいつは何なんです!?」

「おまけです!」

「!?」


魔王の代わりに返事をして、ファンタジー映像を見たい一心で、部屋から飛び出した。廊下は部屋と同じ石造り。小さな明り取りの窓が並ぶ、ゆるやかにカーブした廊下を進むと、外壁が途切れた場所があった。柵の無いバルコニーのようなスペースだ。そこから見える景色は、絶景だった。きっとここは魔王の住む城なのだろう。高い建物だ。周囲は木々に囲まれ、その向こうに城下町が広がっている。さらに遠くには海のような水面のきらめきが見えた。


「すごい……」


後から追いかけてきたヴェンスさんはそのバルコニーから翼を広げて飛び立ち、私を鼻で笑ってから下へ降りて行った。いいな、羽。柵が無いので恐る恐る這いつくばって下を見下ろしてみると、そこには畑があった。思ったより近場にあったな。けれど、ここはどうやら五階くらいの高さがある場所のようだ。階段の上り下りを考えると、一気に熱が冷めた。そんなの、体力がついていかないし、時間がかかる。

じっと畑を見ていると、カボチャのような植物が、うねうねとツルを伸ばし、葉を広げて生い茂っていくところだった。さらにそのツルの先にオレンジ、赤、緑、黄色、色とりどりの花が咲くのを、目を輝かせて見守る。


「すごい……キリーちゃんすごい……!」


まっじでアニメの世界じゃん!


「何してるの?」


不意に、声をかけられた。振り返ってみると、背後に優しげな容貌の青年が立っていた。大学生くらいだろうか。髪の色が白ベースに淡い緑の混ざったお洒落カラーであることを除けば、その辺にいそうな男の子だ。瞳の色も柔らかいブラウンで、私に合わせてしゃがみ込んでくれることといい、魔王やヴェンスさんと違って、全く威圧感が無い。


「僕はセト。初めて見るね」

「私はユズハ」

「ユズハ。君、人間?」

「あ、魔王様……が連れてきた、聖女様のおまけです」

「そうなんだ。何してるの?」

「畑を見てて……」

「……なんか、すごいことになってるね」


ほんわかした子だ。この子も魔族なんだろうか。


「近くで見ないの?」

「見たいんだけど、降りるのが大変そうだから」

「降りる……?ああ、人間は羽がないんだっけ。連れて行ってあげようか?」

「え、できるの?」

「できるよ。人間くらい簡単に運べるよ」


そう言って、セトくんは私を抱え上げた。

……お姫様だっこだと!?


「お、お、重くない!?」

「君くらいならあと十人いても平気」


こともなげに私を抱き上げたまま、セトくんの羽が大きく広がった。魔王は黒、ヴェンスは暗い灰色だった。この子の羽は……真っ白だ。


「綺麗」


ポツリとつぶやく。私の視線が羽にあるのを見て、驚いたように目を丸くした後微笑んだ。


「ありがとう。君の髪も綺麗だよ」

「ええ?」


このずさんな管理で傷みまくった髪が?


「魔王様の色だ」


嬉しそうにそう呟いて、彼はバルコニーから飛び立った。自由落下よりは、幾分か勢いが殺されているのは分かる。分かるけれど、それでもやっぱり内臓が浮くような感覚は怖い。思わずセトくんの肩を掴む手に力が入った。それに気づいた彼の手が、私の背中をポンポンと叩く。


