神以上、人以下
「別に行っても良いのだぞ? ここは儂だけでも構わん」
階段を登りきった途端、レイと呼ばれている吸血鬼がそう言った。
吸血鬼というからにはもっと凶暴で凶悪なものを想像していたが、どうもこの人(?)にはそれらの形容がしっくりこなかった。
今も、額に汗を浮かび上がらせて作業をしているくせにそんなことを言ったのだ。
「大丈夫だ。なんたってハルが大丈夫だと言ったんだからな」
私がそう言うと、レイは私の顔を妙な顔で見つめた後、苦笑い顔で溜め息をついた。
「それが、心配していない奴の顔か…?」
……別に、心配していないとは言っていないのだが。
でも、もし心配しているのかと聞かれたら、私はおそらく意地を張って、していないと答えそうだったので口を噤む。
「こんなに想われて、あいつも幸せ者じゃのう」
一般的に吸血鬼らしい意地悪い顔に一瞬で成り代わった。
「お、想うとか。別にそんなんじゃ…」
「おーおー。初心いのう。自覚なしか。そんなことじゃ、横からとられるぞ?」
「そっ……!」
そんなことはない。と叫ぼうとして、何の根拠もないことも、何でそんな事を言いたかったのかも分からなかったので途中で止めた。
「……アホじゃのう」
「アホじゃない」
「そちらの自覚もないから、アホだというのじゃ」
のらりくらりと老獪な印象を受ける話し方だ。
柳に風。
と、いった感じで押しても押しても手ごたえがない。
舌戦では勝ち目が薄いことは流石に気付いたので、唸りながらも口を閉じた。
祭壇のしたでは絶えず轟音が聞こえてくる。
一際大きい爆音が聞こえてきて、レイが魔力点に向き直った。
「しゃべりすぎたの。これから少し集中するぞ」
そう言って、既に広がった赤い魔法陣の中に存在する六角形のそれぞれの頂点に血の玉が出現しそこを中心に更に魔法陣が展開する。
「儂は完全に無防備になるからの。あの自称神を小僧に預けたというのなら、儂の背中はお主等に預ける。頼むぞ」
そう言うと、こちらが何か言う前に目を閉じ、手を合わせて詠唱を始めた。
もう何を言っても聞こえないだろうと想ったので、手に持った剣をきつく握り締めなおして、無言で頷いた。
手持ち無沙汰でジェミニとフェンの様子を見やると、ジェミニが唖然といった顔で、下で繰り広げられる戦いを見ていた。
「ユキネちゃん、フェンちゃん。いつもハルユキはあんな感じなんか…?」
心なしかその声は擦れている。
「そう言えば、ハルユキが戦っている所は私も見たことない…な……」
強いということはフェンから聞いていたし、ドラゴンを倒したということで分かっていた。
しかし実際に見たことは無かったのだ。
戦いに何気なく目をやって、自然と言葉が封じられた。
戦いの、次元が違った。
おびただしい物量の、それこそ地形を変えて攻撃を行う男に対して、ハルは、ほぼ身一つ。
宙にいるハルが消えたかと思うと、空気の炸裂音が響き、次の瞬間にはそこに上下から大質量の土が柱となって空間ごと噛み砕いていく。
もはや、地上はほとんど原形を残していない。
「ハルユキは……いつもあんな感じ」
ジェミニとは逆のほうから溜め息混じりの声が聞こえた。
「……めちゃくちゃ」
確かにその通りだ。
あれで、魔法を使っていないというのだから尚更異常だといえる。
ハルが地面ごと敵を吹き飛ばし、一気に接近した。
しかし、ハルは男に吹き飛ばされて、物凄い勢いで階段に激突してしまった。
「ハル!!」
思わず声がでた。
それでも、ハルは直ぐに立ち上がる。
その顔に不安の色もなく、諦めの色もなく。
なぜ声なんか上げたのか、と考えてしまうぐらいにいつも通りの背中だった。
◆ ◆ ◆
自然と唇がつりあがる。
「……気でも、触れましたか?」
この状況で笑う俺は確かに気が触れているように見えるかもしれないな、とゆっくり思考が巡る。
「確かに人間は弱いよなあ」
「………そうですとも」
「身体能力で言えば、そこらの虫にも劣るんだ。人間は人間にしか勝てない」
「分かっているならそこをどきなさい。そろそろ殺しますよ?」
人間は弱い。確かにその通り。
そのままなら。
────でも多分、俺は神には勝てるが、人間にはきっと勝てない。
「けどな、人間は弱いから戦い方を練り上げ、牙も爪もないから道具を、武器を作ったんだよ」
もっと人間だけの物はある。
けどこの男を打倒するのは、温かい物ではなく冷たい無機質であるべきだと思う。
武器。
そう言えば俺の脳裏に浮かぶのは一つ。
使わない。
理由はただ使いたくないだけだ。
しかし、俺にそれ以上の理由は必要ない。だから、使わない。頼らない。縋らない。
たとえ、それが本当の神を死に至らせることが可能な物だとしても。
「やがて、創意工夫と道具だけで天災も防げるようになった。そして、人間は世界の頂点にさえ立てた」
「何が、言いたいんですか?」
果たして人間にとって今現在、神は手の届かない場所にいるのだろうか。
──否だ。残念ながら。
この男が神だろうが、人間だろうが。
打倒出来ない訳がない。
「お前も、倒せるってことだよ」
(おいおい、……お前は人間を語れるほど人間じゃねぇんだぜ?)
