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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
53/281

有難いモノ

そいつの脇腹を狙って右足を振り抜いた。


鉄でも蹴ったんじゃないかというほどの硬い感覚の後、蹴りの勢いは若干死にながらも、丘を猛スピードで転がっていく。



「フェン!!」

「もう、やってる……!」



俺に遅れながらも素早くレイとイサンに近寄り、風の魔法を発動する。


レイはイサンから離されると、血に染まった手を、前に中途半端にぶら下げたまま放心してしまっている。


その目に光が感じられない。



「…フェン。大変だろうが、レイも一緒に見ててくれ。目を放すと危険だ」



小さく頷いた後、目線を上げずに普段より数段速く口を動かす。



「ユキネも、手伝って。魔力が、足りない」

「私で大丈夫か?」



そう言いながらも、イサンの傍にしゃがみ込む。



「細かい作業は無理。傷口の周りに風の魔法を集中させて。私がそれを拾う。イメージは濃く、ゆっくりと」

「…やってみる」



手を翳すと、フェンの物とは違い色の付いた風がゆっくりと傷口の周りで回り出した。



「ジェミニは、急いで家の中から、止血できそうなもの」

「分かった」



いつもの軽いノリはなりを潜め、緊張した面持ちで家へ向かう。







────■■■■■■■■■■■!!!!!!







もはや我慢ならぬと、それが咆哮を上げる。


空気を震わせ、丘を、森を、世界全てを拒絶するような孤独で悲痛な叫び声。



「……そう喚くなよ。俺が相手してやる」



俺が今出来るのはこいつを倒すことだ。


治療は任せればいい。


ギリッと歯軋りが鳴った。



……ああ、俺が鳴らしてるのか。


どうもかなり俺も怒っているらしい。


しかし、何に怒っているのだろう。


目の前のそれだろうか。


確かにそれもある。だがそれだけじゃない。


だって、目の前のそれは、今のイサンと同じぐらい傷ついて見えるのだ。



「ぁあッ!!」



怒りに任せて世界を壊そうとするそいつ。



────殺してやる。



その決意には、怒りからだけではなく、情けも確かに入っていた気がする。


決意を、怒りを、情けを。


全て殺気に込めてそれに叩き付けた。


それが右腕から血を滴らせながら、こちらを向く。



その面前には既に俺の拳。


撃ち方も何もあったもんじゃない。


ただ力任せに、その鼻っ面目掛けて全力をぶち込んだ。何か爆発したんじゃないか、というほどの音が響く。


森の中を地面を削り、木を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった。その辺りはヘリでも不時着したんじゃないかというほどに荒れている。




しかし、激しい土煙の中、それが立ち上がるのを確かに俺の目が捉える。


土煙が晴れるのも待たずに、突進する。


今度はそいつも反応した。


手を交差させて拳を防ごうとする。その動きはとても人間臭く不快だった。しかし俺の拳は二本の腕など物ともせず、腕をへし折る。



「なッ!?」



しかし、"三本目"を破壊した所で、残る"5本程の腕"に受け止められた。


その内二本が俺に牙を剥く。その分空いた隙間から覗く顔を蹴りつけ、距離をとる。



「……おいおい」



折れた二本が枝分かれし、更に腕が増えていく。長さも人のそれの五倍はある。


合わせて13本。


右と左で数が違うのは生理的嫌悪を誘発する。増えた腕を左右の目でそれぞれ同時に確認すると、ほんの少し、しかし確実に口の端をゆがめて嗤った。



その不快な笑顔。


ついさっき見た面影が残っていた。



「……やっぱり、さっきの奴か…!」



もう男の、というより人間の面影は数えるほどしか残っていない。


それも刻一刻と無くなって行く。


10秒前より確実に今のほうが人間じゃない。




十三本の腕がその辺りに転がっている木や、地面に半分埋まった岩を無造作に掴む。


投げつける気かと警戒するがそれは裏切られる。


ただそのまま突っ込んできた。


意表を付かれ反応が一瞬遅れる。


木と岩のせいで、体の何倍も大きく見えるそいつが突っ込んでくる。


銃で迎撃しても、あの遮蔽物が邪魔だし、当たっても致命打にはならない。



対応策を頭の中で早急に完成させた。


簡単だ。



────突っ込め。



決断した次の瞬間にはトップスピードに乗っている。


両者とも勢いを止めぬまま一気に接近した。


近づきざまに怪物が器用にそれぞれが当たらないように、左腕等のうちの二本を使って俺に攻撃を仕掛ける。



最初に来たのは俺の等身大くらいの岩。


唸りを上げてとんでくる岩を進行方向垂直の位置に軽く掌で衝撃を与え、軌道をずらす。


ずれた軌道の隙間に入り込むと、既に今度は中程からへし折れた木が振るわれるスピードに悲鳴を上げながら懐に飛び込んでくる。


それを肘で叩き落す。



至近距離で嵐のような攻防が続く。


しかし、現状は変わっていく。


じりっとまた一歩ハルユキが前進して、化け物が無意識に一歩下がる。






────■■■■■■■■■■■!!!!!!






