男子三日会わざれば刮目してみよ
「はい、じゃあワルピラットの角5本。確かに受け取りました」
依頼で頼まれた巨大な兎に生えた角を受付に渡した。
肘から指先ぐらいまでの長さの曲がりくねった角で、すり潰して他の色んな薬草と混ぜると良い薬になるらしい。
「そして、この依頼をもってハルユキ様をDランクに認定させてもらいます」
報酬もやや高めだったが、一番の目的はこれだ。
ランクを上げる方法には地道に依頼をこなして行く方法と、誰かこのギルドと懇意なチームか登録者に紹介してもらい試験を受ける、という方法があるらしい。
しかし根無し草の俺達にそんな人脈がある訳も無く地道に上げてここまで来たと言うわけだ。
「はい、お疲れ。フェンこれ報酬な」
うちの財務大臣であるフェンに布袋に入れられた銀貨を渡す。
「はい、…お小遣い」
その中から今日の分のお小遣いを頂戴しそれをユキネにも分ける。
今日の依頼も三人で行った。
何時もはジェミニも一緒なのだが、今日は、というより昨日から姿が見えずレイはいつも何時の間にか帰って来て、昼まで寝ているのでもうどうしようもない。
と言ってもレイは魔力を血として変換しているためか、魔力がほとんど感知されずGクラスからだったので仕事に参加も出来ないのでしょうがないということもある。
チームを作ればその限りでもないのだろうが、別にこのままでも不便はなくなったので今のところそのままにしているのだ。
「……そういえば飯まだ食ってないな」
「どこかに食べに行くか?」
「いや、もうギルドで何か頼もう。疲れたからあまり動きたくないし」
2人とも何か食べたいものがあったわけでもないらしく、俺の提案に首肯したのを確認して手近の空いてる席に座り込んだ。
そして、たまたま通りがかった店員を呼び止めようとした時。
ギルドの何処からかざわめきが広がってきた。
ざわめきの色は不快と畏敬。
まだ見えないが、恐らくサルドたち"ブレイズ・ロア"が帰って来たのだろう。
ぞろぞろとサルドが先頭になって我が物顔でギルドの中を闊歩していき、おそらく自然に指定席となっているのであろう、混雑の中でも不自然なほどに人気が無い奥のほうの机に向かっていく。
先程言ったように先頭はサルド。周りに特にサルドと仲の良さそうな何人か、そしてサルドの横にはルウトが大人の歩幅に合わせるためか黙々と歩いていた。
◆ ◆ ◆
「…チームに、入る?」
擦れた声では分かりづらいがそれは間違いなくキィラルの声だったろう。驚きと心配が混じったような声色だったので間違いない。
しかし、周りもすぐに似たような声を上げだしてキィラルの声は埋もれていく。
冷静なのは張本人のルウト、そしてそれを観察するように見つめているサルド。
他の人間には、キィラルも合わせて驚いている人間か呆気に取られている人間しかいない。
「……気に入りました。私は気に入りましたよ」
ぼそっと呟くように言った声でも統率の声は絶対なのか、周りのざわめきは収まっていく。
「本気か、サルド…!」
「キィラルさん。ルウト君はお幾つですか? 見たところ十二、三歳といった所でしょう?」
「……十二だ」
「十二歳。この世の中その歳で働いている子供なんて珍しくありませんよね? もう子供の意見を尊重させる時期かと。それに危険性があるかどうかはこれから確かめられる。この新入りのパージさえに勝てなければとてもギルドで仕事など出来ませんし、逆に倒せるのならそれはもう子供ではないということでしょう?」
そこで一息ついて、キィラルが言葉に詰まっていることを確認すると楽しげに言葉を続けた。
「それに今なら私も貴方もいるのだから危なくなったら止められます。今無理やり止めさせて後で無茶させる可能性を作るよりとりあえず納得できるまでやらせてみては…」
言いたい事は全て言ったのか、サルドは笑顔のまま体の力を抜いて背凭れに背を預けた。
一方キィラルは追い詰められたかのように切迫した顔つきでピクリとも動かない。
そのまま時間だけが過ぎていくかと思われた時、キィラルがゆっくりと口を開いた。
「……ルウト。本気で、入りたいんだな?」
「本気だよ」
「……分かった。なら勉強させてもらって来い」
それだけ言うと、再びサルドの方に向き直りよろしく頼む、と切実な声で頭を下げた。
頭を下げている父親を横目で一瞥してから、ルウトは一歩前に足を踏み出し、それを見て満足げにサルドも立ち上がった。