俺の中の住人の言葉を黙殺する。
そんなことは分かってる。でもまだ人間のところも確かに残っている。
体温も仲間も友達も。俺にはまだ残っている。
人間を諦めるのはまだ早かった。
それを証明しよう。人間のままこいつを倒して。
言い終わった後に、黙って男の肩を指差す。
肩に乗っているのは一枚の花びら。
俺の指差す先を見やって、花びらが肩に乗っているのに気付くと、男はそれを手でうっとおしそうに払った。
「…これがなんだというのです。ただの桜の花びらでしょう」
確かにただの花びら、だが俺が吹き飛ばされ際になんとかつけたそれは、確かに壁を越えて自称神に届いた。
「論より証拠。見せてやるから、黙って俺に倒されろ」
言うが早いか、男が何か行動を起こすよりも先に大量のワイヤーを生成した。
その数およそ500。
次々に男に襲い掛からせる。
同時に俺の周りの地面が蠢きだした。
残像を残しながら高速で移動しながらワイヤーを操り、武器と為す。
短絡的では通用しない。
所々にナノマシンを潜らせ、関節に変え四方八方から男に襲い掛かる。
「ちッ…!!」
余裕綽々の態度が崩れ、男が防御体勢に移る。
土の壁を周りに張り巡らせて。
ワイヤーはその壁に当たった途端、絡めとられる。
目に見える限りの、全てのワイヤーの動きが止まると、土が崩れ男の姿が中から現れる。
額に少し汗をかきながらも、取り戻した余裕の顔ですました声を出した。
「何も変わっていないようですが?」
「────足が、止まってるぞ?」
ピクッと取り繕った笑顔が引き攣った。
「お陰で、予測が確証に変わったよ」
「…………不届きなその口を、閉じなさい…」
踏み出した男の足にワイヤーが絡まった。
ガクン、と男の動きが止まり、前につんのめった。
足元には、土から出てきた幾本かの鋼の綱。
「一つ。その障壁は全自動じゃない」
「こんなっ、物…!!」
ぶちぶちと力任せにワイヤーを引きちぎる。
その隙に、力から逃れている土に絡まったワイヤーが再び男に接近する。
土を隆起させている時間はないと判断したのか、男は咄嗟に障壁を張る。
「二つ。その障壁は全方向に同時に展開できない」
前面のワイヤーだけは弾き飛ばすが、それ以外からのワイヤーに体を絡めとられる。
「だから何だ…! こんなもので私は倒せん! 神には届かない!!」
「はいはい。神ね。そろそろイタイ事言うのはやめとけ。
…そうだな。お前の言葉を借りるなら、その身に刻んでやる、かな?」
視界まで奪ってしまった絡み合ったワイヤーを引き千切りながら、自棄になったかのように叫び散らす。
視界を塞いだ状態から、肩関節と頚椎を撃ち抜いて動きを止める。
貫通はしないものの、直撃すればダメージはあるようで直撃地点から血が滲み出した。
「三つ。」
暴れている男の視界を掻い潜り、男に接近して拳を握る。
左手を翳し、右拳を腰に。
先程の銃創が既に塞がり始めていることから、回復力も人外だと考えたほうがいいだろう。
「同質の魔力を持った攻撃にそれは意味を成さない」
だから、一撃。
一撃で、意識を、命を奪う攻撃が必要になる。
更に拳を握りこむ。その中には先程男が掃った桜の花びら。
攻撃の前段階として、拳以外の筋肉を一瞬だけ完全に弛緩させる。
崩れ落ちそうになるその力を利用して、刹那の間に一気に全身の力を爆発させ、膨大なエネルギーを体内に生み出した。
そして今度は剛体術の要領で関節ごと体中を固め、更にまた力を留めて体内に溜め込んでいく。
俺の身体の中で、加速、急止を繰り返した力を全て拳に乗せる。
技として完成させるために、ここまでの工程を約ゼロコンマ一秒で完遂させる。
────"荒羽根"
今にも爆発しそうな拳を男に向けて振り抜いた。
男は当然、障壁を張る。
しかし、俺の拳はそんなものに意も介さず、男へと届き。
「妄想と現実の区別ぐらいつけろ糞ガキが。神だなんて騙ってんじゃねぇ」
粉砕した。




