タダ酒
「ん……」
目を開けた。
目覚めてすぐだというのも相まって視界は暗い。
視線を横に向けてみると、天蓋の向こうからぼんやりと光が浮かび上がっていたので、体を起こしベッドに腰掛ける体勢になって天蓋を捲って外側を見た。
「……懐かしいな」
いつか見たものと似た様な光景。
寝ているのが部屋の入り口ではなくて、部屋の中心に置かれた机の横のソファでだがそこは大して重要な所ではない。
よく見ると、ハルの横でフェンが小さい体を更に丸めてハルユキの隣に寝ていた。
なんとも微笑ましい光景に苦笑しながら立ち上がった。
全身の傷はもう跡形も無く消えていて、立つことにも歩くことにも支障はきたさないが魔法で治療した後は熱を持ったように体が火照っている。
起こすのも何だったので、ゆっくり目を覚まさないように2人にシーツを掛けた。
フェンの顔が埋もれるのでハルユキの腰の辺りまでだが。
たまたまハルの顔が目に入った。
「ぐっすりだな……」
もう普通の声量で話しているが、眉一つ動かさずに寝入っている。
(どこまで起きないんだろう…)
そう思ってしまうのは私の責任ではないはずだ。
頬をつねってみようと恐る恐る手を伸ばす。試しに指先で触れてみるが、微動だにしない。
摘んでみる。更に引っ張る。
さすがにフガフガ言い出したが、起きる様子は無い。
「…ふふふ」
何だろうこれは。すごく楽しいんだが。
征服感がたまらない。
しかし、さすがにそろそろ起きそうだったので手を離して部屋を見渡した。
ここから5mぐらいの位置にある扉の所と机の上以外には明かりが無く、薄ぼんやりとした雰囲気になっている。
窓を見つけたので近寄って外を眺めてみた。
はるか下に、町の光があちこちで動いたり騒いだりしている。
大体予想していたがここはあの馬鹿でかい城の中らしい。
その後、さすがに手持ち無沙汰になり仕方ないからハルを起こすかと思い、ハルの方に向き直った。
ハルが目を覚まし、すごい勢いで扉の方を向いた。
しかし、すぐに視線を逸らすとそこで扉がノックされた。
「夕食の準備が出来ました。ノイン様の部屋までお越しください」
◆ ◆ ◆
廊下からの聞きなれない足音で目を覚ました。
反射的に扉を見るが、まあ当然敵意も殺気も感じないので、視線を部屋の中に戻した。
「夕食の準備が出来ました。ノイン様の部屋までお越しください」
規則正しい声が扉を叩く音の後で聞こえてきた。
メイド姿である。
そんなに男として素直に欲望を晒すほうではないが、メイド姿というのはこう少し気になるものがある。
物珍しさが一番の理由だが、何にせよ目線は行ってしまう。
ここからその部屋まではそう遠くは無いのでメイドは用件だけ言うと一礼して出て行った。
「フェン起きろー、飯だ」
「ん……」
俺の言葉に反応してゆっくりと身を起こすが、まだ目がまどろんでいる。
フェンの治療の腕はかなり優れているらしく、ユキネを傷を一人で完全に治して城の医者達から感嘆の声を上げられていた。その後、大した怪我人も居なかったがとりあえずと言うことでフェンも兵士の治療にまわったので疲れてしまったのだろう。
「……あれ? ああ、ユキネ起きてたのか」
掛けられていたシーツを発見し、続いて窓の傍で此方を見ていたユキネを発見した。
「…メイドさんには反応するんだな」
「ん? なんか言ったか?」
「……何でもない。行こう、夕飯を作ってもらったんだろう?」
「ああ。俺もいい加減腹減ったわ」
なんか不機嫌そうにも見えるが、腹でも減ってるんだろう。
入り口までズンズンといきりながら歩いていって、そこで足を止めた。
「…ハル、あの、な」
そう言って俺に背を向けたままユキネが声をかけてきた、がその声はどこか暗い。
こいつはやっぱり気にするだろうと確信があって、予想できないことではなかった。
だから先に言ってやるのは、まあ特に意味のあることではないが。少しでも早く和らげてやりたいとか、そういうことではない。決してないぞ。
「……王女さんが、ってお前が最後に戦ってた奴だけど、自分の半分ぐらいの歳の女にやられる兵士の方が悪いってよ。だから気にすんな」
「そう、か」
「それに大した怪我人もいないってよ。辛いならお前はフェン起こしてからゆっくり来い」
少しだけ表情の硬さが和らいだのを確認しユキネを追い越して扉の外に出た。
外に出て廊下を進むと中庭に出て、さらにこの先を進んで行けば部屋まで辿りつく筈だ。
