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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
64/281

街中の戦場

「な、何だよ、アレ…!」



いきなり現れた闖入者にさすがに対応できないのか、王女をはじめとして女騎士、男2人も呆気に取られてしまっていた。


そんな場の空気をいっぺんに攫って奪ったそいつは、その華奢な身体で抱えているとは思えない巨大な角を投げ捨てるように地面に下ろした。


ズズン──…!


と半径数十メートル位には響き渡るような重々しい音を立てて角は地面に無事着地する。


それを確認して満足げに一つ息をつくと、レイは適当に結い上げた髪を靡かせて無造作に王女の前まで歩いていった。



「お前が、王女か?」



目の前で仁王立ちしたまま、唇の端を吊り上げてそう言った。


その顔に不吉な何かでも感じ取ったのか、女騎士とガララドが立ち塞がった。


それを見たレイは後の角を指差し、笑ったまま言った。


周りはまだ呆気にとられていて、音を発しているのはレイの口のみだ。



「買え」

「……へ?」



意表を疲れたのか、王女が素っ頓狂な声を上げた。



「いやの、最初はその辺の行商でも連れて来て買わせようと思ったんじゃがのぅ。これは随分たいそうなものらしくて、さすがに手が出ないと申してな。そこで、今町に下りてきている王女ならば買えるだろうと聞いての。わざわざ運んで来なければならなかった訳じゃな。忌々しいことに」



長台詞に喋り疲れたとでも言うようにそこで一つ息をついた。



「……運んできたってこれ、を? 何処から? というか何故降ってきたの?」

「馬車小屋からじゃよ。まだ戻ればさっき言った商人がいると思うが。あと、上から来たのは人だかりが出来とるから屋根からしか来れんかったんじゃ」



肩を回してコキコキ鳴らしながら、レイはそう答えた。



「…んで、何のつもりじゃ?」



その首にいつの間にか両刃の剣が添えられていた。


刃をたどればその先では、王女の近衛であるミスラの殺気が篭った眼がレイを捕らえていた。



「……貴様、先程から誰に向かって口を開いている。お前の様な何処の馬の骨とも分からん奴が王女にこれ以上近付くんじゃない」



静かな口調ながらも、その声には有無を言わせない気配があった。


それを見たレイは……、口の端を曲げ、不適に笑い下した。



「………」



それをどう受け取ったのか、ミスラはいつでも戦闘に入れるように殺気の密度を向上させる。



「引きなさいミスラ。貴女の"負け"。それに私なら構わないわ」

「負け? 王女、私は負けてなど…!」



ミスラは言葉の意味が分からず、多少声を荒げながら振り向いた。


振り向いた先には負けと言われた敗因、数本の剣群がミスラの眼前に浮いていた。



「あははっ、それにしても面白いわね…! てっきり私はサルドが手に入れたものを使うと思っていたのだけれど、本当に次から次へと。ああ、本当に面白いわ…!」

「ならその分多目に代金を頂こうかの」

「あはははははっ! もちろん、こんなに驚かされた分の御礼はしなくてはね。その前に名前を聞いていいかしら?」

「レイじゃ。そのまま呼んでくれて構わん」

「私はノイン、一応この国の王女なんかやってるわ。よろしく」



そう言って差し出された王女の手をレイが軽く握りなおした。


そして、一瞬の間の後。


漸く現実を飲み込んだ群集の歓声が巻き起こった。


険悪な雰囲気からの反動からか、それとも単にガララドや雷帝の角と比べても一回り以上大きい角を手に入れた畏怖の念からか、それとも単純に興奮からか。


そんな歓声に驚いているレイを尻目に、俺は群集に背を向ける。



「……見つかんなよ。絶っ対メンド臭い事になるから」



小声でフェンに言うと、フェンもコクッと頷いて付いて来る。



「……これは本当に、お前がモノガスから手に入れたものなのか?」



歓声の合間を縫って、雷帝ことサルドが怒りと驚きを出来るだけ隠しながら必死に見下したような声色でレイに話しかけてきた。



「いや、これは違う」

「そうなの?」



そこまでレイが言った所で、男が醜い笑みを顔に貼りつけた。



「はっ、そうだろうな。どうせたまたま死んでいた所から取ってきたのだろう? それと、そこのガララド、だったか?」



我が意を得たり、とでも言いたそうに男がせせら笑いながら黒衣の男に向き直った。


何の根拠もないくせに、そう高らかに話す声が俺の背中にも伝わってくる。



「そう。そうだ。私の"憑物"以上の獲物など早々現れるものではない。お前のその角も出自が怪しい物だ。その点私の"憑物"は証人もいる。ここはやはり…」



サルドの声にたちまち自信と大きさが戻って行き、周りの群衆も静まり始める。


しかし最後の言葉に繋ぐ前に、レイがそれを遮った。



「これは儂の連れがきっちり倒して剥ぎ取ったものじゃ。…全く、人の話は最後まで聞けと教わらなかったのか? そこらの餓鬼にも出来ることも出来んとは高が知れるぞ? 坊や」