「ついたよ」


畑から五メートルほど離れた場所に、おろされた。先ほど咲き誇っていた花はいつの間にか実に変わり、ムクムクと膨らんでいっている。


「これ、君がやったの?」

「ううん。聖女のキリーちゃん」

「聖女か……」


セトくんはバルコニーの方を見上げた。


「聖女は、魔王様を害さないかな?」

「大丈夫だよ。キリーちゃん魔王様大好きみたいだから」

「君は?」

「え?」

「君は、魔王様が好き?」


その問いに、首をかしげる。


「……まだ、あんまり話してないし。でも……悪い人では無いのかもって思う」


凶暴性や残虐性は、今のところ感じていない。戦争は手段の一つと考えていそうだし。よく分からない存在の私のことも、とりあえず生かしてくれてるし、話もしてくれる。

だけど。


「ちょっと、放っておけない感じはある」


魔王がというよりこの国が。やばそう。


「そう。魔王様のこと、好きになってくれるといいな。そうじゃなかったら、僕がユズハを殺さないといけなくなるかも」


……あ、セトくんもちゃんと魔族だった。

困っちゃうな、みたいな微笑でそんな怖いこと言わないでほしい。


「もし嫌いになっても、魔王様の事害したりはしないから……」

「うん、そうしてくれると嬉しいよ」


そろそろ上に戻りたいと思っても、今更セトくんに頼りにくくて、私はため息をかみ殺しながら踊るカボチャを見守った。





「気は済んだか?」


十五分も経っただろうか。すっかり育ちきったらしいカボチャをあわただしく収穫している人々を見守っていると、いつの間にか背後に魔王がいた。いつから居たんだろうか。


「……お腹が空きました」

「あれを食いたいのか?一つくらいやるが」

「いや、カボチャ丸ごと貰ってもな……」


リンゴみたいに丸かじりできるわけでもなし。


「そうか。人間も飯がいるのだったな」

「そりゃそうですよ。まさかキリーちゃんにもまだあげてないんですか?」

「要求されなかった」

「あの子は大事に育てられてきたお嬢さんですよ!?言わなくても出てくるのが普通なんです!」


なんてこった!私は朝ごはんを抜くことなんてザラだけど、キリーちゃんはたぶんそうじゃないのに!私の力、ご飯も出せるかな?きっと出せる!キリーちゃんのためなら!


「戻ります!」

「どうやってだ」

「え?」

「貴様は飛べぬだろう」


まさか。


「階段とか、無い?」

「我らは飛べる」


部屋に鍵がかかっていないはずだ。どちらにしろ外に出られなかったとは。ちらりとセトくんを見た。魔王がいるせいだろうか。跪いている。そんなセトくんに視線もやらず、仁王立ちしている魔王を見る。

これは、どちらかに頼むしかないのだろうか。


「仕方ない、連れ帰ってやろう」

「セトくん」


魔王の言葉と、私の呼びかけが被った。セトくんが顔をあげて私を見る。怪訝な顔だ。


「なぜこやつだ?」

「いや……えっと。魔王様のお手を煩わせるわけには……?」


セトくんの方が運び方が丁寧だから、という言葉は心の中にしまっておいた。私の建前の言葉に、セトくんが微笑む。どうやら私の言い分がお気に召したらしい。


「そうだね。魔王様。ユズハのことは僕が連れて行きます」

「……」


魔王は眉を寄せて、なんだか奇怪なものを見るような目で、私を抱き上げるセトくんを見ていた。


「御前を失礼します」


バルコニーへ戻してもらう。あっという間だった。階段を上っていたら三分……いや、私なら五分?はかかっただろうに。


「ありがとう」

「ううん。何かあったら声をかけて。魔王様の代わりに話を聞くよ」

「うん」


正直、ちょっと怖い。だけど、魔王様の利になるってことにしておけば、ある程度は融通してくれそうだ。覚えておこう。

部屋に戻ると、ベッドの上でぐったりしているキリーちゃんが目に入った。


「キリーちゃん!」

「ユズハ……」


額には汗が浮いている。慌てて枕元のティッシュでそれを拭ってやった。


「大丈夫?」

「問題ありません。神聖力を放出して疲れただけです。少し休めば落ち着きます」


魔王め……!この状態のキリーちゃんを放置して、あまつさえご飯まで出してないだと!?


「ご飯は?何か食べられそう?」

「そうですわね……食欲はありませんが、食べた方が回復は早いのです」


食べ物、食べ物!今のキリーちゃんならスープとか、あとはサンドイッチとか?どれなら食べられるかわからないし、とりあえず種類がほしい!私もお腹空いてるし!

ギュッと手を組んで祈ると、ベッドの上にドサドサと何かが降って来た。くらりとめまいがして、思わずベッドに突っ伏す。


「ユズハ?どうしましたの?」

「ごめん、大丈夫……」


なんか体から急に力が抜けた。もしかして、この謎の能力も体力を使うのだろうか。

ベッドの上にはサンドイッチ、冷製スープ、おにぎり、肉まん、サラダ……なんかコンビニでお世話になったラインナップが並んでるな。


「何をしている?」


ドアを開けて無遠慮に立ち入って来たのは魔王だ。だるい体をゆっくり起こす。


「魔王様がご飯をくれないので、自分で出してたんです」

「俺は食事をしないからな。失念していた」

「食事をしない?」

「できないわけではないが。魔力さえあれば生きていける」

「じゃあ、あの畑は?」

「魔族は食事をする」

「……あなたは魔族じゃない?」

「魔王は魔王だ」


……なるほど。魔族の中から選ばれた王様を魔王って呼ぶわけじゃなくて、魔王っていう存在は生まれつき特殊な存在らしい。


「あの、人間に友好的な人をお世話係とかにつけてもらえませんか?私はともかく、キリーちゃんはもう少し気にかけてあげてほしいです」

「検討する。それより聖女。お前の力はどれほど継続する?」

「……どれほど、とは?」


体を起こそうとするキリーちゃんを手伝って支える。どう見ても疲れてるんだから、話は後にしてくれたらいいのに。


「あの植物が育つ力は、この後も続くのか」

「いいえ。祈りの力で、その時植えられている作物を成長させただけです」

「ふむ。では必要になれば、またお前の力を借りるとするか」

「はい。何なりと」


キリーちゃんの力は、単発的なものらしい。つまり、土壌を改善してるわけではない。キリーちゃんが祈った時にだけ発生するブースト。食糧自給率改善の主軸にはできないわけだ。


