違い
「よう、お節介野郎」
「おわっ!!」
一人で酒を飲んでたところに後ろから現れたキィラルに思いっきり背中を叩かれた。
飛び出した酒を机や床になる前に慌ててコップに納める。
中で荒々しく削られた氷が涼しい音を立てて耳に優しい。
「……今どうやった?」
「いや零れそうになったから…」
「…まぁいいや。それよりよくもやってくれたなこの野郎っ!」
「もうぐでぐでだな…」
横にどかっと座り込んだキィラルからは強い酒のにおいが漂ってくる。
まぁ、アホみたいに笑っていることから悪酔いしているわけではないことは見て取れた。
「んで、今度はどうした。新しい子供でも出来たか」
「そんなんじゃねぇよ。ルウトが明日も仕事を手伝いたいってよ、お前のお陰だ飲めさあ飲め死んでも飲め」
「……キィラルその辺にしておけ」
そろそろ鬱陶しいので殴っておくかとしたところで前からいぶし銀ボイス。
そちらに目をやるとマスターが苦笑いで溜息をつきながら相変わらずコップを磨いていた。
「んだよ、いたのかラスク…」
「いたんだよ」
ラスク、というのはマスターの名前なのだろう。
キィラルはその名前を何度かつぶやきながら、夢の世界へと旅立つべくこっくりこっくりやり始めた。
「……zzz」
「はいおやすみになりましたー…」
笑いながら酒を口に運ぼうとすると、前のマスターからやけに深刻な雰囲気が伝わってきて手を止めてそちらに目をやった。
「………バカが眠ったところで、もう一つお節介を頼みたい」
「…いきなりだな」
「事が事だからな」
目線は商売道具のコップに向いているものの、その目つきは真剣そのものだ。
コップの底に残った酒を飲み尽くすと俺も真剣に応えることにした。
「………"ブレイズ・ロア"がメフィストに関わっているらしい」
「……メフィスト…?」
聞き慣れない。
しかしどこか耳障りな響きだった。
――――メフィスト。
一言で言えば常習性の高い麻薬。
全くそんな物がなぜ残っているのか、いやそれともまた一から人類が考えついたのか。
どちらにしても馬鹿なことをする。まあ、こんな事でも頭ごなしには言えないが。
「それで? 俺にどうしろって?」
「好きにやってくれればいいさ」
「……ま、そりゃそうだな」
説明を受けたはいいものの別に俺に直接関係があるわけでもなし。
……いや
「…ルウトか」
「ああ、妙なことに巻き込まれてるかもしれないからな」
「ま、少し調べてみるか」
「…お前何だかんだでいい奴だな」
「………いやいや」
的外れなことを
ルウトの名前を出した時、キィラルの肩がほんの少し動いていたことに俺は気づかなかった。
◆ ◆ ◆
「お、ルウト。やっと戻ってきたか。戻ってきたら直ぐに来いってサルドさんが言ってたぞ」
「……分かってる」
ルウトがキィラルの仕事を手伝ったのは結局二日だけだった。
曲がりなりにもギルドに所属している以上、顔すら出さないのはまずい。逃げ続けられるものでもない。
階段を上り、今までと同じように部屋へと向かう。
一歩階段を上る度に賑やかな酒場から遠ざかり明かりは薄暗くなっていく。
さすがにぽつぽつと小さな明かりはあるものの、決して明るすぎるというものでもない。
視界と一緒に気分が暗くなっていくのが感じられる。
行きたくなければ行かなければいいのだ。ただそれだけの事。
しかし踵を返すかどうか迷う間に足は進み、いつの間にか目的の部屋の、扉のノブに手をかけていた。
「いらっしゃい。早速で悪いですがこんな時間なのでいつもの仕事はありませんよ」
内心、安堵した自分に舌打ちする。思えばこんな時間に訪れたのも無意識に仕事を避けるためだったのかもしれない。
「しかし、まあ、巡り合わせですかね」
「…え?」
「別の仕事があります。…そうですね、あなたも顔を見せておいて損はないでしょう。これからこの部屋にいる人員で出かけます。もちろん、…あなたも来るでしょう?」
仲間なのだから、と忌々しい言葉を最後にくっつけた。
共犯なのだから、と。
「………」
「何、ほんの顔見せのようなものです。危険なんてありませんよ」
ぞろぞろと金魚の糞のようにサルドの後ろの人が続く。
その中に拳を握りしめるルウトも当然いた。
この町はよほどの深夜にならない限り、街道に人は絶えない。
今はまだ日が落ちてから三時間ほどなので、日中の人の流れとさほど変わらない。それ故、その中に紛れるように進む一団は上手く喧騒に溶け込めていた。
しかし、進む度に人の波の密度が低くなっていき、灯りも喧騒も遠ざかっていく。
――人の波が完全に途切れて十分くらい経っただろうか。
闇夜の中にひっそりと、古びた倉庫のような建物が佇んでいるのを見つけた。
大きい建物なのに入り口は小さく、それを一人ずつくぐっていく。
入る直前で少しでも抵抗しようとして立ち止まったが、背中を小突かれよろけるように中に入ってしまった。
中は薄暗く、漂う空気もどこか淀んでいる。
見渡してみても窓はなく、入り口も見える範囲では後ろの小さな扉しか見当たらない。
淀んだ空気の中心に何人かの殺伐とした雰囲気の人間が数人座っている。
座っているのは周りにも無造作に置いてある木箱や樽の上。
