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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
89/281

王女の憂鬱・上


 この城には執務室と言うものがある。


 この城の中で自分の部屋の次に長い時間いる部屋であり、私が最も嫌いな部屋だ。


 持っていた王印を机に置き、ペン立てに先だけ収納されている格式張った羽ペンをくるくると回しながら、目の前に積まれた書類の山を忌々しげに睨み付ける。



「…ノイン様。睨んでいても書類は片付きませんよ」

「そんな事はないわ。現に私の魔力にあてられて今にも火がつきそうだもの」

「城ごと片付けてしまうつもりですか? それにどうせ書類は替えがききますからなくなることは…」

「分かってるわよ、冗談じゃない」


 そう言いながらも、再び判を握りなおす気にはまだなれない。外は丁度太陽が昇りきった所だが、少し前に息抜きだと早めの昼食を摂ったので一番の息抜きの理由は失ってしまっている。


 退屈だ。心なしか視界が色を失って灰色に見える。以前は無心で仕事をやれているつもりだったのだが。



「そう言えば」



 作業に集中できていない事を憂いたのか、それとも少し休ませてくれるのか、部屋の隅で兵の調練経過を一つ一つ確認していたミスラが此方に向き直った。



「ハルユキ殿ですが…」

「…ふうん」



 出て来た名前に少し胸が躍る。何しろ退屈と言う言葉に一番遠い男の名だ。厄介事だろうと、今の退屈と気だるさに比べれば上等の美酒のようなものだ。



「今度は、奴隷商人を潰したそうです」

「……奴隷? 今の時代にまだそんな事をやっている奴がいたの?」

「いえ。確かに各国で倫理問題が提唱され始めてから戦争も奴隷も無くなりましたが、奴隷商人の方は隠れて諸侯たちも利用している様なので…」

「貴重な奴隷商人は黙認、という訳…?」

「…残念ながら」

「それじゃここ最近頻発していた行方不明者も?」

「確かにリストにあった数名は保護することが出来ましたが、とても足りていません。そもそもその商人は主に、諸侯の持ち物である奴隷が孕んでしまった子供を受け取って奴隷に仕立てていたようですから…」