「魔王様。キリーちゃんの力を当てにしすぎるのは良くないと思います」

「分かっている。人間はすぐに死ぬ。だからこそ、金貨を取ってくる必要がある」

「いや、金貨の調達法にしても……」


なんで戦争一択?平和的に何とかできないわけ?

そう思って口を開いた瞬間、轟音と共に扉が勢いよく開かれた。


「ここか!魔王!」


インパクト強めの女性がいた。浅黒い肌に真っ赤な長い髪を振り乱し、露出の高すぎる服からははちきれんばかりの筋肉が覗いている。それでも胸や腰のラインから女性だと分かるけれど、かなり大柄だ。魔王とさほど身長が変わらない。


「いつ戦を始める気だ!いい加減待ちくたびれたぞ!このセレン様の出番をよこせ!力が有り余って、この城を壊しちまうぞ!」

「やってみろ。保護魔法で返り討ちだ。消し炭になりたければ好きにするが良い」


面倒くさそうに、魔王が顔をそむける。セレンさん、声がでかい。


「チッ……なぜ戦を始めるのに時間がかかる?すぐそこの国にでも攻め入ればいい!」

「そうもいかん。人間の商人から、少し待つよう言われている」

「人間なんぞの話を聞く必要はない!」

「奴らが来なくなれば、物資の調達が面倒になる。要求を聞いてやれば、また向こう百年は安定するはずだ」

「あたしが攻め入って、物を奪って来てやるよ!」

「お前は物資ごと全て破壊するだろうが。勝手は許さん。指示があるまで大人しくしていろ」


魔王が手をかざすと、セレンさんの体に黒い縄のようなものが巻き付いた。


「くそっ……魔王め!」


縛り上げられた彼女を部屋の外に放り出した魔王に、私は慌てて声をかける。


「あの、魔王様?」

「なんだ」

「まさか……人間の商人に扇動されて、宣戦布告してます?」

「扇動?金貨が減ってきていることを知った商人が、いつ、どこの国を攻め入るべきか助言をしてくるだけだ。彼らは我が国と取引をしている。我が国とのつながりのため、便宜を図っているらしい」


それを扇動されているって言うのでは。


「その商人って……一人ですか?」

「頭は一人だな。部下は何人か引き連れているが。この国に近づこうとする人間などそう居ない。何代も前からこの国にやって来ている商人の一族だ」


魔王は人間の国から金貨を奪う。その金貨で商人から物資を買い付ける。商人からすれば、競争相手のいない良い取引相手だ。

絶対、戦争も商人にとって都合のいいタイミングと相手を指示されている。

……どう考えても怪しいのに、魔王は全く疑っていないらしい。想像以上にまずい、この国。

まさか、内政チート系漫画の世界だった?誰がそのチートするの?キリーちゃん?世間知らずっぽいあの子にできる?私?嘘でしょ、無理だよ。そんな知識無い。


「話は終わりか?俺はもう行くが」

「……はい、すみませんでした」


声が暗く沈むのを止められない。閉まる扉を見届けて、キリーちゃんに向き直った。


「ユズハ?どうしましたの?」


不安げにこちらを見つめる瞳。頼りなげな女の子の姿に、胸が締め付けられた。


「ごめん、とりあえず……ご飯食べようか」


キリーちゃんは冷製スープとサンドイッチ、残りを私が平らげて一息ついたころ、キリーちゃんが眠たげに目をこすった。眠らせてあげたい。だけど、大事な話をしないといけない。


「……キリーちゃん。たぶんね。この国、かなりやばいよ。生活に必要な物資のほとんどを人間の国に頼ってて、そのために戦争までしかけてる。そのくせ、その戦争自体も、他の人間に操られてやってるっぽいし。いつ滅んでもおかしくないんじゃないかって思う」