しかし廊下の先の角に何か妙なものが目に入って足を止めて溜め息を一つ。
「何やってんだ?」
「………!」
「なに…、おわッ!」
そいつは無言で俺を引き寄せると、口を塞いで頭だけ角の向こうに突き出した。そこには人影が2人分。
…どうやらミスラとガララドのようだ。ていうか、それより。
「王女が覗きってお前……」
「王女なんてただの暇人の記号よ。面白いことには目が無いの」
「ふーん、で? 何を覗いてんだ?」
二人の様子を伺うが、何をやってるのか見当がつけられない。
「あの2人ね、恋人同士なのよ」
「………マジで?」
マジ? と王女が首を傾げるが、その表情から嘘ではないことは分かった。
しばらくそこで動きを見せない二人を伺っていると、後ろで足音と先程俺が出したようなため息が聞こえてきた。
「ハル、何をやって…」
後ろからやってきた二人が、さっきの俺と同じように口を塞がれて押さえ込まれた。
「恋人同士……、なのか」
「そう、そして今修羅場」
確かに今は向こうで言い合っていて口をパクパクさせているので 先程よりも修羅場っぽい。
「よく聞こえないわね。でもこれ以上近付いたらばれるし……」
これ以上近付けば、戦士である2人はごまかしきれないんだろう。
「俺は聞こえるがな」
修羅場と言っていたが、なるほど確かに喧嘩中のようだ。
今はたまたま黙ってしまっているが、またすぐ言い合いになるだろう。
「……やっぱりよく聞こえないわね」
「ほい、集音器」
コレクションの中から集音器を作り出した。
兄貴特製の聴覚情報を直接頭にぶち込むという安全面に不安の残る一品だが性能は確かだ。
手の平の上に乗るぐらいのそれを静かに設置すると、ぼそぼそと何処からか音が聞こえてきた。
「うわ何これ、あなた何てナイスな物持ってるのよ…」
ユキネ達も興味深々なのか、何も言わずに耳を傾けている。
「それはいいんだが、何で皆して俺の上に乗る」
「見えないのよ」
「重いん……げふッ!」
殴られた勢いあまって床に顔面を強打し、反論するのは諦めた。
◆ ◆ ◆
「……そんなに怒るなって。悪かったよ」
「別。怒ってなどいません」
「怒ってるだろ…」
同じベンチに座っているものの二人の距離は遠く、互いに端のほうに座っている。
ミスラの方は顔を見ようともしていない。
「4年も放蕩して、さぞ楽しかったんでしょうね」
「ああ、やっぱり東は凄かったぞ! なんて言うかこう文化がまだ未発達な分な、人が人らしいと言うか、それにな! 魔法体系も独特で中には自分の体を……! ……じゃなくて」
「…………もういいです」
嫌味も通じず、嫌になったのかミスラが席を立つ。
「待て! 待ってくれミスラ。…あの、その、だな」
「何ですか。ああそう言えば話があると言ってましたね。どうしました? 旅先でかわいい女の子でも見つけましたか? だったらその子達と話していればいいでしょう?」
「……ミスラ」
ガララドが繋ぎとめるようにミスラの名を呼ぶが、そこには昼間の時の様な自信も勢いもなくなっている。
「何ですか?」
対応する声も明らかに冷たい。ガララドもその声に途方に暮れるばかりで状況が進展しそうな気配が無い。
「いや、あの~…、だな」
「はっきりしなさい」
「はい……」
返事はしたもののやはりガララドも中々切っ掛けが掴めないらしく、何か言おうとしてまた黙る。
そしてそこからまた沈黙が続いた。
どれくらい時間が経ったのか。
ぼそり、とミスラが小さく声を零した。
「私が待ってばっかりで」
「……」
「貴方は誰にでも優しいし」
「……ミスラ」
「そんなことはないって信じていても、魔が差す事もあるんじゃないかって…」
「………」
「……不安、なんです」
その声は切実で、これが本音だということを如実に語っていた。
ミスラも分かっている。
こんな事を言ってもこの男の放浪癖は治らない。この前もこういった喧嘩になったことを覚えている。でもこう言えば少しはこの町に留まってくれるから。
我ながらズルイと思いながらも、私がこう言っていつもの様にもう一度だけガララドが謝れば仲直りになる。
仲直りできれば少ない時間ながらも一緒にいれる。
だからその言葉を待っていた、
───でも。
「…ああ、だからもう、終わりにしよう。…それを言いに来たんだ」
「………え…?」
耳に、何か嫌な物が入ってきた気がした。