「どちらにしても不快ね。私の国でそんな事をやるなんて。…それで? 犯人は確保できたの?」

「いえ、恐らく逃げられたのだろう、と」



 恐らく? と聞き返そうとしたが、ミスラもそこで疑問符を頭の上に浮かべていたので開きかけた口を閉じた。


 奴隷、か。そもそも何で国で検知も出来なかったものを潰せるのだ。それも例のメフィストの件のほんの数日後に。


 厄介事に巻き込まれやすい、と言えばそれまでなのだろうが、解決に導いたのは人材に恵まれているからに他ならないだろう。



「…欲しいわね、やっぱり」

「は?」

「ミスラ? そう言えばガララドが式場を下見に行きたいって言ってたわよ」

「……え?」

「もう仕事は良いから。一緒に行って来なさい」

「い、いえ。しかし…」

「そもそも、貴女はさっさと子供でも孕んで産休取りなさいとまで言ってるんだから。今やってる仕事も貴女の物じゃないでしょう?」

「……は、孕めって…」



 照れさせてしまえばこっちのものだ。


 最後に人の上に立つ者として必要な畏敬と寛大さをのせた笑顔を貼り付けて、一言。



「行ってらっしゃい」

「あ、ありがとうございます…!」



 バタバタと慌しく書類を片付け、顔を期待に赤らめながら扉から出て行った。


 普段は冷静なのに、こうすれば簡単に手玉に取れるのは少しまずいんじゃないだろうか。



「…さてと。じゃあ事情聴取にでも行きましょうか」








「──騙されてやったのか?」

「…いえ、そういう訳では。気づいたのは部屋に出てからでしたから」



 堂々と執務室のテラスから王女が外へ飛び出した後、ギィと静かに音を立てて向かいに扉が開いた。


 その先には大分身長差がある2人が、なんとも言えない表情で開けっ放しにした窓のせいで揺れるカーテンを見つめていた。



「何だかんだで、負けて結構キてたみたいだからな、姫さまは。……俺達には気ィ使って強がるんだよな、昔から」

「ノイン様にも色々、ありましたから…」

「…あいつより強い奴なんていなかったから、だよな」



 甘えられるような親もおらず、自分より頼りになる大人にも会えずに、よくぞこんなに立派に育ってくれた。


 傾いた国を立て直し、下を向いていた人間に叱咤を入れて。


 強く強く強く強く。より強く。


 誰にも負けずに。


 十年長く生きた人間でも憧れてしまうほどに、誰にも寄りかからず一人で立てれてしまうほどに。



「あの男は、うちの姫さん支えられる位強い奴だと思うか?」



 静かに、それでいてどこか悔しそうにガララドの野太い声が消え入るように部屋の中に静かに響いた。



「さぁ、私にはわかりません。……でもノイン様が足繁く通ってらっしゃるのは、少しは力を抜ける場所があるからじゃないでしょうか…?」

「それなら、いいな」

「…ええ」



 主がいなくなった机の上で、ペン立てに立てられた羽ペンが風を受けて元気にくるくると回っていた。









「相変わらずいい町ね。流石は私の町」



 午後の日差しが燦々と降り注ぐ中で、額に汗を浮かばせながら活気強く動き回っている民衆は見ていて気持ちがいい。


 皆何かしら目的を持って作業をしているし、観光客は店を見て回るのに夢中なのでノインが歩いて回ってもそう気付かれるものでは…。



「あっれー! 王女様じゃないか!!」



 それでもどうやら紅い髪と格式張った服装は目立ちすぎるらしく、続々と人が集まってきた。


 まぁしかし、これを期待していたわけでもあったのだ。



「ほら、これ持っていって! 好きだっただろ?」



 ここ最近。と、言ってもちらほらと仕事の合間に町に下りてくることは前からあったが、この頃は回数が増えてこうして顔見知りも出来てきたのだ。



「あ」



 そうして大体。何となくあいつを見つける。


 町に出て直ぐだから、今日は割と早いほう。というよりどんどん見つけるのが早くなってきている気がする。



「ごめんおばさん、用事出来たわ」

「あら、デートかい?」

「そうそう、デートデート」



 病み付きになる味の焼き串を持ったまま走る。やはり外は足が軽い。今日のような雲一つない晴れの日は最高だ。まるで足に重さを感じない。  


 そのまま、フワッと飛び上がる。ああ今日絶好調だな、と一人でちょっとした事に気付きながら、一直線に突き進んでいく。


 そのまま空中で二回半体を捻る。


 そして見慣れた黒髪の頭目掛けて、何時も通り飛び後回し蹴りをかましてやった。


 

 まぁ、憎い事に完璧に防ぎやがったけど。





◆ ◆ ◆





 ああまた来やがったか、というのは割と直ぐにわかった。


 ヒュッと風を切るような、緩んだ日常の中では中々聞けない音が聞こえたので、それはもう完全に確信の域。


 飛んで来た右足を屈んで避け、その足を持って思い切り、暑くなってきた象徴といえる入道雲に向かって適当に投げつけた。当然入道雲まで届くことはなく、空中で体勢を立て直したそいつは、どうやってか進行方向を此方に変えて再び突っ込んできた。


