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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
96/281

好敵手


「……何よあれ」

「いや、俺も驚いてる」



 魔力で構成したためか、みるみるその姿を消していく大木を呆然と眺めながら二人が口を揃えるように呟いた。


 周りでも試合を観戦していたほかの参加者達もざわざわと騒ぎ始めている。



「一瞬とはな…。…しかし結局一体誰が勝ったんだ?」

「誰って、あの木を出した奴だろうが」

「……だからそれが誰なんだよ?」

「…知らん」



 後ろから聞こえたそんな会話に思わず苦笑が零れた。


 確かにあんな化け物みたいな木が蠢いている中で、あんな小さい少女を見つけるのは至難の業だ。見つけたとしてもそれがあの木の親だとは想像もつかないだろう。



「嬉しそうね…」

「ん? まぁそりゃあな。仲間が勝って悲しむ方が意味分からんだろ」



 言いながら放送に耳を傾けると、いなくなった実況者の代わりに義務的なアナウンスが、勝者の名前と次の試合は予定通り20分後に行う事を告げていた。


 闘技場のあの状況でどうやって次の試合を行うのかとも思ったが、フェンが出した木はもうほとんど大気中の魔力に溶けていて、後はもう木が出てきて砕け散った床石を直すだけになっていたので問題はなさそうだ。


 改めてフェンの魔法の力に驚かされる。


 しかし考えてみればフェンもただでここまで旅をしてきたわけではない。化け物のような、いや時には本物の化け物とも戦ってきたのだ。それを考えれば、この結果も予想できないものではない。



「んじゃ、フェンの様子でも見てくるかな」

「ええ、私も行くわ」



 言うが早いか席を立ち、呆然としている参加者達の間を縫って階段へ向かった。


 結局、試合時間の目星はつけられなかったが、それぞれの試合毎に時間も変わるからこそ、前の試合の二十分後などという割といい加減な時間運びになっているのだろう。


 ならこれ以上見ていてもしょうがないので、フェンと一緒にいるであろうユキネの予選試合の時期を聞いて、それからどうするか決めたほうがいいはずだ。


 試合間隔は二十分ほどしかないので、気持ち早足で階段を下りて参加者控え室へと向かった。


 

 階段を下りきり、直ぐ横にある闘技場側の大きな入り口を抜ける。



「ねぇ、さっきのは貴方の次くらいに強いの?」



 隣の王女が嫌に静かだなと思っていると、あまり聞き覚えがない質の声で問いかけてきた。


 目線だけ横にやると、なにやら難しい顔をしている。



「さぁな。実際に戦った事なんてないし相性とかもあるからなんとも言えんが、……フェンにジェミニやレイが負けるのは想像しづらいな」

「……あの老け組二人か。そうね、とっても強そう」

「興奮してるところ悪いが、あの二人は出ないと思うぞ」



 難しい顔が少しずつ高揚していくのを短い言葉で阻んだ。割と好戦的な性格なのは知っている。こう言っておかないと喧嘩を売りに行きそうだ。



「別に喧嘩売りに行ったりはしないわよ」

「心読むな」

「その目付き悪い顔に書いてあるのよ」



 灰色の大理石で出来た壁を伝って歩いていくと、やがて武装した人間達が集まっている場所に出た。ここもまた押し込められるように人間が密集していて暑苦しいことこの上ない。


 恐らく次の試合の参加者達だろう。興奮している者や精神統一している者、殺気だった奴や、更には平然と本を読んでいる者もいる。


 そんな中、部屋の端に設置された机で、フェンがそこに座ったスタッフと一言二言言葉を交わしているのを見つけた。



「本戦の組み合わせは改めてくじを引くことになっておりますので、二日後の朝十時には闘技場にお越しください。では御武運を」



 そう言って会釈するスタッフに、一瞬遅れて頭を小さく下げた後こちらに振り向いた。

 

 軽く手をあげると、直ぐにハルユキに気付き、器用に人垣の隙間を縫うようにフェンが近付いてきて、近付きざまに心なしか弾んだ声で口を開いた



「予選、勝ったよ」



 小動物的な可愛らしさにあてられて反射的に頭を撫でてやろうとフェンに手を伸ばして、それを止めた。

 