「それではこの地下の試験闘技場を使わせてもらいましょうか。決闘にも使わせてもらえるはずです」
勢いよく立ち上がり、受付へと足を向ける。肩で風を切って歩くサルドに取り巻きの何人かもぞろぞろと後に続く。
パージと呼ばれていた男も憎々しげにルウトを一瞥すると、不機嫌そうな足音を響かせて受付に向かった。
ルウトも続き、キィラルもそれに無言で付いていく。
かく言う俺も少しだけ驚いて少しだけ固まっていたので出遅れている。
既にサルドは受付に二言、三言話して、奥の階段に消えていった。
「……俺は行くけど、お前ら帰ってていいぞ」
それだけ短く言うと受付に急いだ。
ガチャン、と俺が受け付け内に入ろうとした所で腰ほどまでの扉が閉められた。ニコッとスマイルでやんわり立ち入り禁止を伝えられる。
結果、俺は締め出されるように受付で立ち往生状態。
やばい、どうする。
そこで、ひたすらに傍の机で事務作業に励んでいたウェスリアが目に入った。
目線と思いっきり手を振って自分の存在をアピールしてみると、意外とすぐに気付いてパタパタと慌しく近寄ってきた。
挨拶やら何やらをすっ飛ばし、用件だけを告げる。
「すまん、ここ通してくれ」
「はい、どうぞ」
一応立ち入り禁止となっている扉を簡単に開けて俺を中に招き入れた。
「……理由ぐらい聞かないの?」
「ファンですから」
「…あんた最高」
「知ってます」
早口で会話を終えると、早足に先程一行が入っていった階段に飛び込んだ。
入って十秒もしないうちに開けた空間に出た。
俺とキィラル達がこの地下に入ったタイムラグはおよそ三分ほどだろう。
しかし、入った瞬間目に飛び込んできたのは決着の瞬間だった。
具体的に言えば見えたのは勢いよく地面に迫る円錐状の炎の柱。その頂点にはどうやってそこまで移動したのか、とても子供の跳躍力では届かない中空でルウトが炎を"吐き出していた"。
それはどれ程の熱量なのか、離れたここまで熱が伝わってきて、円錐の底辺にいた男が抵抗しようとして出した水球をいとも簡単に蒸発させ唸りを上げて男に迫っていた。
「うああぁぁあッ!!」
成すすべなく両手を顔の前に庇うように掲げ、迫り来る炎の形をした恐怖に目を硬く瞑った男に接触しようとした瞬間、あれ程の炎が一瞬で立ち消えた。
地面の近くで減速しながらほぼ音も無くルウトが地面に着地した。その口元にはまだ微かに残り火が踊っている。着地には炎による気流でも使ったのだろうが、ただそれだけの動作でも実力は伺える
時が止まったように静まり返る空間。
サルドもキィラルも、他の誰もが目を見張って固まっている。
勝敗は、誰の目にも明らかだった。
◆ ◆ ◆
「いやルウト。お前ホントにスゲェな」
「そりゃあお前、俺を負かした男だからな」
だっはっはっは、と大声の話し声や喧しい笑い声がハルユキの耳まで届いてくる。どうやら今日も何か討伐系の依頼でルウトがそれなりに活躍したらしい。
サルドも上機嫌で何処からか連れて来た女をはべらせて酒をかっくらっている。
「一番大きいのはルウトが倒したものだったらしいですね」
ただでさえ日ごろから騒がしかったサルドの周辺がルウトというスパイスが加わったためにさらに騒がしくなってる。
と言ってもルウトはちょびちょびとコップに注がれたジュースを飲むだけで、ほとんど一言も話していない。
まだまだ続きそうなギルド全体で渦巻く喧騒の中。
その騒音に隠れるように、キィラルが何やら2mほどのかばの様な生き物を台車に乗せてギルドに運び込んでいた。
運搬業と言っても、町から町に運ぶ仕事もちょっとした届けごとも請け負っているらしい。
サルドのグループの一人がキィラルに近寄って何か渡している所を見ると恐らくあれがルウトが仕留めたと言う獲物なのだろう。
かばもどきが所々焼け焦げていることからも明らかだ。
恐らく報酬を支払ってもらったのだろう。キィラルは目の前に男と握手を軽く取り交わして、他の何人かの仲間と共に受付まで運んでいった。
懸命に周りに指示を出し、率先して荷車を引っ張る。
その額には少なくない汗が浮かび、それが染みこんでいるであろうタオルを首にかけている。
今のその心情は一体如何なるものだろう。
息子の事を心配しているのか、それとも誇りに思っているのか。
懸命に仕事に打ち込むその表情からは何も伺い知ることは出来なそうだ。