 飛んで来た右拳を脇に挟んで軽く関節を極め、怯んだ隙に自称バルカン砲を右手に装填し、奴の額に添える。



「15戦中15勝目だ」



 バチン、と痛々しい音を立てて中指がノインの額に直撃した。



「ッ…痛いわね。何するのよ」

「自分の胸に手を置いてもう一度同じ台詞吐けたら尊敬してやるよ…」

「こんな真昼間から働きもしない社会のゴミがこの私に向かって何をするの?」

「……まさか凶悪になって戻ってくるとはな」

「あんたこんなとこで何してんのよ」

「ん? いや他の奴等が皆それぞれ用事があるってんで、暇を持て余してブラブラしてる」

「ホントに社会のゴミなのね」

「いや待てあのな…」

「黙れゴミ」

「いやだから…」

「口を開くな、ゴミ」

「お…」

「ゴミ」

「…よし、歯ァ食い縛ってそこに直れ。俺の熱い魂を叩き込んでやる」



 我慢ならぬ。


 とりあえずコイツを躾けて、教育怠慢の罪でガララド辺りも殴りに行こう。そうしよう。



「冗談よ」



 フイッと肩を透かされるように言い放たれ、怒りが萎んでしまった。


 ジッとこちらを観察するように見上げてくる王女様に、何とはなしに適当な言葉を放る。



「…大体、お前が何してんだよ。仕事しろよ」

「これも仕事の一環。…貴方今度は奴隷商人潰したでしょう?」

「不可抗力だ」



 ああ、やっぱ流石にあれはまずかったか、とさりげなく目を逸らしながら、何とかどもらずに返答する。


 そう答えたハルユキを、呆れたように見詰めたまま、ノインがこれ見よがしに溜め息をついた。



「その事で貴方に話があってね。そうね、どこか落ち着けるところ…」

「…確かこっちに喫茶店があった、けどお前その前に着替えろ」

「どうして?」

「…周り見てみろ」

「……あらあら」



 派手な格好した、それもこの国の王女がアクロバットな立ち回りをして目立たないはずがなく。


 何時の間にやら人が壁のようにきっちり十メートル、二人から間を空けて人垣を形成していた。



「どうしましょうか、これ」

「あー…、よし、跳ぶ」

「と…? って、きゃあ!!」



 ノインの了解を得る前に首根っこ、は流石に危険なので小脇に抱えて屋根の上まで跳んだ。何人かは気付いているようだが、ほとんどの人間は見失っているようだ。



「よし、じゃあ…」

「この…、離しなさ、い…!」



 引っ切り無しに向こう脛を的確に蹴り続けるノインを無視して、顔見知りの服屋に向かった。








「まさか、金持ってないとはな…」

「顔パスできそうだったのを、貴方が勝手に払ったんでしょ?」

「顔見知りだから遠慮するようになったら嫌だろうがよ」



 現にあそこのおばさんのアドバイスに従って、目立たなくそれでいて当時の製法を利用した夏服を作ってもらったのだ。因みに今着ている簡単なTシャツがそれ。


 その製法を伝えたお陰でものすごい売り上げを上げたそうだが、だからと言って甘えるのは申し訳ない。



「ま、流石に悪いからお茶代くらい出してあげるわ」

「…おい、金持ってんのか」

「顔パスできそうだったのを、貴方が勝手に払ったんでしょ?」



コノヤロウ…。



「…それで? 何を奢ってくれるんだ?」

「コーヒー」

「…………。どうもありがとう」

「いいえ」



 こいつが買ったのは確か一番高い服だったのだが、それを自分から指摘したら負けな気がする。多分こいつは分かってて言っていると思うが。



「まぁ、私のこの見目麗しい姿を見られただけでお金を出した甲斐があるでしょう?」



 くるり、と裾を浮かばせながら一回転するノインに一笑する。この年齢差で欲情するようになったらおしまいだろ。


 まぁ、まともな感覚な人間が見たら思わず振り返ってしまうような色香はあった。


 半袖で、膝下5センチぐらいの少し金持ちのいい家の娘が着るような服に、いつもはそのまま下ろしている赤い髪を一つに結んでいる。


 フードが付いているのは、いざと言う時に顔と髪を隠せるためだ。



「はっはっは、笑わせんなマセガキが」



 しかし、それはそれ。おおよそ一億年の禁欲生活をなめてもらっては困る。と言っても元々遊びまわるような生活を送ってもいなかったから我慢していたわけでもないが。



「……いい度胸してるじゃない」

「え……?」



 怒るとは思っていたが、思ったより3倍ほど低く重い声が背中に返って来た。



「デートでもしましょうか?」



 いつの間にか腕を組まれてしまったのは油断していたとしか言いようがない。


 サクッサクッ、と背中に頬に時には正面から顔に鋭い視線が突き刺さる。好意的な視線ではないことは察してもらえるだろう。



「放せ、馬鹿野郎」

「何? 空気が読めない男ね」



