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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
95/281

予選

『さて、やって参りました"舞武"当日! 実況は嵐の実況者ドモンがお送りする! 昨日決めた自称だがな』



 喧しい解説がどこからか響いてくる。騒音ともいえる実況を聞きながら周りを見渡すと、所狭しと集まった人間が闘技場の中に物凄い密度で詰め込まれている。


 客席にも闘技場ほどではないが、人間が密集していた。それにしても狭くて仕方が無い。この闘技場は直径50メートルほどの造りになっているがそれでも一杯一杯だ。


 近年稀に見る参加人数の多さだとか、優勝候補だとか、賭けのレートだとかを、休む間もなく解説するマシンガントークも相まって暑苦しいことこの上ない。


 解説によると何と参加人数は去年のおよそ倍の2000人を超えたということらしい。



『おっと開催の儀が始まるみたいだから、ここらで一旦口を噤ませてもらおうか』



 闘技場の端から続く長い階段の先に、王女が姿を見せ、嵐の解説者ことドモンが黙る。


 それにつられる様に、自然と会場が静まり返っていった。


 階段の先のノインは手に妙な剣を持っていた。何かから切り出したかのような角ばった白い剣。何かから削り出したかのように柄と刃が一続きとなっており、更に柄と刃が交差する部分に穴が開いていて、そこに薄い桜色の宝玉が嵌っている。


 それを一旦仰々しく掲げると、その場に突き刺しその柄に両手を預けた。



『集まりに集まったわね。2238人ですって? まぁ結構賞金と粗品にお金かけたからだろうけど? 烏合の衆じゃないことを祈るばかりだわ』



 棘がある言い方だが、それはどの人間も承知の上なのか起こったの笑い声だけだ。



『しかし、当然得られるものはそれだけじゃないわ。ここから見てもさぞ名のある人間の顔が見え隠れしている。──それでもこの中から栄光を掴めるのはただ一人』



 スッと180度声の方向性が変わり、口調が真剣そのものに変化してそれに伴い闘技場の面々も顔が緊張と興奮でこわばっていく



『堅苦しいことは何も言わない。ただ王を前に剣を持ち、己を示して見せろ。栄光も金も名誉も夢も。勝った者の総取りだ』



 静かに力の入った声が、町中に届くような音量で反響する。


 ハルユキはノインの普段を知っているので何か可笑しい気分になるが、他の誰かが聞く分には興奮を促す、のかもしれない。



『戦神オベリスクにその血を、その力を、その意気を捧げよ。ここに開幕を宣言する!』



 その言葉に闘技場が爆発したような歓声が巻き起こった。ノインはそれを満足そうに見下ろすと、傍に用意されていた王の座に腰を下ろした。


 突き立てられた剣は、取り上げられ恭しい造りの掲台に飾られる。その直ぐ下に同じように飾られた例の粗品を発見した。


 今更取り乱したりはしない。ただ自分の底の方で湧き上がってくる何かを感じて、拳を握り締める。


 ノインが奥の玉座に引っ込むと同時に再び実況が復活し、興奮の坩堝となった会場が一旦落ち着きを見せ始めた。



『それじゃ今からルール説明、それとその後番号呼ばれた奴は二時間後に予選開始だ。とっとと準備しろよ紳士淑女共!』



 それから声が穏やかな女性に変わり、ゆっくりと闘技内容を説明し始めた。



『では予選のルール説明をさせていただきます。これから読み上げます番号の方は一時間後この闘技場で予選を行っていただきます。二日後の本戦に進めるのは昨年の優勝者、準優勝者を加えての32人。何分人数が多いので結構な人数が一度に戦うことになりますが、怖い人は帰って結構、と王女よりお言葉を承っておりますので悪しからず』



 では、と一呼吸置いてから、侍女のような格好をした女が手に持った羊皮紙を広げてそこに書かれているのであろう内容を読み始めた。



 68、1164、3、43、288。


 闘技場の外まで響くような澄んだ音声で次々と番号が読み上げられる。


 不意に向かいの男の顔つきが引き締まった。自分の番号を呼ばれたのだろう。番号が呼ばれた数人が準備のためか一様に闘技場を後にしていく。


 2015、451、879、1452。


 覚えのある番号を聞く事無く、番号の羅列を読み上げる声が止まった。



『それでは、続く予選の組み合わせは闘技場前に30分後には張り出しますので其方をご覧ください。一戦目が終わった20分後には次の予選を始めるので準備はお早めにお願いします。続いて本戦及び、基本的なルールですが…』



