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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
68/281

血に濡れて



「それで、侵入者は何人いるの? 貴方達が手に負えないってなると…」



王女が兵士が入ってきた入り口から城の入り口に向かいながら言った。

闘技場を出ると城の裏側に出て、入り口には馬車が止まっていた。



「いえ、それが…」

「何? はっきり言いなさい。緊急事態なのよ」

「はッ! …一人の侵入者を未だ止める事が出来ておりません!!」

「一人だと…!?」

「はい…! しかし中に侵入を許してはいません。何とかお二方に事態を収めてもらうべく、恥ずかしながら参上しました!」



本当に悔しく、相当な苦渋の決断だったのだろう。

兵士は唇をかみ締めながら己の恥を高らかに報告した。



「……いいわ。報告ご苦労様。私がやる」

「ノイン様、しかし…」

「大丈夫よミスラ。一日に二回も負けないわ」



馬車は俺達が城に来たときとは比べ物にならないスピードで疾走する。

暫くもしない内に城の入り口となる橋が見えてきた。



「………着きます!!」



その声と同時に橋を少し越えた所で爆発が起こった。



「行くわ……!」



それと同時に王女が炎をその身に纏、馬車から飛び出して彗星のような勢いで橋に広がる煙の中に突貫した。



「それで、侵入者の特徴は?」



王女に対する心配を少しだけ隠しきれていない口調でミスラが馬車を御していた兵士に聞いた。

馬車の音がうるさく、それなりの声量だったため、難無く俺の耳にもその声は届いた。



「十代半ばほどの女です。金の長髪で赤い目。あとは大剣クレイモアらしきものを……」



驚愕が頭の中を走りぬけた。

その特徴はあまりに仲間に当て嵌まり過ぎている。

また、今度は金色の炎の柱が空高く立ち上る。

そして、煙の晴れてきた橋に転がり出てきたのは、確かに…!



