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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
66/281

王女の横暴

「いや、羞恥心の向こう側が見えたぜ……」



着替えを終え適当な席に着く。


椅子に座るといつの間にか、目の前の机には高そうなティーカップにこれまた高そうな紅茶が注がれている。



「あら? そんな服あったかしら?」

「……。いえ、生地も織り方も我らが知っている物とは異なっています」

「ああ、貰った服をちょっと弄らせて貰ったんだ。どうも肌に合わないんでな」



結局ハルユキの服装はあの部屋にいた頃の物と同じ物になっている。


ふーん、と好奇心を覗かせながらも、王女が本題を切り出した。




「貴方が服を着ている間に粗方の話は聞いたんだけど、……本当に一人で倒したのね…」



俺に確認する、というより自分に言い聞かせるように王女が呟いた。


そのまましばらく紅茶をちびちび飲みながら少しだけ考えると、静かにカップを置いた。 



「駄目ね」

「……は?」

「そんなの信用できるわけないでしょ。て言うか、想像しづらい」



そうキッパリと言い放った。


頬杖をついて、俺を不貞腐れたように眺め直して再び口を開いた。




「確かに、貴方が倒したって言うのは嘘じゃないと思うわ。でも、如何やって? 何の魔法で? モノガスは大きくなる毎に対魔の毛皮も厚くなるし生半可な魔法じゃ効かないわ。あの角のサイズから見ても全長は15mは下らない筈。違う?」