「お前を待たせてばかりと言うのは俺も辛いし、当然お前も辛いだろ? だからもうこんな関係は終わりにしたい」
「……ぁ……え…?」
耳から入ってくる何かが体中でめちゃくちゃに暴れまわっているかの様で。
「前から、思ってた。こんな中途半端なら別れてしまったほうがどちらの身の為にもなる」
それでも要領が良いと自他共に認める自分は、今話している内容を飲み込んでしまう。
全身が凍りついたように冷たく硬直し、崩れ落ちそうになった。
更に目には涙が浮かんできそうで見えないように歯を食いしばる。
さっきまで笑顔を浮かべる準備をしていたのに。
ガララドが綺麗だと言ってくれた顔を浮かべようとしていたのに。
もうそれがどんな顔だったかも、思い出せない。
世界が回っているかのように足元が危うい。
しかし。
でも。
この人に弱いところなんて見せたくない。
崩れ落ちそうな膝に力を入れる。
「…そう、ですね。それじゃ、これで、終わりです……!」
えづかないように全身に力を入れ、途切れ途切れにそれだけ言うと、早足に歩き出そうとした。
まだ世界が回っている。
真っ直ぐ歩けるかあやしい。
……もし、今振り向いて、泣いて縋りつけばやり直せるだろうか。
一瞬浮かんだ馬鹿な考えを打ち消し、一歩進んだ。
「だから結婚するぞミスラ」
今度耳の中に入り込んだのは一体何か。
意味を理解する前に、言うが早いか、腕をとられ、振り向かされ、握った手に指輪をはめられ、更に唇を奪われた。
自分で言ったくせに目の前の男の顔は真っ赤だった。
思えば最初に恋人になった日からの2回目の口付けだった。……奥手だったのだ、二人して。
一瞬だったが唇も心も残りの人生も奪われてしまった。
◆ ◆ ◆
「おめでとーー!!!」
一斉にそこら中で声が響いた。
ハルユキ達は誰一人声を出してはいない。しかし、何処に隠れていたのかそこら中から声がして、人が飛び出てきた。
どうやらガララドがプロポーズするというのは、どこかの筋からかは知らないが筒抜けだったらしい。
壁の向こう、屋根の上、草むらの中、木の茂み。
執事やメイド。兵士も居るし、何か大臣らしい出で立ちの人もいる。
「どんだけ仲いいんだ、お前ら…」
「あら、良い国はいい人から、いい人は良い関係から。当然でしょ?」
そう言って、それぞれガララドは男達に揉みくちゃにされ、ミスラは給仕のメイド達に興奮顔で問い詰められながらおたおたしているのを見て、ノイルは眩しいものを見るように目を細めた。
「さて、私も冷かしに行ってきましょうかね」
そう言って楽しそうに、まずガララドに後ろから思い切り蹴りをかました。
苦笑して横を見ると、いきなりのキスシーンに残る二人は硬直していた。
「あのおっちゃんも、やるときゃやるよなあ…」
ハルユキは、やっと下敷きから開放され座り込んだまま、謎の感動を覚えながらぼそりと呟いた。
「すごいシーンじゃったのう…」
「……うまくいってホンマに良かったわー…!」
「言葉だけ聞けばいいがその憎々しげに固められた拳はなんだ? ジェミニ」
「…あ、あれ? レイ、ジェミニも。何時の間に」
「ああ、俺がレイに連れて来るように頼んだんだよ」
ハルユキがそう言うと、フェンとユキネがえ? と聞き返してきた。
「レイが、ハルユキの、言うことを……?」
「こやつが眠り込んだお主等二人の傍を離れたくない、と目で語っておったんでの」
「ばッ…!!」
フェンもレイも例によってキョトンとした顔をハルユキのほうに向けてくる。
その視線に耐えられず、座ったままハルユキは一歩後ずさった。
それを見かねた様にユキネがにまっと笑う。
「……ふふふ、かわいい奴め。初い奴初い奴」
「てめぇ…!」
「……よし、よし」
「撫でんなあぁあ!!!」
ハルユキはフェンの手を軽く押しのけ、立ち上がった。
「ここにも、何か桃色の空気が漂ってる気がするなぁ。もう慣れてしもたからいいんやけど…」
「はっはっは、それに加えてお主最近影薄いしのう」
「言わんといて…」
一際大きい歓声が中庭から上がった。
ガララドは照れくさそうに頬を掻き、ミスラは顔を真っ赤にして俯いている。
どうやらミスラがプロポーズに改めて返事をしたようだ。
その返答の如何など、周りの人間の表情を見れば聞かなくても分かる。
誰かが、宴だ! と声を張った。
許す! と群衆の中では聞き覚えがある女の声がした。
タダ酒だあ! と群集が一気に賑わいだした。
楽しい楽しい夜が始まる。