 ひたすらに聞きやすさを追求したような、澄んだ、それでいてよく通る声で説明が続けられていく。


 基本的に武器、魔法についての制限はなし。勝敗は審判が止めに入るか、気絶するか、若しくは片方が負けを宣言した場合に決定する。


 そして殺しは負けでその時点で失格。しかし、罪には問われない。その為の書類も選手たちは全員書いているはずだ。


 と言ってもまあ、危なかったら兵士達が全力で止めに入るし、治療班もこれでもかと言うほどに準備されるから死ぬ人間は知る限り出ていないそうだが。


 気付けば、もうかなり闘技場内に人が減っている事に気付いてハルユキも出口へと足を向ける。


 出口をくぐろうとした所で何かに呼ばれた気がして、もう一度振り返り玉座に飾られているそれをもう一度目に焼き付けた。


 ついでに目にはいった参加者たちの顔が戦意に満ちているのが分かる。


 戦いが、始まった。





◆ ◆ ◆





「…最後から二番目かよ」



 一時間後、闘技場を出て直ぐの所に設置されていた掲示板に、デカデカと張り出されている紙を見て溜め息をついた。


 今が朝の十時程だから自分の予選開始は夕方頃になるだろうか、そもそも予選一戦でどれくらい時間がかかるか分からないので予想もし辛い。


 初戦でも全く問題は無かったのだが、まぁ昔からそうついていた方でもなかったから、こういう運が悪くても不思議ではないが。


 時間の目星をつけるために一試合目だけでも見ておくかと、足を客席に続く階段へと向けた。ユキネとフェンも探そうとしたが、何しろ人が多過ぎて見つかりもしない。


 それにしても今日も馬鹿みたいに晴れている。まだそれ程日も高くも無いのに、道行く人々も手拭いで滲む汗を拭きながら店を覗いたり、食べ物を購入したりしている。


 しかし、まだそこら中に森が繁殖している上に空気を汚染する恐れも無いエネルギーで生活しているためか、自分が知っている夏と比べると随分爽やかで好感の持てる暑さだった。