「………ッの…!!」



あの馬鹿が、と言った声が擦れて出てこなかった。

ただ言おうとした時には既に馬車の壁を突き破って、未だ起き上がって剣を構え続けているユキネに向かって疾走していた。





◆ ◆ ◆





再び四方八方から魔法が展開され、ユキネに向かっていく。


それを目の端で確認すると、剣を交えていた剣士を力尽くで出突き飛ばし、目の前に出来るだけの魔法を展開し打ち出す。


幾つかは、敵の魔法を取り込み増幅させて打ち返し、同時に幾つかの魔法も弾き飛ばした。



「ぐッ…ぁあ!!」



しかし流石に全てを完全に逸らすことはできずに、至る所にありとあらゆる魔法が牙を剥く。


増大した白の魔法が橋を越えたところに着弾し爆発したかのような煙と音を撒き散らした。



「やっぱり、…ハルのようには、いかない、な」



そう言いながらも、また足が自然と前を向いて一歩踏み出していた。


足には、ちょっとやばいんじゃないのかと言う位の血が流れて赤く染まっている。


倒れそうになる。


でも、何時か見た血まみれのハルの姿が浮かんできて、また勝手に足が進む。


更にもう一歩踏み出した。



───その時。



「…ッ!!」



考える前に前に飛んだ。


そしてその上を殺気が篭った剣が突き抜ける。



「へぇ、その怪我でよく避けたわね」



燃え盛る金色の炎。


その中心で涼しい顔の見たことも無い女が此方に殺気の乗った剣先を向けていた。


……只者ではない。しかし、足は止まらない。



「……そこを、退け…!」



剣を正眼に構え、一歩踏み出した。


そこで、女の気配が少しだけ揺れた。



「……そこ」



女が私の足元を指差して、呟いた。


足元には、橋と城の敷地の境目を跨いでいた。



「………今までそこを敵として越えた者はいなかったそうよ。いくら基本自由な私でもそこをこれ以上進ませる訳にはいかな…」

「退け……!」



女の言葉遮るようにもう一歩踏み出し、完全に城の敷地の中に身体を入れた。



「……死になさい」



溜め息を一つついて、女の魔力が剣を媒介にして跳ね上がった。


同時に膨れ上がる脅威にユキネも自然と力を集中する。


それに合わせる様に、私も渾身の魔力を剣に流し込んでいく。


何時かの森でそうなったように、魔力は薄く白くなり剣を包み込み刃となって行く。



「隙だらけ」



一瞬早く魔力の装填が終わった女が、たったその一瞬に懐に潜り込んでいた。


赤く、そして同時に金色に煌く刃先が迫る。


本能的に首を捻る。



「ぃあ゛ッ……!」



首の皮を薄く裂き、更にその傷跡を燃焼しながら凶刃が遠ざかっていく。


痛みを歯を食いしばって耐え、剣を振り下ろす。



「くッ……!」



しかし瞬時に体勢を立て直していた女は辛くも剣で弾いて事無きを得、距離をとる。


此方も距離を詰めようとするが、疲労も困憊で、満身創痍。


一気に距離を詰めるは至難の業だ。


しかも相手はまだ無傷な上、体力も有り余っている。


此方の体力の回復を待っていてくれるはずもない。




先程までのそれより一回り以上巨大な炎が剣の周りで形を成していく。


何の合図も無く、巨大な鷹のように形を変えた金色の炎が此方に突進してきた。


最後の力を振り絞り、こちらも魔力が凝縮された剣を振り上げる。


こちらに飛来してくる火の鳥目掛けて力一杯剣を振り下ろした。


剣と炎の化身がぶつかる。


均衡は一瞬。


互いの魔力が弾け爆発が巻き起こる。必然的に爆発地点からユキネが爆風に晒され、吹き飛ばされた。



「ぐ……ぁッ!」



一気に橋のほうまで吹き飛ばされ、地面を転がる。


強かに地面に身体を打ちつけ、呼吸が一瞬止まる。


しかしまだ剣だけは手放していなかった。



「……よく、防いだわね」



立ち上る金の炎の中から女が感心しながら姿を現した。


その体には、余裕、というより風格すらも感じ取れる。


しかし、同時に殺気も放っている。


ユキネにもう力はないと判断したのか確実に止めを刺そうとゆっくり近付いてくる。


実際もうユキネに体力なんて残ってはいない。


負傷も多く、魔力と血を失いすぎたため足に力も入らない。


剣を握るだけで苦痛を感じるほどだ。


もう体がほとんど動かない。




「……まだ、立つの?」



女のその声に最初戸惑いを感じた。


立つ? 誰が?



