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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
52/281

宴も闌

「ふぅ……」



井戸から出て、二人を地面に下ろすとハルユキは思わずその場で溜め息をついた。


夜空はハルユキ達人間の都合なんて知ったこっちゃないと主張するように変わらず輝いている。


桜もいくらか輝きが衰えたとはいえまだ健在だ。


しかし、流石に今から酒盛りをする体力はない。


というより疲れから立っていたくもないというのがハルユキの思いだった。


怪我はそれほど深くはなかったため、既に傷跡すらない。


だが、精神的疲労は残る。



「寝む……」



その場に倒れこみたくなるのを我慢して、ハルユキは酔いどれたような足取りで家に向かう。



「なんじゃ。もう寝るのか」



レイがコップを片手に首を傾げていた。



「お前、あんなんの後にまだ飲むのか」

「儂は一口も飲んどらんしの。それに……」



ぐいっと酒を一気にあおると深々と息をついて続けた。



「これで、桜も見納めじゃからの」



そう言いながら、空になったコップに酒を注ぐ。



(見納め?

 ……ああ、そうか)



これまでは、幸か不幸か村が軽い鎖国状態にあったからこそ吸血鬼がここにいるなんて情報は広がらなかった。


しかし、今は桜と一緒に地面も生気を取り戻している。


いずれ交流が再発し、村々と交易し、情報を交換するようになるだろう。


……そうすれば、また狙われる。イサンが、危険になる。



「もう、ここにはいられないか」



本当にこいつは。


何処までアホなんだろう。



「……イサンはどうする?」



流石にあのままにしておいてはまずいだろう。



「二人で、どこか人里離れた場所に行くしかないだろうの。そういうのもいいかも知れぬ」



少し寂しそうにレイはそう言った。それを見て自然に。



「…なら、一緒に行くか?」



そう、ハルユキの口から言葉が出た。


少しだけレイは驚いた後、笑った。



「それも、いいかもしれんの……」



結局、ハルユキも対面に座り酒に手を伸ばした。



「飲みなおしやなー」



ジェミニがハルユキの斜め前、つまりレイの横に座る。



「私は、ジュースか…」



ちょぼちょぼとジュースをコップに注ぎながら、ユキネがハルユキに席をつめさせながら横に。



「……私も」



ユキネとは逆側の隣に人知れず座り、ジュースをコップに注ぐ。


それを見て呆れたように笑った後、レイは席を立った。



「食い物でも持ってくるかの」



息苦しくなったのか、結んだ髪を解き艶やかな黒髪を靡かせながら家へと向かう。


ハルユキはレイが家に歩いていく途中で、視界の中にもう一人誰かいる事に気付いた。



(………イサン?)



扉の所にイサンが立っていた。


その顔は驚きに染まっているように見える。


レイもそれを見つけたのか少しだけ歩を止めてまた歩き出した。



「────────………?」



イサンの口が小さく動いた。


声は流石に聞こえない。


だが確かに。



レイ、と。










瞬間、レイの近くの地面が爆ぜた。




────■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!!




音が爆発する。


空気が震え、世界が怯える。


それはゆっくりと月を見つめ、少しだけ動きを止めた後もう一度、月に向かって吼えた。







連続する轟音に3人とも遅れながらも振り向く。


しかし、ほとんど足元での地面の炸裂に、レイは地面に叩きつけられ動かない。


そしてその近くに、いる。




何か?



