三本の角
「来たぞ! 王女と"雷帝"だ!」
ある程度近付くと、一際大きくなった声、最早歓声だと言っていい程の音量がギルド中に響いた。
入り口から出ようとしたところで、人だかりが此方に移動してきたので、フェンを引き寄せ入り口の横の壁で人の波をやり過ごした。
「スゲェ人だな」
チラッと見えた大通りはあの大きな道が塞がってしまうかのように人で溢れていた。
「ハルユキ、誰か、来た」
フェンの声に入り口付近に向き直ると、人が円を描くように途切れていて、その中心に3人の人間の姿があった。
一人はいかにもキザったらしい格好と振る舞いで歩いているそこそこ引き締まった体の男。腰には仰々しい剣を携え、長い金色の髪を靡かせている。
もう一人も腰に剣を差していることから剣士なのだろうが、華奢な体つきと雰囲気から女だと推測できた。薄いブロンドの髪を短く肩で切りそろえて凛とした空気を纏っていた。
そして、最後の一人は派手なドレスを身に纏い、どこかダルそうな足取りで引かれた絨毯の上を歩いている。
燃えるような赤い髪を腰まで伸ばしている。雰囲気から察するにあれが…。
「ノイン王女様、だ。まぁ今日の主役だァな」
後から先程聞いたばかりの声が聞こえてきた。
振り向いてみると、案の定先程の煙草の男がいた。
「後にいるのが近衛兵長のミスラ、でその横が我らが雷帝様のサルドってわけだ」
チームの話をするときは誇らしげだった口調が、雷帝とやらの話をするときは何故か皮肉っぽかった。
「すみませんね。ここはむさ苦しい者共ばかりが屯っていまして。皆私の様に清潔な者ばかりではないので少々匂うでしょう?」
男が鼻で笑いながらそう周りに聞こえるように言った。
そこら中で舌打ちや小さい罵声が聞こえるが、とても男に届くものではない。
王女の手前、と言うことももちろんあるだろうが、男はここでのトップらしいから誰も逆らえないのかもしれない。
王女はそれには何も応えずに角に近付いて行く。
やがて、その3人は俺達の5m前方ほどの、でかでかとそそり立つ牙の前で立ち止まった。
「……じゃあ、これが今回の"憑物"ね。……本当に大きいわね。流石は我が町、いえ、わが国のトップチームって所かしら?」
「ええ。間違いなくこの辺りで一番大きい獲物でしょうね。まぁこれ以上大きい物がいてもそこらのボンクラでは近付けもできますまい。それで、騎士の件ですが…」
その歯に衣着せぬ物言いに、周りのギルドの登録者が殺気立つがそんな物はどこ吹く風と言った様子で、サルドは気にも留めない。
「……ああ、そう言えばそんな約束をしていたわね」
「はい……!」
男が一瞬で顔を輝かせ、感極まったようにその場に跪き、更に続けて口を開いた。
「この身が平民としてこの国に生を受けてから、騎士になるのをどれほど待ちわびたことか…」
何となくつまらなそうな顔の王女に、気障っぽい男、サルドが大げさに身振り手振りを加えて鬱陶しく話し出した。
王女の方は、適当な話し方からでもどこか凛とした空気が漂ってきて王族としての気品が伝わってくる。
腰には装飾が施された剣を帯びていて、より一層雰囲気を醸し出している。
自然とユキネの顔が浮かんで、王女にも色々いると苦笑してしまった。
ところで。
「"憑物"って何だ?」
先程の会話で出てきた中で不可解だった単語について後ろの男に尋ねた。
「あー、あれだ。あの牙は毎年ちょっとしたことに使うんだがな。それをチームに狩らせて一番立派な物を用意したチームに褒美を、って言う仕来りなんだ。
んで、その狩った奴にちょっとした役柄が必要になるんだが…。まぁ、サルドはずっと近衛の騎士になりたかったらしいから約束を取り付けてたらしいぜ。ま、どうせ成り上がりたいとかそんなとこだろうけどな」
確かに男の顔には忠誠というよりは、野心に塗れている様にしか見えない。
「また今年もこのような大役を請け負えたことを大変……」
「あー、もういいわ。ここでは貴方がトップなんだから頭なんか下げないで、それ聞くのも3年連続だし。でも、やっぱりまた代わり映えしない結果だったわね…」
ふぅ、と溜め息をついてそう言った。
どうやら、王女の憂鬱は退屈な結果にあったらしい。
3年連続で聞いた、と言うことはつまりこれと同じようなことが続いていると言うことなのだろう。
退屈具合も知れるというもの。
しかし、状況は一変する。
「………何だ、あれ?」
落ち着き始めた喧騒の中、大して大きくもない声がざわめきを抜けて俺の耳に届いた。
それは外から聞こえたもののようで、外から違う空気が伝わってくる。
主役の3人もそれに気付いたらしく、合わせたかのようなタイミングで振り返った。