こちらを観察するようにじっと見つめてきていた。
「いやいや、ようこそおいで下さいました! 汚いところですみませんがね」
その人の群れに出迎えるように両手を横に広げながらサルドが近寄っていった。
当然金魚の糞達もぞろぞろとそれに続く。
どちらも近づきながら威嚇するようにそれぞれを品定めしている。
「こらこら、そんなに睨みなさんな」
ピリピリと音がしそうな雰囲気の中、周りとはだいぶ様子の違う身なりのいい男が男達の間から姿を現した。
「ゲマンス殿、ですね。一応"ブレイズ・ロア"の首領をやっていますサルドです」
「ゲマンスです」
そう言って双方が握手を交わすと雰囲気が嘘のように緩和した。
「それで…例の…」
ゲマンスという男が心なしか顔をサルドの方に寄せ、つぶやくように話を切り出した。
それを待っていたかというようにサルドは軽く鼻で笑うと、おいと短く側の数人の男に指示を出した。
男達は手近の樽や木箱の蓋に手をかけると一気に開け放った。
「これは…!」
どよっとあちらの連中からざわめきが上がる。
蓋の奥には、なにやら乾燥された草や、樽の中にはすでに粉状に加工された何かが大量に入っていた。
何なのか、など、語る必要すらないだろう。
同時に近くから息をのむ音がした。
何のことはなくルウトが漏らした音だったが本人すらそれには気づかない。
ルウトの脳裏にあの時の服用者の末路が浮かんできていて、あの時と同じような何かがルウトの思考も体も固めようとしている。
「まさか、これが全て……」
「そう、メフィストです」
この倉庫の中にはそこかしこに樽や木箱が積まれている。あるところでは天井に届くんじゃないかと言うほどの量だ。
当然それは男達が腰掛けている箱の中も同様のようで、中を確かめてまた驚愕している。
「これからはもっと大々的に事業を行おうと思いましてね、そこであなた方の力をお借りしたいわけです」
「俺たちがもっとばらまく、と?」
「もちろん分け前はかなり譲歩します。間違いなく成功させたい場合にも協力はしましょう」
「……協力?」
「はい。ルウト、こちらに」
自分の名前が呼ばれたことに驚いて身が固まった。
しかし周りの目線に押されるように足が進み、いつの間にか男の前まで移動してしまっていた。
「子供じゃねぇですかい…!」
「そう、子供なんですよ」
「いや、そうか。こんな子供なら疑われなどしない、と…!」
「そうです。その証拠にこのルウトは今まで完璧に仕事をこなしてくれています」
「へ~…」
男は感心したような声を上げながら、下から舐め回すように視線を送ってきた。
最後に目があった瞬間、逃げるように目を逸らしていた。
逸らしたことに気づいたのは逸らした後。
かっこ悪い自分を心の中で罵倒するぐらいしかできなかった。
「……分かりやした。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。色よい返事を聞けて何よりです」
もう一度二人が握手を交わすと完全に雰囲気が弛緩した。
「どうです? 親睦を深める意味でも一杯?」
サルドがコップを口に運ぶ仕草を見せると、男もにっと唇の端を釣り上げた。
「いいね~、ここのところ暑くなってきましたから冷たいものでも」
「確かに今日は、というよりここは異常に暑いですしね。どこか涼しい所にでも移動しましょうか」
笑ってサルドの言葉に頷きながら男がこちらに振り向いた。
そして醜く膨れあがった揺らしながらこちらに歩み寄ってくる。
「ほれ、駄賃だ。おっちゃん達はこれから飲みに行くからよ。これで好きなものでも買え」
「…いいのですか、そのような大金」
「ええんですよ、これからも頑張って貰わなきゃいけないですからねぇ」
そしてルウトの右手を掴み取り、手の平の上に数枚の金貨を握り込ませた。
ズシッと金貨特有の重みが腕にのしかかる。
―――汚い。
そう感じた。同時に思い出す。
ついこの間握った同じように汚い金貨と。
軽いようで重かった、ほんの少しの銀貨と銅貨。
あと。
あと―――。
笑いながら仕事をこなすキィラルと同じように笑っていたこの二日で関わった色んな人の笑顔が脳裏に浮かんだ。
皆が皆笑っていたわけではないけれど。こんな時に浮かぶのは、…都合がいいことに笑顔だけだった。
そして気づいた時には。
握った金貨を地面に叩き付けていた。
跳ね上がった金貨同士がぶつかる音が静まりかえった倉庫内に不思議なほど反響する。
「……降ります」
「………何ですって?」
サルドの口から出たのは先程とは比べものにならない程邪険な声。
しかし、譲らない。
俺は滅茶苦茶かっこ悪いけど。
あの親父よりかっこ悪いのは耐えられない。
「この仕事、降りさせてもらい、ます…」
震える手を拳を作ることでごまかす。
逃げ出そうとする足を踏ん張ってとどまる。
戦慄きそうな唇をかみしめて堪えた。
「ルウト、いきなり何を…」
「だって」
最後に俯きそうになるその眼を目の前に持ち上げた。
「こんなの、かっこ悪いじゃないですか…!」
負けるな。
挫けるな。
たとえかっこ悪い奴でも。
かっこ付けるぐらいは、出来るんだ。




