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初めて遠藤と話してから一ヶ月、気づけば五月も半ばに差しかかっていた。俺は毎日校舎裏に行くが、遠藤がここに来るのは一週間に一度、曜日もバラバラだ。まあ、あいつは賑やかなグループに属しているし、部活もサッカー部だから忙しいのだろう。
『……ふふ、あいつも大変だなぁ』
高校二年生、上も下もいる環境、進路だって考えなければならない。
『いやはや、青春だねぇ……』
「……なんかジジくさいこと言ってる」
独り言のつもりだったが、どうやら聞かれてしまったようだ。
「で、何が青春なの?」
『そりゃあ遠藤たちだよ。勉強、部活、友だち、青春だろ』
「俺の青春には、幽霊も含まれてるけど」
『それはそれは、……厨二病だ』
「暁が幽霊じゃなきゃ、俺は今あんたをどついてるよ」
遠藤は俺の隣にドサリと音を立てて座りながら、ため息をつく。イケメンに分類されるであろうこの男は、教室にいるときとどことなく雰囲気が違う。
『……生きていくって大変だなぁ』
「大変だよ。だから暁も、さっさとこっちに戻ってきたらいいのに」
『えー、やだなー。俺はこうやって、幽霊生活を満喫するほうが向いてる』
幽霊なら、誰にも視えない、触れない。肉体があった頃の煩わしさに戻りたいとは思えない。それでもこうして生きているのは、未練があるからだろう。
『……俺は、あいつが死ぬまでは幽霊であろうとこっちに留まるんだろうな』
俺の未練、俺の愛。そいつが生きている限り、俺はこの世から離れられないだろう。
「……」
『……』
「…………暁はさ、その……篠宮が好きなのか?」
『……………………はい?』
篠宮……篠宮朝。遠藤のクラスメイトで、今年の春に転校してきた少女。
『……なんで?』
「や、だって……いつも側にいるじゃん。昼休み以外だけど」
確かに俺は、彼女の側にいる。何なら彼女が転校してきた日から、俺はこの学校に幽霊として通っている。
「いつも側にいるし、優しい顔してるから。暁が、篠宮を見てるときは」
『……』
優しい顔、それはそうだろう。俺にとって、彼女が生きていることが全てなのだから。
『……まあ、愛はあるよね。俺にとって、朝以上に大事なヤツはいないし』
「……そう」
『……それに、なんたって大事な大事な片割れですから』
「かた、われ……?」
人の事をよく見ているくせに、どうやら気づいていないらしい。
『朝は俺の、双子の妹だよ』
「…………っ、え、えぇっ!?」
遠藤は俺の言葉に、心底驚いた声をあげたのだった。
驚きでしばらく思考停止したのであろう遠藤が、ようやくのろのろと動いて俺に顔を近づけてきた。
「……あ、確かに……言われてみたら目元とか似てる?かも……」
篠宮の顔はしっかり見たことないけど、ぶつぶつと呟く遠藤に、俺はつい笑ってしまう。俺と朝は、目元がよく似ている。ちなみにタレ目というやつだ。遠藤は俺の目元を覗き込もうと、どんどん近づいてくる。
『やーん、遠藤クンに襲われるー』
「ぶっ!……なっ、や、ちがっ!」
『……っ、ふふ……ふ、ははっ!』
「っ」
大笑いする俺から慌てて離れる遠藤の顔は、赤くなったり青くなったりと忙しそうだ。
『……っ、ふふ。そんな顔しなくても、遠藤がゲイだって何となく気づいてたよ』
「っ!」
『……あんたはさ、目で恋をするんだよ。自分で気づいてるかは知らないけど』
「……目で」
『俺は好きだよ、遠藤のこと。だからまあ、俺の前でくらい好きに生きたら』
幽霊である俺にできることは、話を聞いてやることくらいだ。幽霊でなくたって、できることは限られている。
「……」
俺の言葉に遠藤は何かを耐えるように俯いたまま、予鈴が鳴るまでずっと無言だった。