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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
48/281

神に堕ちる

数秒後、井戸の底とは思えない、乾いた地面の上に着地した。


滞空時間から考えると、普通の井戸のそこよりもかなり深いようだ。


恐らくもともと井戸として使うために作られたものではないのだろう。


井戸の底は少し広がっていて、奥に階段が続いている。


明らかに自然の物ではなく、おそらく誰かが人工的に作ったものだ。


とりあえず、状況把握したところで、上の奴らに下りて来いと声を張り上げた。


すると、レイが真っ先に俺と同じように飛び降りてきて、それに続いて、他の3人が風の魔法で空気抵抗を増幅させがらややゆっくりと下りてきた。



「よし、さっさと行くぞ!」



待ちきれないとばかりに、先陣を切ってレイが突き進んでいった。


目に見えてみちていた光が弱っていく。


確かに、ゆっくりしている時間はなさそうだった。


とにかく、レイに続いて小走りでほんの少しだけ進むと、また井戸の底にはそぐわないな物が俺達の進行方向に現れた。



「扉・・・?」



誰の声かはわからない。


ひょっとすると俺の声だったかもしれないが、とにかく誰かがそうこぼした。


石造りの高さ2メートルほどの無骨な扉がそこにあった。


先程までの階段も相当なものだったが、これも完全に人の手が加わっているのは間違いない。


その扉が左右共に少しずつ開いていてそこから光を纏った魔力が漏れ出している。


ここからでも人の気配が中に存在しているのが分かる。


村の人間だろうか? 