「なッ……!?」



男の言葉に割り込んで出たその言葉に、今度は周りで失笑が起こる。


所々ではいい気味だ、と手に持った物を男に向かって投げつけた者もいる。



「なら、その連れをここに連れてきてみろ……ッ!」



足元の辺りで、誰かが投げた物を横目に見て歯軋りしながら、男が憎々しげに声を絞り出した。


男もかなり殺気立っているのか、口調も刺刺しい物になっている。



「そうね。私も見てみたいわ。紹介してもらえるかしら?」



ノイン王女もその意見には賛成し、レイに訴えかけた。



「むぅ、まだその辺にいると思うのじゃが、おーい、小僧!」

「小僧? 名前は何ていうの?」

「ハルユキ、じゃったかな。たしか」



周りに伝わりだし、あちこちで"ハルユキ"を探す声が広がりだす声が聞こえてくるが、もう俺は群集を抜ける直前だ。



「そんな空気で出て行けるかよ…」



そして今まさに群集を抜けようとしたとき。



「あ、いました! ハルユキさーん! チームの書類の用意が出来ましたよー!」



横からかけられた声に硬直する。


すぐ隣にいた奴が、俺を見て、こいつだ、と横の奴に話しかける。それがどんどんと伝わって行き、どんどん此方に視線が集まってくる。



「……あれ?」



周りが此方を見てざわめき出した事に状況を把握できていないウェスリアが困惑している。


発見したとの声が広がっていき、モーゼの十戒のように人の波が分かれていった。



「おお、いたいた。あいつじゃ」



レイが俺を指差して言った。



「……………」



逃げ出そうかとも考えたが、もうこの場のほぼ全員が俺を注視している。


渋々ながら、ウェスリアに書類は後でと身振り手振りで伝え、王女の所まで向かうことにした。


視線を全身に感じながら巨大な門をくぐる。


周りからの好奇の目線に晒されるのは、どうにも気持ちのいい物ではない。



「っていうか、お前俺の名前うろ覚えかよ…」



通り過ぎざまにレイに苦情を零す。



「お主は、小僧で十分じゃ」



偉そうに腕を組んで、何度か聞いたような言葉で返された。



「あなたが、これを?」



横に鎮座している角を、王女らしからぬ顎で指す仕草で問いを投げてきた。



「……まあ、そうだな」



それを聞いて、王女が顎に手を当て考え出した。


その間、およそ十数秒。


その間は、誰も話さず王女を見守っていた。



「……ノイン王女」



しかし、王女の沈黙が我慢できなかったのか、サルドが怒りを押し殺して口を開いた。



「…何?」

「流石にこのまま、得体も知らない者に任せるのはどうかと思いますが、どうでしょうか?」

「………」

「もしもお許しを頂けるのならばこの男を、…いえ、この男の実力を私に確かめさせて頂きたい」



男がそう言って最後に此方を睨み付けた。


その目にはもう怒りというより、殺意と言っても言い過ぎではないほどの物が宿っていた。


けど正直、俺が恨まれるというのは流石に理不尽を感じざるを得ない。


しかし、この場で男の望みを実質的に邪魔しているのは俺、なのだろう。


王女はまた少しだけ俯いて考えるそぶりを見せた後、すっと顔を上げて口を開いた。



「いいわ、やりなさい。でも……」

「待て待て。少しは俺の意見も……」



俺が抗議をしようと王女のほうを振り向いた。


そこで、背中に殺意が魔力となって突き刺さった。



「喰らえ…!」



自分の要求に対する是非しか聞いていなかったのだろう。


頂点に達した苛立ちと怒りを抑え切れなかったのか、それともそれがこの男の戦い方なのか、後ろでは俺が振り向く前から既に男が雷を纏わせた右手を振りかぶっていた。


王女が二の句を継ぐ前に、この街道は小さい戦場と化す。



「馬鹿かお前は……!」



流石に雷の速度には付いていけないが、人間が操るのならば避けれない事はない。


虚は付かれたものの、まだ身を捻るだけで避けれる。



「…ちッ!」



しかし、流石にここで始める気はなかったのか、同じように虚を付かれ固まってしまっている王女がいた。


避けかけた体を無理やり元の位置に引き戻す。


次の瞬間、手の形を象った雷が俺に直撃した。






◆ ◆ ◆






「そら見ろこんなものだ。大体この男オレンジのFクラスじゃないか。こんな男が"憑物"など愚かしいわ!」



プスプスと黒く焦げて煙を吐き出しているハルユキを見下しながら、男が叫んだ。



「ハルユキ!」



群集を押しのけて、フェンがハルユキに駆け寄る。


しかし、ハルユキはピクリともしない。



「……ミスラ、この男を城まで運んで急いで治療しなさい」



王女は冷静に横に控えている女騎士に命令した。


女騎士はそれに短く答えて頷くと、ハルユキを担いで馬車に向かう。



「王女! そんな男より、この私に騎士の襲名を……!」

「黙りなさい」



男が勝ち誇ったように叫ぶ様を、一声で黙らせた。



「し、しかし…」



その目には国を背負う人間が持つ特有の何かが確かに宿っていて、男はおろか、周りの群集まで萎縮する。



「……貴方は、私が城に招待した者を攻撃した。つまりこの"私"の客に危害を加えたの。…でも、今回は私にも非があった。よって私から処分はしないわ」



既に半身を馬車の方に向けながら、続けた。



「しかし個人的な意見を言わせて貰えば、如何なる理由があろうと決闘の際背を向けたままの者を襲うなど。騎士? 笑わせないでもらえる? この愚図が」



先程までの声とはまるで違う氷の様な冷たい声が響き渡った。


その声は大きくは無いものの、鋭く冷たく。周りの空気を凍らせる。



「…失礼。取り乱したわ。先程も言ったように処分はしませんが、しばらく活動は自粛しなさい」



それだけ言うと、ハルユキとフェン、レイ、更に女騎士とガララドまで乗った大きな馬車に乗り込んだ。



「出しなさい。急がないと危ないかもしれないわ」



王女の声に応え、2人の御者が4頭の馬を操り綺麗に舗装された街道を走りだした。








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