 これ見よがしに溜め息をついて、ノインは腕を放した。鋭かった視線が途端に緩和する。全く現金な奴らだ。



「暑い……」

「お前実は馬鹿だろ」

「役に立たない男ね。冷却機能でも搭載してなさいよ」

「……ああ、お前は実に馬鹿だな」

「どうもありがとう」



 言葉と同時に当たり前のように蹴りが飛んできた。おい、嫉妬の視線が復活したのはどういう理屈だ。変態ぞろいか。



「あ」

「? どうしたの?」



 ふと思いついて、頭の中を検索する。


 実は最近になって作り出す前にどういう物があるか検索できるようになっていた。


 ピン、と検索がヒットしてそれを手の中に2つ精製した。



「ほれ、これ首の周りに塗ってみろ」



 ナノマシンで精製したのは兄貴印の特製クリーム。いや、これは一般に販売もされていたか。


 二つ作って片方をノインに渡したが、なにやら訝しげに手の中のそれを見つめるだけで、一向に塗ろうとしない。



「別に警戒せんでも毒とかじゃない。ほらな?」



 言いながら、そのクリームを自分の首に塗りつけた。



「……あー…」



 思わず弛緩した声が漏れた。頚動脈の辺りで適度に冷やされた血液が全身に回って体を冷やしていく。後三分もすれば今の唸るような気温も感じなくなるだろう。


 それもこれは適温を保つ道具なので人体に害はない上に、冬の寒さ対策にも役立つのだ、その場合に塗るのは足や手などの末端部分だが。


 余程気の抜けた顔をしていたのか、ノインは未だ訝しげな顔をしながら、それでも恐る恐るクリームを首に塗った。



「あ…」



 眉根に寄せられた皺が解けて、同じように弛緩した声が今度はノインの口から漏れた。


 何しろこれは、冷房機器を廃絶に追い込んだ対夏超兵器だ。どういう理屈かは全く知らないが、今の文明の人間から見たらそれこそ魔法のようなものだ。



「卑怯ね。これは…」

「全く」



 しばし近くのベンチで互いに涼をとった。


 ほんの少しだけ温かさが残った気温が実に気持ちよかった。







「そろそろ行くかあ」



 そうしていても良かったのだが、どうも今日は用があって来ているようなので3分ほどでベンチから立ち上がった。


 振り向くと、そこで楽しそうな笑顔のノインと目が合った。嫌な予感が再び体温を下げる。



「ねぇ、折角暑さも無くなったんだから、やりたい事があるわ」



 そう言いながら、またしてもノインは腕に組み付いた。





◆ ◆ ◆





「ふぅん、こんな派手なのねこの時期って」

「んー」

「…何食べてるの。頂戴」

「無理」

「よこせ」

「うおッ!?」



 横から口に咥えていた餅の様な物を奪い取って、そのまま口に運んだ。



「あ、美味しい」

「…俺の一押しだ。伊達に毎日ブラブラしてない」

「働け」



 馬鹿みたいなことを誇らしげに言い放つ、言い放つ…って。



「私、アンタの事なんて呼んでたかしら?」

「お前俺の名前知ってたのか?」

「憶えてないわ」

 嘘だが。

「…ハルユキだよ。志貴野春雪」

「ハルユキ……呼びにくいわね」

「ほっとけ」

「じゃあ、そうね。ハルでいいかしら? いいわね」

「思いっきり事後承諾だが…。まぁいいよそれで」

「で? 今何処に行っているのかしら、ハル?」



 再びわざとらしく、腕に組み付くが正直自分でもアホらしくなったので直ぐにやめ、相変わらず何か食べながら歩くハルに問いかけた。



「お前が言ったんだろうが。ギルドの仕事に行きたいって。って言うか事情聴取したいんじゃなかったのか」

「この期に及んでそんな退屈な事やってられないわ。それに、最低限の信頼はしているつもりよ。私は」

「……おお。サンキュ」

「何? 照れてるの?」

「…照れてねぇよ」

「よくそれで私に子供とか言えたわよね」



 私がそこまで言うと、悔しそうに唸りながら少し歩くスピードが上がった。


 してやったり。


 早足になったからか、気付けばギルドの大きな建物が目の前に立ち塞がっていた。


 引っ切り無しに馬車や人が出入りしていて、賑やかな町の中でも段違いで人が密集しているようだ。



「フード被っとけよ。髪も隠せ」



 命令口調にイラついたので一発蹴りを入れて後に続いた。



「へぇ…」



 入るのはこれで確か十回目ぐらいだが、何時もとは少し、いや完全に印象が違った。


 人の意識が一つの物に、正確に言えば私に集中していない。違いといえばそれだけだ。でもその分ギルド全体に意識が集中している。


 それだけで、ギルドが何と言うか機能しているというか、活きているというか。そんな感じがする。ここには結構来たつもりだったのだが初めて来たような感覚に襲われて仕方がない。



