父子再会
キィラルが大げさに手を振り、それを見て顔色一つ変えずに子供は目だけでそれを確認すると、黙々とキィラルの前まで歩き立ち止まった。
感動的な再会にはならないだろうとは思ってはいたが、それを少なからず願ってはいただけにガッカリ感は拭えなかった。
明らかに幸せなオーラを出しているのはキィラルだけなのだ。
「───久しぶりだなルウト」
「うん」
短くそれだけ返すと、ルウトと呼ばれた少年はキィラルの向かいの席に座り込んだ。
キィラルも一緒に座ったは良いものの、言葉が続いていない。
「…そ、そうだルウト! ジュース飲むか? 金はあるから…」
「いらない」
「そ、そうか…」
立ち上がりそうになるほど力んだキィラルの体が萎む様に椅子に崩れ落ちた。
そしてまた沈黙。
そして何を思ったか此方にチラッと目線を送ってきた。それを全力で顔ごと逸らすことで避けて事なきを得た。
「無理無理無理無理無理何あの空気耐えられないって何で俺こんなとこにいるんだよもう帰りてぇよ馬鹿野郎…!」
大体家族間の問題なんて俺が最も苦手とする分野の一つだ。
そもそも助けになんてなれるわけもないし、ここにいる意味がそもそも無いと思うのだ。
今窓の前を通り過ぎたうすらハゲより役に立たない自信がある。
キィラルは何をしていたか、とか迷わなかったか、とか当たり障りの無い質問をしてはいるものの一向に会話にまで発展はしていない。
そして考えていた話題が早くも底をついたのか、沈痛な沈黙がしばらく続いた。
「ねぇ」
初めてルウトのほうからキィラルに声をかけた。
「ど、どうした!? 何だやっぱりジュースか!?」
「違う。それと声大き過ぎ。うるさい」
「す、すまん…」
またしおしおと縮んで行く。
それにしてもかっこ悪い…。
十二歳にマナーを注意される親ってどうなんだ。
「……俺、これからこの町にずっと住むんだよね」
「…そうだ、すまないな俺の都合で振り回しちまって」
「じゃあ、この町のギルドに連れて行って」
キィラルの話を聞いちゃいねぇ…。
そしてキィラルそれに気付いてねぇ…。
その証拠に一生懸命今の言葉の意味を噛み砕こうとしてるし。
「出来れば一番強いチームの所に連れて行って欲しいんだけど」
「強いチームって…。それはいいが、一体何するんだ?」
「別に…」
いまいち的を得ないルウトの答えにキィラルは眉をひそめる。
が、その後何を思ったのかよし、と頷いた。
「父さんに任せろ。仕事柄免疫、と言うか、コネがあるからな。そうだな、今からでも大丈夫だぞ」
「じゃあ行こう」
言うが早いか、ルウトは席を立ち出口へと早足に向かっていった。
慌ててキィラルも自分の分だけ勘定を済ませ、入り口で不機嫌そうにキィラルを待っているルウトに小走りで近寄っていった。
親子並んで扉をくぐった。
そこでキィラルがふと何かに気付いた。
視線の先には自分の鳩尾辺りにあるルウトの頭の先。
前に見たときからどれくらい成長したのかは俺には分からないが、キィラルは嬉しそうに苦笑いするという矛盾するようなしないような。
そんな父親臭い顔をしていた。
◆ ◆ ◆
「何だかんだで結局付いて行くんだな」
ふふふ、と意味ありげに笑うユキネが憎たらしい。
まあでも実際最後まで付いて行くことにしたんだけど。
乗りかかった船だし、帰り道もほとんど一緒だし。
それに喧騒の中では比較的話しやすいのか、前の二人は先程よりも重い空気ではないのも大きい。
と言っても、キィラルが一方的に話しかけ、ルウトがそれに適当に一言二言返しているだけだが。
俺も先程頼めなかった分を、祭り間近だからか増えた露店で色んなものをつまみながら、中々有意義に歩いている。
「む……」
今たまたま口に入れた、たれでこんがり焼いた鶏肉が俺の好みにベストヒットした。
今非常に酒が呑みたい。
「…おいしい…?」
そんな表情を目ざとく見抜いたのか、フェンが横から物欲しそうな顔で俺を見上げていた。
「食うか?」
そう聞くと、こくんと無言で頷いた。手串に刺さっている鶏肉を一本渡そうと抱えていた袋の中に手を入れようとするが中々うまいこと取れない。
