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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
92/281

不和

 燦々と降り注ぐ日光の中を、夏用に新調した簡素な服の裾を揺らしながら町の中心へと向かっていた。


 町は相変わらず騒がしさを加速度的に増していて、来たる祭日への期待を増幅させる。進行方向上に人が途切れているところが殆ど確認出来ないほどだ。


 その人の波を超えた町の中心には当然のように城が鎮座していて、今となってはユキネが好きに出入りできる類の場所ではない。が。


 今はその城だけを目指して足を動かし続けていた。



「何でいきなり捕まってるんだ、あの馬鹿は…!」



 昨日の夕方頃、いきなり宿に城の近衛隊長の女性が現れ、困ったような顔でハルユキを王女誘拐の現行犯で拘束したと通達してきた。


 最初は戸惑ったものの、王女の希望もあって一日だけ牢で反省しただけで解放されるそうなので心配が抜け落ちれば残っていたのは、ただ呆れだけだった。



「あれ程心配させるなと言ってるのにあの馬鹿は…!」



 一日経ってみると、今度はそれが憤りに変わっていた。


 とりあえず一発引っ叩いてやろうと思う度に、地面を踏む力がどんどん力が強くなっていく。


 フェンは唯一のCランクだから仕事は外せないし、ジェミニはその手伝いだから無理。


 シアと、それになんとレイも酒場でバイトを始めたらしい。昨日から働いているそうで、シアが面倒くさがるレイを引きずるように酒場に引っ張って行ったので間違いないだろう。


 どことなく、シアは雰囲気がイサンに似ていると思った事がある。


 レイがシアに逆らいにくいのもそのあたりが起因しているのかもしれない。


 家に帰るまでが反省だとも思い、放っとくかとも思ったが、レイに上手く乗せられてしまい結局ユキネが一人で迎えに行っているという訳だ。



「…こうなったら何か昼食でも奢らせよう、うんと高いやつを」



 そしてついでに少し買い物にでも付き合ってもらう。


 せっかくの祭りなのに、まだまともに町を回ってもいない。聞けばハルユキは闘技大会に出場するらしいし、何時また一緒に回れる機会がくるか分からない。


 …いや別に一人で回っても構わないのだがレイも一緒に回ってやれとか言ってたしやっぱり乗せられただけかもしれないけど。


 まあ、あまり考えすぎるのもよくない。



「しょうがないな。全くしょうがない」



 多分面白半分でレイに焚き付けられことは何となく分かっていた。


 相変わらず日差しが熱いし。心配ばかりかける馬鹿に、いらついていた。


 でも心なしか足取りは軽かった。


 少し矛盾しているかもしれないが。


 別にそんな事、たった十六年の人生の中でも山のようにありふれた事だ。


 そう感じるのだからしょうがない。ただそれだけ。



「む…?」



 そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか進行方向に団子のように固まった人込みが立ち塞がった。