何か、としか言いようがない。


何しろ、人ではない、神ではない、恐らく生き物ですらない。


そんなものをどう形容しろというのか。


ただ異形。


肌は黒く変色し、髪は白く色が落ち、腰の辺りまで伸びている。


上半身は筋肉が盛り上がり、服の切れ端が腰にまとわりついている。



"それ"が、もう瞳も何もかも赤く染まってしまった目を動かした。


足元で動かないレイに向かって。


右腕を振り上げる。


そこで漸くハルユキが反応した。


しかし、間に合わない。もうあれは腕を振り下ろすだけだ。


それでも、空気を跳ね除けて走る。




桜の丘に、鮮血が舞った。







◆ ◆ ◆







頭が痛い。


ベッドに前のめりに倒れて寝ていて、起きた瞬間に感じたのは頭の痛みだった。


ベッドと頬が水気を帯びている。


ひょっとして私は泣いていたのだろうか。


そもそも、私はここで何をしていたのだったか。


いつ自分のベッドに寝ていたのかも思い出せない。


ずきずきと痛みを訴えてくる頭を押さえながら、水の一杯でも飲もうと思い起こす。


半開きになった寝室の扉をくぐり、廊下へと出る。




年季の入った木の廊下。


染みの一つ、穴の一つに思い出がある。


はず、なのに。


なんだろう。いつ出来たのか。いつから有ったのか分からない染みや傷がたくさんあった。


これは、母と背比べをした落書き。これは料理をひっくり返したときの染み。


これは……。それも、あれも。


やっぱり、分からない。


かわりに、頭が痛んだ。脳裏に見覚えがないシルエットが浮かび上がっては消える。




染みをたどっていると、いつの間にかキッチンに着いていた。


コップを手に桶から水を汲もうとすると、ふと机に置いてある鍋が目に入った。


なんとなく、近づいて蓋を開けてみる。


中に入っているのは見覚えがあるスープ。


腐ってはいないみたいだ。


無性に気になり、スプーンを持ってきてスープを掬い口に運んだ。




ああ、これは、やっぱりそうだ。


私が母から教わった、我が家直伝のスープ。


……でも、誰が作ったんだろう?


私ではない。


父と母はずっと前に死んでしまった。


兄は出て行ってしまってここにはいない。


このスープを作れるのは私の家族だけのはずだから、それ以外の選択肢はない。




ズキッと頭が痛んだ。


なんだろう、さっきよりずっと頭が痛い。


中で何かが暴れているようだ。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


堪らなく、痛い。


痛みに顔を歪めながら、外の風に当たろうと扉に手を掛ける。




はて?


どうして私の手はこんなにしわがれているのだろう。


そんな疑問を頭にひっかけながら扉を押し開いた。


目に入ってきたのは、花びらを散らす桜と……。




人形のような。


艶やかな黒髪を風に躍らせる少女。


────フラッシュバックする。




脳の中が瞬時に沸騰したかのように頭が覚醒した。




ごちゃごちゃだ。


生まれてきてから、今までの記憶がめちゃくちゃに混在している様な感覚。


まだ記憶の整理がつかない。


意識すら保てそうにない。



「────レイ……?」



だから、自分が発した言葉の意味も分からなかった。


ただ、いつの間にか頭の痛みはなりを潜めていた。


記憶がどんどん整っていく。


が、時間はそれを待ってはくれなかった。




ゴッと目の前の少女がこちらに向かって吹き飛んだ。


そして、地面から出てきた何かが殺意を宿した右腕を振り上げている。



脳ではなく、脊髄でもなく、おそらくどんな細胞でもなく。


心が、誰よりも早く私の身体を動かした。






◆ ◆ ◆





「うっ……」



何か温かい物が頬に当たる感触で意識が戻った。


ぼやけた視界がだんだんとクリアになっていく。


頭に一瞬痛みが走る。


どうやら眠っていたのではなく、気絶していたらしい。



ポタ、と


また今度は首の辺りに雫が落ちる。


そしてやっと、自分が誰かに覆いかぶさられていることに気付いた。



「……イサン?」



やっと目が合ったのが嬉しいのか、イサンはイサンらしい明るい笑顔を見せた。



「……え?」



その笑顔に驚いた。それも確かにあるが、もっと驚いたのはイサンの唇の端から顎に向かって伸びる血の一筋。



意味が分からない。



「…レイ、ごめんね」



何を言いたいのか理解できずに、反応もまたできない。


それを見てイサンは少しだけ声を出して笑った。



「レ、イ……」



精一杯色んな物を込めて誰かの名前を呟き、イサンの体から力が抜けた。


ズボッと、イサンの胸から"腕"が引き抜かれた。


意味ガ、分カラナイ。


力なく胸の上にイサンが崩れ落ちる。


顔は優しく笑ったまま、冷たくなっていく。



「ごめんね……」



息も絶え絶えに、何かを伝えたいのかまた同じ言葉を続ける。


上に乗った体から絶えず生暖かいものが流れてくる。


その感触は、きっと何より怖いもの。


命が、死んでいく感触。



「……何で、」



思わず呟いた。


また、助けるために。


こんな吸血鬼を。


どうして。


何で。


イサンが。


イサンが。



「どうし、て……!」











────■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!








隣で喚く殺意も気に留めずに、視線は遠く。


何も、捉えてはいない。






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