幻想の桜色
男の胸の中心に、赤い血の剣が突き立てられた。
「あ……」
何とも人間らしい声を上げてその場に崩れ落ちた。
「今度こそ、終わり、じゃの……」
剣が男に突き刺さったまま、突き刺さったまま霧散していった。
レイは、ポツリとそう呟くと男から背を向けた。
それをユキネは、離れた所から見ていた。
おかしい、とこの結果に疑問を感じながら。
何故こんな結果になっている?
瞬きするほどの時間で、レイは気づかなかったが、あの異形は最後、攻撃しようとしたはずだ。
それこそ、全てを道連れにするかのような。
死を確かに予感した。だから間違いないだろう。
しかし、何かが起こった。
死の予感も、黒い闇も、異形の頭も、『神』すらも。
バラバラに、いや、粉々になるまで、"切り裂かれた"。
何も見えてはいない。
しかし、それを見つけたとき直ぐに察しがついた。
ハルユキが、削れた地面の先に、剣を持って佇んでいるからだ。
フッと、苦笑いが漏れた。
私が目指す位置が、背中が余りに大きすぎて、遠すぎて。
「ハ……」
声をかけようとして、引っ込んでしまった。
また、何かに不自然を感じた。
声に気づいて此方に歩いてくるハルユキの雰囲気に違いは見られず、視線もはっきりしている。
しかし、何時もよりなんと言えばいいのか。
………そう、遠い。
剣を持ったその姿が、不自然なほどに自然なのだ。
何処か遠くに行ってしまったかのように感じてしまう。
先程言っていたのとは全く違う意味で。
先程言ったものが距離的な意味だと仮定するならば、今のこれはまるで存在する次元からして違うような。そんな、感覚。
「大丈夫、か?」
思わず、そう声をかけた。
かけられたハルユキは無言でユキネに手を伸ばした。
「うぁ……」
自分の無事を示し、同時にユキネの無事を確かめるために頭を撫でられた。
「よく頑張ったな。ほらお前の剣だ」
直ぐに頭から手は離れ、ハルユキはユキネの目の前の地面に手に持った剣を突き刺した。
「むー…」
「何て声出してんだよ。さっさと行こうぜ」
そう言ってユキネの横を通り、他の3人がいる所に向かっていった。
ユキネもその後を追うために、突き刺さった剣を引き抜く。
ハルユキが余程強く握っていたのか、そこにはまだハルユキの体温が残っていた。
◆ ◆ ◆
フェン、ジェミニ、レイの三人とユキネとハルユキが一緒に合流した。
「これから、どうする?」
「とりあえずは、イサンをな」
「……手伝うか?」
少しだけ考えた後、レイは応える。
「いや、儂が一人でやる」
今までやはり無理に気を張っていたのか、ことが終わった今は、急に寂しさを思い出したかのように声は心なしか勢いがない。
「…そうか」
やがて家の前にまで歩きついた。
「お主らは休んでくれていい。特にお前は重症じゃろ。手当てをして寝ろ」
まだ夜は更けたばかりだ。星も桜もいっそう煌いている。
レイの言葉に甘えるかと思い、その旨を伝えようと口を開いた。
その瞬間、大地が震撼した。
「な……ッ!!」
中途半端に開きかけた口から驚愕が音となって飛び出た。
連続的に地面が揺れる。
「またか…!」
「今度は、何だ!?」
立て続けに起こる異常事態に流石に苛立ちが募る。
直に、地面が揺れる音に合わせて何かがひび割れていく音が聞こえてきた。
「おい、やばいんじゃないか、これ…?」
振動の規模が尋常じゃない。
ハルユキ以外は立ってもいられない。
「な、なぁ、もしかしたらなんやけど…」
地面に必死に自分の身体を固定しながら、ジェミニが口を開いた。
「レイちゃんは、漏れてくる魔力を封印したんやろ?」
「そうじゃ、な…!」
まさか、とハルユキも頭に浮かんだ考えに声を上げる。
「もし、蓄えきれない分を外に出してたんなら……塞いじゃあかんちゃうの?」
そうだ。
何故今まで気付かなかった。
どんな容器にでも注ぎ続ければ溢れてしまう。
それを塞いでしまえば、暴発してしまうのは当たり前だ。
ビシッと、大きい亀裂が入った音がした。
「くッ……!」
レイがしゃがんだ姿勢から、翼を作り飛び立とうとするが足場が安定していないため再び地面に崩れ落ちた。
遂に、地面さえも悲鳴をあげ亀裂が入り始める。
「イサン……!!」
飛ぶことは諦めたのか、地面を這いずりながら、イサンの元に向かっていった。
「あの、馬鹿…!」