声を潜めてそう話す。けれどキリーちゃんはピンとこないようで、首を傾げた。話が見えていないようだ。ストレートに結論を伝えるしかないか。


「一緒に逃げない?幸い、魔王は私達が逃げられないと思って甘く見てるみたいだし……隙を見つけてここを抜け出して……人間の国に行けば、保護してもらえるんじゃないかな」


私の言葉を咀嚼するように、しばらく黙って瞬きをしていたキリーちゃんは、ゆっくり首を振った。


「わたくしは、魔王様のお傍を離れません」

「え……」

「わたくしに政のことは分かりませんが……あの方が、民を思う王であることは、昨日お話した時に理解しました」


私が気を失っていた間の事だろうか。あの魔王に、民を思う心……いや、あるか。あの王は食事をしない。だけど食糧事情を気にしているのは、他の魔族の為だ。


「王同士の想いがぶつかれば、戦となることもあるのでしょう。わたくしは……他の王ではなく、あの方のお傍でこの力を使いたいのです」


そう言って微笑むキリーちゃんの声はしっかりとしていて、迷いが無い。私の声の方が、よほど情けなく震えていた。


「キリーちゃん……」

「ごめんなさい、ユズハ。わたくしは少し眠ります」

「うん……」


そっと目を閉じて、すぐに寝息をたてはじめるキリーちゃんを見つめる。細い手足。何かの拍子に簡単に折れてしまいそうなほどか弱く見えるのに。恋って、そんなに意志を固くするものなのか。

……私はそんな風に腹をくくれない。泥船だと気付いて、そのまま乗って居られるほど、この国にも魔王にも愛着は無い。


緩慢な動作でベッドに上がる。キリーちゃんの邪魔をしないように、端っこで体を丸めた。とりあえず、この体のだるさを何とかしよう。





目を開けた時、部屋の中は薄暗かった。テーブルの上の燭台には新しい蝋燭が立てられて部屋を淡く照らし、私達が食べ散らかした後のごみは片付けられている。水差しのようなものみ見えるし、もしかしたら魔王がちゃんとお世話係をつけてくれたのかもしれない。

だとしたら……もう私がキリーちゃんの側にいる必要はない。

隣を見ると、彼女はまだ眠っている。起こさないようにそっとベッドを降りて、軋むドアをできるだけ音を立てないように開けた。真っ暗な廊下がカーブを描きながら伸びている。少し歩けば、昼間に下を覗き込んだバルコニーにたどり着いた。電気がない街だ。夜空には眩しいほどの星が広がっていた。それでも足元は薄暗く、一歩間違えれば足を踏み外しかねない。

この城に階段は無いらしい。あるのはバルコニー。おそるおそる周囲を見下ろしてみたところ、各階のバルコニーは同じ場所に作られている。梯子をおろせば、一階ずつ降りていくこともできそうだ。バルコニーの淵から下の階のバルコニーを見下ろし、膝をついて手をギュッと握る。

梯子!おねがいします梯子!

……一分くらい祈ってみたけど、出ない。梯子はむり?そういや梯子なんて使ったこと無い。脚立ならあるけど、たぶん高さが足りないし、真下に降りるのは難しい。じゃあロープか!ロープを使って自力で降りるしかないのか。そんなレスキュー隊みたいな動き、私にできるだろうか……


「何をしている?」


背後から突然かけられた声。やましいことをしている自覚はあった。何せ逃げ出そうとしていたのだ。だからこそ、体が大きく跳ねた。


「あっ……」


上半身のバランスを崩した瞬間、体が外へと放り出された。足に力を籠めようとしても、今更体勢を整えるには足りない。

あ、むり。

そう思った瞬間、ぐわっと、お腹に全体重がかかる。口から何か飛び出すかと思った。


「お前は、慌ただしいな。今度は何なんだ」


その声に顔を上げると、魔王の赤い瞳が私を見下ろしていた。また、お腹に腕を回して抱きかかえられているらしい。黒い羽が大きく広げられている。そういやこれ、羽ばたいてるわけでもないけど、どうやって飛んでるんだろうか。いや、そんなことより。


「く、くるし……」

「ん?ああ」


私が思うように声を発せないのを見て取り、魔王の腕が私の体をひょいと回転させる。目を回している間に、いつのまにか横抱きにされていた。セトくんの抱き上げ方を見て学んでくれたんだろうか。だとしたらセトくんありがとう。あれ、そういやセトくん、でいいのかな。


「セトくんって何歳なんだろ……」

「あれはまだ十八だったはずだが、何故急に?」


十八歳。やっぱり若かった!


