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嘘つきな君が、最後に僕の手を握り返すまで

作者: たまユウ

テンポ早めです!

 王立学園の卒業パーティー。


 そのクライマックスは、予想通り――いや、僕の記憶通りに、最悪の形で訪れた。


「エリザベート・フォン・ローゼンバーグ!貴様との婚約を、この場で破棄する!」


 第一王子アルフレッドの高らかな宣言が、大広間の空気を凍らせる。

 彼の隣には、守ってあげたくなるような小動物系の男爵令嬢、マリアが涙目で寄り添っていた。

 対して、糾弾されているのは公爵家の一人娘であり、僕の幼馴染であるエリザベートだ。


 腰まで届く見事な縦ロールの金髪、彼女は、扇子で口元を隠し、冷ややかな瞳で王子を見下ろしている。

 その姿は、まさに物語の「悪役令嬢」そのものだ。



「……理由は、わたくしがマリア男爵令嬢を虐げたから、ですの?」


「白々しい!マリアへの暴言、教科書の隠蔽、茶会での無視!すべて知っているのだぞ!」


 周囲の生徒たちが「やはり本当だったのか」、「恐ろしい女だ」と囁き合う。

 典型的な『断罪イベント』だ。

 

 僕は、大広間の壁際、給仕や護衛に紛れるような目立たない場所で、グラスを片手にその光景を眺めていた。



 違う。みんな、何も分かっていない。



 彼女が扇子を持つ右手の小指が、白くなるほど強く柄を握りしめていることを。



 それが、彼女が理不尽な状況に耐え、必死に涙をこらえている時の癖だということを。



 僕は、胸ポケットに入れた分厚い封筒の感触を確かめた。



 ――待たせたね、エリ。



 迎えに行くよ。



―・―・―



 僕の名前は、テオドール。

 しがない伯爵家の次男であり、エリ、ことエリザベートの乳兄弟にして幼馴染。

 そして、前世の記憶を持つ転生者だ。


 僕は知っている。ここが前世で妹がプレイしていた乙女ゲームの世界であり、エリザベートが物語の終盤で断罪され、国外追放処分になる『悪役令嬢』であることを。


 七歳で記憶を取り戻した僕は、彼女を救おうとした。

 エリザベートは聡明だった。幼い頃から誰よりも勉強し、王子の婚約者として相応しい教養を身につけていた。

 だが、その「聡明さ」こそが仇となった。


 アルフレッド王子は、決して暗愚ではないが、少しばかり見通しが甘く、感情で動く(ふし)があった。

 対してエリザベートは、常に論理的で、先の先まで見通してしまう。


『殿下、その予算案では地方の治水工事が止まってしまいます』

『殿下、そのご発言は隣国の使節に対して失礼にあたります。訂正を』


 彼女の指摘は常に正しかった。

 けれど、王子にとってそれは「正論」ではなく、プライドを傷つける「小言」でしかなかったのだ。

 そこへ現れたのが、何も考えず「アルフレッド様、すごーい!」と全肯定してくれるヒロイン、マリアだ。王子がどちらに安らぎを覚えるかは、火を見るより明らかだった。


 エリザベートは気づいていた。

 自分が正しいことを言えば言うほど、王子の心が離れていくことを。

 それでも、彼女は公爵令嬢として、未来の国母として、口を閉ざすことはできなかった。


 そして、彼女は選んだのだ。

 王子の至らなさを公衆の面前で指摘して恥をかかせるのではなく、「悪役」となって彼の不始末を裏で清算する道を。


 三年前のあの日。彼女は僕に告げた。


『気安く触らないでくださる?アークライト伯爵家の次男風情が』


 図書室で、僕が彼女に声をかけた時、彼女は氷のような瞳で僕を拒絶した。


『貴方のような凡庸な人間と一緒にいると、わたくしの評価まで下がりますの。もう二度と話しかけないで』


 まさに悪役に相応しいような演技だった。

 


 ――でも、詰めが甘いんだよ、エリ。

 


