ギルド、再会、煙草
歩くこと数十分。
やがて、見覚えがある看板の前に到着した。
誰に聞いたわけでもないが、道は間違えようもなかった。
「…だから、でけぇよ。いちいち」
ギルドは町の外からでも分かるほどの巨体で、町のど真ん中に居座っている。
それも大街道を真っ直ぐ進んだ先に。
このギルドがこの町でどういうポジションにあるのかもわかると言う物だ。
入り口もそれ相応に馬鹿でかい。
恐らく一日開けっ放しなのだろう。
優に3メートルを超えるそれはとても一人で開け閉めできるものではない。
「フェン、チームってどこで申請すればいいんだ?」
中に入れば、雰囲気はドンバ村のギルドとなんら変わりはなかった。
そこら中で色んな格好のやつらが駄弁ったり、昼間から飲み潰れたり、依頼のボードを眺めたりしている。
慣れた雰囲気にハルユキが妙に和んでいると、後から誰かが裾を引っ張っていた。
「ハルユキ……、多分、あそこ」
フェンの小さい声では喧騒を潜り抜けられないのか、耳元で内緒話をするように受付を指してそう言ってきた。
「おお、あれか。……って待てコラ、どこに行く気だ。穀潰し共」
フラフラと何処かに歩いていこうとするスットコドッコイ共を呼び止めた。
「ちょっとやりたい事があるのでな。安心しろ損はさせん」
「ワイは遊びたい、女の子と」
「んじゃレイは行ってくれ。だが、正直すぎるお前はこっちだ」
「わいの、わいのアバンチュールがあぁ!」
そう言って、レイを追って逃げようとするジェミニの首根っこを引っ掴み、受付まで引っ張って行った。
「えーと、チームの組成をしたいんだけど…」
「あ、はい。では此方の紙に…って、え?」
「え?」
「ああああああああああッ!!」
「うおッ!?」
突然俺を指差して奇声を上げてきた女性に思わず俺も驚いて声が出てしまった。
「ハルユキさんじゃないですか!」
いきなり俺の手を握って激しくぶんぶんと手を振ってくる。
「私ですよ。わ、た、し」
「………………おお、ドガリアシスじゃないかぁ」
「誰ですかその悪の黒幕みたいな人!? 私ですよ、ほらドンバ村でギルドの登録やったじゃないですか!」
……ああ、そういえばいたね、そんな人。
「あー、そう言えば名前言ってませんでしたねー、ウェスリアって言います」
「どうして、この町にいるんだ?」
「それはこっちの台詞ですよー、まあ私はね、あれですよ、いわゆる出世です。あの祭りの前から決まってて、祭りの終わった後にこっちに栄転したんです」
「へぇー、おめでとさん」
そういえばこの顔見覚えがあるな。
うん、確かあの色々失礼だった人だ。
「ちなみに、あの魔力測定器代は私の給料からしょっ引かれました」
「ごめんなさい」
「いえいえ、冗談ですよ。いやでもこんな所で会えるとは思わなかったです。実は私ファンなんですよー」
……ファン?
「光栄やなー、こんな美人さんに思われてるなんてー。あ、自分は多少歳食っる方でも大丈夫ですよ」
まともに顔面にグーが入って錐揉みしながらジェミニが視界の外に消えていった。
「………」
「……私はまだ23ですよ?」
「あー…お若いですねー」
目の前で青筋浮かべている女性を考えれば、そう言うしかない。
「大抵こういう仕事の人はファンになったりするんですよ? でもねー、こっちの人に言っても信じてくれないんですよ! 古龍を一人で倒せる訳ないって!
まぁ、私もたまたまダイノジさんに聞いただけで、村の中でも広まってなかった話ですからしょうがないんですけど…」
「いや、まあ、うん、それでチームなんだけどな?」
俺が困ったようにそう言うといきなりウェスリアの目付きが変わった。
凛とした空気が生まれ、背筋を伸ばして営業スマイルを顔に浮かべる。
「はい。チームでしたね。長々と失礼致しました。それで後ろの方々と合わせて5名での結成でお間違いはありませんでしょうか?」
「え、ああ、うん」
「畏まりました。それでは必要な書類を用意させていただきますので、しばらくそちらに座ってお待ちください」
そう言って、受付の奥に消えていった。
半分くだけた様な話し方からいきなり仕事モードに入ったから少々驚かされてしまった。
いきなり仕事が出来る女に早変わりだ。
伊達に栄転されてきたわけではないということか。
受付のすぐ横にひっそりと隠れるように用意されていた、切り株をかたどった椅子に腰掛ける。
「あー、腹減った…」
「なあ、あれ何だ?」
椅子で一息ついていると、ユキネが入り口を指して話しかけてきた。
ユキネが指差した方向に目をやると、人だかりが出来ている。
そしてその中ですぐに動きがあった。
大きな男達に引き上げられ、何かでかい看板が持ち上がった。
当然、何が書いてあるかなんか俺には分からない。
「観……迎…、ノイン様?」
ユキネが目を細めながらその文字を読み上げるがそれでも何のことだか分からない。
「なぁ、あんた。あれ何なんだ?」
丁度通りかかったひょろい男を呼び止め声をかけた。
「ん? ああ、あんた最近町にきたのか。いいタイミングだぜ? 珍しいもんが見られる」