 子ども扱いしてはまた怒られてしまう。


 そんな考えを巡らせているせいか、その手を見て何か言いたそうになっているフェンにはハルユキは気付けなかった。



「見てたよフェン。予選通過おめでとう」

「………ありがと。ハルユキ、…と?」



 フェンの視線がハルユキから隣のフードを被ったノインへと移動する。それに気付いたノインは少しだけフードを上げてフェンに顔を見せた。



「よろしく。何回か顔は合わせたと思うけどノインよ。突然だけど貴女私の部下になりなさい」

「え…?」

「待て。うちの稼ぎ頭を引き抜くんじゃねぇ」



 フェンの肩に手を置きそのまま連れて帰ろうとするノインの頭を引っ叩く。


 まだ貯蓄は結構あるものの、チームランクがEという現状では二人だけのCランクを失うのは経済的にかなりきつい。



「…この男が貴方が居なきゃ寂しいって言うから諦めるわ」

「……そんな事言ってねぇよ」

「じゃあ、貰っていくわよ?」



 ノインの言葉にほんの一瞬だけ言葉に詰まると、顔の左に何かやんわりとした視線が突き刺さってきた。



「……それよりユキネは? 一緒じゃないのか?」

「む…」



 恨みがましい声を漏らすフェンに目を合わせないように他の参加者を見渡す。


 そこで、既に二回目の予選が始まったのか先程の十分の一程まで人が減っている事に気づいた。耳に少し集中すると、闘技場の方から騒がしい声や剣戟の音が微かに此方まで聞こえてきている。



「ユキネは、だいぶ、後」

「ああ、そうなのか」



 もしかすると同じ予選試合かとも考えたが、確立は二十八分の一だ。そうそう鉢合わせにはならないだろう。



「……ノイン王女」

「ノインでいいわよ、同い年だし。私もフェンって呼んでいいかしら?」



 一度頷いた後、じゃあノイン、と名前を言い直してノインに向き直った。




「本当に、ハルユキと結婚したいの?」




 闘技場の方を向いていたハルユキの顔が人知れず強張った。



「そうよ。私がこの男に勝ったら貰ってくわ」



 それに対してノインは全く気にした様子もなくフェンの問いに答えた。


 フェンは少しだけ目を見開くと、一度自分の足元に視線を落とした後、改めてノインに向き直った。





「……じゃあ、二人が当たる前に、私が倒すことにする、…から」



 相変わらず呟くようにフェンは言葉を繋げていった。


 繋がって出来あがった台詞はフェンのような外見からは想像し辛い好戦的なもの。驚いた顔で一度その言葉を頭の中で反芻してから、ノインは唇の端を吊り上げた。



「…そういうのは嫌いじゃないわ。貴女みたいな人からそんな事を言われるとは思わなかったけど」



 フェンの肩の上に乗せていた右手をゆっくりと離すと、自然と笑みの形になる口元を隠すように、顔に手を持っていった。



「すると好敵手、って事かしら。ああ、何だかすごく良い響きだわ…」



 酔い痴れるようにそう呟くと、はっきりとした対抗心を持ってフェンの眼を見つめ返している。



「私より…」

「なに…?」



 ジッとノインの顔を、それこそ穴が開くほど見つめるフェンからは、驚くほど感情を読み取ることが出来ない。


 あまりに透明度が高い空色の瞳は、曇ることも逸らすことも知らないようにノインをただ見つめ続ける。



「…なんでもない」



 好戦的にその瞳を見つめ返していたノインから、漸くフェンが視線を外した。



「それはつまり俺と当たったら俺も倒すって事か?」

「そう」

「楽しみにしてるよ」

「してて」



 短く簡単にハルユキにも宣戦布告する。


 それはかなり淡々としたものだったが、戦意だけはひしひしと伝わるものだった。



「あれ。やっぱりフェンちゃん達もいたんやな」



 不意に聞き覚えのある訛った言葉遣いがフェンとハルユキの耳に届いた。その声の元は、予想を裏切ることもなく茶髪で薄目のおちゃらけた男。


 その様子は全くいつもと変わりないもので何も気にかけることなどなかったが、出てきた場所が意外な方向だった事に驚きを覚えた。



「何だ。お前も出るのか」

「そうやよー。しっかり予選も通過してきたで」



 出てきたのは予選の真っ最中の筈の闘技場。


 予選が始まってまだ五分ほどだ。このタイミングで出てくるということは勝利、それも圧勝を成してきたからに他ならない。



「…本当に飽きないわね、貴方達は」



 曲がりなりにも各地から集まってきた腕自慢共を一蹴。それも息一つ乱さずに。そしてその事を大して驚きもしないフェンとハルユキからも、恐るべき力量の高さを感じさせられる。


 思わず零したノインの呟きは好奇心に濡れていた。



「ユキネちゃんは?」

「出るよ。でも予選はまだ後のほうだとさ」



 手に持った温くなったお茶を一気に喉の奥に流し込みながらハルユキが答える



「どこに居てはるの?」

「知らん。けどそうだな。見つけて昼飯でも食いに行くか。俺も予選は最後だからレイとシアを冷やかしにでも行こうぜ」

「………ユキネなら、この前のアキラって子に連れて行かれた…」



 ぐしゃん、とハルユキの手の中で紙のコップが音を立ててひしゃげた。



「んだとォ…?」





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