 その翌日、昔から顔見知りでもある彼女の待女が人知れず僕に会いにきてくれた。どうやらエリの部屋のゴミ箱に、大量の書き損じの手紙が捨てられていたらしい。

 そこには、『テオ、ごめんなさい』、『巻き込みたくないの』、『どうか幸せに』と、涙で滲んだ文字が書き連ねられていたそうだ。


 侍女さんは、どうか誤解しない欲しい、エリは本当は優しい方なんだと僕に伝えてきた。もちろん知ってますと答えた。


 どうやら、この頃からエリは、急に冷たい態度をとるようになったらしい。


 彼女は悟ったのだ。婚約破棄は避けられないと。


 ならば、せめて周囲に「エリザベートは性格が悪かったから捨てられた」と思わせれば、王子の「浮気」という不名誉は薄まる。

 そして、唯一の友人である僕を遠ざければ、僕が「悪役令嬢の腰巾着」として連座することもない。


 すべては計算の上。

 自分の破滅すら計算に入れて、彼女は独りで戦っていたのだ。



 ――馬鹿だなぁ。本当に、愛しいほどの大馬鹿者だ。


 僕は転生者だぞ? 君のその不器用な献身も、震える背中も、全部お見通しなんだよ。


 だから僕は、この三年間、爪を研いで待っていた。

 彼女が「悪役」を演じきるなら、僕はその舞台の幕を下ろす「共犯者」になろうと決めて。






「――判決を下す!エリザベート、貴様を北部国境砦への追放処分とする!今すぐこの場から立ち去れ!」


 王子の怒号が響く。

 エリザベートは、ゆっくりと扇子を閉じた。

 反論も、弁明もしない。

 彼女はただ深く、優雅なカーテシーを披露した。


「……謹んで、お受けいたします」


 一つの言い訳もしない潔さに、会場がざわめく。


 彼女は踵を返し、カツカツとヒールの音を響かせて歩き出した。

 その背中は、あまりにも細く、孤独だった。


 彼女が入り口に差し掛かった時、一瞬だけ足が止まった。

 振り返りはしない。けれど、その肩が小さく震えたのを、僕は見逃さなかった。

 『さようなら』。そう心が呟くのが聞こえた気がした。



 ……ごめんね、エリ。

 君のシナリオはここまでだ。

 ここからは、僕のターンだ。


 僕は群衆をかき分け、一歩前に踏み出した。


「お待ちください、エリザベート嬢!」


 よく通る声で呼びかけると、彼女が驚愕に目を見開いて振り返った。


「……ッ!? テ、テオドール……?下がりなさい!貴方には関係のないことです!」


 悲鳴のような拒絶。

 ここで僕が関われば、彼女が心を殺して積み上げた「絶縁」が無駄になる。

 知ったことか。僕は彼女の制止を無視し、王子の前へと進み出た。


「アルフレッド殿下。彼女の追放、確かに承りました。……つきましては、彼女の護送および監視役として、私が同行することを許可願います」


「テオドールか。……フン、物好きめ。そんな性悪女に情けをかけても何も出んぞ?」


 王子が嘲笑う。

 僕は努めて冷静に、しかしはっきりと告げた。


「性悪、ですか。……殿下、貴方は勘違いをなさっている」


「何?」


「彼女は、貴方を陥れるために動いていたのではありません。貴方が散らかした問題を、誰にも気づかれないように拾い集めていただけです」


 会場が静まり返る。

 僕は懐から手帳を取り出した。


「先日の隣国の大使との会食。貴方は『料理が口に合わない』と不機嫌な態度を取りましたね?……翌日、エリザベート嬢が個人的な謝罪文と、大使の故郷の銘酒を贈っていたことをご存知ですか?おかげで外交問題にならずに済んだのです」


「なっ……」


「先月の視察。貴方は予定時間を大幅に遅刻しましたね?あれも、彼女が事前に現地へ連絡を入れ、『殿下は急な公務で遅れる』と根回しをし、待たせた人々への差し入れを手配していたから、暴動が起きなかったのです」


 次々と事実を並べ立てる。

 常に王子のフォローをしていたわけではない。

 彼女はただ、王子の足らない部分を彼女なりに必死に埋めていただけなのだ。


「教科書を隠した?いいえ、マリア嬢が授業の準備を忘れて遊び呆けていたのを、彼女が自分の予備の教科書を貸そうとして、断られただけでしょう。それを『盗まれた』と騒ぎ立てられた時、彼女はなぜ弁明しなかったと思いますか?」


 僕は王子を射抜くように見据えた。


「『王子の選んだ相手を、公衆の面前で嘘つき呼ばわりするわけにはいかない』。……彼女はいつだって、貴方の体面を守るために、泥を被って沈黙していたんですよ」


 王子の顔が青ざめ、言葉を失う。

 僕は彼に背を向け、震えるエリザベートに向き直った。


 彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出していた。

 今のいままで、必死に隠していた仮面は崩れ去っていた。


「……どうして……どうして言うのよ……。黙っていれば、貴方は無関係でいられたのに……。わたくしが、どれだけ我慢して、貴方を遠ざけたと思っているの……!」


 彼女が僕の胸をポカポカと叩く。痛くも痒くもない。

 僕はその手を優しく包み込んだ。


「知ってるよ。全部見ていた。君が一人で泣いていたことも、僕を守ろうとして嘘をついたことも」


「……うぅ……馬鹿、馬鹿ぁ……!」


 僕は彼女の手の甲にキスをした。

 そして、もう一方の手で持っていた封筒を掲げた。


「テオドール・アークライトは、本日付で実家から勘当されました。これは退職願と、爵位放棄の書類です」


「……え?」


「今の僕はただの平民だ。だから、どこへ行こうと僕の自由だ」


 エリザベートが信じられないものを見る目で僕を見上げる。


「正気じゃないわ……。北の果てよ?何もない場所よ?わたくしと一緒にいたら、貴方まで不幸に……」


「何もない?とんでもない」


 僕は彼女の耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえないように囁いた。


「……実はね、北の国境付近に、温泉付きの別荘を用意してあるんだ。この数年間、僕が必死に貯めた資金で作った最高の隠れ家さ。君が読みたがっていた稀少な本も、寒がりな君のための最高級の暖炉も、全部揃ってる」