それを見つけたハルユキは、バランスを保ちながら、ゆっくりレイへと近寄る。
そして着物の襟を引っ掴んだ。
「な、何を…!」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
何とか振動のタイミングに合わせてレイを真上に放り投げた。
さすがにバランスを保ち切れず、その場に尻餅をつく。
レイは、いきなりの事で慌てながらも空中で翼を使い、何とか姿勢を正した。
「すまん。恩に着る」
「いいから、さっさと行け」
一度頷いてから、レイは身を翻した。
しかし。
そこで、バキン、と一際大きな亀裂が何処かに走った。
「ハル!!」
座ったままユキネが何かを指差したまま叫んだ。
指の先には枯れ木の大木。
その真ん中に縦に二等分するように亀裂が入っていた。
そしてその中から、絶大な気配。
ハルユキがそれを確認した瞬間、亀裂の中から風を纏いながら何かが飛び出した。
「……うわッ!!」
その風が瞬く間に森中に広がった。
強風にあおられ、上空にいるレイもバランスをとることに必死で身動きが取れていない。
風に伴い、桜の花びらが大量に夜空に舞い上がった。
そして、それが風に逆らいながら先程枯れ木から飛び出した何かに集結していく。
尋常じゃない風で、尋常じゃない広さの森から桜の花びらが集まってくる。
それが巨大な球状となった時、その大きさは直径30メートルは軽く超えていた。
まるで、空にもう一つ月が出たんじゃないかというほどの大きさ。
「!? イサン!!」
いつの間にか、イサンがその球体の前まで桜と一緒に引き込まれていた。
レイも何とか近寄ろうとするが、豪風が吹き荒れる中辿り着くのは不可能だ。
ハルユキも飛ぼうとしてみるが、揺れている地面からこの豪風の中に突っ込んでも辿り着けはしないだろう。
さながら、天災。
嵐のような風が吹き荒れ、大地が揺れているこの状況は他に例えようがない。
そんな風を物ともしないように、球体がゆっくりを形を変えていく。
細長く形を変えていき、続いて爪、頭が出来、その上に荘厳な雰囲気の巨大な角が出来上がる。
桜の花びらがだんだんと鱗のように配列し始め、一つの形を創り出していく。
「……桜の龍…?」
この雰囲気。
この圧力。
つい最近も感じたものと同種の物。
最期に顔に開いた穴に金色の瞳が浮かび上がり。
桜色の巨龍が誕生した。
先程まで荒狂っていた風も、怒涛のように暴れていた大地も嘘のように沈黙した。
誰も話さない。物音も立てない。
風も木も鳥も虫も。
何かに怯えるように黙り込んでいる。
「…お」
そんな中。
"ただの"吸血鬼だけが。
「ぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
唸り声を上げながら、上空で地上の全てを睥睨していた龍に手に巨大な剣を持って突進した。
龍は其方を見もせずに、桜色の魔力を向かってくるレイに向かって撃ち出した。
物凄いスピードで迫り来るそれをぎりぎりで避ける。
3つほど避けた所に追撃。
避けれるタイミングではない。
「はぁあッ!!」
剣でそれを受け止めた。
渾身の力で振り下ろした剣と、龍の魔力が拮抗する。
数秒間拮抗した後、僅差でレイの剣が魔力の塊を叩き斬った。
しかし。
眼前には先程の魔力の弾幕。
避けきれずに直撃した。
「レイ!!」
ハルユキも姿勢を立て直して、足に力を入れる。
──安心しろ。敵意はない──
飛び出そうとしたその瞬間、頭の中に声が響いた。
何かに急かされる様に上を見た。
桜色の巨龍が此方を見下ろしている。その先にはレイが何か魔力で出来た檻に閉じ込められ、中で暴れていた。
──暴れるので、閉じ込めさせてもらった。事が終われば直ぐに放す──
そう言うと、龍は正面に向き直った。
──よし、何とか間に合うか…──
小さく呟くなり、空を見上げ、思い切り口を開いた。
次の瞬間、龍の大きく開かれた口から、桜色の魔力の奔流が上空へ光の柱となって立ち上った。
「うおッ…!」
遠く離れたここにも発生した風圧が届き、思わず腕で顔を庇う。
次に目を戻したときには、龍の目の前に、球状で先程の魔力が集結していた。
──さて、後は待つだけだ、が──
そこで改めて龍がその金色の眼の焦点を此方に合わせた。
──暇だな。何か話でもするか?──
こちらに向けたその顔は、何処か不敵に笑ったような気がした。