・・・・・・いや。おそらく違う。


正確に言えば、村の人間かもしれないが、一般人ではないだろう。


そうでなければ、30年ここにいたレイも知らないこの場所を知っているのは不自然だ。


それが他の4人も分かったのか、緊張が生まれだしていた。


そのせいか、背中に冷や汗が落ちる。



「・・・・・・行くぞ」



嫌な予感が満ち満ちているが、ここでグダグダやっていてもしょうがないので一声だけ声をかけ、一気に扉を開け放った。


同時に、俺、レイ、ジェミニが前に飛び出て周りを警戒する。


目に飛び込んできたのは、またしても森の中の小さな井戸の底には相応しくはない光景。



「・・・祭、壇?」



祭壇というには些か大きすぎる気もしないが、ピラミッドのように階段状に延びている土台の先端に台が置かれている姿は祭壇だとしか言いようがない。


ドーム上に広がった空間の奥に壁を背にして建っていた。


その中心に魔力点があるのか、祭壇の上からほんの少し光が下ってきている。


祭壇から生まれ出ている魔力のほとんどは、魔力点に竜巻のように収束している。




そして、その傍に人影が一つ。



「遅かったですね、吸血鬼。それと、ああ、君達生きていたんですか」



俺達が来るのを待ち構えていたかのように落ち着いた声が響いた。



「村長さん・・・? どうしてこんな所に・・・」



見たところ、壮年の男のようだ。


ユキネが言ったことを加味すれば、村の村長なのだろう。


どう見ても、ただの人間。大して強くもなければ、脅威もさして感じない。


しかし、俺の中のどこかが必死に警報を鳴らしている。


再び冷や汗が俺の背中を伝っていく。



「・・・・・・そこで何をしている? 人間」



普段とはうって変わった、低い唸るような声でレイが男に殺気をぶつける。



「あなた達が想像している事で間違ってはいないと思いますよ」



唇の端を吊り上げて、もったいぶった話し方で話す男に嫌悪感を覚えた。


レイは軽く舌打ちしながらも、冷静に言葉を返す。



「なら今すぐ止めろ。今なら殺しはせん」

「生憎、他の所では漏れてくる魔力を拾うしかできないので、ここで搾り取るしかないんですよ」

「もう一度言う。・・・止めろ」

「・・・はっ」


鼻で笑ったような声に、レイが更にイラつきを露にしていく。



「この状況が、あなた達が私に何かを強要できるほど有利だとでも思っているのですか? ならそれは見当違いだ」

「・・・・・・もういい、やめる気がないなら、とめるまでじゃ」



そう言ってレイが一歩踏み出す。



「信心を持っていませんね。全く程度の低い生き物だ、吸血鬼というのは」



そう言って、右手を掲げた。



「・・・・・・なので、その身に教授して差し上げましょう」



手の上に魔力が凝縮されていっているのが見える。


いや、手、じゃない。あれは・・・・・・。



「・・・・・・本?」



黒い表紙、そしてそれが見えないぐらいに滅茶苦茶に鎖が絡みついている。



ゾクッと背中に悪寒が走った。



「────"その御身を掌の内に。司るは万能の"」



男が静かに呟いた。まるで、祝詞を紡ぐように穏やかに。


隣で驚きに息を飲む声が聞こえた。



「とめろ!!!」



続いて、普段聞いたことがないようなジェミニの切羽詰った声。


ジャラッ・・・と金属音が響く。



途端に、魔力の渦が掻き消えほんの一瞬だけ静寂が空間を支配した。




「────"降誕"」




反射的に銃を精製し、流れるようにそのまま人影に向けて撃ち放ち、それに追いつくような勢いで人影に迫る、が。



次の瞬間、魔力とも衝撃波ともつかない力の波が放射状に吹きぬけ、銃弾を弾き飛ばした。



明後日の方向に飛んでいく弾丸を横目に、魔力波に勢いを殺されながらも男に向かって突貫する。



「騒がしいですよ」



魔力波が一瞬で消えうせ、男がゆっくりとこちらを向いた。


その姿には異様な点が二つ。


一つは、先程まで50歳ほどの歳だったはずの男が若返っている。おそらく一番肉体的に優れていた年頃なのだろう。その身体にも瞳にも力が漲っている。



そして、もう一つ。


絶対的な力を持ったからか、優越感に歪んだその頬から首筋にかけて、薄らと、しかしそれでも存在を誇示せずにはいられないかのように。



"神"と。



なんとも傲慢な文字が刻まれていた。



それが目に入るだけで、その名に相応しいほどの力が伝わってくる。


人では有り得ない。


そういう類の力が確かに目の前に存在している。



「ッ…ぉおおおおおッ!!」



たまらず歯を食いしばり、大声で喝を入れ、その力の源になっているであろう右頬に向かって拳を叩き付けた。


しかし、拳の勢いは霧散し、悲しくも受け止められた、………否。



"届いてすらいない"。



「ぐッ・・・!?」



頬の直前に見えない壁ができているかのように拳がせき止められている。


バチッと何かが爆ぜる音がして、俺が与えたはずの運動エネルギーが、俺の腕に襲い掛かってきた。


一瞬で視界が乱れ、祭壇の頂点から垂直に空中へと投げ出された。


岩壁に背中から激突しそうになるのを、何とか身体を捻り、足で壁を受け止める。


ピシッと壁にひびが入るほどの勢い。


ほんの少しだけ痺れる足で壁を蹴りつけ、仲間達の下に着地する。



「・・・・・・ジェミニ。あれは……!」



先程の口ぶりからジェミニは何かを知っているようにしか思えなかった。


ジェミニはほんの少しだけ躊躇うような沈黙を挟んで口を開いた。



「・・・・・・降誕したんや。ふざけたモンがあのオジンにな」

「降誕じゃと? 神でも呼び込んだのか? そんな馬鹿なことが……」



今にも飛び出しそうな自分を理性で抑えながら、レイも会話に加わる。


レイは半分冗談で言ったのだろうが、あの頬の文字が示すものに間違いがないのなら、あの男の身には冗談ではなく神が宿っているのではないだろうか。



「村で見た時と大分様子、というか性格が違わないか? あの村長…」

「あれは、良かれ悪かれ影響力が絶大やからな。まだ人間の形を保てとる時点で、良いほうやで…」



見た目は確かに人間だが、物理的に干渉できるほどの魔力を持ち、俺が触れることもできなかった力を持ち合わせている。


そして、纏う空気は明らかに人間のそれではない。



「けど」



一呼吸間をおいて、祭壇の上でじっとこちらを観察している男を警戒しながら、ジェミニは続ける。



「けど、やっぱりまだ不完全なはずや。まだ文字が安定してへんし、それにあの降誕聖典は写本や。完全に降りてきているとは考えられん」



写本とは先程の黒い鎖に絡まった本のことで間違いないだろう。


あれを使ってああなったということか。



しかし、未完成というのもまた頷ける。


強大ではあるものの、万能感というのはあまり感じない。



不完全な完全。



そう言えばうまく伝わるだろうか。



「だからまだ少しずつ魔力を吸収し続けてる。あれは写本やから、あれ以上強大になることもないやろ。それに誰にでも定着するもんやない。

レイちゃんが魔力の元を封印できれば・・・・・・、いやそれよりも、あっちに戦いの意思がないなら逃げたほうが・・・」

「却下じゃ」

「ふざけろ」

「・・・・・・そう言うやろうとは思っとたけどな」



ジェミニは溜息を一つついて、続ける。



「じゃあ、やっぱり魔力を封印したほうがええな。レイちゃん、できるか?」

「無論じゃな。・・・と言いたい所じゃが、少し時間がかかるじゃろうな。

 他の魔力点と違って、ここは規模が大きいようじゃ」



あれ? ってことは・・・


「まぁた時間稼ぎかよ・・・・・・」


嫌だが、役割的にそうするしかないだろう。


しかし俺こんなんばっかだよ・・・。


囮やら、足止めやら。




…まぁ、いいか。


むしろ、ちょうどいい。



「神様なんてのにもし会えたら、絶対殴り飛ばすって決めてたしなぁ」



ズッと背中に何か圧し掛かったんじゃないかというほどの圧力が全員の体を襲った。


遅れて、男がこちらに意識を移したのだと悟る。


そして前から、カツン、カツンと規則正しく階段の石を踏む音が聞こえてきた。








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