 周りも、それはすごい人だが目の前のこれはすこし毛色が違う。と言うより何か催しでもあっているのだろう。


 仕方がないので、迂回して回り道をしようと足を横に向ける。



「うわッ…!?」



 横から気配を感じそちらに顔を向けた瞬間、後ろから何人かの人間がユキネごと人垣の中に割り込んでいった。



「ちょ、あの…!」



 一旦入り込んでしまうと、前に前に行こうとする群衆に押し流されてさらに奥へと進んでしまう。


 やっと落ち着いたかと思った時にはもう群集のど真ん中で、もう遭難したと言っても過言ではない状況だった。


 しかしこの辺りからは町の中心の方向にゆっくりとした人の流れが出来ているようで、自然に足を進めればいずれ脱する事が出来そうだった。


 あらかじめ早めに出てきてしまったし、そんなに急がなくてもすれ違うこともないので、ゆっくりと流れに身を任せることにした。


 そうやって落ち着いて、初めて周りの人達が歩くには不自然な方向を一点を見ていることに気付いた。


 それにならうようにその方向に顔を向けると、まず見えたのは何やらいかにも急造したような質素な壇と、その上に兵士が二人。


 その間で守られるように展示されていたのは古びた洋剣。


 鞘に入っていて刀身は見えていないが、相当歴史のある剣だと伺うことはできた。


 周りのざわめきを聞いて、まとめるとつまり今度の闘技大会の優勝者に贈られる粗品だそうだ。



「…………?」



 それを見たのは五分にも満たない時間だったが、それからしばらくの間何かが噛み合ってない様な不自然な感じがこびり付いて離れなかった。







◆ ◆ ◆







「シャバの空気は美味い…」



 ハルが、迎えに来たユキネの顔を見て初めに言ったの言葉がそれだった。



「何だそれは」

「お約束ってやつだ気にするな。それよりわざわざごめんなユキネ」



 それはいいけど、と言おうとして、そういえば一発殴ると決めていたのを思い出し、しかしもうどうでも良かったので結局そのまま口に出した。


 その後一言二言言葉を交わしながら城門をくぐった瞬間、ハルユキ溜め息をついて肩を落とした。



「ハル? どうかしたか?」

「………何でもないよ。ああ何ともないとも」



 何処か困ったように城を見上げると、直ぐに前に向き直った。


 もう日は完全に昇りきっていて、時間でいえば1時ごろだろうか。往く先には、嫌になるくらい降り注ぐ日光の中で忙しなく町人が蠢いている。


 この暑い中を歩いて戻るのは考えるだけで少し億劫だ。



「…なあ、ユキネ」



 城に架かる橋を渡り終え、騒がしい町並みをぼーっと眺めながらハルユキがおもむろに口を開いた。



「お前ってさ、好きな人っているか…?」

「…は!?」

「いや、好きな男。人間としてとか友達としてではなく」

「い、いない! いるわけないだろそんなの!」

「…別にそんな必死にならなくてもいいよ」



 ハルユキはそれを聞いた後、前に向き直って一瞬難しい顔になり、そしてすぐ困ったような顔になって、溜め息をつき肩を落とした。


 先程の言葉がどういう意味なのか把握しかねるが、まさか、いやでも。


 知らず知らずにユキネがうんうん唸っていると、ハルユキはそれを見て苦笑し額から皺を取り去った。



「……よし。飯食いに行こうぜユキネ」



 そして何を思ったのか、突然そんな事を言い出した。



「…お金はあるのか?」

「一食分ぐらいはあるよ」

「皆は? どうやって呼ぶんだ?」

「二人でだよ。金は二人分がせいぜいだ。それにこれは迎えに来てくれたお礼だからな」

「ふ、二人か。そうか…、うん」



 至って予定通りなのだが、どうしてこんなに緊張するのかと自問してみると、そう言えば二人きりでまともに食事をするのが初めてだという事に気付く。


 自覚すると緊張ともなんとも言えない妙な胸の高まりが大きくなってきた。



「ど、どこに行くんだ?」

「高い所行くぞー。期待しとけー」

「あっ待てハル。お前すぐ迷子になるだろっ」



 早足で行ってしまいそうになるハルユキの手を捕まえようと手を伸ばす。


 そして追いついた瞬間ハルユキが歩を止めた。



「……よしユキネ。お前店に着くまで自分の耳塞いでてくれ」

「え…?」



 いきなり何を言うのかと顔を向けてみれば、ハルユキが額に汗してぎこちない表情をしている。


 そしてその顔の理由は耳を塞ぐのを待たずに、すぐに聞こえてきた。




「なあ、知ってるか? 王女の話」

「ああ何か街のど真ん中で愛の告白して求婚してって話だろ?」




 群集の喧騒を抜けて、本来なら聞こえる筈もないようなほど離れた場所から話し声が聞こえてくる。




「確か相手はあの黒髪で、今年の"憑物"の奴だろ?」

「んぁ? 俺はその男のほうから抱き付いて唇奪ったって聞いてたけど?」



 その内容は余りに真っ直ぐにそして余りに不自然にユキネの耳まで届いて、思わず真偽を疑わせた。


 そう言えばそれを思わせるような事を先程ハルユキも言っていたな、と、心のどこかのほんの一欠片だけが納得する。

 

 それでも、信じたくないと思う大半の部分が、ハルユキの方に向き直らせた。



「…ハ、ハル? あれはお前の事、じゃないよな…?」



 ひょっとしたら顔が引き攣っていたかもしれない。青くなっていたかもしれない。本当にもしかしたら泣きそうだったかもしれない。


 何しろ視線の先でハルユキが少しだけ何かを思い出したかのように頬を赤く染めながら、照れ臭そうに頬をかいていた。



「だから耳塞いでろって言っただろ…」



 ユキネにできるだけ目を合わせないように視線を適当に巡らせている。その様子がどうにも歯痒い。



「……け、結婚するのか!? ま、待て、そういうのは簡単に決めちゃ駄目なんだぞ! ハル! 聞いてるのか?!」



 自分でも訳の分からないことを口走っているのは分かっていたが、何か話してないと、目線を外したままハルユキが何処かに行ってしまいそうな気がして、言葉を止めるどころか無意識のうちにハルユキの方に手を伸ばしていた。



「いやだから…。結婚なんてそん……な…」



 何の前触れも無しに、ハルユキの目線がある所で不自然に停止して目が見開かれた。



「…ハル?」



 そこで漸くハルユキの表情が余りにもおかしい事に気付いた。別に噂に頬を赤らめさせているわけではない。そんなことは眼中にも無いといった感じで、ただ人垣を超えた遠くを凝視して、耳を澄ましていた。


 その表情はまるで迷子の子供が親を見つけた時のように、今までの不安と溢れてくる安心がごちゃ混ぜになっているような表情。


 足は完全に止まり、馬鹿みたいに顎が落ち口が半開きになり、雰囲気はあの桜の森で剣を手にした時と同じ雰囲気。



 そして限界まで見開かれたその目は、今にも涙が零れそうにさえ見えた──。



「ハ……!」

「──悪いユキネ。昼飯はまた今度だ」



 早口に事務的にそう言うと、人垣を目にも留まらない速さで跳躍し、何処かに消えた。咄嗟に伸ばした手も空を切った。


 意識を乗っ取られたかのように、ハルユキが向いていた方向に首を向ける。



 そこには先程も見かけた骨董品ともいえる剣が静かに鎮座していた。


 古びた鞘に、それに納めてある同じように古びた剣。"舞武"の覇者に贈られる聖剣。


 周りの噂に心を掻き回されたまま、ハルユキが初めて見せた余りにも"らしくない"表情に頭が迷走したまま。



 

 独り、広大な町の中に取り残された。



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