表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今世はもう我慢しません!家を捨てて、精霊たちの森で自由に生きます。  作者: ちょこだいふく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

8.選び取るということ

「……自覚があるのなら、よかろう」


低い声が、静まり返った食堂に落ちた。


エドマンドの声だ。


その言葉は、決して優しくはなかった。

だが怒りもない。


ただの判断だった。


テーブルの上では、まだ温かい紅茶の湯気が揺れている。


ミネットの手が止まり、

カサンドラの視線がゆっくりとリシェルへ向けられていた。


それは──


数秒前、リシェルが告げた言葉への返答だった。


「王太子殿下との婚約を、辞退させていただきたく存じます」


食堂の空気が、あの瞬間、確かに変わった。


ミネットの微笑みが凍りつき、

カサンドラの紅茶の縁がわずかに揺れた。


そして今。


エドマンドは、娘をまっすぐに見つめている。


「……理由は」


問われる声は静かだった。


リシェルは視線を逸らさない。


「この顔では、将来王妃として人前に立つには相応しくございません」


一拍。


「未熟を恥じ、修道院にて己を見つめ直したく存じます」


言葉は自分を下げる形を取っている。


だが選んでいるのは、自分だ。


エドマンドは黙り込んだ。


怒る理由はない。


むしろ──都合がいい。


王妃教育を受けているミネット。

王家との体裁。

そして傷を負った長女。


数瞬の計算のあと、落ちたのが先ほどの言葉だった。


「……自覚があるのなら、よかろう」


静かな承認。


それは拒絶ではない。


止める意思もない。


カサンドラがゆっくりと口を開く。


「もちろんあなたの意思よね?」


探るような視線。


リシェルは瞬きもせずに答えた。


「はい。私の選択でございます」


その声音に、揺れはなかった。


ミネットが椅子から立ち上がる。


「お姉様……そんなにお辛かったのですね」


声は柔らかい。

だがその瞳の奥には、淡い光が宿っていた。


勝利の色。


(そう思っていればいいわ)


リシェルはただ、静かに一礼した。


エドマンドが事務的に告げる。


「王家にはこちらから打診する。修道院の件も手配しよう」


決定はあまりにも淡々としていた。


まるで、最初からそうなる予定だったかのように。


食堂の時間は再び動き出す。


カトラリーの音。

紅茶の香り。


けれど、もう同じ空気ではない。



廊下に出た瞬間、足元が少しだけ揺れた。


(……言えた)


震えていない。


泣いてもいない。


怒鳴られもしなかった。


ただ、受理された。


部屋へ戻ると、背中で扉を閉める。


胸に手を当てると、心臓の鼓動が力強く響いていた。


(……私は、選んだ)


鏡の前に立つ。


白いガーゼが、頬に浮かんでいる。


ゆっくりと息を吸う。


「……わたしは、よくやってる」


今までで一番、はっきりと。


「……ありがとう」


胸の奥がじんと熱を持つ。


その時。


コン、コン。


扉が叩かれた。


「リシェル様。王家より書簡が届いております」


侍従の声。


封を切ると、整った筆跡。


「明日、王太子アレクシス殿下が訪問されます」


(……早いわね)


婚約辞退の件を、本人の前で。


後戻りはできない。


けれど、足は震えなかった。


(大丈夫)


胸の奥の灯が、静かに揺れる。


(私はもう、言える)


窓の外には、重たい雲。


だがその向こうに広がる青空を、

リシェルは確かに想像していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