「いいもの?」
ゴトン、と入り口の辺りに重々しい音が響いた。
再びそちらに目をやると、何か大きいものが入り口の辺りに設置されたみたいだが、逆光でよくは見えない。
「おっ、あっちも何とか間に合ったみたいだな」
「何だあれ?」
「ありゃあな、この辺りに生息してるモノガスって奴の角だ。でけぇだろ。ここのトップチームが狩って来たんだ。あの角の大きさから見て前全長8mはあっただろうな」
何故か自慢げに男が話し続ける。
しかし、何故か嫌な予感がするのは何でだろうか。
「あそこに言わせたら楽勝なんだろうが普通サイズのあれ狩るのにも骨が折れる。Bクラス以上のチームじゃなきゃ狩れもしないだろうな。運ぶのにも苦労したぜ」
「……その狩ったチームってのは何クラスなんだ?」
「Aだよ。近々Sクラスに上がるんじゃないかって噂されてる。実際に見るとなオーラが違うぜ、オーラが」
「俺はどうだ? オーラ出てるか?」
男はチラッと俺の顔を見て、それから指に嵌めたオレンジ色の指輪に目を落として溜め息をついた。
「お前、オレンジはギルド側から諦めろって言われてるのと同じことだぞ? この仕事から足洗ったほうがいいと思うぜ? 嫌味じゃなく」
男の表情からも、実際嫌味ではないことはわかった。
ここは兎にも角にも実力が全てなのだろう。
きっと、足を洗った奴もいたことだろう。
「ま、俺は俺で何とかやるさ」
「……止めやしないけどな」
そう言いつつ男は胸ポケットから巻きタバコを一本取り出した。
パチッと指を鳴らして指先に火を点らせる。
指先には細かい傷がついていて、年季を感じさせられた。
「お、煙草か。一本くれよ」
「ほらよ」
煙草を一本貰い、ついでに火も着けて貰った。
「……うっは! きっついなこれ」
「俺の愛用品よ」
自慢げに言いながら軽く咳き込んでいる俺を笑ってきた。
「久しぶりだな、煙草は…」
「ん? お前まだそんなに歳食ってないだろ? 何年ぶりなんだ?」
「一億年ぶり、だな」
「何だそりゃ? つまんねぇぞ」
何となく気があってその後も少し話していると、入り口の方に好奇心に負けて近付きつつあったユキネがこちらを向き、何かを見つけてズカズカとこちらまで歩いてきた。
「ハル!」
「うおッ! な、なんだよ…?」
俺が驚きながらもそう返答すると、ビシッと俺を指差して声高らかに語り始めた。
「煙草はな、百害あって一利なしと言ってだな、体に悪いし、病気になるんだぞ。それで寿命が縮む人もいるんだ。だ、大体お前が私より早く死んでしまったら私は…」
俺を指差していた指を自分の目の前に立てて、語り続ける。
かなり真剣なのか、目の前で手を振っても気付かないので、面白くなり中途半端に開いた口に咥えていた煙草を差し込んでみた。
「………………え?」
我に帰って俺を見て、自分の口に咥えている煙草を見て、もう一度俺を見て、それから、顔が爆発した。
一気に中程まで煙草が燃え尽きた。
「お前そんな一気に吸い込んだら……」
真っ赤になった顔のまま体が傾ぐ。
「おいおい…!」
片手でユキネを、もう一つの腕で絨毯に落ちそうだった煙草を手に取る。
もう一度口に咥えて、どうも気絶したらしいユキネを椅子に横たわらせる。
そして今度は横から男に煙草をとられた。
「お前は駄目だ。心配してくれる奴がいるなら身体を大切にしな」
そう言いながら同時に親指で俺の後ろを指差した。
その指の先では、フェンがさっきのユキネと同じ目をして俺を見ていた。
「……わかったよ」
そう言いながらユキネが寝ている横に腰掛けた。
その俺の横にフェンがちょこんと座った。
少しこちらも怒っているようなので何となく話しかけづらい。
男もまだやることがあるらしく何処かに行ってしまい、ジェミニも目を離した隙に何処かに行ってしまったので、気まずい沈黙が続く。
「……ハルユキは」
珍しくフェンからその沈黙を破ってきた。
「デリカシー、が、足りないと…思う」
「す、すいません…?」
俺はそんなに怒られるようなことをしただろうか?
い、いや、きっとそうなんだろう。
無性に申し訳なくなってくる。
「ん……」
不意に後ろから呻く様な声が聞こえた。
見ればユキネが目を擦りながら身を起こしていた。
「お、起きたな。大丈夫か?」
内心少しホッとしながら、ユキネに何気なく話しかけた。
「あ、ああ、だいじょ…」
大丈夫、と言おうとしたのだろうが、俺の顔を見て赤面し俯いて黙ってしまった。
「そ、外、歩いてくる……!」
そう言って、俺の顔を見ないまま早足で入り口に向かって行った。
そんなに、…………煙草が嫌いだったのだろうか。
ユキネが入り口の向こうに行ってしまったすぐ後に何かその付近が騒がしくなった。
「フェン、ちょっと見に行ってみないか?」
まあ、正直ちょっと不機嫌だったみたいだからご機嫌とりだというのが大きいが、少し興味もあったのでフェンにそう声をかけた。
フェンは少しだけ考えたようなそぶりを見せた後、立ち上がって俺の服の裾を引っ張って歩き出した。