貧乏暇無し
ガタゴト、ガタゴトと漫画のような音を立てながら馬車は進む。
目の前は程好い光で照らされている。ナノマシンでライトを作りそれを少し改造した物を取り付けただけだが、見たところ質、量共に問題はない。
馬達も俺たち5人の他に、でかい荷物があるのに力強く進んでくれている。
思ったよりも御し方は簡単で、早々にジェミニには休んでもらった。
そんなところは見せないが、あいつが一番疲れているはずだ。
横に風で飛ばないように、重石を載せた地図に目をやる。
大陸があって、海がある。
そこは、俺がいた時代と変わりは無い。
ただ、余程大きい地殻変動でも起きたのか、それとも一億年経てば自然とそうなるのか。
もう俺がいた時代の面影は消え去っていた。
俺たちがいるという一際大きい大陸。レイが言ったように他に大陸らしき物は無く、後は小さい島や、中位の島々が点在しているだけだ。
何かが込み上げる様に俺の中を上っていき、溜め息として口から出た。
一目見た時から気づいてはいた。
しかし、別に取り乱すことでもないし、想定はしていたことだ。
ただ独りになると、少しだけ胸に風が吹きぬけたように寒々しい気持ちになっていた。
悲しいのだろうか、辛いのだろうか、だとしたら涙ぐらい出るんじゃないんだろうか。
しかし、ライトで照らされた道を見つめる目は乾ききっている。
それとは全身が重くなったように感じる。気が付けば疲れたように猫背になっていた。
もうこれ以上、どうしようもない終わった事など考えたくもなかった。
逃げるように、少しだけ目線を上げ星空に目を移す。
「…………はっ」
思わず苦笑が漏れた。
何時もは清清しい気持ちで見ている星だが、今はタイミングが悪かった。
なにも、変わったのは地上だけではない。
一億年という月日は、星空まで崩してしまっていた。
もちろんそれは崩れても尚、変わらず美しいものだったが。
まず、一番有名な北斗七星が崩れてしまってどれがどの星で今何処にあるのかも分からない。
しし座も、おとめ座も、みずがめ座も、ふたご座も。
一つとして見つけられない。
大地も空も、俺が知っているものとは別物。
本当にここは俺が生きていた星なのだろうか、とさえ思えてくる。
(あれ、そういえばジェミニって…)
ちょっとした事に気付いたが偶然だろうと勝手をつけ、もう一度だけ重い息を吐いて思考を消した。
それから、無言で道なりを進んでどれくらいか、後でごそごそ気配がしたのに気付いた。
「お主まだ寝ておらんのか…?」
「あと二時間位すれば停める気だよ」
そう言って、姿を現したのはレイ。
壁を乗り越えて御者台まで乗り込んできた。
しばしの無言の後、ゆっくりとレイが口を開いた。
「のう、…………『鬼獄会』はどうじゃろうか?」
「お前はチームをどんな方向に持っていく気だ!?」
ぬぅ、悔しそうに声を零して膝に肘を付いて前を向いてしまった。
「ああ、そう言えばアレはどうしたのじゃ?」
「ん? アレなら大きすぎるから後にも一つ台車作ってそれに乗っけてるよ。何に使うんだよ、あんな物」
ふーん、と俺の質問には答えずに、自分で言ったくせに興味なさげな声を出してまた黙った。
それからしばらく無言の時間が続き、レイが思い出したように口を開いた。
「そういえば、この、何じゃ? 松明か? なんにしてもすごいのぅ。どうなっとるんじゃこれは…」
興味深そうに光に目を入れないようにしながら、しげしげと眺めている。
それを少しだけ微笑ましく思いながら、俺も口を開いた。
「吸血鬼はやっぱり夜の方が活発になるのか?」
「ん? どうじゃろうな。儂はそうだが儂以外に吸血鬼なんぞ見たことないしの。吸血鬼がそうなのか、儂がそうなのかは分からん」
少しだけ沈黙が落ちて、レイがまた口を開いた。
今度のそれは先程までとは違い、真剣みを帯びていた。
「……儂を、吸血鬼なんぞを連れておったら不幸になる、とは言わんが面倒事が起こることもあるじゃろう」
「お前が勝手に乗り込んできたんだろうが」
俺が呆れながらそう言うと、キョトンとした顔でこちらを見た後クックッと口の中で笑い出した。
「そうじゃったなぁ。儂が勝手について来たんじゃった。……忘れておったわ」
「…訳わかんねぇぞ、お前」
俺がそう言っても、まだレイは話を続ける。
「しかし、断ることも出来たじゃろ? 自分で言うのもなんじゃが儂は百害あって一利なし、じゃぞ?」
