第五話 使役とは違う戦い方
大蛇ではなく、死喰いを繰り返した滓だという存在。
騰蛇の説明は一応聞くも、神の一端を使用してあれを潰す方法がいまだに納得いかない土方。浄化、と銘打っても結局は殺すと同じ方法。しかも神秘的に近い方法で消すのもまだ実感が沸かない。
おまけに、土方はまだ騰蛇を完全には受け入れていない。反感を買っているつもりはないのだが、他の神将に比べて気安く話しかけてくるのが個人的に気に食わないでいた。
人間でない神だからそれはそうだが、何か根本的に気に食わない箇所を感じるのだ。生来の性格が苦手、かもしれないが……今はその場合ではないと向き合うことにした。
鬼とも取れる姿をしているが、身につけている服装は炎を模した異国の風合い。どことなく、神秘さを感じるのであやかしではないのはわかっている。砕けた物言いはこの際気にしないでおくが、この神を使役かなにかすることで……あの滓とやらを潰せるのか。
近藤や沖田らとこれから共に歩むのなら、と土方は孫六兼元を騰蛇の前に掲げた。斬るためではないのは騰蛇もわかったのか、向き合うように前に出てきた。
【使うか? 俺とそいつを】
「……ああ。近藤さんらと並ぶためじゃねぇ。ここに居る意味を俺は俺で見出す!」
【そう来たか。俺を使いこなす気で、叫びな!】
小っ恥ずかしい謳い文句ではあるが、時と場合を考えている時ではないと孫六兼元を滓の方に向ける。沖田が紡いだ文言を真似てみるが、それで使いこなせる自信はない。白虎の仕向けた場とはいえ、このまま無能にはなりたくなかった。
半死状態だった、あの場から抜き出された存在なのだから……意味のない生き方はしたくないと覚悟した土方である。
「…… 汝が命名。我が真名を顕現致す!」
刀が白い煌めきに包まれる。気配だけだが、背後にいたはずの騰蛇の気配が一瞬消えた気がした。同時に、土方の若返った肉体に熱いくらいの気力が湧き上がってきた気も。髪は見えないが感情の渦が気弱になっていたものから……あの蛇状の滓とやらを嬲り殺したい感情が湧き上がってくる。
沖田の言っていたように、苛烈な感情が過敏になっているのか。戦の最中に対峙する敵と立ち向かうのと……同じだ。相手を倒したくて堪らない己のあの感情。
(誠を掲げていて……それを善だと認識してたあの頃と同じだ)
結局は、盾を作って殺し合いをしてただけに過ぎない。小姓の鉄之助に預けた己の刀でなくとも、長刀となった嘗ての部下の愛刀。それを使い、敵を潰す。その気力を糧に土方は動いた。
「爆ぜろ!」
騰蛇を纏った土方は地を蹴り、高く跳んだ。神将を纏ったために身体能力が飛躍的に上がったのだろうか。草履だったはずなのに、靴を履いていたし服装も騰蛇を纏ったことで変わるのか。
言葉にした戦法も無意味なものではなく、騰蛇を纏った関係で地雷のような火花が刀から放たれた。
グハァああああ!?
などと、蛇状の滓はうねり……ところどころから焙烙火矢が爆破したように、ちぢれて消えていった。その呆気なさに、これで(?)と土方は何度も斬りかかるも……結果は同じで、花火が巻き上がる勢いに終わる。
異様な呆気なさに呆然としかけていたが、纏いから離れたらしい騰蛇が横に立った途端……湧き上がっていた殺意は抜け落ち、代わりに挑む前に落ち着いていた土方自身に戻ったようだ。
霧散した滓がしじまの水面のように虹色の泡になって消えていくのは、正直美しいと思ったが。
【お? 一端の浄化したじゃねぇか?】
「これが浄化……だと?」
【白虎の奴。態と少し大物んとこに飛ばしたんだろ。一回目の纏いにしちゃ、いい仕事したじゃねぇか?】
「……出来て、たのか?」
【応。俺も戦い易かったぜ? 力の配分も申し訳ねぇ。武器、神将の力……同時に扱えてたぞ。斎藤一の刀でもよかったな?】
「けど、なぜこいつを……?」
鞘に収めたが、まだ実感が沸かない。他人の刀で、神の力を合わせて戦う戦法。その有り難みを感じつつも、他人の武器を扱う躊躇いはまだあった。しかも、斎藤はまだ生きているはずではと生前の情報で聞いていた覚えがある。離反したが、政府に尽くすために態と抜けた奴の武器を何故、と握っていると。
「ボクが渡したんすよ。土方さん」
泡が完全に消え失せた場所から、足音がコツコツとしてきた。革靴の音に聴き覚えがあったが、その声の主にしてはおかしいと目線を向けた。
見えてきた人影は、紙タバコをふかし……揃えた短髪と頬に大きな刀疵を残した男だった。服装は、警部隊の洋装。最後に見た姿とは別だったが、土方を敬称で呼ぶその姿は間違いないと声を上げた。
「さ、斎藤!」
今土方が手にしている打刀の本来の持ち主。洋装の斎藤一自身も、似た刀を腰に下げているが、おそらく別物。自分の名が呼ばれれば、細い目をさらに緩めて笑った。
「こっちに来るとは聞いてたっすけど。久しぶりっすね」
たわいもない話し方は相変わらずだったが、今の斎藤はただの、『生きた人間』そのもの。特に死んだ気配も何もしないのを、今の土方でもよくわかった。気配と肉体の差、騰蛇をさっき纏ったことで自身の存在感とやらもわかってきたのか。
斎藤自身も、土方の言いたい事がある程度予測していたのだろう。紙タバコを軽くふかして、咥え直した。