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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
97/281

仲違い


「……凄い冒険してるな、ユキネは」

「冒険ってほどでもないだろうけど、まあそこそこ色々あったよこの半年ぐらいで」



 その辺の木陰に手当たり次第に設置されたベンチで、無理矢理買ってもらわされたお茶を飲みながらとりあえず話を終えた。


 当然王女だった事や、その他話しづらいことは話さずにだ。


 アキラも、最初はしどろもどろだったが段々自分らしさを取り戻したらしい。今では自然に自分の話を織り交ぜながら会話を続けている。


 最初は下手くそな敬語で話しかけてくるのが面倒臭かったが、それを指摘すると途端に自然になった。そちらのほうが素に近かったのか、滑らかに話も進んだ。


 落ち着きがあるなどと、妙なことも言われた。いつもは喧しいだとか子供だとばかり言われている反動か、その言葉はどうにもくすぐったかった。



「……ユキネ?」

「あ、ああ、すまない。何だ?」



 アキラに話しかけられて、またボーっとしていた事に気付いた。


 この頃はどうにもこうなる時が多い気がしてならない。理由に、心当たりが無いわけではないが。



「ユキネも予選あるんだろ? 準備とかしなくていいのか?」

「…準備って?」

「遠距離か魔法重視で戦うならいいけど、剣を使うんだろ? なら少なくとも防具とか」

「…そんなの持ってないぞ」

「はぁ!?」



 いきなり大きい声を上げてぐいっとユキネの顔を覗き込んだ。



「持ってない…!? 大怪我しても知らんぞ!?」

「と言われても。…今まで大丈夫だったし」

「駄目だろ! 知っといて怪我させるわけにゃいかん…!」



 つい五秒前まで知らないといっていたのに、と何かちぐはぐなものを感じざるを得ないが、心配してもらっているので気持ちを無碍するわけにもいかない。



「そうね。私でも軽鎧ぐらい付けるわよ」

「おわッ!?」



 いきなりベンチの後ろから現れたノインにアキラが飛び上がった。



「ああいやこれは…」



 婿候補の男と一緒に居るのを見られるのは拙いと思ったのかユキネが弁解しようとすると、ノインがそれを見て言葉を挟んだ。



「いや、別に良いわよコノエが誰と何してようと。恋愛結婚じゃないんだから側室なんて当たり前よ」

「…そうか」



 ユキネも元王族。その辺りの教育もされているので冷静に考えればそれぐらいは理解できる。それでもどこか冷たいものを感じざるを得なかったが。



「ああ、ユキネちゃん居ったかー」



 バラバラに探していたのか今度は前からジェミニとフェンとハルユキが現れた。



「…ユキネ、お昼ご飯食べに行こう」

「そ、そんな事より、こいつ防具も持ってないってホントか?」



 こいつ、と言う言葉に、腕組みをして不機嫌そうに突っ立っていたハルユキの眉毛が、ピクンと人知れず反応する。


 もちろん、それにアキラを始め他の人間が気付くはずもなく、話は続く。



「…そう、言えば」

「そうやねぇ」



 フェンは元々遠距離重視で、ジェミニも防御より回避を優先しているので、防具を使う習慣がない。


 今更気が付いたのか、顔を見合わせた。


 そののんきな態度を見てアキラは呆気にとられるが、直ぐに表情に力を取り戻すとユキネに向き直った。



「行くぞユキネ、防具買いに」

「あ」

「──!」



 アキラが自然にユキネの手を取る。


 そしてほぼ同時に。ハルユキの手がアキラの頭を鷲掴みにした。


 場の空気が、一瞬で凍結する。



「ハルユキー。ステイステイ」

「庇護欲かしら?」

「………」



 ジェミニが可笑しそうに笑いを堪えながら、ノインは顎に手を添えなにやら考察しながら、フェンに至っては呆れて溜め息をつきながらハルユキの奇行に反応した。



「な、何や!? は、離せ!」



 相当な力で押さえつけられ振り向く事もできないのか、全く現状を把握できず、アキラが出した声の勢いはこの前のように強くはない。


 一方のユキネも事態を飲み込めないのか、呆然としていて微動だにしない。



「……馬の骨」

「…は?」



 ゆっくりとアキラを片手で持ち上げながら、ハルユキのボルテージが上がっていって。



「どこの馬の骨がうちのユキネ誑かせてんだ、ぁア!?」



 妙に殺意の篭った声がハルユキの口から搾り出された。



「は、ハル…!?」