嫌に悲観的な事を言うレイにそろそろイライラきていた俺は一際強い口調で言った。
「おい、ちょっとこっち向け」
「んあ? ってあたッ」
間抜けな声でこちらを向いたレイに事故らないように前を見たまま親指で軽くデコを弾いた。
俺のデコピンをいきなり喰らったレイは目を白黒させている。
「お前が俺に何を言わせたいかは知らんけどな、……大人はガキの面倒を見るのが当たり前なんだよ」
額を押さえたレイは怒るかと思っていたが、それを裏切ってまた笑った。
「今の儂をガキと呼べるのはお主位じゃのう、小僧」
「小僧じゃねぇって」
ガタンガタンと車輪の音が響く中でレイがまた口を開いた。
「……『極血組』はそんなに駄目かのう…?」
「お前それ本気で気に入ってんのかよ……」
「……そ、そんな訳無いじゃろ。冗談じゃ、冗談」
「はい、ダウト」
軽口ばかりだが、まあこいつとの関係というか距離感というか。
何となく言葉で表し難い類の物は、こんな感じの方がどこか心地よかった。
その証拠に、うじうじした気持ちはいつの間にか消えていた。
◆ ◆ ◆
日が昇る前に一旦3時間ほど休んでから、今度はジェミニが御者台に乗って出発した。
レイと話してからも眠たい目を擦りながら進んだおかげか、予定よりもかなり早く進んでいた。
「「「ダウト」」…ダウト」
「おらあああああああああ!!!」
また戻ってきたクソ愛しい大量のカードを、纏めて激情に任せ馬車の外に投げ捨てた。
投げ捨てたカードは地面に着く前に分解されて消えていく。
「また、ハルユキの、負け」
「試合放棄じゃな」
「異議なし」
「ほらもう町が見えたでー。準備しときー」
「……準備のための行動だったため、先程のは無効試合になりました」
思わぬチャンスを拾い、ブーイングを始めたトリオを無視して馬車の進行方向を向いた。
まだ町までは遠い。到着するのは30分程後だろう。が、もうその巨大な町形は目の前に広がり始めていた。
「うお、城あるぞ、城。見ろユキネ。でっけ………」
山のように段々と盛り上がるような形の町の一番上に、ふてぶてしく巨大な城が鎮座している。
「おおおお! 凄いなあの中心の巨大なのは噴水だぞ! 多分水路が町中にあるんだ……! 凄いな、街の中に川があるのか!」
「おいおい、このぐらいで喜びすぎだユキネ。落ちつけよ」
「……何だよ、お前も一緒じゃないか」
身を乗り出して城を眺める俺、一歩後ろで同じものを眺めるユキネにウトウトしているフェン、相変わらずニコニコ笑っているジェミニ、腕組をして偉そうに町を見下そうとしているレイを乗せてどんどん馬車は進んで行った。
「これ、馬車何処に止めればいいんやろ」
あまりに広大な町は入り口がどこかさえも分かりづらいのか、ジェミニが困ったように額を掻いた。
「あそこに、小屋がある」
「あれ、小屋か…?」
ずらっと平屋の長屋のように並んだ建物がある。
目を凝らせば確かに中に馬が確認できた。
「色々とまあ、スケールがでかい町だな」
段々と近付いていく度に町の様子が分かってきた。
どうやら、噴水を起点に町中に水を引いているらしく、街道もしっかり石で舗装されている。
人はかなり多い。
今いるこの馬小屋にも疎らだが人はいる。
しかし、町まで入ると人の密集は驚くほど少なくなった。
人自体の数は変わっていない。ただ道が恐ろしく広いのだ。縦にも横にも。
縦の道は貫くように町の中心を通り、城まで届いていて、横の道の広さも30メートル程はある。
町の規模、水道の確保、道路の舗装。
それをとってみても、今まで見てきて町や村とは一線を帰す文明レベルの高さだ。
店や市場も見られ、活気も溢れている。
屋台だけではなく、当然武器屋なども人の出入りが絶える事は無さそうなほど忙しそうだ。
道行く人々も、普通の服を着た一般人や、鎧を着込んだやつ、盗賊のような格好をしたチンピラ、中には貴族のような格好をした奴らもいる。
見ているだけで退屈し無さそうな町だ。
ふと道端にポツンと置かれている町の看板に目が入る。
『眠らない街 アリベス』
成程、それは中々にそそられる名前で、心が浮き立つのを感じる。が、しかし残念ながらそれを満喫はできない。
「………じゃぁ、仕事行きますか…」
屋台や、果物屋、出店、工芸品、細工店など様々な店が乱立し、俺を誘惑するのを無視して、歩き出した。
貧乏暇無し。