表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今世はもう我慢しません!家を捨てて、精霊たちの森で自由に生きます。  作者: ちょこだいふく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

12.ここからは自由に

川の音が遠ざかり、森の匂いが濃くなる。


落ち葉を踏みしめるたび、

“令嬢リシェル”という足跡がゆっくり薄れていくようだった。


(……怖くないわけじゃない。でも、迷いはない)


外套のフードを深くかぶり、薄布で頬を覆う。


やがて空気が変わった。


風が止まったような静寂。

獣ではない、しかし人とも違う気配。


「そこで止まってください」


低い声が、木の陰から静かに届いた。


リシェルは反射的に足を止める。


敵意はない。

けれど、油断はできない。


そしてやがて姿を現したのは、

黒ずんだ茶髪を後ろで束ね、灰色の瞳をした青年だった。


粗末な外套だが、立ち姿には隙がない。

野生と知性がどちらも混ざったような雰囲気。


(…この人が)


「……あなたが、トマスの言っていた“協力してくださる方”ですか?」


青年は短く会釈した。


「ルヴァンだ。トマスさんから話は聞いている」


名乗り方も声も、簡潔だが、慎重で、誠実そうだった。


リシェルは胸の奥の緊張を少し解いた。


「……ありがとうございます。ここまで来てくださって」


「礼はいい。あなたが本当に“来る”かどうか、それだけが問題だったから」


淡々としているのに、どこか優しい。



ルヴァンは周囲を一度見まわす。


「馬車は今頃、川沿いで横転しているはずだ。…馬は逃がした。痕跡は自然に見えるよう調整してある。」


手際が良すぎて、少し怖いほどだ。


(…慣れている。こういう“裏の仕事”に)


だが安心もした。


本当に信頼できる協力者だと分かったから。


「顔を怪我していると聞いているが…具合は?」


「少し痛むけれど…問題ありません」


ルヴァンはわずかに目を細める。


それは“憐れみ”ではなく、傷を確認する職人のような、冷静な目。


「ここから先は、あなたの足跡を完全に消す。…今日からあなたは、お嬢様ではない」


その宣言は重いはずなのに、どこか救いのようにも聞こえた。


リシェルは静かに頷く。


「分かっています。もう戻るつもりはありません」


「…なら、話は早い」


ルヴァンは森の奥を指した。


「安全な隠れ家がある。人は寄りつかない。そこで数日かけて準備をする」


歩き出したルヴァンの足取りは静かで、速さよりも“確実さ”を優先している。


リシェルもその後に続く。


落ち葉が、柔らかく音を返す。


しばらく沈黙が続いたあと


「…トマスは、あなたのことをとても案じていた」


不意に、ルヴァンが口を開いた。


「“あの子は、ずっとひとりで抱え込む癖がある”と」


リシェルは思わずうつむいた。


(…そんなふうに見てくれていたんだ)


少し胸が温かくなる。


「…でも私は、もう、我慢し続けるのを辞めることにしたの。本当に、“誰かの娘”でも“王太子の婚約者”でもない、自分として生きて、死にたいわ」


ルヴァンは横目で彼女を見る。


灰色の目は、驚くほど静かだった。


「…そういうのを“覚悟”と言うんだろうな」


否定もしない。

美化もしない。


ただ事実として受け止める人。


リシェルは少しだけ息を吐いた。


(この人なら……信じてもいい)


やがて、ルヴァンが立ち止まる。


「ここだ」


木々の間、小さな小屋がひっそりと息をしていた。


古びているが、扉はしっかりしている。

煙突は使われた跡があり、生活できるだけの準備が整っている。


(……本当に、すべて整えてくれている)


ルヴァンは扉を開け、言った。


「ここから先は、あなたが選ぶ生き方のための場所だ。どんな名前で、どんな人間として生きるか──すべて自分で決めていい」


胸の奥が、じんと熱くなる。


(……自分で、決めていい)


その言葉をもらえたのは、初めてだった。


リシェルは、小屋の中へ一歩踏み入れた。


その足音は、“令嬢リシェル”としての最後の一歩ではなく、


“自由な人生”へ向けた、最初の足音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