紅色の龍
「う……ん……」
たき火に辺りからもってきた薪をくべていると、フェンが目をさました。
「よ。おはよう、ってもまだ夜だけどな。」
フェンはきょろきょろと周りを見渡して、横の少し離れたところで火にあたっている俺を見つけるとそろそろと近寄ってきた。
「これ、火……」
「ん? ……ああ」
どうやって火をつけたかってことだろうか。
説明しようにもあのライター(?)は15分くらいしたらひとりでに消えてしまった。九十九も即席だと言っていたし、そう長持ちはしないんだろう。
説明した方がいいんだろうが、あのライターをまた出すのもいやだな。物騒だし。
「魔法だ。魔法」
「……そう」
そうか。納得しちゃったか。っていうより相手にされてないだけか。
「……ハルユキは、どうしてここに?」
うーん、なんと答えるべきか。実際俺にも、何でここにいるのかは知らない。ここが何処かもわからないのだ。
「いつの間にかここにいたんだよな。目を覚ましたらここに寝転がってた。だからここが何処かもわかってない」
「……そう」
そう言って、一つ息を吐くと続けた。
「……ここはたぶんシャミラの森、ワーウルフがいたのが証拠」
ワーウルフ? シャミラ? なんじゃそら。
まぁ、俺の時代よりも一億年も経ってりゃ、世界もそりゃ変わるか。と納得する。
人類も衰退した可能性が高い。あんな身勝手な生き物が発展し続けられるはずもない。
まぁそれは別にいい。無くなってしまった文化より、新しい文化の方が興味がある。
「フェンは街からきたのか?」
「……そう」
好都合だな。このまま、町まで一緒させて貰うとするか。
「なぁ、なら一緒に……」
―――――瞬間、月の光が遮られ、影が俺とフェンの周りを包みこみ、重力が何倍になったかのような重圧が襲った。
「は?」
背中に冷たい汗が流れ落ちる。横ではフェンが足を震わせながら、上空を見上げている。
何事かと空を見上げる。
そこには決して日本には、いや地球にはいないはずの生き物がこちらを見下ろしていた。
「龍、種……」
フェンが絶望に満ちた声でその名を告げ、その場に膝を付いた。
「り、龍って、じゃああれはほんとに……」
――”ドラゴン”
冗談じゃない。ここからでも野生の殺意が伝わってくる。少なくとも物語で中ボスを張るくらいの存在感はあるだろう。
呆然としているハルユキに、フェンがつぶやいた。
「……シャミラ」
「シャミラ?」
「……この森の、王」
フェンの反応で敵の危険度はわかる。
最悪だ、と。
そうこうしている間にドラゴンの殺気が膨れあがっている。赤い翼、紅い角、朱い身体、そして血の色の眼。そのすべてが不吉と凶気をまき散らしている。
ここはお気に入りの場所なのだろう。
眼が語っている。邪魔者は食らって退かす、と。
……どうする。
自身に命題を投げかけると、途端に頭が回転を始める。
選択肢は逃げるか、戦うかだが、逃げたところで周りは森、先ほどのオオカミがまた襲ってくるかもしれないし、何よりフェンをつれて何時間も逃げるのはフェンの体力が持たないだろう。
フェンでは先ほどのオオカミもどきも撃退できなかったのだ。戦力として考えることはできない。
「フェン、その辺に隠れてろ」
言うと同時に全身からあふれ出るほどの殺気を眼に込めてドラゴンを睨み付ける。
瞬間、ドラゴンも俺を敵と認識したのか、捕食者の目から獣の目に変わる。しかしそれでも、退く気も屈する気も無いと、前以上の殺意とプライドを込めて睨み返してくる。
その眼には油断も慢心も見受けられない。一人と一頭の間に緊張が充満していく。
俺に注意を引きつけることはできた。
だが、相手は十五メートルほど上空に浮かんでいる。こちらからの攻撃は届かないだろう。
思考に詰まり、フェンが無事隠れたか目線だけを動かして確認する。――いや、してしまった。
俺の意識が自分から離れたのを敏感に感じ取ったドラゴンは目をそらした瞬間と同時と言っていいほどのタイミングで。
俺に向かって、呆れる程巨大な炎の塊を放っていた。
俺がドラゴンに視線を戻したときには、炎はもう目前視界の全てをその鮮やかな色で覆っていた。そのあまりの熱量に、そして非現実的な光景に思わず呆然としてしまう。
「ハルユキッ!!」
フェンが叫ぶ声が聞こえる。その声ではっと肩を揺らして、我に返る。しかし。
次の瞬間、炎が爆裂し、とてつもない轟音が森に響き渡った。
◆ ◆ ◆
「っが!!!」
身体が木々にぶつかり、スピードを殺してくれた。
体中を見渡してみるが、少なくとも先程の炎で傷を受けた形跡はない。
体勢を立て直して、先程まで自分がいた地点に目を向けた。
先程の炎の着弾地点からもうもうと煙が上がっている。どうやら着弾地点が直径10メートル程がふき飛んでいるようだ。
「なんて威力だ……。RPG要らずだな……」
ドラゴンはこれまたすごい爆音で勝利の咆吼を轟かせている。
この森に君臨してる者としての風格がにじみ出ていた。
(それにしても…)
ハルユキは炎の威力よりも自分のことの方に驚いていた。
(ただ横に飛んだだけだぞ…)
思い切り地面を蹴ったといっても避ける動作だ。近場にとどまれるように避けたつもりだった。
それが爆風の力もあっただろうが、こんな丘の端まで約40メートルほども移動してしまっていた。
しかも、ドラゴンの目にもとらえられない速さでだ。先程オオカミを退治したときより明らかに格段に力が上がっている。
(体がなじんできたって事か……?)
これほどの身体能力があればやれることなど山ほどある。
(よし、これなら……)
ハルユキは上空で勝利に酔いしれているドラゴンを再び睨み付けた。
だが正面からいっても勝てる保証など無い。まず攻撃が効くのか? あれは。
そこまで考えたところで、
(……! あの馬鹿!!)
未だドラゴンを見つめたまま、動こうともしないフェンを見つけてしまった。
(やっべぇ……!)
ドラゴンは既に勝利の余韻を飲み込み、ボーッと立ちつくしているフェンに向かって急降下を始めようとしてる。
ハルユキはフェンに向かって、全力で走り出した。