第二話 戦への対応
沖田は何故打刀ではない、わざわざ太刀であのような奇怪な敵と立ち向かっているのか。すぐに加勢したかったが、まだ戦の手順を知らぬ土方は騰蛇から見てろと言われたので動けないでいた。
【十二神将を使う戦法があんだよ】
そのように告げた直後、沖田の背後に赤い靄が生じた。
【小物ですね】
真紅の大翼。異国の装い。耳は騰蛇のように尖ったそれ。顔立ちは神なのかそれなりに整っている。そんな美丈夫の男神が沖田の側に降り、すぐに悪疫が大したものではないと告げていた。
「土方さんの手前、さっさと終わりましょう! 朱雀」
【了】
沖田も初手ではないからか余裕そうに相槌をしている。朱雀と言えば、土方でも聞いた覚えがある言葉だが……騰蛇のような神なら、少し違うのか。二人が頷き合うと沖田は太刀を横に持って構えていた。
「汝が命名。我が真名を顕現致す! この一文字則宗を捧ぐ!!」
「……一文字?」
刀バカだった、土方が今腰に履いている孫六の元持ち主……斎藤一からいくつか聞いた覚えがある。備前の方面に有名な刀の一派があるとも。一文字とやらはそうだと聞いた気がしたが。沖田が生前扱っていなかったはず。何があったかは分からずとも、素戔嗚尊が与えたのか。
それよりも、名乗り上げのような言葉と共に朱雀の変化が起きた。溶けるように靄となり、沖田と刀に宿っていく。そして沖田の髪と容姿以外にも、着物も何もかもが朱雀と似た装いに。
刀も太刀どころか古文書や骨董品にあるような青竜刀へと。あれでまさか土方も同じように戦うのかと、騰蛇に振り返ればニヤリと彼は笑っていた。
【ま、だいたいあんな感じだ。なまくらとただの半神じゃ、弾かれて終わりだしな?】
「……あんなガキの遊び方みてぇなので?」
【陰陽師じゃねぇっての。外法でもない。ちゃーんと、須佐様ら天津神が考えられた呪法だ。トシらのような連中使う場合はな】
「そ……そうか」
単純な遊びでないと思っていたが、些か気恥ずかしいのは我慢せざるを得ないとは。沖田は幾らか慣れていても自分で出来るかどうか。土方は敵対する悪疫を前にしても、少し気恥ずかしさが出て悩んでしまっていた。
「ふふ。小物と言っても、僕はまだひよっこだからなあ? 朱雀の扱いもまだまだですしね……焼け焦げないように気をつけなよ!」
『あ゛?! ガキが……なんだぁ!?』
悪疫と言っても、何かしらの意思はあるらしく。沖田に大して悪態をついていたが、朱雀を纏ったという沖田は涼しげに返すかと思えば。
「あん? 僕はそんなガキじゃねぇよ! 滓が!!」
「そ、総司……?」
土方が生前いっしょだった頃にも聞いたことがない口の聞き方には、流石に驚いた。下級隊士を叱る時でもそこまで荒げた言い方をすることはなかった。むしろ、それは土方の立場だったが。
「土方さんの手前で、あんま口悪くしたくねーけど。朱雀纏ってるとしゃーねぇか?」
『あん!? 雑なこといいやがんな!! 俺を斬るのか!』
「そーだよ!! お前が居ると須佐様が困るし、僕も嫌だね!! さっさとやられろ!!」
ぎゃんぎゃん言い合いをしているだけで、とても殺し合いには見えない。だが、和むようにも見えないでいた。悪疫は次第に鬼のような形を整え、総司は太刀を構え直して……悪疫に斬りかかる体勢を整えようとしていた。口ではふざけているように見えても、互いに殺し合いはするつもりのようだ。
『なんか旨そうな匂いもするが……どーせ、ガキに俺を殺せっかよ!』
「そーいくかよ! 朱雀、炎を!」
【了】
朱雀の声が上がると同時に、太刀と沖田自身に炎が絡むように出現した。沖田は燃えることなく……太刀に炎を集中的に絡めると思えば、背中にも朱雀の大翼のようなのも作らせていた。
【ガキの戦いじゃねぇのは、ここから見てろよ】
騰蛇がそう言うと同時に、少し目を逸らしていた沖田の動きがまた変わっていた。地面には立っておらず、なんと悪疫らしき銀狼の真上に跳んでいたのだった。太刀の炎はさらに赤く燃え上がり、火花が細かく振り落ちている。沖田も悪疫も痛みは感じていないようだが、土方から見えた沖田の表情には見覚えがあった。
(池田屋以前の……突撃していた頃の、総司の顔だ)
結核で倒れる以前の、一番隊長として活躍していたあの凶相。死んでもなお、優男の表面に隠していたかと苦い感情は抱くが……変わらないなと懐かしくも感じた。
そして、同時に自身が少なからず抱きかけてた高揚感もまた、『人斬り集団』の一員だったなと思うところはあった。
その感情を自覚した時には、銀狼の額らしき箇所に沖田の太刀の炎が振り下ろされていた。
「去ね!」
『そんなぬる……ぎゃ!?』
炎は単純に燃え広がるものではなかった。悪疫という銀狼の毛がまず溶けるように燃えていく。肉らしき泥々した悪臭の立つ何かが燃え、骨らしき箇所も燃えては灰になる。沖田は一度斬り付けてから、さらに幾度も銀狼を斬り付けて……ボロボロになるまで刻んでいく。
身丈に合わない太刀を扱っているのに、元の斬り付け隊長の頃と変わらぬ仕事。翼の炎も次第に消えていき、髪も元の色に戻ると、後方に朱雀の姿が。あれで、ひと通りの戦い方が終わったのか。
これが、己ら元人斬りの使い方か。と、まだ半信半疑ではあったが……やらねばならない意志は既に抱きかけていた。素戔嗚尊に埋め込まれた意志だとしても、死に際に言葉を預けてしまった事実は変わらない。
沖田総司も同じなら、このあと聞こうと思った。元の若者に戻った沖田に声をかけようと振り返れば、また幻夢での再会の時のように……思いっきりしがみつくほどの抱擁をしてきた。
「土方さん! 雑に戦っちゃいましたけど! 土方さんも騰蛇さんを纏ったら! 元の鬼副長くらい凄いんですかね!!」
【さあな? つか、こんな腑抜けてんのに『鬼』になれるのか?】
「すっごいですよ! 鬼ってことで隊士には震え上られてたんですから!!」
【ほー?】
「…………好き勝手言うな!! 総司ぃ!!」
「あで!?」
生前のことをあまり思い出したくないところはあったが。これからしばらくそういう訳にもいかないと……土方は久しぶりに沖田へ特大の拳骨をお見舞いして、騰蛇や朱雀を幾らか呆然させたのだった。
「いい加減教えろ!! 俺を怒らすな!!」
素戔嗚尊は現れなかったが、彼らに聞かなければいけないことは多い。半神とやらも悪疫にも、ほとんどをよく知らぬままこれからを過ごすには不十分だった。