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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
75/281

金貨と銀貨とその重さと

あの仕事を手伝ってから二日。


未だに自分はその仕事を続けていた。


メフィストがなんであるかはすでに聞いた。中毒性が強い麻薬。ブレイズ・ロアはそれの生産・仲介を請け負っているらしい。


これ以上はやれないと言おうとはした。しかし、それを遮るようにサルドが言った言葉が耳から離れない。


―――これでもう共犯ですね、と。


子供を使うというのは、いい隠れ蓑になるらしくあの後も日に何度も町のいろんな所を往復して薬を配った。


そのたびにズシンと感触が手に残る重い金貨の袋がどこか恐ろしく、流される様に怯える様にその仕事を続けていた。


今も幾つかのメフィストを運び、帰路についている途中だ。


どうして、こうなったんだろう。


どうすればいいんだろう。


今日もなし崩しに受け取ってしまった金貨を握りしめる。


それを持っている右手が自分の物ではないようで、どこか定まらない意識で、どこを見ているかわからないような眼で。


ただ無為に足だけを動かしていた。





それが起こったのはその帰り道だった。


ギルドと家との丁度中間の辺り。


そこで町の中の異変に気が付いた。


考え事をしていたせいか、気づいた時には異変は直ぐ目の前。


まず最初に見たのは人だかり。何時もはがやがやと楽しげな喧噪が、ざわざわと不安げな動揺に変わっている。


瞬間。


ボッと乾いた音がして、炎が立ち上がった。


熱風が頬を撫でて広がっていき近くにいた人が吹き飛ばされた。その中心には何かがポツンと立っていて魔法の仕業であることを悟らせる。尋常な魔力ではない、例えるなら魔装具を使わずに魔法を使ったときのようだ。


たちまち人だかりが逃げ惑う人々の壁へと変化しこちらに押し寄せてきた。


その後ろから何かこちらに近づいてくる。


それが何か確認する前に、取り残されたルウトの横を後ろからを何かが複数走り抜けていった。



「一斉にかかれ! 取り押さえろ!」



先頭の厳つい鎧を着込んだ誰かがそう叫び、周りの何人かがその声に応えるように炎を放ち続けるそいつに飛び付きそれぞれ一人ずつ四肢を押さえた後、口に何かを押し当てた。


直ぐにそれの動きは止まり、死んだように体から力が抜けた。



「君、大丈夫か?」



さらに一人同じように兵士の格好をした男が後ろから現れ、ルウトの肩をつかんでそう問いかけてきた。


そこでやっとルウトは自分の体が驚きと恐怖で固まっていたことに気づいた。戦おうとも止めようとも考えてもいない自分に気がついた。


……ああ、かっこ悪い。



「だいじょ……」



それでも返事くらいは、と口を開いた。



「くそッ! またメフィストだ…!」



しかし、心臓が妙な動きをしてそれを遮った。


苦しそうに話す兵士の下から、再び暴れ出したそいつが胸を掴んで苦しそうに喘いでいる音が聞こえてくる。


吸い寄せられるように視線がそこに移動していた。


赤く血走った眼球は半分飛びだし。


口からは風切り音のようなか細い音が響き、唇の端から泡だった唾液がこぼれ落ち。


暴れるもう片方の腕は憎んでいるかのように敷き詰められた石の地面に爪を立てている。



「どうせもう魔力切れで満足には動けん! 近くの医者のところへ連れて行け! 薬の配備は完了しているはずだ!」



次々と早鐘のように鼓動を繰り返す心臓と同調するようにルウトの呼吸が速くなっていく。


苦しい。


今まさに運ばれようとしている男と同じように胸を掴む。


が、それに逆らって心臓はさらに加速していく。


直ぐに息苦しさが体を包んで縛っていく。



「……ん? …おい! 君! どうした! 返事を……!」



握っていた金貨がこぼれ落ち、地面に当たって高い音を響かせる。


どこか遠くに聞こえる声を聞きながらルウトの体は傾いでいった。





◆ ◆ ◆





「起きたかルウト…! 無事でよかった…」



ルウト自身が目を覚ましたことに気づく前に、直ぐ隣から声が聞こえて自分が今まで眠っていたことを教えてくれた。


まだふらつく頭で横に目線をずらすと、キィラルの顔がルウトをのぞき込んでいた。



「ああまだ起きるな。精神的なものらしいがまだ安静にしとけ」



そう言って起き上がろうとしたルウトの肩を押さえてベッドに寝かしつける。



「……どうしてここに?」

「こいつが運ばれてるお前を見かけてな。教えてくれたんだ」

「よう、久しぶり」



声に導かれるように視線を移動させると、壁により掛かるようにこの前の黒髪の男が立ってこちらを見ていた。



「……」

「……」



それから沈黙が続いた。


考えてみれば、あの日ギルドに入ってからはまともに話していなかったことに気づいた。


といっても何か話すことができることもなく。


ルウトはボーッと天井を見たままだし、キィラルは何か話そうと口を開いてはやめるを繰り返している。


そのまま沈黙が続くかと思っていた時、そんな空気を遮って口を開いた男がいた。



「なぁルウト。お前ギルドの仕事しばらく休め」



つらつらとに脈絡も何もない事を口にした。


ルウトの体が怯えるようにビクッと小さくはねる。


この男は知っているのか? そもそもルウトがここで寝ている発端がルウト自身にあるということを。


しかし何故。まさか心配してその言葉を? 