「げっ…」



 嫌なものを見つけたような声が横から聞こえた。その目線を追ってみると、受付で何やら柔和そうな表情を浮かべた女性が全力で手招きしている。



「あっ、おいハルユキ! お前またルウト依頼に連れてっただろ!!」

「働き手が足りねぇんだよ。しょうがないだろ」

「大体父さんに一々確認取ることでもないしね」

「悪い。ウェスリアが怒るから行くわ」

「まぁた仕事か。飽きんなぁお前も」

「割と楽しいけどな」



 苦笑いで後手に手を振りながら、受付へと向かう背中を追う。



「あんた、えらく馴染んでるわね」

「そうか?」

「まぁ、親しみやすい人間が多いっていうのもあるでしょうけど。流石は私の町」

「はいはい」



 先程の柔和な女性がいた受付に着くと、女性が即行で口を開いた。



「…来ましたね。今日はこれです!」



 自慢げに取り出した依頼書は、Dランク。



「なに貴方、Dランクなんか受けてるの?」

「まだDランクだからな」



 小さくDと刻まれた指輪をこちらに見せ付けてくる。そんなに誇らしいものでもないと思うが。



「どうして? 憎たらしいけど、貴方なら…」

「そうなんですよ…」



 声を潜めて会話していたはずだが、どうやら耳が良いのか、受付の女性が会話にするり、と割り込んできた。



「ああすいません。このギルドで看板娘をやらせて貰ってます、ウェスリアです。よろしくお願いします」

「どうも、ノイです」

「……安易だな、おい」



 見えない所で膝を蹴り上げてから、会話に戻る。



「何でこの男がDランクなの? コイツならAの依頼でもお茶の子でしょ?」

「ああ、知っている方ですね。そうなんですよ、だからさっさとランク上げの試験でも受けて欲しいんですが…」

「こういうのはコツコツ上げていった方が良いだろうが」

「……仕事を楽しんでいらっしゃるから、簡単に上がりたく無いそうなんです」

「変人ね」

「全く」

「……悪口は本人のいない所で言ってくれるか」



 横から聞こえてくる不満を無視して、改めて依頼書を見つめる。



「あら…? ここは…」



 簡単な討伐依頼。うちの兵士なら一人でも解決できるであろうものだが、この場所は。



「ここは、飛竜の生息報告があったような…」

「……おい、またか」

「……あー…」

「また?」



 気まずく目を逸らすウェスリアを、呆れたように一瞥しながらハルが続けた。



「結構前からコイツが斡旋する仕事は、大抵高ランクの仕事と同じ場所でな。事故に見せかけて一緒にやらせようとしてんだよ」

「なるほどね」

「だってー、勿体ないじゃないですか。この人一人で古龍倒せるんですよ? さっさと株上げて私の事嘘つき扱いした人を見返してやらないと」

「………ハル、貴方出鱈目にもほどがあるでしょ」



 一人で古龍討伐。流石に驚きだが、まぁ不思議ではないかもしれない。何しろこの私を倒したのだ。それぐらい倒してもらわないと困る。



「大体何なんだ古龍って。そんなにすごいのか?」



 煙たそうに依頼書をウェスリアのほうに押し返しながら、ハルが訝しげな声を出した。



