城へ
「おい、小僧。そろそろ起きろ」
「……え?」
発車して直ぐにレイがハルユキの腹を蹴り付けて乱暴に言った。その怪我人に対しあまりの対応に王女が間抜けな声を上げる。
「いってぇな! あー…、服ボロボロじゃねぇか…」
そして黒焦げだったハルユキが何事もなかったように、起き上がって体中についた煤をはたき始めた。
「下手糞な死んだ振りなんぞしおって」
「……見たら、すぐ分かった、よ」
「いやいや、迫真だっただろ、お前ら以外は騙せてた自信が…」
「…………ちょっと」
当たり前のように談笑し出した3人にやっと我に帰った王女がストップをかけた。その声に気付き、ハルユキ達3人はキョトンとして王女を見た。王女側の3人も別の理由でキョトン顔だ。
「……っく」
そしてその生まれた沈黙を破ったのは外套の男ガララドだった。
「だっはっはっはっはっ!!! いや、久しぶりに面白いものを見た…! いやさっきの男の自慢げな姿を思い出すと…、っくく…!」
堪えきれないというように、笑い出した。
拳を口に当てて笑いを堪えようとしているが、思いっきり漏れてしまっている。
「くっ…!」
つられたかのように女騎士も吹き出した。
「し、失礼…」
まるで失態でもおかしたかのように頬を紅潮させ、黙り込む。
「あーあ、もういいわよどうでも。あ、もうそんな急がなくていいわよ。ゆっくり向かって」
王女も呆れたように苦笑すると、御者に先程までとは打って変わった静かな声で指示を出した。
先程までガタガタと大げさに揺れていた馬車が、穏やかなスピードに変わっていく。
「いや、だってアイツ絶対粘着質なタイプだって。付きまとわれたらたまんねぇよ」
「確かにね、あいつは絶対そういうタイプだわ。私にもネチネチと鬱陶しいのよ。ま、これで縁が切れてせいせいするけどね」
「ええ。あのような害虫は姫様に近づけてはならないと常日頃思っておりました。長年の悲願が達成されたような気分です」
女騎士が胸の前に両の拳を作って力みながらそう言った。そしてまたハッとなり、すみませんと小さく呟きながら赤くなって小さくなってしまった。この王女がいかに大事に思われているのが見て取れる光景だった。
「でもいくら平気だったからってアレを受け止めるって……」
「いえ、ノイン様。私も今気付いたのですが、ハルユキ殿は恐らく受け止めようとしたわけではありませんよ」
「まぁ、そうじゃろうな」
「……どういうこと?」
そう聞き返しながらハルユキに顔を向けるが、ハルユキはいつの間にかフェンと話を始めていて、此方の話を聞いてもいなかった。
「まぁ順当に考えたら、後ろにいたお前を庇ったんだろうな」
それを聞いて王女が固まった。その考えには至れなかったようだ。驚いた顔が直ぐに別の表情に変わって行く。
少しも納得はしていない顔で窓際に頬杖を付いた。
「ふーん…、庇った。へぇ、"私"を?」
何の感情をこめて言ったのか、それとも何の感情もなかったのか、王女が零した適当な言葉は誰に拾われることもなく。
「……ふーん」
しかし最後に呟いた時には、口調にも表情にも好奇心が満ち溢れていた。
◆ ◆ ◆
ガラガラと音を立てて大きくて豪奢な馬車が道の中央を突っ走っていった。
その馬車とすれ違い、私はギルドへと戻る道を歩いていた。
「………は…」
知らず溜め息が一つ口から零れた。
咽には一気に吸い込みすぎたせいかまだ煙草の煙の不快な感触が残っている。
お金もないし、泊まる所も食料もないということで、目的もなく練り歩いていたのを中止してギルドへと戻っている訳だが、戻ってどうするか決めていない。
別に何も問題ない気もする。
でも、きっと私は平常心でいられない。というか、アイツの顔を見れる気すらしない。
「………」
人差し指でそっと唇に触れる。
一瞬のことであまり覚えていないが、確かに少しだけ湿った煙草の感触が残っている気がする。
ほんの少しだけ、アイツの、その、アレで…。
(………ッ! こ、これじゃ変態じゃないか…!)