「それで?そんな呑気な話をしたいのか?逃げようとしていたのでは?」


ズバリ言い当てられて、思わず息を呑む。凍り付いた私を見て、魔王はフンと鼻を鳴らし、意地悪く笑んだ。


「分かりやすいな。しかし、ここを出てどうするつもりだった?」

「……人間の国に、保護を頼もうかと……」

「どうやって向かうつもりだ?」

「え?とりあえず歩いて……どこかで馬車か何かを見つけるとか?」


セオリー通りならそんな感じ。幸い、食べ物とかは自分で出せるし、休む場所さえ何とかなれば……


「そうか、お前は気を失っていたのだったな。見せてやろう」


そう言って、魔王は翼を一度大きく打った。そのはばたき一回で、急速に上空へと昇っていく。口を手でギュッと押さえた。出る。やめて、なんか出る。

上昇が止まった時、私達は空高くにとどまっていた。寒い。なんとか暖を取ろうと、魔王の服を手繰り寄せて少しでも体に近づける。


「おい、引っ張るな」


無視だ、無視。

真下にあるのは、たぶん城だ。石造りの大きな建物。武骨で、何度も増築されたように歪な形をしている。庭らしい庭は無く、空いているスペースは畑になっているらしい。その城の周りを、ぐるりと木々が取り囲む。

そのさらに外周部には街が広がっている。これもまた雑然とした街並みで、飛び地のように畑があるので、機能ごとに地区がわけられたりはしていなさそう。

広い街。確かに広いけれど、そこには端があった。海が見える。海沿いの街であることは知っていた。バルコニーからもうっすら見えていたから。けれど……


「え。まさか……」


ぐるりと首を回してみる。魔王の肩に手を置いてぐっと体を伸ばし、背後も確認。


「し、島国なの!?」

「そうだ。人間の国へ行きたければ、飛ぶか船に乗るかだ」


頭を抱えた。これは無理だ。飛べるはずもない。船は、怪しげな商人くらいしか寄り付いていないらしいし。これまでの感じ、自分の能力で召喚できる気もしない。詰み。


「……魔王様」

「何だ」

「私を、人間の国まで送ってほしいな、とか言ってみたりなんかしたら……」

「断る」

「どうして!?キリーちゃんみたいに豊穣の力とかないし、特に役に立たないおまけなんだから」

「お前の酒はうまかった」


いかに不要な存在であるかを熱く語ろうとしたところで、被せるようにそんなことを言われた。

酒。ワイン!?しまった。好物とか出してあげちゃダメだった!

凍り付く私を見て、魔王の口元が楽し気に笑む。


「人間にくれてやるには惜しい酒係だ」

「変な担当にされた!」


聖女のお世話係がお役御免になったかと思えば、魔王の酒係!


「待って、そういや魔王様食事しないんだよね!?」

「食事はほとんどしないが、酒は好きだ」


数少ない嗜好品にヒットしてしまったらしい。歯噛みする。存在意義をアピールしたかった時なら喜んだだろう。だけど今は……


「………」


強い風に嬲られながら、前を見る。暗い海。波打つ向こうに、陸地がうっすら見える気がした。

人間の国。そこに行けば、元の世界に帰る術も見つかるかもしれないのに。……遠い。どう足掻いても、今の私ではきっと手が届かない。

魔王の肩を掴んでいた手に、ぐっと力を込めた。


「魔王様。あなたの一番の望みを教えてほしい」

「望み?」

「あなたは魔王として、何を望んで動いているのか」


そもそもの戦好きなら、私の手には負えない。だけど、お金が欲しいだけとかなら、まだ私の常識に収まる。

ジッと見つめると、それを見返してくる赤い瞳が細められた。


「俺は魔王だ。為すべきことは一つ。魔族を存続させること」

「魔族の存続……」

「魔王とは、魔族を統べる存在として生まれるもの。魔族を守護し、存続させることこそ、魔王の存在する意味だ」


まるでシステムのような回答だ。それは果たして彼個人の望みと言えるのだろうか。けれど、胸には安堵が広がる。彼の望みがそういうことなら、私にも手伝う余地がある。


「魔王様。戦争はリスクも大きいです。戦争をしなくても良い道を探してみませんか?」

「……何を言っている?」


この国は泥船だ。心中するつもりなどない。けれど私がいつか元の世界に帰るための細い手がかりを見つけるまで、時間稼ぎをしてみせる。


「まずは、国庫の状況を確認させてください!」

ご覧いただきありがとうございます。


今作の主人公は、これまでと少し違う女性にしてみました。メンタルは比較的強め。

恋愛漫画の主人公にも、内政チートの主人公にもなる気のない彼女が、今後魔王とどんな関係を築くのか……

しばらく連載を続ける予定ですので、お時間のある時にまた見守りに来ていただければ幸いです。

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