黄昏色
「ミスラ、一人で大丈夫か我らが王女様は。あいつが強いのは知ってるが、……あの男も相当やるぞ」
「………」
「ミスラ?」
「………」
「ミスラさん?」
「………」
「おーい」
「………ノイン様は貴方がいなかった2年で更に強くなりました。もう貴方でも手も足も出ませんよ」
しつこく聞いてくるガララドに無視を続けていたミスラも折れてジト目でガララドを睨みながら呟くように言った。
「へぇ、もともと馬鹿みたいに強かったけど。あれ以上ってもう完全に置いてかれちまったなぁ」
それでもどこか嬉しそうに話すガララドを置いて、ミスラはレイの隣に人一人分だけ開けて座り込んだ。
「言ったようにノイン様はとても御強いです。ある程度手は抜かれるでしょうが、危ないと思ったらいつでも止めに入ってください。私共も…」
そこまで言った所で、レイが大きく溜め息をつきミスラの言葉を自然と遮ってしまった。
組んだ足に肘を突きその上に顎を乗せ、憮然とした顔をしている。
「いや、それならそれでいいんじゃがの。無理じゃよ、癪な話じゃが」
「……無理、とは?」
「まあ見ておれ」
いまいち納得は出来なかったが、ミスラは言われた通りに二人がいる闘技場の中心に目を向けた。
そこでは既に文字通り火花を散らす様な戦闘が始まっていた。
◆ ◆ ◆
「はぁッ…!」
短い掛け声と共に王女が一息で俺に接近した。
そのスピードに多少驚くが、それに合わせて後に下がり振りぬかれた剣をかわす。
剣が走り抜けた跡には、金色の軌跡が残り唯の斬撃ではない事を悟らせる。
二の剣、三の剣と振るわれるのを、かわしながらバック転で距離をとった。
「やっぱりやるわね。普通の人は今ので大体終わるんだけど…」
確かに文句無しの攻撃だった。
このレベルなら周りに敵が居なかった事だろう。
「ああ、やっぱり手加減してたのか」
「……本気でいくわ」
ハルユキの言葉をどう受け取ったのか、王女の眼にいっそう激しく戦意が宿る。
同時に剣を金色の炎が包んでいく。
そして、右手の甲に鋭く光る文字。
────『煌』
燃えるような、いや文字通り燃え盛りながら黄昏色のそれはうねうねと生きているように形を変え、その名の通りの煌く炎が剣から抜け出し、辺りを蹂躙していく。
煌き輝く炎と遊ぶように中心で黄昏を操る王女の姿は、"綺麗"という言葉が辞書から飛び出てきたかのような印象を覚える。
「──はッ!!」
先程よりも力の入った声と共に王女の姿が掻き消えた。
王女がいた場所には、金色の炎の残滓。
───アフターバーナー。
戦闘機の加速時に使われる加速法だが今の王女はそれと同じ程の速さと強さを持っているのだろう。
フェイント代わりにハルユキの周りをぐるっと一周半ほど回った後、ハルユキに斬りかかった。
「なッ…!!」
しかし勢いと力の十分乗った一撃を、ハルユキは身体を横にするだけでかわした。
ポケットに手を突っ込んだまま棒立ちしている姿に、それでも隙は見られない。
「くッ!」
多少体勢を崩しながらもハルユキから離れた所で剣を振る。
剣を纏う炎が幾つか飛び出し、鳥のような形に変わりハルユキに殺到する。
しかし狙いが定まっていなかったのか、ハルユキの周りに着弾し爆炎をあげた。
「これは…」
ハルユキが初めてと言っていい驚きの声を上げた。
炎は石の床に着弾し、"未だ燃え続けている"。
「消えないのか…!」
ハルユキが一瞬で効果を理解し、ハルユキの周りを包囲しようとしている炎を飛び越して着弾地点から離れた。
そして着地した瞬間。
王女が先程と同じように炎を体に纏って凄まじいスピードで接近して剣を振り上げていた。
「はああああああッ!!」
ここに勝機があると見抜いたのか王女が咆哮の様に声を上げながら剣を振り下ろした。
────パンッ…
「え───?」
しかし。
気の抜けた音と共に王女の剣は振り下ろしている途中で横から叩かれ、弾き飛ばされた。
何とか剣は握ってはいるものの、弾かれた際に振動を与えられ右手にうまく力が入らず、もう防御にも攻撃にも使えない。
そして、王女の腹部に不敵に笑うハルユキの掌底が宛がわれた。
◆ ◆ ◆