「はっ……」



何のことは無い。


いつの間にか立ち上がって剣を構えていた。



「………」



もう女も何も言わない。


ただ剣身に魔力を凝縮させていく。


こちらにもう魔力は残っていない。


短い掛け声と共に女が突進してきた。



───速い。


が、合わせられる。


極限だからだろうか。世界が遅い。


決して速くはないが、赤い剣までの最短の距離をユキネの剣が辿る。



「やめろ、馬鹿が」



その間にいきなり誰かが割り込んできた。






◆ ◆ ◆




「……何やってんだ」



鷲掴みにした二人の剣を奪い、投げ捨てた。


同時に掌に付いた切創から血が滴る。



「……ハル」



間の抜けた声が聞こえた。


血塗れの手を握り締めて、睨み付けるように振り向いた。



「………何やってんのかって聞いてんだよ、バカ野郎が!!」



自然と声を荒げてしまい、周りの空気ががビリビリと震える。


そこで睨み付ける様に、馬鹿のほうに向き直った。


金色の髪にも、白い服にも赤い血が所々飛び散り、目を覆いたくなる。


血なんて腐るほど見てきたが、大事な人の血なんて慣れるもんじゃない、慣れたい物じゃない。


見えるユキネの顔は声に驚き、戦いに疲れ切っている。



「……だって」



その顔のまま、頼りなく口を開いた。


そして何を言うかと思ったら。



「だって! ハルが死にそうだって、聞いた、から…!」



そんな馬鹿な事を口にした。


それはもう本当に実に、真実驚かされた言葉だった。


いつまで経っても俺は自分の身を案じる人がいる事を自覚できないのだろうか。


いや、それは目の前のこいつもか。


それだけ言って、ユキネの眼から力が抜けていき、その場で体が傾いでいく。


思わず、その身体を抱き留めて抱き寄せて抱き締めた。



「あ……」



強く抱き締めすぎたのか、ユキネの口から声が漏れた。



「だからって、無理やり入ろうとすることは無いだろ……」

「………こっそり入ろうとしたら、見つかって侵入者扱いに……なっちゃった」



言い難そうに口篭るユキネがやっぱりどうしても愛おしくて、回した腕に力が入る。



「ハル、……ごめんなさい」

「………いい、俺も悪い」



後からコツコツと近付いてくる音が聞こえた。

ユキネから身体を離して振り向くと、腕組みをした仏頂面でこちらを睨んでいる王女がいた。



「……何、人をダシにしてお熱くやってんのよ、燃やすわよ?」

「悪い、部屋貸してくれ。治療がしたい」

「うっさい、死ね」



跳び蹴り。びっくり。直撃。吹っ飛び、落下。

橋から落ち、ドボンと音を立てて下の堀に突っ込んだ。



「てめぇ……」

「厚かましいのよボケナス。でもまぁ、それで勘弁してあげる」



見上げると結構な高さがあり、その上から王女が見下ろしている。

同時にユキネに駆け寄るフェンと、何だかんだで動いてくれているらしい王女が目に入り、安心して堀を上っていった。




◆ ◆ ◆




「やっぱり、あの男欲しいわね」



誰に聞かせるでもなく、ユキネをおぶって運んでいるハルユキを見ながらそう零した。



「ほう、あの小僧をか」


「…立ち聞きは趣味悪いんじゃない?」


「趣味如何こう言うなら、こんな妙な格好はしとらんさ」



そう言って着物の袖を広げて見せる。


確かに珍しい出で立ちだとは思うが、変というわけではない。

口には出さないが、藍色の布が一本に結い上げた黒髪によく馴染んでいる。

町を歩けば、さぞ男達の目を奪うことだろう。



「それで、一応あれはうちの大黒柱なんじゃが、何か惹かれるものでも見つけたか?」



惹かれるもの…。


強さ。


確かにそれもあるがどうにもそれではしっくり来ない。



「……何でだろう」



こんな曖昧な事を思うのも口に出すのも珍しいことだが、そう言うしかなかった。

それを聞いたレイはポカン、と口をあけた後大口を開けて笑い出した。



「いや、すまんの。お主はそういう事を口に出すタイプとは思わなかったのでの。それに…」

「それに?」

「いやいや、あの小僧も中々やり手じゃの、と思うての。いやあれは天然じゃな。余計に性質が悪い」



まだ少し笑いながら、ハルユキが入って行った扉の方を向いて、王女に背を向けた。



「一応儂もあやつらの連れじゃから行くとする。じゃあの、王女様」



憎々しげに妙な所に力を入れて話しきった後、後ろ手に手を振りながら城の中に消えていった。




◆ ◆ ◆




「後はアリベスに戻るだけか……」



私が地図を広げ感慨深げにそう呟くと、向かいで即席のシチューを口に運ぶ男が苦笑を零した。



「別にそう感動する事でも無いだろ? いつもの事だ」

「いやしかし、一仕事終えて家に帰る感覚はこう、あるだろ? 何か来るものが」

「まあ今回は長い道のりだったし、分かる気もするけどな。どれ、護衛の4人も呼んで仕事の成功を祝って一杯やるか」

「お、いいな」

「ええと、馬車の所かな。ちょっと呼んでくる」



そう言って残ったスープをかっ込むと、椅子にしていた平べったい石から腰を上げた。

三ヶ月ほどの行商だったわけだが、こうして無事積荷を全て金に変え生まれた町へと帰る所まで行き着いた。

三ヶ月前はこの目の前の相棒と愚痴りながら次の町に行くための獣道を進んでいた事も酒の肴になりより酒を美味しくしてくれるだろう。。



そして馬車の方を向いた相棒のその首が暗闇に齧られたかのように消失した。



「……は………?」



何だ。

なぜ目の前の男は顔が見えない?

その上には見知った顔が乗っている筈ではないのか?

そして、降り注ぐこの気味の悪い感触と匂いと温かさの液体は?



「嗚呼、駄目だな糞不味い。腹の足しのもなりゃしねぇ」



いきなりの事で未だ倒れこむ事すら出来ていない同僚の、いや"同僚だった"物の後ろに何時の間にか何かの気配と声。

目の前で起こった凶事を頭で理解し、しかし心が何時まで経っても追いついてこない。

しかしパタパタと頬に頭に体中に赤い液体が降り注ぎ、心がじりじりと現実に追いついて来る。

いやだ。

追いつくな。

こんな現実なんて認めない認めたくない。

いやだいやだいやだいやだいやだ───…

しかし。

相棒だった男の体が力なく地面に倒れこんだ音で、無情にも完全に現実に引き戻された。



「う……あ………?」



逃げろ。

相棒は死んだ。

死体を慮る必要はない。

仕事の達成も諦めよう。

見っとも無く大声を上げながら脇目もふらずに走り去ればいい。

しかし、そこで疑問が一つ首を擡げる。



「た……す………っ…げ…!」



体が意思を裏切ってその場に私を縫い付けている。

ピクリとも、本当一寸たりとも不自然なほどに動けない。


まるで何かに縛られているかのように



「ああもう、野蛮ね相変わらず。もうちょっとスマートに出来ないの?」

「スマートだぁ? これ以上ないぐらいスマートだろが」

「…脳筋との価値観の相違か」



後ろから声。

一体何処から何が姿を現したのか、妖艶な雰囲気を漂ってくる。

その声は私の事を話しているが、私の事など見ていない。

私の言葉も、意思も何一つ考えようともしていない。

こいつ等にとって、私はただの餌。

女が暗闇の向こうを見ていやらしくその整った形の唇を妖艶に歪める。



「結構金目の物があったわ。やっぱりお金よね、男も世の中もっ。あなたは駄目ね。駄目駄目。死んだらいいと思うわ」

「……キメェんだよ。売女が」

「あら、ありがとう。貴方から褒めて貰えるとは思ってなかったわ」

「チッ、キ○ガイが…」

「まあ、何にしろやっと馬が手に入ったからアリベスまで行けるわよ」

「歩いていけばいいだろうが」

「……だから貴方みたいな脳筋は嫌なのよ。どれぐらいあると思ってるの? ドラゴンには私乗りたくないし」

「だから馬とったんだろうが。さっさと行くぞ」

「ああ、待って」



そう言って女から強い瘴気な様なものが吹き出す。

それは馬車を飲み込み、星の光を飲み込み、私の視界を塗り潰していく。

その中の一部が私の中に届くのを見てしまった。



「ああ、あなたももう死んでいいわよ」



やっと今思い出したかのような声と共に"私"はこの世を去った。




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