では何故。この男がそこまでお節介好きなのか? 誰かに頼まれたのか?


動揺を必死に隠しながら、男を観察するが灰色の瞳に阻まれて真意は読み取れない。


自分が罪悪感に縛られていることにさえ、ルウトは気づかない。



「んで、そこの親父の仕事を手伝え」

「……はぁ!?」



驚きの声を出したのはキィラル。


言いながらも横の男の目線を追い、どうするかルウトに目で問いかけてきた。



「…やる」



嫌だった。だから声が出た。いや、出した。


考えたくなかった、触れたくなかった、楽になりたかった、目を背けて別の物を見ていたかった。


それがただ逃げているだけだとしても。


その姿はかっこ悪いと知りながらも。




◆ ◆ ◆





「ルウトー。ちょっとこっち持ってくれ」


何でそんなに嬉しそうなんだ馬鹿。


心中でそう鬱陶しそうに愚痴りながらも、目の前の家に搬入するために空いているタンスの角を下から支えた。


最初は戸惑っていたキィラルも今は完全に仕事用の顔に引き締まり、黙々と、とは言わないがひたすらに作業に徹している。


そして思っていた通りなのだが、改めて今日一日手伝ってみて思った。


この仕事は結構きつい。


ぷるぷると震える腕をはじめとして、疲れから来る気怠さが全身に満ちている。


当然汗もかくので、かっこ悪いと感じていた手拭いを首にかけていた。



「よし、と。次で最後だな、…ああギアラんとこか」



ポケットから取り出したくしゃくしゃの紙を見て次の仕事先を確認すると、馬車の後ろに移動して何かごそごそやり始めた。


そして現れたキィラルの姿に目を剥いた。



「……何、それ」

「………勇者様、だそうだ」



マントを摘みながら、キィラルが苦笑いを見せる。


それから説明を受けたところ、この格好はとある絵本に出てくる勇者の格好で、その格好のまま子供にオモチャの剣を届けてほしいということだ。


届けてほしいと頼まれた剣は手に持つと、所々に魔石の欠片でも埋め込んであるのかピカピカと点滅している。



「…それ、着いてから着替えていいんじゃないの?」



その格好のまま馬車に乗り込もうとしたキィラルは自分の格好を一度見下ろしてから、いそいそと馬車の中に潜り込んでいった。


柔らかい素材で出来ているのか、手に持った剣は力を入れるとぐにゃりと弾力を伴って曲がった。



「さあ、ここだな」

「…何で俺まで」



適当に余っていた布を体にローブの様に巻き付けてその辺にあった棒を持った魔法使いもどきが、勇者もどきの横に立って溜息をついた。


目の前にたつ家は、他の町々では豪邸と言われるかもしれないがこの町ではさして珍しくない、そんな普通の家。



「よおし、行くぞ。お前は適当に話し合わせてくれればいいからな」

「……はぁ…」



どうして流されたかはよく覚えてないがまぁここまで来たら腹を括ろうとする決心とは裏腹にまたルウトの口から溜息が出た。


そしてそんなルウトを横目にキィラルは扉の前にぶら下がったドアノッカーを手に取ると控えめにノックした。



「ここがルーアント家か?」



出て来た子供にキィラルが、全く似合わない真面目な顔と口調で話しかけた。


子供の方はキョトンとした顔のまま硬直している。


……。

…………。

………………。

じわじわとキィラルの額に汗が浮かんで、真面目な顔が崩れそうになった時。

同じようにじわじわと子供の顔に笑顔が広がっていった。



「ぱぱーーーっ! ホントに勇者様がきたーーー!!」

「ははは、どうだパパが言った通りだっただろう?

