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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
74/281

薄く、淡い


"ブレイズ・ロア"というトップチームに入ってから数日が経った。


流石にトップチームと言うべきか首領のサルドを中心として総じて人材のレベルが高かった。


しかし人数も多く、中にはほとんど仕事をしている所を見たことない人間もいる。それは大体サルドとは懇意にしていない人間でそういうグループが何人かルウト達とは離れて飲んでいるところはよく見かけていた。



「ルウト。今日はサルドさんと仕事に行け」



ルウトが仕事の掲示板の前で依頼の品定めをしていると、後ろで何時もサルドの傍に側近のように控えている巨漢がルウトの二倍はある身長から威圧的に見下ろしていた。



「……仕事? 何かあるの?」

「楽しいことだよ」



それだけ言って男はその巨躯を揺らして去っていった。


もう夕暮れで、掲示板を見ていたといってもどんな仕事があまっているのか暇潰しがてらに見ていただけだったので今からの仕事ということに少し違和感を覚えた。


しかし。


──楽しいこと。


たったそれだけで心が動いた。


ここ何日かはもうほとんど一人で依頼をこなしていた。といっても気が向いたときに一つか二つだけだったが。


そもそも生活の為にやっている訳でもない。


ルウトはただ知りたかっただけ、自分は一体どれほどのものなのか。


ルウトは物心ついた時から魔法の才が突き抜けていた。


5歳に満たない年齢で村の大人が誰にもできないことが出来た。そのときはそれが凄い事だとは分からなかったが母親や近隣の住人が褒めてくれるのが嬉しくて毎日の様に魔法を使っていた。


でも褒められることに飽きた時、世界が急につまらなくなった。


どんな名誉な事でも楽しい事でも日常に溶けてしまえば、それはもう色も形も失ってしまっている。


そんな淡い日常を楽しめるほどルウトは大人ではなかったのだ。


だから外にいけると聞いたときは久しぶりに心臓が動いた様な気持ちになった。


実際、ここはやっぱり違った。


首領のサルドは特に凄かった。


ルウトが数分かけて倒した標的を、同じ時間で十数匹仕留めて見せるのだ。


嫉妬はなかった。


ただ羨望があった。


自分より魔法を巧みに使う人間は初めて見た。父親が何時もいなかったルウトには、大人より力を持っていた子供には。


初めて感じる強い憧憬だった。


簡単に言ってしまえば、目の前の敵を全て薙ぎ払い、チームのトップとして自分では手の届かない場所にいる大人が、子供心にかっこ良くて仕方がなかったのだ。


ふと。


何時もの様に汗水をたらして客に頭を下げながら営業用の笑顔を浮かべてお金を受け取るキィラルが目に入った。



「かっこ悪……」



父親になど会いたくなかった。父親が運び屋として働いているのは母から聞いて知っていた。そのときは別にかっこ悪いとも思わなかった。


でもこの華やかな町で、賑やかな住人たちの中で汗水や泥にまみれて仕事する姿に惹かれることはありえない。



「かっこ悪いか? お前の父ちゃん」



いきなり頭上からそんな声が降ってきた。


見上げてみると、黒い髪にどこを見ているか分からない様なくすんだ灰色の瞳の男がこちらを見下ろしていた。



「……誰?」

「お前の父ちゃんの友達だよ」

「運び屋?」

「いや、一応ギルドに所属してる。この前やっとDに上がったとこだけどな」

「普通だね」

「普通だよ」



普通、とは言ったものの佇まいはどこか掴み所がない。なんというか余裕がありすぎる男だ。


何も映さない灰色の眼からは何も読み取れず、黒い髪が夜の闇を連想させるのか、ルウトは自然と男の目線から目を逸らした。しかし男の目はルウトを越えて仲間達と成功を称え合っているキィラルに向けられていた。



「かっこ悪いか? お前の父ちゃん」



男はその場にしゃがみ込んでルウト同じ目線になるまで頭を下げると、もう一度同じ質問を口にした。


かっこ悪いか?