ギルドの中から見えるのは驚いた顔で横を見上げる町人の姿だけで、そこには畏怖は存在するものの、恐怖は存在せず警戒は必要ないことは教えてくれる。
やがて、あの3人が来たときのように人の海が割れていく。
その人がいなくなった空間に独りの黒い外套を身に纏った男が現れた。
重い足取りでゆっくりと歩いてくる。肩にはでかいロープを担いでいて、その先に何かがついているようだ。
「すげぇ…、あいつ"地災"だぜ…。Sクラスだ…!」
そういった類の話があちこちで上がりだす。
そんな物は気にも留めず、男が担いだ綱を引っ張った。
一瞬送れて、その綱の先についていたものが明らかになる。
飛んで来たその巨大な"角"をその男は受け止め、地面に叩きつけるように置いた。
角は先の男が手に入れたという物よりも一回りは大きく2m程はある。
ズズン、と軽く地面が揺れる。
「な、なんだあれは…!」
サルドは目を見開い、驚愕に後退りする。
しかし逆にそれを見た王女の顔は明るく輝きだし、もう一人の女騎士は相変わらず不機嫌そうにそれを見つめていた。
「オウズガルの誕国祭を祝う為に馳せ参じた。……手土産だ。不足がなければ受け取ってくれ」
男はフードを取りその顔を露にすると軽く頭を下げた。
その顔は、幾度もの戦いにその身を置いてきたのか傷だらけだが、まだ若さが残っている。眼光もそれ相応に鋭く、恐らく30歳程だろうがその歳を感じさせない。
王女が少しだけ目を見開くと、ニッと口の端を吊り上げた。もうその顔に退屈は感じられない。
「戻ったのね、ガララド」
王女が大きな入り口をくぐってその男に近付き、その巨大な体躯を見上げながら言った。その目には少なからない親愛が込められている。
その様子に苦笑すると、男も口を開いた。
「ああ、久しぶりだなノイン。まだこんなむさ苦しい男を覚えていてくれたとは驚きだ」
旧知の仲なのか、その口調も先程の畏まったものではなく、友達と話すかのようにくだけていた。
その様子に、近衛騎士は少しだけ頬を緩め、傍の男は顔を驚愕に引き攣らせている。
ガララドと呼ばれた男と王女は、仲良く談笑を続けている。
「しかし、余計だったか? もう"憑物"の先約があったみたいだが」
ガララドが入り口の中に見えているもう一つの巨大な牙を顎で示しながらそう問いを投げた。
ん? と声を上げて、王女が顎で刺した方向に目をやって、興味なさそうに視線を戻した。
「いいのよ、あなたの角の方が一回り大きいし。それに私アレ嫌いなのよね」
最後にサルドの方を軽く顎で指して小さく零した声もガララドには聞こえていたらしく、ガララドは変わっていないなと軽く苦笑した。
俺はというと、何故か嫌な予感を…。
「貴様! 今私を笑っただろう!!」
ガララドが笑ったのを、自分が笑われたのだと勘違いしたのか、最初の気障男が大声で怒鳴った。
怒りに任せた足取りで入り口を飛び出て、男の目の前で立ち止まった。
「Sクラスだがなんだか知らんがなぁ……、この私を差し置いて出すぎた真似をするなよ…!」
それを聞いた男は何故か王女の方に向き直った。
「こいつは……誰だ? 知り合いか?」
「なッ……!?」
ガララドの惚けっぷりにか、男の空回りっぷりにか、周りで笑いが起こる。
周りは気付いていないが、男は歯軋りをして相当殺気立ち始めている。
「……王女、まさかこんな沸いて出たような男に"憑物"を任せるつもりですか?」
「口が過ぎるわよ、サルド。それは全て私に任されていること。貴方が口を出すことじゃないわ」
何か言おうとサルドが前に身を乗り出すものの流石に自重して悔しそうに口を噤んだ。
男は吐き出せなかった分を怒りと苛立ちに変えて、体の中に溜め込んでいく。握った拳が微かに震えているのがその証拠だ。
これからの展開如何では面倒が起こる可能性もありそうだ。
しかし、今は、この嫌な予感の方が深刻だった。
そして、引っ掛かっていたその理由が不意に分かった。
「フェン…! 逃げるぞ!」
小さい声で、それでも語調は強めにフェンに指示を出した。
俺の勘が先程から激しく警報を鳴らしている
「……逃げる?」
「戦略的撤退だ。どこかで見たことあると思ってたんだよ、あれ…!」
「………?」
「とにかく急ぐぞ。俺の予想だと…」
しかし時既に遅し。
「退け」
険悪な雰囲気に気付き始めて、低落していた場の空気を打ち壊すように聞きなれた声が響いた。
その声に嫌々ながらも振り向いて姿を確認する。
そこでは、大きさ3mを超えようかと言うほどの巨大な牙を肩に担ぎ、"空から降ってきた"吸血鬼が真昼間に仁王立ちしいて。
状況がもう一度引っくり返った。




