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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
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笑顔

「おお、もう直っとるやん」



 扉を開けると、そこに空は広がっておらずちゃんと宿の部屋らしい風景が広がっていた。


 実際魔法で行う工事は個々の能力が重要なファクターになるため、遅ければ何日もかかるだろうが優秀な大工がいれば一時間もかからずに家を建ててしまうことも出来るだろう。



「そしてそれとなく豪華になっとるな…」



 直ってはいるものの結局ハルユキ・ジェミニ部屋とレイ・ユキネ・フェン部屋の敷居は無くなったままだった。



「何かもう大部屋として使用するらしいぞ」



 ひょいと扉の陰からハルユキが顔を出した。両手には何やら湯気が立ち上る豪華な食事がのった皿を持っている。



「それ、どうしたん?」

「何か宿屋の親父がくれたんだよ、上機嫌で。…たぶんノインが尋常じゃない金を掴ませたんだろうな」

「……生々しいなぁ」



 言いながら新しく設置された大きめな机の上に料理をのせた。机の上にはすでにいくつか料理がおかれている。うっすらと湯気が立ち上りそれに乗って臭いがこちらまで漂ってくる。


 その臭いにつられながら扉を閉め、机に着こうとすると後ろで扉が開いた。



「む、帰ってきたか。やっと飯じゃな」

「先に食べててもよかったのに」

「いや、こういうご馳走の時はみんなで一緒に食べようって、ユキネが」

「み、みんなで食べた方が美味しいじゃないか…!」

「……そやねぇ」

「笑うなぁッ!!」

「痛いッ!?」



 蹴られた。横では言った通りだろうと少しだけ自慢げにシアが笑っていた。





「うぇっぷ……」



 今日は昨日よりはましな食事だった。少々食べ過ぎたきらいはあるかもしれないが。



「シアちゃんは……、と」



 一旦自分のベッドに座り込み手に持ったコップを置いて姿を探す。部屋の中をたった一回視線を横断させただけで直ぐに見つかった。


 何やら、女性陣に捕まって尋問を受けている。


 レイは酒を片手にからかい半分。ユキネは興味半分なのにそうじゃない振りをしている。フェンは、無表情でよく分からん。



「飲もうぜ飲もうぜ」

「アルコールモンスターと飲み比べなんかしたないわ」

「馬鹿野郎。何事も挑戦だよ」

「…なあ、ハルユキ」

「ん?」



 向かいのベッドに座り込んだハルユキに向かい合うように座り直し腰を曲げて出来るだけ顔を近づけた。


 目線は俯きながら話すシアに向けたままだ



「ちょっと頼まれて欲しいんやけど、腕にこう…×印が刻んである人、誰か知らへんか?」

「×印?」



 ×印。恐らくシアはジェミニがそれに気づいたことすら知らないはずだが、見つかったと思った時のシアの反応はさすがに気に留まるものだった。



「……いや、知らないが。それがどうかしたか?」



 こちらの真剣な雰囲気が伝わったのかハルユキの顔も真剣味が混じる。



「シアちゃんの腕に印があった。正直詮索はしたくないけど…調べてもらえへんやろか」

「………」

「……?」



 不自然な沈黙。ジェミニが顔を上げてみるとハルユキが驚いたような顔をしている。



「珍しいな。お前が人に何か頼むのは、あと誰かを気に懸けるのもか」

「そうやろか…?」

「ああ、いやそうでもないのか? よく分からん」

「何やねん」

「いいや、忘れてくれ。適当に調べとくよ」



 そう言って自嘲しながら、くいとコップに注がれた薄く茶色に濁った酒を呑み込んだ。三分の一程減ったところで何かを思い出したかのようにコップを置き、ベッドに倒れ込んでいたジェミニに向かって身を乗り出した。



「なぁ話は変わるんだが、ジェミニって名前何か意味とかあんのか?」



 名前の話? 