「ッ! ノイン様!!」
渾身の一撃をかわされ、吹き飛ばされた王女を受け止めるために、今だ状況を信じられない思いを抱いてミスラが走る。
しかし、そこから王女までは既に20m以上離れていてとてもじゃないが間に合うものじゃない。
そして、王女が成す術無く壁に叩きつけられようとした所で。
「悪い悪い。やりすぎた」
ハルユキが回り込んでその身体を受け止めた。
「ノイン様!!」
すぐにミスラが到着し、ハルユキの腕の中のノインを覗き込んだ。
意外にもノインの意識ははっきりしていて、どこかボーっと中空を見つめていた。
「………負けちゃった、か。と言うか、瞬殺じゃない」
「ノイン様?」
「大丈夫よ、この男手加減してたから。しかも最後はただ押されただけよ。痛みも無かったわ」
そう言いながら、ノインはハルユキの胸からゆっくりと離れて地面に下りた。
そして下り様、ハルユキの脛を蹴りつけた。
「っ……ッ………ってめぇ…!」
「何手加減なんかしてるのよ。誰か頼んだの?」
その声には怒気がこもっているが、眼に宿る悔しさの方が明らかに大きい。
「手加減した俺に勝ってから言えよそんなことは。小娘」
「貴様…!」
流石にハルユキの暴言に耐えかねたのか、ミスラが剣に手をかける。
その手を王女が遮った。
「……いいわ、ミスラ。ごめんなさいね、確かに貴方の言う通りだわ。ちょっと気が動転してたかな、負けるのは初めてだったから」
そう言ってその場で思い切り背伸びをした。
溜め息をついて肩から力を抜いたその顔は、悔しさも何も取り敢えずはしまい込まれている。
「それにしても、あんなにあっさりやられるとはね。悔しくも無くなるわよ」
しかし、滲み出てくる気持ちは完全には隠しきれず、強く剣を握るその手が微かに震えていた。
「本当に私より強い奴がいるとはね……」
その気持ちを隠していく度に、先程と比べるべくもない程に声が沈んでいく。
見てられず、聞いてられず。
「いや、強かったと思うぞ。……それに、あれだ。綺麗だった」
思わず声が出た。
「綺麗…?」
不思議そうな王女の声。
「ああ、あの金色の炎な。ほら、……夕焼け…みたい、で」
途中で何を言っているのかと恥ずかしく思いながらも、目を逸らして言い切った。
王女がキョトンとした顔でハルユキを見る。
「? …言われたこと、ないか?」
「ええ…。凄い、とか、お強い、とかならあるけど…」
「出してみ」
ボッと、王女が誘われるように手の平の上に炎を出現させた。
既に見慣れたであろうそれを、目を細めて眩しそうに見つめる。
フッと零すように小さく溜め息をついた。
「そうね…。とっても綺麗。…って、自分で言うことじゃないけどね」
今までハルユキが見た中で一番自然な笑顔でそう言った。
その笑顔にミスラが驚きの表情を見せる。
いつも傍に居た近衛のミスラでさえこんな表情は滅多に、いや、ひょっとすると初めて見たのではないか。
確かに王女の炎は見目麗しい程の美しさだ。
夕日の中でそれを手に佇んでいるだけでどこの絵画だと言うほどの美しさ。
しかし、一度としてそれを口にしたことはない。
それどころか気付きもしなかった。
だって、その炎は力で。羨望の対象で。畏怖の具現で。嫉妬の源で。
美しさなどよりも目がいく物が多すぎたのだ。目にいく前に圧倒されるのだ。
でも、ハルユキはそんな物に目が行かず、羨望も畏怖も嫉妬にも見向きもせずに。
単純に見たままを言い切った。
だから、そんな言葉が出たのだろう。
「ねぇっ、ミスラも綺麗だと思わない?」
弾んだ声で王女がミスラに向き直った。
「……ええ。とてもお綺麗ですよ」
今まで見たことの無い子供のような無邪気な顔を見ると、ミスラも自然と頬を綻ばせていた。
思いついた様に王女が後ろで手を組み、髪を靡かせて俺を振り返った。
「貴方…、名前はハルユキ、だったかしら?」
「ん? ああ」
「ねぇハルユキ、貴方良かったら……」
戦闘も終わり、険悪な雰囲気は薄くなった穏やかな空間。
「王女! 隊長! 侵入者です!!」
それを、普通の入り口から飛び込んできた兵士の切羽詰った声が打ち砕いた。




