少女と丘まで
少女はおそるおそる目を開いた後周りを見渡してからこっちぽかんとした顔で呆けていた。
まあいきなりの事で状況が理解できていないのだろう。
「もうあいつらはいないよ。立てるか?」
「……え?………あ、腰……」
「……腰?」
「腰……、抜けちゃった」
ああ、そう言うこと。転んだ跡の場所からでも結構距離あったからな。疲れと安心からそうなってもおかしくはない。
とりあえず、安全な場所に行くか。どこかないかと見渡すと森からくり抜いたかのように木々が途切れている丘が木の上から見えていた。
そして思う。なんか見覚えあるな、と。
うん、ばっちり戻ってきてる。ちょっと気持ちが沈んだ。
「とりあえず、あそこの丘まで行こう。見晴らしがいい方がいいだろ」
「……腰…」
「だからほら、おぶされよ」
「……」
「いいんだよ。子供はそんな遠慮しないで。いいからほら」
「…む…子供、じゃない」
そう言われたので改めて足先から、頭のてっぺんまで見直す。そして結論。子供だろどう見ても。
「これでも、16」
「……マジか」
「……まじ、なに?」
マジが死語になってる……。
まぁ、いい。こんなこと言ってる場合じゃない。
「いいから、乗れって。早く」
「…子供じゃない」
そういいながらも器用に背中に上ってくる。
「わかった、わかった」
「胸だってある。助けてくれたから、特別」
ぎゅっと首に回した腕に力を入れ、胸を背中に押しつけてくるが、悲しいかな、堅いだけだ。
「ないじゃねぇか」
さらに腕に力を入れ、強調してくるが。
「ないもんは、な、ゲェ!!」
締まる!入ってる!入ってる!!
十分だと思ったのか少女が腕をゆるめる。
「げほっ!ごほっ!!……た、大変喜ばしいお礼でした……」
「……フェン」
「ああん!?」
「私の名前……。そうよんで。」
「お前さっきから凄いマイペースな奴だなおい。さっき死にかけたんだぞ」
「そう」
そんな事はどうでもいい。と少女が髪と同じ色の目をハルユキに向けた。
「春雪だ。志貴野 春雪」
自己紹介した後、会話は途切れる。本来無口な奴なのだろう。しかししばらく歩くと、フェンが少しだけ遠慮がちに口を開いた。
「ハルユキ……」
「んー?」
「…ありがとう、…とても、助かった」
「あいよ」
コロコロと態度を変えるこの子供がなんだか無性に可笑しくなり苦笑いを零しながら、フェンに定型句を返した。
ふい、とフェンが顔をそらした。
「どうした?」
「……なんでもない」
なんでもないって事はないだろうが、たいした事でもないんだろうと当たりをつけ前に向き直る。
まだ狼がそこ等にいるだろう。ゆっくりしているのは得策ではない。
丘に、急いだ。
◆ ◆ ◆
ガクンと振動を感じて、フェンは目を覚ました。
目の前には真っ黒の髪の毛。
今、フェンは先程ワーウルフから助けてもらったハルユキという男におんぶしてもらい、比較的安全だと思われる丘に向かっている。
ハルユキはこの辺りでは珍しい黒髪黒目の男で、助けてくれたすぐの顔は怖い印象だったが、おんぶしてやると言いながら笑った顔を見たら、不思議と警戒は薄れてしまった。
それに何気なく見せられた笑顔になぜか赤面して顔をそらしてしまった。心臓が暴れていたのを覚えている。
いけない。自分は人見知りが激しいはずだが。
そんなこんなでおんぶで移動すること数分、何時間も走った疲れと命が助かった安心から、少し眠ってしまっていたらしい。
おかしい。いくら疲れていると言っても。
突然、目を覚ましたからか、体がずり落ちそうになる。
落ちないように、腕に力を入れて体を密着させた。
(…温かい…)
実はもう、歩けるようにはなっていたがこの背中が近くにあると不思議と心が落ち着いた。だから。
(……もうちょっと、だけ)
5分ほどで降りるつもりだったが、ハルユキの背中でよほど安心したのか、フェン本人も知らないうちに、さっきよりも深めの眠りについてしまった。
◆ ◆ ◆
丘には比較的早めについた。
おおよそ15分ぐらいだ。
丘はだいたい30メートルぐらいの半径の円の形をしていて、その丘の中心つまり俺が目を覚ました所の近くには木が一本だけ立っている。
木の下につくとフェンに降りてもらおうと声をかけようとしたが、
「寝てやがる…。すげえなこいつ……」
そう言いつつも起こさないようにゆっくりと木のそばに寝かせてやる。
「…ん…」
不意にフェンが背中を丸めて体を震わせた。
火を熾したほうがいいか。が、当然ライターもマッチもない。
(ライターならあるかもしれんぞ)
不意に嫌な声が聞こえた。
「どういうことだ。九十九」
(いやな、お前の兄貴が仕込んでんだよ、いろいろ)
いまいち話が見えない。嫌な予感はするが。
恐る恐るながらも話を続けるように促すことにした。
「いいから、その場所だけ教えろよ」
嫌な予感が後から後からでてくるが、今は火を熾すことが優先だ。
(お前の体の中だよ)
「……は?」
(ほら、ナノマシンってお前の兄貴が作ってただろ? あれの改造版がお前の中にうようよいる。)
「あのクソ兄貴…!」
フェンを起こさないように静かに怒る。
あの馬鹿。人の体になんてことしやがる──!
(まぁ、体に害はないだろ。今まで大丈夫だったし。でそのナノマシンがな、一つ一つ記憶域とやらを抱えてんだとさ。で、お前が命じればその記憶域の中に入った設計図通りにそのナノマシンが核になって、周りの原子やらなんやらを変換したりなんたりして即席で精製するらしい。もちろんナノマシン本来の神経端末としての機能も自己増殖機能も万全、だそうだ)
「……俺が知ってる科学と比べても、かなりのオーバーテクノロジーなんだが」
(俺もお前の兄貴の言葉をそのまま言っただけで、意味なんてわかんねぇよ。とりあえず一回やってみろや)
そんなこといってもどうやるんだよ。とりあえず、手をかざして念じる。
(ライター、を、精製……)
念じた瞬間、手が何かをつかんだ。
「出来……っておい!!」
確かにできたことはできた。失敗ではないだろう
驚きに突っ込んだことは全部で二つ。お手軽に成功した事と。
(立派なライターだな。ちょっとワイルドだが)
「ああ、めちゃくちゃ立派だな。まるで火炎放射器だ」
ライターではなく、完璧に火炎放射器だった事。
(それが一番、ライターに近かったんだろうな)
「もっと、ましなの入れろよ! 使い勝手悪すぎだろ……!」
だがまぁ、ほかには何もないので、しかたないからこれを使うことにする。
「っていうかお前、もっと前に教えとけよ」
(ああいや、ここまで成長したからお前に接触できたんだよ。だからナノマシンのことを教えんのはこのタイミングしかないの)
ため息をついて火炎放射器を持ち上げる。とりあえず火をつけることはできるか。
なんだかんだあったが焚き火をつくることができた。
幸い(?)にも俺の前髪の先が少し焦げた以外の被害は出なかった。