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今世はもう我慢しません!家を捨てて、精霊たちの森で自由に生きます。  作者: ちょこだいふく


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9.王太子の訪問

王太子アレクシスの訪問は、過剰な装飾を伴わなかった。


形式通りの護衛。

無駄のない動き。

余計な笑みも、威圧もない。


ただ圧倒的合理主義としての存在感、そんな感じだった。


応接間の空気が、わずかに引き締まる。


エドマンドが深く礼をする。


「本日はご足労いただき、誠に光栄に存じます」


アレクシスは軽く頷いた。


「お気になさらず」


声音は穏やかだが、温度はない。


視線がゆっくりと室内を巡る。


まず、リシェルに止まった。


頬の白いガーゼ。


沈黙。


驚きも、同情もない。


ただ確認するような目。


「書簡の内容は事実ですか」


簡潔な問い。


リシェルは背筋を伸ばした。


「はい。私の意思でございます」


「理由は」


「王妃として人前に立つには未熟と判断いたしました。修道院にて己を見つめ直したく存じます」


声は静かで、揺れない。


アレクシスは数秒、彼女を見つめた。


「……そうですか」


それだけだった。


否定も慰めもない。


エドマンドが、様子を窺うように口を開く。


「殿下、傷の件につきまして——」


「問題ありません」


即答だった。


「顔の傷は政治的に不利にはなりません」


淡々と続ける。


「不遇な婚約者を庇護する王太子、という構図も成立しますし、どちらであろうとも世論は操作可能です」


室内の空気が、わずかに重くなる。


それは“優しさ”ではなかった。


ただの戦略。


アレクシスは視線をミネットへ移した。


ミネットは柔らかく微笑み、優雅に一礼する。


「本日はお目にかかれて光栄でございます、殿下」


その声音は澄み、仕草は完璧だった。


アレクシスは一瞬だけ観察するように目を細める。


「礼儀作法は問題ないようですね」


評価。


感情はない。


「外交の席では、愛想は武器になります」


ミネットの頬がわずかに染まる。


だがその言葉に甘さはなかった。


ただの機能確認のようなもの。


再び、アレクシスの視線がリシェルへ戻る。


「あなたの自己評価は正確なようだ。けして判断力は悪くないですね。」


褒めてもいない。


ただの分析。


リシェルは静かに頷いた。


「ありがとうございます」


アレクシスはそれ以上言葉を重ねない。


「婚約の辞退、承認します。」


それで終わりだった。


婚約は、政治的契約。


解消もまた、事務処理の一つ。


エドマンドが安堵と計算を混ぜた表情で頭を下げる。


カサンドラは、わずかに唇を引き結ぶ。


ミネットは視線を伏せ、柔らかく息を吐く。


アレクシスは立ち上がった。


「今後の調整は王家側で進めます」


視線は誰にも長く留まらない。


最後にリシェルを一瞥する。


そこには、特別な意味はない。


「ご健勝を」


儀礼。


それだけ。


彼は振り返らず、応接間を後にした。


扉が閉まる。


静寂が落ちる。


リシェルは、しばらくその場に立っていた。


(……終わった)


王太子は、冷たかった。


だが残酷ではない。


優しくもない。

怒らず、失望もせず、ただ…なんと言うか、世界、という感じだった。


…選ばれるかどうかの世界。


(私は、その世界から降りたのね)


胸に手を当てる。


鼓動は、静かに力強い。


恐れはない。


未練もない。


(あの人に、何も期待していなかったから)


それが、救いだった。


窓の外には、薄い陽光が差し始めている。


政治という冷たい温度の向こうに、


リシェルの選んだ道が、確かに伸びていた。

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