 やっと我に帰ったユキネがアキラを威嚇するハルユキの背中に声をかける。



「害虫がな。わらわらとな。駆除しないと」

「い、意味が分からんぞ…?」

「はっなっせぇえ!! コラァああ!!」

「はいはーい、とりあえずそろそろ放しなさい。また牢に行く事になっても知らないわよ」



 ノインがハルユキに蹴りを入れてアキラを放させると、離れざまにアキラはハルユキに向き直って身構えた。



「何じゃお前…! どっかで…?」

「おおそういうお前は名も無き馬の骨じゃないかこんな所で会うなんて奇遇だな帰れ」

「おいハゲ、コラ…!」

「馬の骨は馬の骨で馬の骨以下でも馬の骨以上でもましてや馬の骨以外でもないんだから帰れていうか還れ土に」

「お前会話する気ないやろッ!?」



 言い争いながら、ジリッとアキラがハルユキに警戒を表す。対してハルユキは腕を組んで仁王立ちのまま、どこぞの極道顔負けの眼力を披露している。


 しかしここまでやって、さすがに大人気ない事に気づいたのかもう手を出す気はないようだ。


 すっと、何を思ったかアキラがユキネの手をとって抱き寄せた。



「ユキネ何かコイツ危ない、隠れてろ」

「よし埋メル」



 何かのメーターが振り切れたらしく、大人の対応など彼方に消えた。


 そして、場はますます混沌と化していく。


 その光景に、深々と溜め息をついたノインが、二人の間に割って入った。

 


「もう直ぐ、貴方予選でしょ? この娘の装備は私が面倒見るから貴方は行きなさい」

「そうださっさと行けマセガキ。一丁前に色気づいてんじゃねぇ」

「……このハゲ。ユキネの知り合いみたいやから、下手に出とれば調子乗り腐りおって…!」



 やれやれと面倒臭くなったのか匙を投げたノインの代わりに、今度はユキネが二人の間に入った。



「………アキラ行ってくれ。こんな事で予選落ちしたら申し訳が立たない」

「…まぁ。ユキネがそう言うんやったら」

「さっさと…うおッ!」

「これ以上面倒をかけないでくれるかしら?」

「…おいハゲ。この借りは試合で絶対返すからな、覚えとけ」



 ノインがハルユキを抑えている間にアキラはそう言い残して闘技場の方に消えていった。


 それをきっちり確認して、後ろでアキラに中指を立てているハルユキに向き直った。


 しかしハルユキと目が合うと、頬を少しだけ朱に染め、目を逸らした。


 

「そ、そのー…、あれか? し、嫉妬したのか? …ハル」

「は? 意味わかんね」



何かが脆く崩れ去った音がして、代わりにもう一人ボルテージがメーター振り切った



「…ならば、馬鹿なりに説明してくれるんだろうな。この馬鹿!」

「………保護者としての義務を果したまでだ!」

「お前は私の父親か!?」

「………………………………………そうだっ」

「違うわッ!!」

「お前はもうちょっと警戒心持てって言ってんだよ! 見た目かわいいんだから妙な男が寄ってくるだろ!」

「か、かわっ…!?」

「お前はまだ子供なんだから…」

「こ、子ども扱いするな! それにお前だってあの王女とイチャついてるじゃないか!」

「してねぇよ!」

「してる!」



 そして今度はハルユキとユキネの言い争いが始まった。


 しかしもう疲れたのか飽きたのか、もう止めようとする人間はいなかった。






◆ ◆ ◆






「…何じゃお主ら。皆して空気の悪い」



 結局ユキネハルユキの両名ともまだまだ予選の時間は後だということなので、いつもの酒場まで戻ることになった。


 人数分の水を手に注文をとりに来たレイが、暑さに額に汗を浮かべながら近付き様にそう漏らした。


 たすきを使って肩まで袖を捲し上げ、絶え間なく動き回っていたせいで汗で髪が頬に張り付いている。しかしそれとほんの少し上気した頬とが相まって艶かしい雰囲気も確かに溢れていた。



「いや、実はね……」

「ああもういい。どうせ馬鹿二人が喧嘩でもしたんじゃろ。ほれ、忙しいからこれ持って適当な所に座れ」



 とにかく忙しいのか、水を各自に持たせるととても客商売とは思えない横暴な態度のまま別のテーブルへと注文をとりに行ってしまった。


 何しろいつもの二倍ほどの客足だ。


 遠くにはきっちりと礼儀正しく接客するシアの姿も見える。間違いなく二人目当ての客だろう事は、男性客が八割を占めていることからも明らかだ。


 シアは基本的に要領が良いので客受けは悪くあるはずがないし、レイに至っては時々ちょっかいを出してくる客を張り倒す場面も見られたが、基本的にそういう団体は気の良い人間の集まりだったので、冗談としてすんでいる。