「ほら勇者様がお前に話があるそうよ、行ってきなさい」

「うんっ!」



ばたばたと両親の元に走っていった子供がばたばたとこちらに戻ってきた。


目がこれ以上ないくらい期待に輝いている。眩しすぎてちょっと直視できそうにない。


さっと目を逸らしたルウトとは対照的にキィラルは腰に差した剣を抜き放ち、ピカピカと不自然に光る剣を両手で差し出した。



「私は年を取ってしまった。次の勇者にこの剣が君を選んだんだ。受け取ってくれるかい?」



驚くほど優しい声だった。


でも決して聞いたことがない声ではない。語調こそ違うが聞いた覚えがある。



「うん!」



元気に返事をして剣を受け取り、ピカピカと点滅するそれを眺めた後、ルウトの方に視線をよこした。



「お兄ちゃんは、誰?」

「え……あー…」

「このお兄ちゃんは魔法使いでな」



驚いて対応できなかったルウトをキィラルがフォローした。



「…火の魔法が得意なんだ」



遅ればせながらもルウトも調子を合わせる。


言った直後、手の平の上に炎の小さい竜を踊らせてやると、また男の子が爛々と光る目でルウトを凝視し始めた。



「すげー……」

「ほら、パパは勇者様達とお話があるからお前はママに剣を見せてやってきなさい」



コクン、と火の竜に目を奪われたまま頷くと名残惜しそうにバタバタと去っていった。


火の竜を黙って消し去る。


その横で大人達は苦笑いを交換していた。



「いや、ご苦労様でした。すみませんわがままを聞いていただいて…」

「いやいや、楽しかったよ。なあルウト」

「ああお子さんですか? 立派に育たれたようで羨ましい」



答えるキィラルの顔はにこやかで。


笑う男の顔は晴れやかだった。


廊下の向こうに笑顔で笑顔の母親に剣を見せびらかす子供が見えた。



「ではこちらを…」



男が小さな布袋を差し出した。


じゃらっと金属音が鳴ったところを見るとおそらく報酬、いや料金だろう。


それから一言二言話すと、廊下の奥から男を呼ぶ子供の声が聞こえてきて、もう一度苦笑いを交わしてから扉を閉めた。



「よし、帰るか」



一仕事終えた開放感からかキィラルが先程同様晴れやかな声を出した。


歩き出すキィラルの後にルウトが無言で続く。


馬車の御者台に二人で乗り込むと、キィラルがルウトに先程の革袋を渡して手綱を握った。



「疲れただろ?」



馬車が走り出した後しばらくしてキィラルが顔は前に向けたままルウトに問いかけた。



「疲れた、汗臭い、腕痛い」



怒られるかと、いやひょっとしたら怒られたかったのかもしれない。


そんな反骨じみたことをぶっきらぼうに言い放った。


すると、何故かキィラルの方から笑い声が聞こえてきた。最初は含むような笑いだったがどんどん大きくなりやがてもう普通に大声で笑い出した。



「…何だよ」

「いやもうお前もガキじゃなくなったんだなとな。ガキの頃を見てなかったからな、知らず知らずガキ扱いしてたかもしれん」

「……今更気づいたのかよ」



最初会った時からあやすような態度は気に触っていた。父親が一番自分を子供扱いしていたのは無性に腹立たしかったのだ。



「ほれ、さっき貰った金見てみろ」



言われた通りに横に置いていた布袋を手に取った。

軽い。

中身は銀貨と銅貨だし、枚数もそんなに多くない。

いつも運んでいる金貨に比べたら本当に微々たる物だ。



「――重いだろ? つっても中身は一日分の飯代ぐらいだけどな」



しかし、確かに違うもっと温かい重さも加わっているような気も、したかもしれない。



「ギルドの仕事はギルドが仲介に入るからほとんど客と会うことはねぇけど、……直接会ってやる仕事も悪くないだろ?」

「……何で?」

「何でっつわれてもなぁ。まぁ月並みな台詞だけどよ、やっぱり感謝されていい笑顔見せてもらえたらこっちも嬉しいもんだぜ?」

「…ふぅん」

「まだわかんねぇってことはまだ子供なんだよ。ま、俺みたいにあと八年もやってれば嫌でも分かる」

「八年……」



腕はまだ重い、汗もやっと引いてきたところだ。


これを毎日、八年――。


何を思ったか、キィラルが馬車を止めてぐりぐりとルウトの頭を撫で回した。



「ちょ、痛いって、ていうかいきなり父親面すんなよ、さっきから…」

「俺はお前が生まれてこの方父親だったんだ、よっ」



最後にポンとルウトの頭を叩いて馬車を降りた。そこでルウトはいつの間にか家まで帰り着いていたことに気づいた。



「かっこつけんなよ……」



つい零してしまった言葉が何だが負け犬の遠吠えみたいで口を閉ざした。


―――やっぱり感謝されていい笑顔見せてもらえたらこっちも嬉しいもんだぜ?


分かってる。


ほんの少しだけ汚い世界も見たんだから。


遠ざかるキィラルの背中は土埃に汚れていても汗にまみれていても、とてつもなく大きくてまっすぐ筋が通っていた。


……でもきっと僕は違う意味で汚く染まっている。黒く、薄汚れている。


そう思いながらルウトは悔しそうに唇をかみしめた。





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