 いきなりの話の変わり方だが、確かにジェミニという名前は珍しい響きだ。酒の肴の話題にでもするつもりだろうと深く考えなかった。



「あー…っとな、説明すると長くなるんやけど、めちゃくちゃ昔にはな? 星の並びに名前を付けたり…」



 いけないな。我ながら少し語り口に熱が入っているのが自覚できる。しかしこればっかりは。



「ああやっぱり双子座って意味でジェミニなのか」



 二度見した。これほど綺麗に二度見することはないだろうというほど華麗に二度見した。



「し、知ってるんか!?」



 思わず上擦った声が出た。声を出した後で失態に気づいたが、ああもう手遅れだ。目の前の男が性悪そうな笑顔でこちらをじっと見つめている。



「今日は何か意外な物ばかり見られるなあ」

「…それより、知っとるんか? 星座のこと」

「黄道十二門だろ? 双子座とか獅子座とか水瓶座とか、ああ後蛇遣い座ってのもあったか?」

「それは十三門目やけどな。でもこんなんもうほとんど考古学の世界やで? 何で……?」



 再び酒に口を付けているハルユキに尋ねると、あー…、と何やら緊張感のない顔と声で悩んだ後、どうでも良さそうな口調でとんでもないことを口にした。



「俺な、実はレイよりも年上なんだよ」

「……ホンマ?」

「嘘言ってどうするよ」

「レイちゃんは…」

「700、いや800歳だったかな?」



 事も無げに言うが800歳より上など想像もつかない領域であって、とても目の前の男がそれを超えてきているとは思えない。


 しかし思い当たる、と言うよりどこか納得している部分もある。ハルユキが使う全く未知の魔法、いやひょっとしたら魔法でもないかもしれないそれは恐らく時代に呑み込まれて寂れてしまった物なのだろう。


 それにこの男は色々と尋常じゃなさ過ぎる。



「……人間?」



 さすがにどうかとは思ったが、今更遠慮し合うような間柄でもないだろう。ハルユキも想定していたのかそれとも気にしないほど図太いのか、半笑いのまま、



「さあな、わかんね」



 そう口にした。笑う顔はどこか物寂しく、人間らしさが逆に薄くなって見えた。


 やっぱり少し酒を入れるかと思い、水差し用のコップにハルユキが持ってきた酒を注いで少しだけ口に運んだ。



「じゃあ、双子座の由来とかは知っとるんか?」

「いや名前知ってるだけだ」

「何や知らへんのか? ええか? 双子座ってのはやな…」



 話している時、ふとまた表情が露出しているのを感じた。






◆ ◆ ◆






 目を覚ましてゆっくりと目を開けた。ベッドの柔らかさにほんの少しだけ慣れなさを感じながら上体を持ち上げる。


 ゆっくりとまだ薄暗い部屋を見渡すと何故かお世話になってしまっている人達がゆっくりと眠っている。


 喉に違和感を感じて手を当てると昨日寝る前はあったはずの鉄の欠片が無くなっていた。無くしてしまったかと焦りながら探そうとしたけどそう言えば直に消えてしまうといっていたことを思い出して息をつく。


 それにしても違和感、か。声が出ない方が本当の私なのに何を言ってるんだか…と短く笑って立ち上がった。


 声を出せない。朝方だからなのか他に音もない。


 染み入るような静寂がシアの周りに部屋中に鎮座している。


 静寂、不思議と今は何も思いださない。


 錆びた鉄が擦れてじゃらつく音も、何かを叩くような乾いた音も。歯と歯がぶつかり合うけたたましい音も。


 目を瞑ると静寂が耳から入り込んでくる。しん・・と薄く響いているようだ。


 静寂の音。何だかすごい物を見つけてしまった気がする。だってこの音はすごく優しい。


 それがどこからか繋がったのか何の前触れもなく昨日のことを思い出した。


 思ったよりよく笑うんだな


 デートで何もされなかったか?


 楽しかったか?


 そんなことを根掘り葉掘り聞き出された。全て笑顔でそつなく答えられたと思う。


 楽しかったか? と昨日聞かれた質問を頭の中で反芻して、その時答えた通りの言葉を口にした。


 声は当たり前のように出ずに静寂の音も途切れなかった。


 でも多分、あの人は。ジェミニさんは楽しくなかったと思う。


 あの人は多分私のことが嫌いだから。


 昨日もいつも通り固まったような冷たい笑顔しか見せてくれたかったから。


 初めて見たあの日から笑顔を見せてもらえないから。


 今日の私は気に入ってもらえるだろうか?


 嫌われないだろうか?

