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白雪姫の家族【第二部】  作者: 和泉将樹
序章 新しい生活

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第131話 雲の上の事情

「春日さん……なんで、ここに?」

「なんでって……白雪ちゃんと同じ央京大情報学部の新入生だからだよ。っていうか……なんで『春日さん』かなぁ。もう同じガッコの学生なんだし、名前で呼んでほしいなぁ」

「え、えっと……」

「ほら、中学以来の同じガッコに通うんだしさ。今更他人行儀もないでしょう?」


 そうは言うが、白雪にとっては少し紛らわしい。

 和樹の妹の名前が『美幸』で、字こそ違うが、『美雪』と音は完全に同じだ。

 さすがに同じ音だと白雪自身が混乱してしまいそうになる。


「そ、それじゃあ……えっと……みゆ……さん?」

「お? いきなりそう略してくれる? 嬉しいなぁ」

「あ、えと、その。知り合いに字は違うのですが『みゆき』さんがほかにいるので……」

「あ、なるほどー。それは確かに。じゃ、今後はみゆちゃんで」

「……みゆさんで」


 さすがにちゃん付けは白雪的には恥ずかしい。

 子供の頃であればそう呼び合う友人がいた記憶はあるが、さすがにこの年齢でそれはない。ずっとそう呼び合っていたならともかく。

 美雪は「まあいっかー」と言いながら白雪を伴って席に座った。

 なお、周りの学生はどういう関係なのだろうと不思議そうに見ている。


 客観的に見ても、白雪自身はもちろん、美雪も非常に容姿は整っているといえる。

 むしろ、白雪に致命的に足りていない女性らしい丸みという点では、比較にならないともいえた。

 今日のようなスーツでもその差は明らかだ。


「あの、でもみゆさんはなぜこちらに? というか……斎宮院さんもですが」

「ん。どちらかというとたか君がこっちに来るって言ったから、追っかけてきた」

「え? たか、くん?」

「うん。孝之君のこと。昔からそう呼んでるから」


 さすがは許嫁というべきか。

 もっとも、この距離感の近さは美雪だからという気はする。


「斎宮院さんがこちら……というか、なぜこの央京大に?」

「うん。ほら、ここ法学部は有名でしょ? で、絶対ここがいいって言って、親と大喧嘩までしたらしいよ。で、条件が首席合格だったらしいんだけど、やっちゃうのがさすがだよね」


 さすがに唖然とした。

 白雪とは別の意味で、ものすごい方法で自分の道を貫いたらしい。

 まあ確かに、もし首席合格なら認めると言われていたら、白雪も死ぬ気で努力したかもしれないが、《《アレ》》はそんな条件すら出してくれなかっただろう。


「で、孝君がこっちに来るなら同じ学校入っちゃえ、で、私も。うちはあっさり認めてくれたけどね。婚約者追っていくなら認めるっていうか、うちの親は結構フランクだしね」

「そ、そうなんですか……それで情報学部ここに?」

「うん。私は好きだから……なんだけど、白雪ちゃんがいたのはびっくり。受験の時に……どっかにいたってこと?」

「いえ。私は一般推薦でしたので……」

「なるほど。でも、ここに入る前、大変な思いしたんじゃ?」

「え?」


 そこで美雪は白雪に顔を近づけて、声をすぼめた。


「十色家とのいざこざ、実はここ一カ月くらいで色々噂になってるの」


 思わず、寒気がした。


「ごめん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。もう、私は関係ない、ですから」

「まあ……そうみたいね。っと、先生来た。あとでまた、ね」

「あ、はい」


 そういうと、二人はとりあえず入ってきた教員の説明に集中するのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「まさか君が同じ大学になるとはね」


 入学後のオリエンテーションが終わって、昼前。

 和樹と約束した十三時には、まだあと十五分ほどある。


 オリエンテーションが終わった後の予定を美雪に聞かれて、隠すことでもない――すぐわかることだし――ので、情報学部の研究室の人に知り合いがいるから、食事を一緒にする予定だと話したら、やはりというか美雪が一緒にいいかと聞いてきたので、とりあえず和樹に確認したが、別に問題はないとのこと。

 すると美雪は、孝之にも連絡したらしく、待ち合わせ場所で三人が集まった格好である。


「私も、新入生代表挨拶が斎宮院さんだったのは驚きました」

「あれで、変な声出した子がいたからみてみたら、なんか見覚えあったんだよね」


 どうやら美雪にはあの時に気付かれたらしい。

 声は出来るだけ抑えたと思っていたが。


「しかし、君も大変だったようだが……今はどうなってるんだ?」

「そもそもなのですが、いったいどういう話がされているのでしょうか」


 もともと白雪は玖条家をはじめとしたいわゆる名家同士の話は、ほとんど耳にしない。ごくまれに耳にする以外は、それこそ京都の本家に行ったときに紗江から聞くくらいだ。

 その紗江には、あの事件以後に連絡を取ったところ、むしろ玖条家を出ることになったことはよかったと言ってくれた。また、ずっと入院生活だった彼女の親が、ついに三月で退院することになったらしいとは聞いている。