悪いに決まってる。でもそんな事言っちゃいけない事ぐらいも知ってる。


でも自分の気持ちを隠す方法もまだ知らない。



「……悪い。かっこ悪い」



一度目の"かっこ悪い"が上手く言えていなかった様な気がして意地になって二回言った。


すると、男は音が鳴るほど勢いよくルウトの頭に手を載せるとぐりぐりと撫で回し始めた。



「そうかそうか。父ちゃんはかっこ悪いか」



そこまで言うとすっと頭の上で動き回っていた手の力が小さくなった。



「でもな、覚えとけ。大人はかっこ良いだけじゃあ、かっこ悪いんだ。…ま、受け売りだけどな」

「…意味わからない」

「分からないだろうから、覚えとけっていってんだよ」



最後にポンと手の平で軽くルウトの頭を小突くと男は酒場の方に消えていった。


ルウトは言葉の意味を少しだけ考えて、すぐに止めた。今はとりあえずサルドの所に行って仕事をやろうと気持ちを切り替える。


確かこの時間はギルドに貸し与えられた2階の部屋にいるはずだ。


階段を上っていく途中でキィラルが恐らく顧客の一人なのだろうが、その人と握手を交わしながら畏まった態度で頭を下げていた。


その姿はやっぱりただかっこ悪いだけだった。







「ふう……」



柄にもない事をしたな、と我ながら呆れながら先程の掲示板から歩いてすぐのカウンター席に座り込んだ。


もう夕暮れで仕事が出来る時間帯でもなかったので、マスターに軽めの酒を注文した。



「……キィラルの、息子か?」



目の前に置かれた小さな控えめなコップを持ち上げて口に運ぼうとした時、どこからか声が聞こえた。


その声が目の前のマスターが発した物だと気付くのに数秒が必要になったのは俺の責任ではないだろう。なにしろ今までマスターの声すら聞いたことがなかったのだ。


どうでもいい事だが、寡黙なマスターの声は落ち着いたいぶし銀だった。



「…ああ、ちょっとお節介しちまったかな」

「いいさ。キィラルとあの子供は良く似ている。ならやはりお節介も必要だろう」

「そう言ってもらえると…」



本当に対して考えての行動ではなく、衝動的なものだった。これでさらに親子の溝が深くなるのならさすがに寝覚めが悪い。



「どうなんだ? あいつの息子は?」

「天才、なんだとよ。もう問題なく一人で依頼をこなせるレベルらしい」

「そうか」



それだけ言うと、ズラッと流しに並べられた水洗いされたコップを手にとり一つずつ磨き始めた。


丹念に丹念に、傷つけないように。



「あいつは不器用な奴だから、またおせっかいを焼いてやってくれ」



コップを磨く手と同じように穏やかな、それでもやっぱりいぶし銀な声でそう言った。



「俺はああいう問題にはあんまり精通してないんだけど……」

「そうは見えなかったがな。何、自分なりにやってくれればいいさ」

「……考えとくよ」



正直お節介なんてこれっきりにしたい気持ちが大きかったが、何となくそう答えていた。



「…しかし天才、か。────…」

「……は?」



上手く聞き取れなかったのか、それとも上手く意味を把握できなかったのか。いまいちマスターが何と言ったのか理解できず思わず聞き返した。



「何だ、知らなかったのか」



その後、マスターの口から驚くような事実が告げられた。



「……マジで?」



そう言いながら、その姿を確かめる為に入り口の方に目を向けた。


そこでは顧客相手にキィラルがかっこ悪く頭を下げていた。





「来ましたねルウト」



ルウトは軽く扉をノックした後、返事を待たずに扉を開けた。中は特に装飾がされているわけでもないが高そうなソファが部屋の中心においてあり、そこにサルドが座っていた。



「仕事って?」



後ろ手に扉を閉めてから、サルドの前まで移動した。



「……まずこれから話すことは、他言無用とするように。それとこの話を新入りでしかない貴方に話すのは貴方に期待してそして同時に信頼しているからです。良いですね?」



少し不審さを顔に出したものの、ルウトは話を進めるべく黙って頷いた。

それをしっかりと確認すると、いつもの組んだ手の上に顎を乗せる格好を取ってサルドが続きを話し出した。



「…これを、とある所に届けてもらいたいのです。今からね」



そう言ってポンと目の前の机の上に十五cm四方ほどの袋を投げ出した。


茶色い封筒のようだが、中に入っているのは便箋の類ではないらしく、真ん中から盛り上がって丸々としている。



「説明は帰って来てから。その方が都合が良いでしょう」

「……どこに届けるの?」

「何。すぐそこです。そこにいる人間にそれを渡して報酬を貰ってきてください」



拍子抜けする。

簡単な、簡単すぎる依頼。文字通りただのお使いだ。どうせやることも大してなかったので目の前の封筒を乱暴に掴み取った。



「…お願いしますよ」



そんな声を背中で聞きながら、ルウトは部屋を出た。一緒に渡されたメモによると何と歩いて5分もかからない位置だ。


当然何の問題も起こることなく、その場所まで到着した。


何のことはない普通の民家。教えられた特徴からその傍らでほっそりと露店を行っている男が依頼人だと察して近付き声をかけた。



「ブレイズ・ロアです。約束の物を」



そう言って目の前に袋を差し出した。すると男は深くかぶった麦藁帽子のつばから此方を慎重に覗き、眼を見開いた。



「驚いたな。こんな子供に…。いや、なるほど誰もこんな子供が…」



何事かぶつぶつと呟いて納得したような声を上げた後、男は懐からまた茶色の封筒を取り出し目の前にゆっくりと置いた。



「報酬だ。持って行け」



それだけ短く言うとまた俯いた。


その気配は完全に町の中に溶け込んでいる。


渡された茶色の布袋を見つめ、何のことはなく終わった依頼に呆気なさを感じながらここからでも見ることができそうなほど近いサルドの部屋へと向かった。



「おお、帰りましたか。ご苦労様です、では報酬を」



先程受け取ったばかりの布袋をさし伸ばされた手の平の上に置いた。


サルドはその重さを確かめるように、顔の高さまでそれを持ち上げた後、ゆっくりとその中身を取り出して確認した。



「えっ……」



驚愕した。


何しろ出てきたのはおびただしい量の金貨。Aクラスの依頼をこなしたとしてもこれの十分の一の報酬も得ることは出来ないだろう。


ほんの十分。しかもただ往復しただけのような依頼なのに、その金貨はあまりに不釣合いだった。



「何で……」

「ああそう言えば説明でしたね」



惚れ惚れするように金貨を机に並べていたサルドがルウトのかすれた声に反応して顔を上げた。



「何しろ"憑物"の役を降ろされてしまいましたからね。役人に流す金も何も足らなくなりまして。そこで"アレ"です」

「"アレ"…?」



くっくっくと何かを馬鹿にするような笑いを堪えきれずに零した後、もったいぶった話し方で続ける。



「メフィスト。聞いたことはありませんか?」



そう言って笑った顔は汚い大人の顔だった。




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