「古龍というのは飛竜が千年生きた時につける冠名よ。飛竜も年を重ねるごとに力を増すけど、千年を超えると姿も魔力も全く別種のものになると言われてるわ。それに人に近い知能と文化があるって主張していた奴もいたわね」

「霊龍ってのは?」

「…何でそんな事は知ってるのよ?」

「会った。二体」



 ……これ以上は驚かないと密かに決めていて、驚いても顔には出すまいと思っていたが、その時は多分驚きで口が開いていたと思う。ウェスリアも笑った顔のまま固まっている。



「…あんた一体何処でそんな大冒険してきたのよ」

「別に普通だよ。で? 何が違うんだ?」

「…霊龍って言うのは、古龍になってから更に九千年。つまりは一万年生きて成る神龍っていう伝説よ」

「伝説?」

「この国中探したって霊龍見たことがるって人間すら多分1人もいないわ。だから伝説」



 今度はハルが少し驚いたようで、顎に手を当てて考え始めて、直ぐにウェスリアに向き直った。考えるのをやめたな、あれは。



「んで。話は戻るが普通の依頼にしてくれ。依頼じゃないモンスター倒してもしょうがないだろ。金も貰えないし」

「大丈夫よ」



 は? と眉間に皺を寄せた顔でハルが振り返った。その顔に見せ付けるように左手を近づける。正確にはその中指に嵌められている金色の指輪を。



「VIPリングですか…!?」

「そうよ」

「VIPリング?」

「これを持っている人間はどのランクの依頼でも受けることが出来るわ。貰ったは良いけど仕事が忙しくて使う機会がなかったのよ。まぁそれを見越してくれたんでしょうけど」

「……何か都合いいな」

「あまり恐ろしい事を言わないの。という事で、一番難しい依頼を一つ」

「は?」

「飛竜4体討伐ですね。うわっ、これ5チーム編成以下は極力参加しないようにって書いてありますよ。しかも国にも委託されたもので250年前の依頼です。この頃また町の近くにも出没するようになったので撃退、出来れば討伐して欲しいそうです」

「おいおいおいおい…! 待てって…!」

「もう判子押しちゃいました、仕方ないですね♪」

「その台詞は最大限努力した奴だけが言える台詞だ!」



 半分冗談のつもりだったのだが、国に委託されていたと聞いては流石に黙っているわけにもいかない。



「いいじゃない。男のくせにグチグチと…。それに国にも委託されてたんならいずれ行かないといけないんだから」

「俺関係ないよねー…」

「あ、でもこの場所馬で行っても一日かかりますよ?」

「全力なら三時間でいけるでしょ」

「あれ? よく考えたらお前が受注したんであって俺は別に行かなくても…」

「…サイテーですね」

「……しかもあの男この前パンツ一丁で…」

「行かせていただきますっ」



 よろしい。



「それにこの依頼済ませれば、多分十年は遊んで暮らせるぐらいの報酬もらえますよ?」

「……マジで?」



 この男日に日に貧乏人根性が強くなってきているな、と何となくそう思った。





◆ ◆ ◆





「…あれ頂戴」

「いいけど三日で消える上に、ナノマシンがないと俺も操縦できんぞ」



 一時間足らず。ノインたちが以来場所まで来るのにかかった時間だ。要求を無視するかのように、指差した先に鎮座するノイン達を此処まで運んだコンコルドなる物が、音も無く姿を消した。