「……一口で、いい」
両手に色々持ちすぎて四苦八苦していた俺から幾つか荷物を受け取ると、控えめにあーっと口を開いた。どうやら入れてくれと言いたいらしい。
素直にその口の中に先程まで食べていた鳥串を運ぶ。
一瞬迷ったような素振りを見せたあと、一息に、と言っても一番先端の一欠けらだけをパクッと口の中に入れた。
もぐもぐと咀嚼を始めるが、どうやらまだ熱かったらしく顔をホクホクさせている。
「……食べ歩きは行儀が良くないぞ」
「何だ今更。ああ食べたいのか、ほらよ」
「いらない、……馬鹿」
そう言って渡したばかりの袋を俺に押し付けると、ずんずんと先に歩いていった。
何で怒っているのかとか、食べないのかとか言いたいことは山ほどあったが触らぬ神に祟りなしと言うことでここはひとつ。
やがてどんどんと人が、特に腰や背中に武器を背負っていたり鎧を着込んだ人間が増えてきた。
この辺りの町並みも比較的見た覚えがある。
もうギルドのすぐ近く、というより見上げてみれば既にあの巨大な風貌が立ち誇っていた。
見ると丁度ルウトとキィラルがギルドの中に入っていくところで、ルウトはずっと待ち望んでいたのか先導していたキィラルを追い越してギルドの中に入っていき、それをキィラルも慌てて追っていく。
さて、これからどうするか。
もう問題ないといってもいいが、一番強いチームって言うと……多分あの馬鹿がいるあのチームだろう。
少し先行き不安な要素があるし、ここまで見てきたのだから最後まで見守ってやるかと溜め息をつきながら決心すると3人でギルドの中に入った。
何時ものようにもう飲んだくれている奴もいるし、依頼が張ってある掲示板の前でうろうろしている奴もいる。
店内を軽く見回すと、キィラルがルウトを連れて見覚えのある鬱陶しい金髪と暑苦しいマントが特徴の男の一段が陣取っているテーブルへと近寄ろうとしている。
慌てて、離れすぎずかつ近過ぎて見つかりもしないような所を探して、そこに急いで座り込んだ。
「……すまん。ちょっといいか」
キィラルは意外と平気な顔で、飲みながら自分の武勇伝を聞かせていたらしいサルドの背中に声をかけた。
「ん…? ああこれはこれはキィラルさん。何か御用ですか?」
何時ものように高飛車な話し方で鬱陶しそうな声を出した。偉そうに足を組み、顎の先が上げ何が何でも人を見下さないと仕方が無いという風は相変わらずだ。
「ちょっと息子がな。一番強いチームに会いたいって言うんでな。そうなったらこの"ブレイズ・ロア"しかないだろ?」
長年の客仕事の経験からだろうがキィラルにしてはうまく相手をおだてた言い方だったと思う。
その証拠に心なしかサルドの機嫌が良くなり、改めてルウトとキィラルを見渡した。
「そこの子供が…」
「子供じゃない」
上機嫌に語りだそうとしたサルドの言葉をルウトが断ち切った。
もちろんわざとやった訳ではないだろうが、サルドにとっては不愉快なことだったようでサルドの顔はまた不機嫌を呈しだした。
「子供ですよ。弱くて、幼い。そんな生き物を子供と言うんです」
組んだ顎に手を載せ、説き伏せるように言葉を発したサルド。
それを聞いてルウトは何を思ったか、サルドの部下であろう何人かを見渡し始めた。
「幼いかどうかは分からないけど、俺はそこの男よりは強いよ」
そう言って指差したのはサルドの横に立っていたいかにもなゴツイ男。
しん、とそのテーブルの周りが静まり返った後、どッと笑いが起こった。ただキィラルだけは横でおろおろしだしたが。
「おいおい、パージ。お前こんなガキにも負けんのかよ!!」
「……ッく!」
「確かにこいつは入ったばかりでそこらの連中に比べたら弱いかも知れないが、子供に勝てるような実力ではないですよ?」
今度はあやす様に穏やかなそれでいて癇に障る声で表情を変えないルウトに囁いた。
「じゃあ」
その言葉を待っていたかのようにルウトが口を開き、
「じゃあそのおっさんに俺が勝てたらこの"ブレイズ・ロア"に入れて」
そんな事を口にした。