 

 分からない。でも笑っていよう。あの人には最初弱いところも見せてしまった。自分の素を見せてしまったから、だから駄目なんだ。

 

 笑っていよう。


 嫌われないように。怒りを買わないように。飽きられないように。


 そうすれば。


 きっと。





◆ ◆ ◆





「さてと、ワイは街にでも…」

『あ、私も行っていいですか?』

「ええけど、退屈やで?」



 我が一団はもう完全に不真面目モードに入ってしまったのか今日も仕事はなし。と言ってもハルユキは多分例の印の調査。フェンはユキネに魔法を教えているらしい。レイに関しては詳細不明だが。


 今更鍛錬もどうかと思うし、調査できるほどジェミニはこの街に人脈はない。


 そこで何時ものナンパに勤しもうと思ったところでこれ。別に問題はこれといって見当たらないが何とも落ち着かない。



『またデートですね』

「そやね」



 そうだ。これもデートと言える。ナンパを成功させた後と考えればいいわけだ。


 よしよし。簡単や。



「じゃあ……」



 簡単じゃない。そもそも経験値が全く足りていないのだ。昨日のだけで十分に許容量を超えてしまっている。


 とりあえず。


 笑っとくか。






 成功か失敗で言ったら問答無用で失敗だった。


 結局昨日と同じように店を回って疲れたら休憩をしてを繰り返しただけだ。これを成功という口があったら舌をかみ切ってやる。


 夕焼けに染まった空に今日を無駄に過ごしたことを心の中で愚痴りながら、手の中にあるコップに入ったジュースを一気に喉に流し込んだ。


 夕焼けを見るのにも飽き、隣を盗み見る。


 にこにこにこにこにこにこ。


 今日は朝からほとんどずっとこの顔である。何か楽しいことでもあったのだろうか、と思えたらいいけれど。


 昨日よりも数倍酷い。


 最初の怯えた様子など完全に引っ込んでいる。もしここで誰かが惨殺されても笑っていそうだ。


 人間味が無く、現実味がない。


 何故そんな醜い物を顔に貼り付けているのか。


 それはきっとジェミニが嫌いだからだろう、と目星を付けた。同族嫌悪とまで言うつもりはないがそれに近い物を感じ取っているのだろうか。


 しかし実際どこが似ているかなんてはっきりとは言えない。


 自分がシアに対して嫌悪を抱いてない事を考えると本当は似ているなんて事も間違いなのかもしれない。


 そんな微妙な感覚と格闘しながら中空を眺めていると、シアが口を開いた。




 さすがにそれが最後に繋がるとは想像できなかった。


 それほどいきなり何の前触れもなくこの妙な関係は終わりを告げる。




「あ、器返してきますね」


 シアはそう言って立ち上がろうと足に力を入れる。



 立ち上がるほんの数瞬前、ベンチからほんの少しだけ飛び出た釘に今にも立ち上がろうとするシアの服の袖に引っかかっているのに気づいた。。



「あ……」



 声をかける間もなくシアが完全に立ち上がった。


 ピッと短い音がして唐突にそれが明らかになった


 黒く焦げたかのような×印。


 今度は目を逸らすことも話を逸らすことも出来そうにない。


 さっと取り落としたかのようにシアの表情が抜け落ちた。



「シアちゃん、それ…」



 ここまで正面から見てしまえばもうごまかせない。ならば少し立ち入ってみるかとぶるぶると震える体のせいで一緒に小刻みに震えている×印に手を伸ばした。



『触らないでッ!!』



 ピタッと接近していた手が止まった。



『さ、触らないで…下、さい…』



 怯えて震える声を辿って顔を正面から向き合う。


 それでも笑っている顔がどうしても滑稽だった。



「シアちゃん。そんな気持ちの悪い顔せんといてや」



 切って捨てるような声が自分の口から飛び出る。自分でも驚くほど冷たい声だった。



『す、すいま、せ……』



 後ずさりしながら、シアが震え出した。尋常じゃない怯え方で見ている間にシアの歯がガチガチと音をたて始める。


 こちらがジッと見ているのに耐えきれなくなりそうになった時、シアがこちらに背を向けた。


 声をかける間もなくその背中が遠ざかっていく。


 背中を黙って見つめていると、胸にこみ上げる何か不快な感触が鬱陶しい。


 その時のジェミニの顔が気色悪い笑顔で固まっている事にジェミニは気づいていない。





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