 欲しい。滅茶苦茶欲しい。


 収集癖はそう強いほうではないつもりだが、流石にあれは欲しい。あとあの声が出るようになるからくりと妙な軟膏も欲しい。



「おい、行くぞ」



 …まあ、今は依頼に取り組むことにしよう。


 放っておけば、街に被害が出ることも十分に考えられるのだ。


 前方には、まだ遠いにもかかわらず巨大な岩窟が姿を見せている。背が高い草原の先に一箇所だけ岩山が盛り上がっていて、その側面に幾つもの巣穴があいているようだ。


 ハルユキががさがさと草を掻き分けながら前へと進むその後に続く。



「ねぇ、あの鉄の鳥とか妙なカラクリとかアナタが作ってるの?」

「作ってるっちゃ作ってるが、何て言うか組み立て直してるようなもんだ」

「へぇ…」



 そうだ。この男がいればそれで片が付く。


 どうにかして、この男を部下にしてしまえば全ての技術も、そして多分こいつの仲間も付いてくるだろう。


 この男が前が言うには、非戦闘員の一人を除いてノインが戦った金髪の少女が一番戦闘力としては弱いそうだ。


 あれでだ。我が兵の2小隊を一人で無力化するような女が最弱。そして恐らく目の前で草を掻き分けるこの男が最強。イラつく。しかし同時に胸も高鳴る。


 あの変な発明品にしても、作ってすぐ消えるとして技術を盗むことぐらいはできるはずだ。


 志貴野春雪がいるだけで、間違いなく国力は跳ね上がる。



「…おい、頭下げろ」



 広がる可能性を思索していると、前方から刺し詰まった声が聞こえた。



「見てみろ。中々笑えるぞ」



 草の間から相変わらず岩窟が見えてはいるが、詳細までは流石に見て取れる距離ではない。


 どこから取り出したのか、小さい双眼鏡を取り出して肩越しに渡してきた。断る理由も無くそれを手にとり、目に当てた。


 ピントを合わせるつまみが無かったのだが、自動でピントが合っていく。これも欲しいなと心中で呟くが、映し出された光景を見てそんな事は頭から消え去り、同時に言葉を失った。



「……あれ、全部?」

「十…二十…いやもっといるな。まぁ元々群れる種族が250年で増えたんだろ」



 竜竜竜竜竜竜竜竜竜竜竜竜竜竜竜。


 嫌になるほどの数の飛竜が岩窟の前で寛いでいた。しかしある一体はうろうろと地面をうろつき、一体は大口で欠伸をし、また別の一体は完全に眠りこけているといった状態でこちらには気付いていないようだ。



「……どうするの?」



 数の暴力。それはある程度の速さや強さを得れば無効化できる。しかし、それも相手の力量が影響することはいうまでもない。


 私も兵の二小隊と戦って無傷で勝つことは出来るが、雷帝のいた様な似非チーム以外のAチームに勝つのはそう容易ではない。目の前に広がる集団は間違いなくそれを数倍上回っているだろう。



「行くしかないだろ。折角ここまできたし、それにフェンに今日は凄い収入があるってメモも残してきたし」

「…ま、そうでしょうね」


 それにノインにしても国の使いとして、処理する必要があるので帰るわけにもいかないし、ハルユキが戦力として加わる今倒す方がはるかに楽なので正直助かるのだ。

 


 ふと、思いついたことを言ってみる事にした。



「勝負するわよ」

「……は?」

「勝負。16戦目。負けた方が勝った方の言うことを聞く。いいわね」





 群れているという事は、多少他の飛竜に能力は劣っているはずだ。ならば先に20体。それだけ倒せば勝てるはずだ。


 流石にそう簡単ではないが、負けられない。16個目の黒星はいらない。


 それに、欲しいものは自分の手で掴み取りたい。


 ハルユキの言葉を待たずに剣を抜き放ち、魔力を全開。

 

 


 辺りの草を燃え散らかしながら突っ込んだ。





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