 紗江が今後どうするかは聞いてはいないが、どちらにせよ喜ばしい話だ。


「まあ、十色家の過去の悪行がいろいろ噴出した感じだね」

「過去の悪行?」

「現当主の弟である斉昭なりあき、それから現当主の長男のやすし……は君は思い出したくもないかもだけど、あれが過去にやらかしてたことが、結構広まってね」

「過去にやらかし……?」

「簡単に言うと、女性を手籠めにして、それを家の力でもみ消してたってこと」


 美雪の補足に、白雪は一瞬意味を測りかね――すぐ理解して、唖然とした。


「犯罪じゃないですか」

「そ。なんだけど証拠がない。さらに訴える人がいなかった。要するにもみ消してたみたい。実際ああいう界隈でうまくやってたんだろうけど、それが突然破綻した。きっかけが、白雪ちゃんとの婚約破棄」

「私?」

「本当に唐突に破棄になったからね。あれ、すごいざわついたんだよ」

「そうなんですか?」

「どうやら君は自覚がなかったようだが……」


 孝之が、ややあきれ顔で説明する。

 実は白雪の婚約者については、かなり注目されていたらしい。

 玖条家は貫之の息子が二人いるが、この二人は既婚。

 しかし玖条家と繋がりを持ちたいと思う家は多い。

 白雪と結婚できれば玖条家と繋がりを持つことができるだけに、各家とも実はかなり自分の家の者を婚約者とするための工作はかなり行われていたという。


「それこそ、西恩寺家とかも、かなり乗り気だったはずだよ」

「そう……なんですか」


 あの一連の事件で征人が和樹を手助けしてくれたことは聞いていた。

 彼自身が白雪をどう思っていたのかはわからないが、助けてくれたことには本当に感謝している。


「ところが貫之氏が選んだのは、よくない噂がある十色家。家のことだけ考えたらありとはいえ、結構周囲は意外に思ったし、落胆もしたらしいよ」


 改めて聞くと、少し不思議になる。

 貫之は、少なくともそういう行為は嫌う人間だったという印象だ。

 良くも悪くも、融通が利かない真面目さがあるというか。


「まあ、十色家の噂も、君の婚約破棄の発表がある前までは、そこまでひどくなかった。あの十色泰にしても、ちょっと女遊びが過ぎるという程度……だったんだけど」


 ところが、白雪の婚約破棄の直後から、いわば十色家の悪行がいろいろ噂として出回ったらしい。無論、証拠はない。だが、明らかに十色家を貶める噂で、しかもそれが、十色家は否定していても、相手の家は否定していないらしく、それで噂が真実ではないかと思われているという。

 貫之氏は、その噂を先に知ったから、婚約破棄したのかと思われたらしい。


「白雪ちゃんが《《そういうこと》》になって貫之氏が激怒したんじゃないかとかも言われたんだけど……直後に白雪ちゃんが玖条家とは無関係であるって宣言されちゃってさ。それで、ほんとに勝手な噂がすごいんだよ。正直に言えば、今も」


 白雪は何とも言えない顔になった。

 まさか自分が玖条家から絶縁されたことが、そんなことになってるとは思いもしなかったからだ。


「そういう意味では、大丈夫です。私は全く、あの十色泰には触れられていませんから」


 今にしてみれば、文字通り指一本でも触れられていたら、それだけで気持ち悪さが先に来たかもしれない。

 だが本当に、全く触れられていないのは、とても幸運だったと思う。


「そっかー。でもさ。いったい何があったの? いや、無理に聞こうとは思わないけど……」


 白雪はしばらく考え込んだ。

 少なくとも美雪は、今後も大学で同じ講義を受講することになるだろう。

 今後無関係でいることは出来ない。

 それに、少なくとも誤解された状態であるのは望ましくはない。


 ただ、説明するとなると何から説明すべきか、ということすら悩ましいが。


「白雪。待たせたか? そっちが、さっき話のあった?」


 考え込んでいて、和樹が近づいてきていたのに気づかなかった。

 顔を上げると、いたのは和樹を含めて四人。和樹以外の三人も、見た記憶がある人ばかりだ。

 一人はすぐにわかった。倉持奈津美だ。

 他にもう一人の男性は、見覚えがある。確か学祭の時に会った人だ。

 そしてもう一人、年配の人がいたが、こちらもすぐにわかった。

 推薦入試の際に、白雪の面接を担当した人だ。


「あ、和樹さん。えっと……はい。こちらはその、私の中学の時の同級生だった人です。本当に偶然再会して」

「中学の時? それはすごいな。……って、中学ってことは……」


 さすがに和樹は白雪の中学がどういう場所だったかは知っている。

 当然、《《そっち側》》の人間だというのはすぐわかるだろう。


「おや。そっちの彼は新入生代表を務めた学生ではなかったかな。確か……斎宮院君」

「そうなんですか、教授。そちらの彼も白雪の知り合いか?」

「え、ええ……まあ、そうです」

「それはまたすごい偶然だな。月下君、どうせだから彼らも一緒にどうだ? ここは私が……新入生には奢ろう」


 一部から文句が同時に出てきた。

 さすがに和樹は何も言っていないが。


「えっと……」

「まあせっかくだし。君たちが良ければだが」


 突然話を振られた孝之と美雪は、少し呆気に取られている。


「えと……先ほどの話は、あとで。みゆさんは少なくとも、意義はあるかと思います。あの教授、情報学部の方ですから」

「それは参加しない理由はないね。孝君もいこ?」

「いや、俺は法学部なんだが……」

「気にしない気にしない。こういうのは誘いを断る方が野暮ってものでしょ?」


 相変わらず美雪の勢いに孝之は逆らえないらしい。

 思い返せば、中学の時からそうだったような気がする。

 当時はあまり気にしていなかったが。


 結局三人とも、なし崩し的についていくことになってしまっていた。


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