 エリザベートがぽかんと口を開ける。

 その呆けた顔が可愛らしくて、僕は思わず笑ってしまった。


「不幸になんてさせるもんか。君が王都で擦り減らした時間の分だけ、これからは僕が君を甘やかす番だ」


「……テオ……」


「さあ、行こうエリ。こんな寒い場所、さっさと抜け出そう」


 差し出された手を、彼女はおずおずと、しかし最後は力強く握り返してきた。


「……本当に、貴方には敵いませんわね。……責任、取ってくださいますわよね?」


「ああ。一生かけてね」


 僕たちはお互いの手を握りながら、堂々と大広間を後にした。

 背後で王子が何か叫んでいた気がするが、二人の愛の逃避行の前には、雑音でしかなかった。




 その後、王国がどうなったかは風の噂でしか知らない。

 「縁の下の力持ち」を失った王子と、ただ愛らしいだけの妃。彼らの政務が立ち行かなくなり、国が緩やかに傾いている……なんて話も聞くが、僕たちには関係のない話だ。



 それと、もう一つ。


 かつてのエリザベートの実家、ローゼンバーグ公爵家の噂も届いている。


 あの日、僕たちが去った後、公爵は王宮から回ってきた僕の「爵位放棄の書類」と、衆人環視の中で娘を連れ去ったという報告を聞いて、怒り狂うどころか、王宮が震えるほどの高笑いをしたそうだ。



 実は公爵夫妻もまた、腐敗した王家と、娘の忠言を聞かない王子に見切りをつけていたらしい。

 けれど、公爵家という立場上、一族全員で逃げることは許されない。

 だから彼らは、娘が「悪役」を演じて追放されることを、断腸の思いで黙認していたのだ。娘だけでも、泥舟から逃がすために。


 現在、公爵は傾きゆく国で、淡々と、しかし徹底的に「職務怠慢」を決め込んでいるという。

 王家が助けを求めても、『無能な私には荷が勝ちますゆえ』と、かつて娘が受けた冷遇を皮肉たっぷりに返しているそうだ。彼らは国と心中する覚悟で、最後の親としての役目を果たしているのだろう。


 先日、差出人不明の荷物が届いた。

 中には、この辺境では手に入らない最高級のワインと、短いメモが入っていた。


 『娘を頼んだ。二度と戻ってくるな。幸せになれ』


 その不器用な筆跡を見て、エリザベートがまた少し泣いて、それから今までで一番綺麗な笑顔を見せたのは、僕だけの秘密だ。




 北の辺境。

 窓の外は一面の銀世界だが、暖炉の火が燃えるログハウスの中は、春のような暖かさに満ちている。


「テオ!見てくださいな!シチューが上手くできましたの!」


 エプロン姿のエリザベートが、鍋を持って台所から出てくる。

 かつての豪奢なドレスはないが、今の彼女の表情は、どんな宝石よりも輝いていた。


「すごいじゃないか、エリ。完璧だ」


「ふふん、元公爵令嬢にかかれば、これくらい容易いですわ」


 得意げに胸を張る彼女を、僕は後ろから抱きしめた。

 甘いスープの香りと、彼女の髪の香りが混ざり合う。


「……ねぇ、テオ」


「ん?」


「わたくし、今、とても幸せですわ」


 彼女が僕の腕の中で振り返り、はにかむように笑う。


「あの時、貴方が手を引いてくれなかったら、わたくしはきっと凍えていました。……ありがとう、テオドール。愛していますわ」



 その言葉に、僕の胸が熱くなる。

 僕は彼女の額にキスをして、答えた。



「僕もだよ、エリ。君が世界中を敵に回しても、僕だけは君の味方だ。……いや、君が世界中から嫌われる令嬢だとしても、僕にとっては世界一可愛いお姫様だよ」



「もう……口が上手いですこと」



 彼女は頬を染めて笑い、僕の首に腕を回した。

 窓の外では雪が降り続いている。

 けれど、僕たちの家には、永遠に枯れない愛という花が咲いていた。




 悪役令嬢と、その幼馴染。



 二人の物語は、この北の地で、誰にも邪魔されることなく、甘く優しく続いていくのだった。







  

ここまでお読みいただきありがとうございました!


転生者が悪役令嬢の幼馴染だったら?というテーマで書いてみました!


よろしければ評価してくださると励みになります!

よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
普通に恋愛なのに なぜヒューマンドラマ?
 全く、王子とヒロインときたら。個々のやらかしを上げるとまだ「我儘で性格の悪い小学生」レベルでしたが、それを反省もせずに積み重ねているのと、なまじ権力を持っているのでタチが悪かったですね。  「シチュ…
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