ハッと我に帰りゴシゴシと必死で唇を袖で拭った。
でも、その感触はまるでこびり付いた様に取れない、取れてくれない。それどころか深く大きく染みこんでいく様だ。
ふと、他の町ではあまり見られないようなショーウィンドウの大きいガラスが目に入った。
いや正確には、そのガラスに映った馬鹿みたいな顔が。
見たことがある。
確かにこんな表情を昔に見たことがある。
あれは何時頃だったか。
まだ私がハルユキと出会う前、周りの給仕の娘や、魔導師の女の人などが本当に時々こんな顔をしていた。
父上に聞いたのだ。
どうしてあんな顔をしているのか、と。
困ったような、嬉しいような、でも何だかんだで幸せだ、という顔。
私は鏡の前でそんな顔を見たことがなかった。
だから父上に聞いた。
お前も大きくなったら分かるよ、と少し寂しそうな表情で頭を撫で出くれただけだったが。
今なら、分かるかもしれないと、ふと思った。
だって目の前に同じような顔をしている私がいる。
気付きそうになる。
いやこんな考えに至るということは、見ようとしなかっただけでずっと前からやっぱり、私は……。
「……………………い、いや、ないな。ないない。ありえない」
鏡に映る仄かに頬を朱に染めた顔から目を背けて歩き出す。
大体、アイツを好きになる理由が無い。
精神的に子供だし。
馬鹿だし。
顔は……まぁ、普通だな。
あと、強い、けど。
それと、時々優しいし。
頭を撫でられると、ごつごつした手のひらが髪越しに伝わってきて。
抱きしめられると、温か……。
……………………………。
「ああああああ……!」
何か急に恥ずかしくなってきて、頭を振って妙な考えを振り落とす。
そして、もう考えるのをやめようと、歩くことに集中する。
ズンズンと音を立てながら、ひたすらに邁進する。
でも、一度考えてしまったものをそう簡単に忘れられるわけもないらしく、次々とあいつの顔ばかりが頭に浮かんでくる。
─────そして、あの剣を握った姿に行き着いた。
少しだけ、体温が下がる。
怖かった。
アイツ自体が怖いという訳ではない。
ただ、剣を持っただけで、別の生き物になった様な、どこか私の知るアイツじゃなくなりそうと言うか、そんな背筋が凍るような感覚。
「……んッ」
パン、と頬を叩いて今度こそ余計な思考を追い出した。
帰ったら何か喋る前にあいつの背中でも思い切り叩いてやろう。
それで心の広い私はチャラにしてやろう。
あいつといると楽しい。
一緒に居られるなら、今はそれで良い。
そう割り切ると、少しだけ軽くなった足でギルドへと歩き出す。
いつの間にかもうギルドも見えてきている。と、そこで人だかりが目に入った。
(何だ……?)
これではギルドに戻るどころか、これ以上進むことも出来ない。
それに、やけに気になる。
一番手近にいた男の肩を叩き、話を聞いてみることにした。
「あ? っとえらいベッピンなお嬢ちゃんだな」
「何があったんだ?」
男の軽口など無視して問いかけた。
「ああ、雷帝が…ってギルドの人間なんだがな。そいつが決闘で誰か殺しかけたらしいぜ?」
ドクン、と心臓が不可解な動きをした。
雷帝? 決闘? 色々理解できないものがあるが今聞きたいのはそれではないと、どこかで理解する。
「誰が…。殺されかけたのは、誰なんだ…?」
乾いていく口で声を絞り出した。
何故か焦りが後ろから追って来る。
心臓が何時もと違う様に鼓動を刻んでいるようで、嫌に耳に付く。
男は頭を掻きながら、額にしわを寄せる。
「あー、なんだったかな。えー、ハ、ハリ、いやハル…?」
「ハルユキ……」
「あー、それだそれだ。そいつが今黒焦げんなって城に運ばれ…っておい! どこ行くんだ!?」
男の声を聞き終わる前に走り出した。
◆ ◆ ◆
豪華な廊下を進んでいくと、階段があり、その先にこれまた豪奢な扉が現れた。
そこに控えていた執事であろう人間が代わりに扉を開け、その中に王女ノイン、ガララド、女騎士のミスラ、レイ、フェン、最後にハルユキの順で部屋に入る。
中は豪華ではあるものの、廊下や入り口などと比べて絵画や、価値など欠片もわからない壷等は飾っておらず質素な感じになっている。
「さて、と」
ただ広さだけは無駄にあり、長い机の一番上座にノインが座り、ミスラはその傍に控えレイとガララドはその辺に勝手に座り始めたため、ハルユキも近くの椅子に適当に座り、フェンもその横の椅子に腰掛けた。
「ここは…食堂、じゃ、ないよな?」
「私の部屋よ。正しくは私の部屋の食堂だけど。何か食べる?」
「いや、いい…」
ハルユキは確かに空腹を感じてはいたが、今はそれ所ではなかった。
「何か、欲しいものがあればある程度は聞くわよ? 大事なお客様だし」
「なら…!」
自然とハルユキの口調が強くなる。
それもそうだ。
早くしないと人間としての尊厳さえも消えてしまう。
「頼む…」
縋るような、聞いてるだけで泣きそうになるような声を上げている。
椅子から立ち上がり、勢いよくばん、手を机に叩き付けた。
「服貸してください…!」
黒く焦げたパンツ一枚のハルユキがに机から乗り出してそう言った。