押されていると感じたのか、奮起しようと声を荒げる。


それが、まずかった。


不注意に振り上げた木が一瞬だけ木に引っかかった。


一瞬で木のほうが破壊され動きは戻る。


しかし、その時には既に右肩から腕7本が叩き落されていた。


赤か黒かと聞けば恐らく黒と呼ぶであろう血が肩から吹き出る。



そしてまた一瞬の隙。


左肩を落とされる。



続いて隙。



「詰みだ」



ハルユキの手により、首が捻り切られた。





ハルユキは、さっさと背を向ける。





────ドクン。



静かに、しかし確かに鼓動のような音がハルユキの背中に届く。




「マジかよ……」




膨れ上がる殺気を背中に感じ、悪態をつきながら振り返った。










◆ ◆ ◆








「もっと…! もっと何でもいいから血を止めるものを…!!」



両の手を心臓のある位置に必死に何度も押し付けながら、フェンが叫ぶ。


ユキネも追い詰められたかのような顔で、それでも治療を止めない。



「もう、いい。…いいんや」



一人だけ現実を見ていたジェミニが血に塗れたフェンの腕を取る。



「…もう、死んだんや」



脈はない。


心臓はとっくに止まっている。


そもそも心臓は化け物の手によって半分以上がズタズタだ。


即死しなかったのが奇跡だった。



死んだのだ。



もう、動くことはない。


それでも、ジェミニの手を振り払い、フェンはマッサージを再開する。


しかし、長くは続かなかった。



イサンの体がフワッと浮かび上がる。



別に誰かが魔法を使ったというわけではない。


いつの間にかレイが近付いて、イサンの体を抱き上げた。ただそれだけ。



「…もう、いい。ありがとうの」



そう言って、少しだけ血に染まった髪を靡かせて背を向けた。


そして、自分より少し大きいイサンの体を抱き上げているとは思えない足取りで、歩いていった。


フェンは少しだけ肩を上下させながら、へたり込んだ。


それを近くにいたユキネが支える。




レイは桜が咲いているところまで歩いていくと、イサンの身体をそっと桜の木の根元に寄り添わせた。



そこで、改めてレイはイサンを見た。


大分、年老いてしまった身体。


何処も見ていない眼。


痛々しい胸の傷。




何か言おうと口を開いて、閉じる。何も、何も思いつかなかった。


そして背を向ける。



人知れず、スッと桜の花びらがイサンの頭に落ちた。





ピクッとイサンの体が動いた。





「レ、イ…? 何処…?」





踏み出したレイの足が止まり、体が一瞬硬直する。


息を呑みながらバッと振り返る。



"イサン"がいた。


目の前にいるレイを探している。


目が、見えていない。


何故息を吹き返したかは、わからない。心臓が動いているはずもない。


しかし、そんなことは思慮の外。


イサンがまだ生きているという事実に囚われていた。



「イサン…! ここじゃ! 儂はここにいるぞ…!!」



手をとって胸に持っていく。


イサンの手もレイの胸も血塗れだ。



「レイ…良かった。まだ、いてくれた…」

「いるぞ…! ずっとここにいる!」



フッと力なく、光がない目で笑った。



「ずっとは、駄目だよ。…私はもう、死んじゃうから…」



思わずイサンの顔から目を逸らしてしまう。


分かっている。なぜ息を吹き返したかは相変わらず分からないが、もう長くはない。


しかし、この時間を用意してくれた世界に感謝したい。



「ね、レイ…?」

「なんじゃ?」



儂はイサンに何を言えばいいだろう?


すまない、か?


ありがとう、か?


さようなら、か?


それとも死ぬな、だろうか。


そんな事を必死に考えていると、スッと首に手を回され、力なく抱き寄せられた。



「泣かないで……」



驚いた。


自分でも気付いていなかった。それなのに。


目も見えない。触ってもいないイサンに、そう、言われた。


触れてみれば確かに、涙で頬が濡れている。



すっとイサンの手が涙を掬う。



そこで思わず、非難の声が出てしまう。



「何で、儂を庇ったりなんかしたんだ……!」



一瞬だけキョトンとした後、イサンはクスクスと笑った。



「逆の……立場なら、レイ、も、……そうするだろう、と思ったからだ、よ」



そんな事をあの咄嗟の場面で考えられるはずもない。なら、なぜ?


それは、家族だから?


血も繋がってはいない。大した事もやっていない。


────でも、家族だから。



「でも、じゃあ……これで、おあいこ、だね」

「え………?」

「30年も我慢、させ…ッ…ちゃったから、勝手、かも、しれないけど…」



再び首に回った腕が少しだけ強くなる。



「そんなもの、儂が勝手にやってただけじゃ…!」



ただの、独り善がりな我侭だったのに。



「もし、少しでもお釣が来るんだったら…」



黙って、次の言葉を待つ。



「あの人を、楽にしてあげて…」



あの人が誰なのかなんて分からない。


動揺まみれの自分の頭では、何を言いたいのかも分からない。



分かることは。


最後まで本当にこいつは、変わらなかった。


記憶がなくなっても、30年間歳を重ねても、それが死ぬ直前であっても。


自分のことを一番に考えても、誰も、何も言わないのに。言わせやしないのに。



「アホ、め……!!」



首に回された腕から力がどんどん抜けていく。



「レイ……?」



イサンの右手が、ゆっくりとレイの頬に移動する。


目に見えるように、加速度的にイサンの命が零れ落ちていく。




「レイのお陰で、私は……、幸せだったよ」




最後にギュッとレイの頬を軽くつねって。




「レイのほっぺた、温かい…」




そう言って、イサンの手が力なく地面に落ちた。


ザァ、と風が通り抜ける。


その手に桜の花びらが散った所でもう何も起きない。



また涙が零れ落ちた。


地に落ちた手はもう涙を掬ってくれない。




震える喉で一度だけ深呼吸する。



その後、イサンの手を胸の前で組ませて、乱れた髪を整えてやった。



グッと思いっ切り目尻を擦る。


涙なんて自分で拭えばいい。


自分には二本も立派な腕が付いている。


託されたこともある。



立て。動け。走れ。足掻け。立ち向かえ。



自分の全てを使って、遂行しろ。



見っとも無い姿を晒すな。



全部受け止めて。




少しでも、強くあれ────。





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