「あ、居たわね。あの軟膏寄越しなさい。暑くて堪らないわ」



 そんな小さな感動をぶち壊しにして、ここ最近疫病神となっている女の声が後ろから聞こえた。



「…ほらよ。それより王女がこんな所で何してんだ。帰れ」

「いやよ。あそこは高いだけでほとんど何も見えないんだもの。それに舞武の時期は私は仕事がないから暇なのよ」

「お前がわざわざ出場するからだろうが」



 コツコツと音を鳴らしながら、ノインと並んで階段を進む。


 服装は先程のやんごとない服装ではなく、この前ハルユキが買わされた普通の服だ。流石と言うべきか、スカートの先から首元まで皺一つも見当たらない。



「暑い…」

「そうかしら? 堪え性がないわね」

「…お前は本当に性格が悪いな…」



 いつの間にか階段を抜け、出入り口特有の強めの風が顔に当たった。


 客席の方はどういう構造になっているのか外や闘技場ほど高い気温は感じないが、動けば汗をかくほどには暑い。


 そう言えばここは昔に作られたもので色々な仕掛けがあるとか横の王女が言っていた気がする。この気温調節もその一つなのだろう。


 闘技場にはまだ選手の姿は見えず、その代わり老若問わず大勢の兵士やいかにもなローブを着込んだ魔導師らしい人間が、五箇所ほどにそれぞれ集まって何かを行っていた。



「ああ、あれは結界張ってるのよ。あの人数の儀式魔法だからそう簡単には崩れないわ。客席まで被害が及んだら事だし」



 そう言ったノインの方を見れば、たまたま傍を通った売り子から購入した飲み物をチビチビと口に運んでいる。


 ハルユキも買おうとしたが、既に売り子は遠ざかってしまっていた。



「…言ってくれよ」

「あら、ここにもう一つ誰かが飲む予定も無い冷たい飲み物があるわね」

「お心遣い痛み入ります」

「ふふ、よろしい」



 楽しそうに笑うノインから飲み物を受け取ると、開いている席に移動して座り込んだ。



「なあ、予選ってどれくらい時間かかるんだ?」

「そうね。今回は人数が多いから多分夜までかかるわ。一試合は大体30分ぐらいが平均かしら」



 横に座り込んだノインが視線は闘技場に向けたままそう答えた。同じように闘技場に目を向けると、もう先程の兵士達が撤収を始めている。どうやら結界を張る作業も終了し、そろそろ予選が始まるらしい。


 客席は闘技場から2メートルほど高い所に作られているわけだが、闘技場と客席の境にぐるっと薄い壁のようなものが見える。ハルユキの視力でよく目を凝らせば見える程度だから観戦には支障は無いだろう。


 暇を持て余してぼーっと闘技場を眺めていると、いきなりトランペットの様な高く澄んだ音が闘技場内に響いた。



『さてさて予選開始だ! と言ってももうお客さんは95%がお帰りだがまあ気にするな。それと俺様も今から彼女待たせてからばっくれるがそれも気にするな。見て欲しかったら本戦まであがって来い! さぁ入場しろ戦士達! そしてさらばだ戦士達!」



 気の抜けるような実況を残して本当にそれきり嵐のような声がやんでしまった。


 しかし実際に客は殆ど開催の儀を見て帰ってしまったらしく、残っているのはほぼ偵察に来た参加者達だろう。


 そんな事を考察していると、二つの入り口から闘技場に大勢の選手達が姿を現し始めた。



 1、2、3、4、5,6,7、…………75人。



「……多すぎないか、これ」

「だから多いのよ参加人数が。時間もおしてるから例年通り行くしかなかったの」



 実際問題として上がったのだろう。疲れたような顔で珍しくノインが愚痴った。


 しかしまあ、幸い闘技場が広いお陰で、開催の儀の様に溢れ返る様な事態でもなく、普通に各選手同士がそこそこ離れる事ができている。


 時間が掛かる以外には大した問題も起こらないのかもしれない。



「この試合で目ぼしい奴はいるのか?」

「そうね…。そんなに騒ぐほどでもないけど、確かAランクの奴が一人ぐらい居た気がするわ。順当に行けばそいつが勝ち残るでしょうね」

「どんな奴だ」

「仏の…何たらって男。柔和な顔が印象的ってことらしい……、って、あら」



 その男を捜そうと視線を巡らせていたノインが、妙な声を出した。



「…あれ、貴方の知り合いが出てるわよ」

「え?」



 何となく眺めていた右側の選手達から一旦目を離して、ノインの見ている方向に目をやると岩のような男達に紛れて小さい青い髪の少女が背丈より大きい杖を持って配置につこうとしていた。



「フェンだな。第一予選だったのか」

「………大丈夫なの、あれ」



 見れば他の参加者にも、変な目で見られたり微笑まれたり呆れられたりしていた。横のノインも呆れている顔に分類されるだろう。



「前にも言ったろ。あいつはちゃんと戦える」

「その貧乏揺すりを止めてから言いなさい」

「…親心ってやつだよ」



 正直エントリーの時に止めたかったが、多分言う事聞かないのは目に見えていたし、心配だから止めるなんて言えるわけも無かった。


 唐突に今度は銅鑼が重々しい音を撒き散らして、同時に魔法によって拡大された声が響く。



『予選開始!!』



 開始と同時に青い髪の少女が誰より早くその杖を振り上げた──。





◆ ◆ ◆





「お、おい、嬢ちゃん。こんなモノに出ちゃ駄目じゃないか…!」



 闘技場に進む通路を歩いて、いざ闘技場に出ようとした所で後から気の良さそうな声がフェンの耳に届いた。


 歩きながら、そちらに首を向けてみると声の通りに気の良さそうな顔がこちらを覗いていた。そんな表情に反して、男の立ち振る舞いには歴戦の雰囲気が漂っており、腰にも大層な剣を携えている。