「思ったよりちゃんとしてるんやねー」

「……うん」



 ジェミニとしてはハルユキに話しかけたつもりだったのだが、ハルユキは返事をせず、というより恐らく気付きもしていなかったので遅れてフェンが返事を返した。



「…何を見てるんだ」

「別に」



 空気が悪い理由は後ろで睨みあっている二人に起因しているのは言うまでもない。


 喧嘩をすること自体はそう珍しいことではないが、今回は少しだけ毛色が違うようだ。


 目が合うたびに睨みあって、獣の子供のようにお互いを威嚇している。



「あいつ等は放って置いて、私達は食べましょうか」



 雰囲気を変えようと、珍しく気でも使ったのかノインがフードを浅く被ったまま手ごろな席を探し出した。



「まあ、放っといたら勝手に仲直りするやろ」



 一同が、丁度食べ終わって片付け途中の机を見つけてその傍まで移動すると、誰かの腹から虫が鳴くような可愛い音がした。



「あらあら」

「………………ジェミニ、うるさい」

「ワイやないでー?」



 一瞬で予選を終わらせたとは言え、体力は結構使ったらしく腹は減ってしまうらしい。


 フイッと素早く顔を逸らすと、心なしか早足でフェンは椅子に座り込んだ。










「前から思ってたけど、ここの料理は嫌に美味しいわね、ガララドが知り合いだって言ってたけど」



 口を拭きながらノインは食べ終えたスプーンを皿の上に置いた。何気無いそんな動作にもきちんと作法が行き届いているのは流石というべきだろうか。


 ただ食べる速度は少し遅いのか、他の人間は全て平らげた後だった。


 こんな店でそんな事を気にするものでもないかもしれないが。



「水取れ、非乳」

「自分で取れ、ウド」



 そしてまた、ふとしたやり取りで、食事が始まって数回目の火花がハルユキとユキネの間で散った。



「手前ぇ!」

「何だ!」

「いつまで、怒ってんだよ鬱陶しい!」

「鬱陶しいのはお前だ!! 私が何しようと私の勝手だろ!」



 ガタンと椅子を弾き飛ばして、お互いに鼻と鼻がくっ付くんじゃないかというほどに至近距離で相手を睨みつける。



「ああもう鬱陶しいわよ貴方達。少し黙りなさい」



 今にも掴みかかろうとする両者を間に入っていたノインが押し止めた。このやり取りも既に数回目。出てくるのは溜め息ばかりだった。



「ユキネ。防具買いに行かないと」

「……防具か。別に要らないんだが」

「剣で戦うなら、あった方がいい…」



 ユキネの背中を押しながら店の外へとフェンが誘導していく。


 一瞬だけノインの方を向き、フェンは無表情でノインは苦笑しながら互いに頷き合うと先に店の外に出て行った。



「仲良しになったんやねー」



 ハルユキに会計に行かせたのか、ひょこっとノインの横に顔が出てきてノインの視線をなぞる様にフェンの背中を見送った。



「フェンから頼まれたのよ。実はあの子が一番しっかりしてるんじゃないの?」

「フェンちゃんが居なくなったら間違いなくうちの一団は破滅するのは確かやねー」



 お金の管理にギルドの仕事。最近はハルユキも同じクラスに上がってきたので負担こそ半分になったものの、それでもチームの中では一番高いクラスなので依頼は頻繁に請けている。


 縁の下の何とやらは、間違いなくフェンに当てはまるはずだ。



「あれ、フェンとユ…、…フェンはどこ行った?」



 後ろから聞こえてきた子供じみた物言いに二人して溜め息をついた。



「貴方いい加減にその大人気ない態度止めなさいよ。びっくりするぐらい貴方が悪いわよ」

「ハルユキは自分の事になると途端にこうなるな。前もそうやったけど…」

「……うるせぇな。謝るタイミングを見計らってたんだ」

「で。見極められなくてフェンにまで迷惑をかけている、と」



 考えることを見通されているのか、ハルユキは思わず言葉に詰まる。



「ほら行くわよ。あの娘の防具買いに行くんでしょ? 隙を見て謝っちゃいなさい」



 返す言葉もなく、黙ってノインの後を追う。



「行くでー、問題児ー」



 ジェミニが後ろポケットに手を突っ込み、いつもの半笑いでハルユキを追い越し出口へと向かう。



「…お前に言われたくないんだよ」



 早く来なさい、とよく通る声を出しながらノインも出口の所でハルユキを待っている。



「だせぇなあ…」



 何ともむず痒いような生温かいようなものを感じながら、店の外に急いだ。





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