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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
78/281

大人

「はい、撤収撤収」



焼け落ちそうな倉庫の中でルウトをおぶりだしたキィラルを見届けてハルユキはそう呟いた。

幸い周りに燃え移る恐れのある倉庫は見当たらない。


「…すごい……」



たまたま途中で合流したフェンが中をのぞき込んでいた。



「確かに、意外すぎだなこりゃ…」

「そうじゃなくて…」

「上位文字ってやつか…?」



こくん、とこっちを振り向いたフェンが頷いた。



「極希に、普通の四つの文字が、…進化、することがある」

「それがあれ、か」

「土が地に、火が炎に、水が雲に、風が嵐に、それぞれ"進化"して、加護が付く」

「加護?」

「……それ以上は、知らない」

「ふーん…」



それがどれだけすごいか知らないが。


それがどれほど強いかも知らないが。


父親として息子を守れるのがどれだけ有り難いものなのかは、ほんの少しだけ分かる気がした。


視線をフェンに戻してみればフェンも先程のハルユキと同じように、ルウトを大事そうに背負ってこちらに歩いてくるキィラルを見つめていた。



「………行こ」

「そうだな…」



引かれた袖に従って見つかる前にその場を離れた。


親がいない。


それはハルユキもフェンも同じだが、だからこそあの二人の間に入って行こうとは思えなかったのかもしれない。




「先帰ってていいぞ。俺やる事あるから、ごめんな連れまわして」

「いい、けど、…やる事?」

「金儲け」



大通りでフェンと別れた後、裏通りから手近な家の屋根に飛び乗った。





◆ ◆ ◆





「起きたか」



目を覚ました瞬間、重力にひっぱられる感覚とともに前から声が聞こえた。

ぼやける視界の中は薄暗く、目の前の頭しか見えない。



「ここは…、あぐッ…!?」

「あんま動くな。足折れてるぞ」



穏やかな声に言われて自分の足を確認すると、確かに左足が応答しない。


動かすと激痛だが、動かさなければ鈍痛はあるものの大したことはないようだ。


横に目を向ければ普通に人が歩いている。さらに視界を広げるとここが家へと続く街道の真ん中だと分かった。


頭も少し打ったのかズキズキと自己主張してくる痛みが視界をぼやけさせる。足と頭のほかに背中も少し痛いが、何となく大したことはないことは分かった。


状況の確認も終わり体の無事も確認して、いよいよする事がなくなった。



「………」

「………」



いつも以上に沈黙が痛い。


何処から気を失っていたのかが定かじゃないが、キィラルがサルド達を圧倒していたのは覚えている。



「……強かったんだね、父さん」

「あいつらがたるんでたんだよ。温い仕事ばっかりやってるからああなるんだ」

「……」

「……」



ああ、そう言えば。


父さんのことを父さんって呼んだのはこれが初めてだ。目の前の父親はそんな事にも気づいていないけど。



「ねぇ、何でギルド辞めたの?」

「俺も家庭を持ったから危険なこともできなくなったし、ガララドもラスクも……って言ってもわかんねぇか。まあ要するに世代が変わった、それだけだ」

「……ふぅん」



何であそこにいたのか。


自分に何か言いたいことはないのか。


聞きたいこともあったし、話したくないこともあった、けど逆にあっちがルウトに聞きたいこともあるだろう。


話したくないことは須らく話さなけれればいけない事だから。



「父さん……」



子供が悪事を親に告白するときの様な妙に独特な怖さと緊張感が胸に込み上げてくる。

この気持ちは誰しも一度は経験すると思うが、ちょっと慣れるものではない。



「あの、さ…」

「ああ」



意を決して話し始めるものの、キィラルからの返答はどこか素っ気ない。



「悪い事、してたんだ」

「…そうみたいだな」

「薬、運んだりしてさ。分かってたけど、やめられなくて、さ」

「そうか」



さらに帰ってくる返事には淀みも驚きもない。


いつからかは知らないが、知っていたか、もしくは察していたのだろう。



「お前は大人の勝手な都合に巻き込まれて、脅されて。仕方なかった。実際に被害にあったのもそんなもんに手ぇ出した馬鹿な大人だ。だから気にしなくてもいい。……って言ってやりたいがな。俺はお前がもうガキじゃないって言っちまった」