「おいおい、誰だよこんな所に迷子連れてきたのは!」



 気の良さそうな声でフェンの存在が知れたのか、他の柄の悪そうな男がフェンに思い切り指を指して腹を抱えた。その声が伝染していき、フェンを追い越しながら闘技場に進む人間達が、奇異の目だったり、心配そうな目だったり、馬鹿にしたような目だったりでフェンを一瞥していく。



「おいおい、そんな事言い方はないだろ。この嬢ちゃんは私が相手をするから、手を出すなよ?」

「おーおー、優しい事で」

「知ってるか? 優しくなければ生きていく資格が無いんだ」

「聞いてねぇよ」



 もう笑い飽きたとでも言いたいのか、シッシッとこちらに手を振ると欠伸をしながらある程度はなれた所まで歩いていった。


 男はそれを溜め息をついて見送ると、気の良さそうな顔でフェンに向き直り、溜め息をついた。



「そういう事だ。私が居たから良いようなものの、もうこんな無謀な事するんじゃないよ」



 そういい宥める様に、こちらに柔和な笑顔を向けてくる。ハルユキやジェミニとかレイとかに子ども扱いされればむっと来るが、本気の心配からこんな顔を見せられれば、何となく怒る気にもなれない。


 それも自分が不利になるのを承知で気を揉んでいるのだ。なかなか無下にはしにくいものだ。



 ──まあ、それと勝負はまた別の話だが。



 闘技場内と、それに客席にも視線をめぐらせた。


 心配そうに膝を揺らしながら、こちらを凝視している黒髪の男は直ぐに見つかった。


 大丈夫、と小さくハルユキに向かって呟いてみるが、伝わってはいないだろう。



 それで良い。


 行動で示すことが出来るのだから。



 唐突に開戦を告げる銅鑼の音が響き渡る。


 そしてそれとほぼ同時に、フェンは手に持っていた杖を高々と垂直に振り上げると。



 地面に杖の柄を強かに叩き付けた。



「──"一樹当千"」



 その呪に応える様にフェンの周りの空気が一変した。


 小さい体の中で、水と土の魔力が混じりあう。杖の先から迸る魔力に、周りの数人が血相を変えてこちらを振り向いた。


 しかし既に手遅れ。


 地面の下から何かが蠢くような音と共に地震のような激震が闘技場を広がって行く。 


 そしてその音が一瞬だけ沈黙したかと思うと、一辺1メートルほどある床石を弾き飛ばして闘技場の中心から何かが姿を現した。


 その床石に立っていた参加者は当然空中に投げ出され、その何かに捕まえられる。



「……何だよ、これ…」



 いきなり現れたその物体に誰かが呆然と呟く声が聞こえた。


 蠢くようにその体を震わせながら急激に成長を続けるそれは、見上げるほどの大木。


 その無数の枝を手足のように動かし、参加者達を捕縛していく。何人かは撃退しようとするが、その全てが数に圧倒され、手足を封じられ締め上げられる。


 木の枝と奮戦する声が、徐々に数を減らしていく。


 その光景から連想するのは、ただ圧倒的な力。


 

 銅鑼が鳴ってから僅か数分後。



 闘技場の上に残っているのは小さい少女とそそり立つ大木だけになっていた。



 静まり返った闘技場内に、思い出したかのように終戦を告げる銅鑼の音が響く。


 只管一方的に予選第一試合は終わりを迎えた。


 銅鑼の音を確認して小さく息をつくと、気絶した人達が落ちてしまわない程度に木の拘束を緩めた。



「情けないな、こうも一方的にやれらるとは…。参ったよお嬢ちゃん、いや、名前を聞いてもいいか?」

「……?」

「戦う時にはな、こうやって名前を交換するんだ。まあもうやってる奴もあまり居ないがな」



 締め上げられて指一本動かないながらも他の人間と違い意識は失わなかったのか、先程の柔和な男が息を切らしながらも言葉を続ける。男の中では大事なものなのだろう。



「…フェン・ラーヴェル」

「フェン・ラーヴェル。俺はアシュル・マリサ。…子ども扱いして悪かった」

「もう、慣れてる…」



 木にぶら下がっている人間を救出しようと駆けつける城の人間とすれ違うように、フェンは闘技場を後にした。





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