今まで言いたかったことを全て最小限に詰め込んだのか、一気にそこまで言い切った。




「…違わんな。確か15m位はあったじゃろ」




逸早くその言葉に答えたレイは可笑しそうに楽しそうに笑っている。


それを見て王女も愉快げに笑う。




「そのサイズの化物を、一人で? "オレンジ"のFクラスが? 想像も出来ないわね。でもだからと言ってあなた達が嘘を言っているとも、やっぱり思えない」

「あ、ああ…。まあ、そりゃ、な」



言葉の勢いに付いていけないハルユキを置いて、二人はますます笑みを深くしていき、まるで示し合わせた結果に合わせるかのように滑らかに会話が進んでいく。



「それにね、私大事なことは出来るだけ自分の目で見たもので決めたいの」

「詰まる所は?」



レイが素早く二の句を促す。



「証明して」

「どうやって?」

「おーい」

「無論、剣で杖で力で」

「承知した。この小僧が」

「楽しそうだなお前らこの野郎」



あっと言う間に、それも本人の納得無しに会話が始まって終わった。


そして2人の目線が繋がって、ハルユキに移った。



「何でそんな息ぴったりなんだよ……。仲良しさんめ…」

「うるさいわね。さっさと準備しなさい。どうせそれしか選択肢は用意してないわ」

「はっはっは、まあこれであの角が買い取られれば金が入るからの。精々稼いで来い。大黒柱なんじゃからの」

「都合良い時だけ調子いい事言ってんなぁ、お前…」



王女は椅子を自分で引いて立ち上がった。


そのまま真っ直ぐに扉に向かう。待ち構えていた執事が扉を開けた。



「ついて来て。着替えた直ぐで悪いけどこういうのはさっさとやった方がいいでしょ」



当然の様に近衛のミスラ、続いてレイ、肩を鳴らしながらガララドが続く。


仕方無しに俺も立ち上がり、変わらず執事が片手で開けている扉へ向かい、フェンもそれについてくる。


此方は、先程入ってきたものとは反対側に位置する別の扉。


先の物と比べれば此方の廊下に趣向はあまり見つけられず、ただ大理石の無機質な色が続いている。


普通の廊下よりは薄暗い廊下を、薄い緊張感に言葉少なになりながら進んでいく。


どれくらい歩いたか、沈黙が苦痛ではなくなった頃。


これから一戦交える事になるであろう事を思って、何となく自らの拳を握り締めた。



ダメージは残っていない。


そう、欠片も残っていなかった。


あの時ハルユキは間違いなく雷の直撃を受けた。


雷は世界におけるエネルギーとしては最上の物だと言っていい。


それを受けてほぼ無傷なのは少し驚く、が。


恐らく、純然足る物でなかったためであろうと、頭の中で一番考えられる理由を呟いて納得し、握った拳から力を抜いた。



「しかし、何だここ? 窓一つないぞ?」



しょうもない思考はさっさと忘れ、辺りを見渡し、ついでに先程から続く嫌な沈黙を破った。


口にした疑問も適当な事ではない。先程も言ったように装飾などがないどころか、窓の一つさえも見当たらないのだ。疑問も抱くというものだ。



「ここは、脱出用の特殊通路よ。普通は使わない様になってたけどもうそんなの守ってはいないわね」



確かにここへの入り口も隠されていた訳ではなかった。



「おいおい、それでいいのか? 戦争ん時とかの非常用だろ?」

「構いやしないわよ。この通路魔法のお陰で新しく見えるかもしれないけど、実際千年以上は使われていなかったみたいだし」



それは、この城まで敵が及んだことがないという意味だろうか。いや、それとも……。


ハルユキがその先の思考に至るに、続けて王女が口を開いた。



「って言っても、知ってるのはここ居る面子とあとは使用人が何人か知ってるぐらいだから、普通に脱出用に使えるとは思うけどね。……と、着いたわ」



そこには何もない、今までと変わらない普通の壁だ。


その証拠にまだ先に廊下が続いている。



「ああ、あっちはフェイクよ。最後まで進んだら罠でぷちっとやられるわ。……あ~もう、何処だったかな。無駄に凝ってるのよね」

「ここです、ノイン様」



ミスラが本当に薄く切れ込みが入った壁を押した。


そこの部分が凹み、不思議なほど音もなく扉が開いた。


人一人がやっと入れるぐらいの幅と高さで、俺とガララドは背を丸めないと入れない程の大きさ。


それをまた先程部屋を出た順に潜っていく。


そこは小さい部屋のようになっていて、恐らく魔力が動力源となっている明かりが弱々しく部屋を照らしている。


直ぐに後の扉が閉まり、前面の壁が下にスライドしていく。


ぞろぞろと小さい扉をくぐり、外に出る。




まず目に入ったのは椅子。


そして客席。


その先にしてへと続く階段。


最後に、石のタイルが敷き詰められた床が眼下に。



「闘技場……?」



ハルユキを始めとする初めて組の中でフェンが逸早く周りを見渡し呟いた。



「そうよ。この辺は歴史深い建造物ってやつでさっきの通路も合わせて相当古いものだけどね。それでも強力な魔法で少しも古びていないけど」



そう言いながら階段を下り始めた。


例によってまた一列で下りていく。


確かに荘厳で歴史を持った雰囲気が漂っているのに古臭い感じは欠片も感じられず、何とも不思議な空気が漂っている。


天井は無く、広々と夕焼けに染まった空が見えている。


そう言えば、もうここで金を貰わないと宿もとれないと言うことを思い出し、気持ちがげんなりと沈みこんだ。


が、そんな現実的な問題はさっさと忘れ周りに目を凝らす。


ざっと見渡した所どうやら先程の席は、王族が闘技場での試合を観戦するための席だったようだ。


高さでいうと、10m程の階段を下り切り、円形の直径50mほどの闘技場の中心で歩を止めた。



「さ、やるなら早くしようぜ。宿が取れなくなっちまうよ」



前を行く王女にそう声をかけた。



「ガララド、だったか? さっさとやろう、腹も減ってきた」



続けて横にいた黒衣の男にそう言うと、待っていたとばかりに口元を歪めてガララドが振り返った。


マントの中から篭手に包まれた右手で威嚇交じりにゴキリ、と音を鳴らした。


互いの視線と一緒に戦意が擦れ合う。



「待って」



今にも戦闘が始まりそうな空気を退けてノインの声が割り込んできた。



「何を先走ってるのよあなた達」

「何だ、どうしたノイン」



ガララドも当然この流れを予想していたらしく、戸惑ったような声を上げた。



「私がやるわ」

「……いや、ノイン、しかしな…?」

「何? 力不足だとは言わせないわよ。何なら貴方から相手をしましょうか、ガララド」



腰に下げていた剣を抜き放ってガララドに切っ先を向けた。


先程までの和気藹々とした雰囲気が取り掃われ、王女の目が戦意を持って薄くガララドを定める。


掲げられた剣は夕日を受けて時折赤に、そして時折金色に光を反射させている。


一見して普通ではありえない在り方に、何らかの魔力的な装威が凝らされているのが見て取れる。



「………分かったよ、好きにしてくれ。…全く本当に変わってないな」



降参だ、とばかりに両手を挙げガララドが客席の方へと足を向けた。


既に他の三人も客席へと向かっており、ここには俺と王女しかいなくなった。



「何?」



ガララドが行ってしまい、少し肩透かしを食らっていると、王女がこれまた不機嫌そうな声を出した。



「いやだって、なあ…」

「言っておくけど別に手を抜かなくても結構よ。私はガララドより強いし、それに……」



そこで一旦言葉を切り、此方を薄く笑って見定めるように視線をよこした。



「貴方、私を庇ったそうね」

「……あ?」

「いえ、貴方がどんな心算つもりだったかは知らないけどとにかく私は怪我を免れたそうなの」

「ああ……どう、も?」



よく分からないが、ひょっとしてあれだろうか。感謝してるから、怪我しない様に自分が相手をして手を抜いてあげるとか、金を多めに用意してやるとか…。



「だから貴方を全力でボコボコにしようと思うの」

「もの申おおおおおおすッ!!!」



訳の分からない言い分に考える前に全力で声が出た。



「何よ、うるさいわね」



ふてぶてしく剣を持ってない方の腕を腰に当ててめんどくさそうに此方を見た。



「私はね、自慢じゃないけど小さい頃から何でも一番だったし、誰かに助けられたことも当然無かった。さっきの攻撃も貴方が居なくても何とか凌いだわ。でもその前に庇われちゃったらただ口だけみたいじゃない? だから貴方をボコボコにしたら無かったことになる、とは思わないけど私の気ぐらいは晴れるわ。て言うか思い出したらイライラして来たから黙ってボコらせろこのスットコドッコイ」

「本音駄々漏れですよー…」



めっちゃくちゃである、この女。



「別に逃げてもいいわよ。私は追わないし力を見たいなんて口実だったからお金もあげる」

「あ、じゃ、お先に失礼しますね」



ここぞとばかりに逃げ出した。


しかし、その背中に面白がるような王女の声がかかった。



「ただ、いきなり城に下着一枚で押しかけて、城中を練り歩いた後、王女にその姿を晒すだけ晒して満足して帰って行った男の名前が町中に広がるでしょうね、そっくりな似顔絵付で」

「よっしゃああ! さあ、バッチ来い!」

「ふふ、素直な人は好きよ」

「…………泣かす、おまえは絶対泣かす…!」



既に泣きそうな声で俺は苦し紛れにそう言った。






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