怒鳴るような声ではない。

でも喧噪にまぎれることなくその声はしっかりとルウトの耳まで届く。



「もちろんお前が何もしなくていいってんならそれでもいい。責める奴もいない。俺も別に何も言いや……」

「それは、……嫌だ」



キィラルの声を遮ってルウトが言葉を割り込ませた。キィラルもそうなる事がわかってたように口をしばらく閉ざして、苦笑した。



「…やっぱり、嫌だよなあ。逃げてるみたいだもんなあ…」

「……」

「でもな、……今回は自分の中だけで決着付けろ」

「え……」



それはつまり黙ってろって事だろうか、忘れてしまえと、そういう風に聞こえなくもない。

キィラルの意図がいまいち読み取れず、ルウトは二の句を継げない。



「でも絶対忘れるな。自分の事かっこ悪いと思ったならその悔しさも、怖かったならその怖さも。絶対忘れるな」

「……」



聞きながらまた目の前が霞みだした。



「……お前は大人になったけど、お前はずっと俺の息子なんだから」



グラッと視界が傾くのを自覚する。もう外の情報もほとんど入ってこない。



「後は父ちゃんに任せとけ」



そこで意識は完全に暗転した。





◆ ◆ ◆





「すみませんでした!」

「…………」



いわゆる謁見室という見た目も何もかも豪奢な部屋で、一人の玉座の横に座る王女に向けて土下座している男がいた。



「貴方のことはガララドから聞いてるわ。キィラルだったかしら」

「あ、あいつとは時々依頼を手伝ってもらってたりしてましたから…」

「まあそんな事は今はどうでもいいわ」

「すみませんでした!!」



構わず謝りまくるキィラルに多少辟易しながら王女がため息をついた。

装飾が施された椅子に肘を立て顎を載せた、その様子は明らかに面倒くさそうだ。



「そういう事ね…」

「え?」

「気にしないでこっちの話。……それで、私はどうすればいいのかしら?」

「……息子の代わりに私が、罰を…!」



一瞬だけ視線をそらしてもう一つため息をつくと、顎でキィラルの後ろを指した。


キィラルが後ろを向く前に、横に誰かが座り込んで横からキィラルの腹を殴りつけた。



「かっこつけんなクソ親父!」

「ル、ルウト…」

「俺は頼まれたから運んだだけだぞ、ちなみに」



その後ろには更にハルユキ。軽く手だけで挨拶をしている。



「……悪いのは俺です。父さんは関係ありません」



言いながらルウトが赤絨毯が引かれた大理石の床に額をすごい勢いで叩きつけた。


ゴン、と洒落にならないほどの音が部屋の中で反響する。



「自分のけじめくらい自分でつけます。俺の失敗は俺のものです…!」

「あー…、あのね」

「親に肩代わりしてもらうものじゃないんです…!」

「だから…」

「俺にも責任はあります! こいつが罰を受けるならおれも一緒に!」

「話を聞いていただけるかしら? 愚民親子」



ニコッと王女が毒づいた。

見て分かるが機嫌が良いわけではもちろんない。



「私はね、昨日の夜報告を受けたの」

「? それは…?」

「自分の指示通り部下の潜入捜査の末、メフィストを製造販売していた主要グループを一網打尽にしたって。その後ろの馬鹿に。ちなみに報奨も与えたわ」



王女がジト目でハルユキを睨みつける。


キィラルも額に血管浮かびあがらせて睨みつける。


ルウトも汚いものを見るような目で憐れむような目をハルユキに向ける。


それらの目線を交わしながらルウトとキィラルの間に座り込んで耳元に口を寄せた。



「そういう事だ。もう金受け取ったからお前らの謝罪とかは俺が迷惑だ。よって帰れ」

「この野郎…」



凄むキィラルを笑ってかわしながら、手刀の形を作った左手を振りあげて。



「……せいッ」



音が出ないように怪我したルウトの足に振り下ろした。



「あ……ぐぁッ…!」

「やばい! 激闘の末に仕方なく負った傷が誘発したとんでもない病気が発症しちまった! こんな事もあろうかと俺が無理言ってあらかじめ用意しておいた救護班! さっき言った特効薬が唯一用意してあるとある町医者と所へ連れてけ!」

「は、はい!」 

「ま、待って……。俺は…ふがッ!!」

「舌を噛む恐れがあるから布噛ませて、暴れるといけないから簀巻きにするか」

「ちょっと待て何で俺ま……ンごッ!」

「はい搬送」




うねうねとくねりながら蓑虫みたいな親子が巨大な扉をくぐって外に運ばれていった。


恨めしい何かを背中に感じたが、知らね。



「……見事な悪役だったわね」

「あ、分かるか?」

「分かってない人間なんて一人もいないわ」

「まあでも、こうするのが一番良かっただろ」

「別に私としてもどうこうするつもりはなかったけどね。馬鹿な大人が馬鹿な大人から薬を買ってもっと馬鹿になっただけの事件だったし。そんなのに巻き込まれて将来有望な若者を失うのは馬鹿らしいわ」



そんなに年も変わらないと思うのだけど。マスターには話をしていたから何とか誤魔化してくれるだろ。


マスター、で、ふと思いついた。



「お前意外といい奴だな」

「知ってるわ」

「……」

「………何よ」

もう駄目だこいつ。




◆ ◆ ◆





「あの野郎、今度見つけたらぶん殴ってやる!」



病院を出てから怒りっぱなしの父さんと並んで町を歩いている。


俺も最初は怒っていたが、冷静になってみると何がどうなって今ここを歩いてられるかなんて明らかだった。


うちの親父は気づいていないみたいだが。


……自分は母親似でありたい、と切に願ってしまった。



「スゴイ奴だよね、あいつ」

「ああとんでもない奴だ!」



この後、さすがに今日は無理だろうが日を改めればまた城に行くこともできるだろう。


でも行って、仮に罰を受けようとしても父さんが邪魔するだろうし、ハルユキとかいうあいつもそうかもしれない。


やっぱり自分はまだ大人とは言えない気がする。かと言って子供とも言えない気もする。


だってあんなに大人たちはずるい。


平気でウソをつく。


納得もできてないし随分勝手だとも思うけど。


大人が誰かのために嘘をつくなら騙されてやるのが義務なのかもしれない。



「……ルウト、今度何かあったらちゃんと俺に言えよ」

「気が向いたらね」

「……お前あの馬鹿に感化されてきてないだろうな」

「まさか」



誰に謝るかも、借りを返すかもわからない分もある。


だからこつこつこの町に返していくことにしよう。


顔を上げると何となく前より視界が広がっていた。どこがとは分からないが確実に。


俺が住む町は今日も騒がしい。




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