繋いで、切れて、また繋いで
今私達は、森の中を歩いている。
村長であるマクスに話を聞いた後ですぐに出かけたという形で。
森の中に、凶悪な吸血鬼が巣食っていると聞いた。
毎夜、村人を襲い血を集めているそうだ。
この辺りの自然が死んだのも吸血鬼の仕業と言うことらしい。
一日経ってから出かけようと思っていたのだが、いつまた吸血鬼が現れるかもわからないと、村人達に泣きつかれてここにいるというわけだ。
「では、私はここまでです。・・・・・・情けないですが、あなた達だけが頼りです。よろしく、お願いします」
案内役の男は膝に頭が付きそうなほど深々と頭を下げた。
その顔は疲れに疲れている。
「私はここで待っております。朝方までには一度お戻りください」
「帰り道はもう覚えたから帰っとってもええで」
それを聞いて、少し逡巡したもののもう一度深々と頭を下げると悔しそうな顔で去って行った。
ここまで来るだけでも必死に勇気を出して、恐怖を我慢していたことは見ていればわかった。
つい、甘えてしまうのも不思議ではないだろう。
人間だもの。
「これ、多分帰ってくるのは明け方やなあ」
ジェミニが月の傾き具合を見ながらこぼした。
「しょうがないだろ。無視するわけにもいかないし」
そう言うと意外なことを聞いてしまったかのような声でジェミニが言った。
「あれ、てっきりハルユキを探しに行く口実かと思ってたんやけど」
・・・・・・まあ、確かにそれがあることも否定はしないが。
「あくまで、人助け、だ」
村の人達は子供まで皆やせ細り、目に光が感じられなかった。
あれを無視できるほど、私は人間的に完成していない。
「まぁ、たまには正義の味方ごっこもいいじゃないか」
そう、これは"ごっこ"だ。
やりたいからやる。そんなものに正義が宿るはずもない。
命が宿っていない木々の枝の間を経て、月が私たちを睥睨している。
ぶるっと悪寒が走った。
「・・・・・・吸血鬼、強いの?」
「そうだな。つい忘れていたが、そもそも私達で勝てるのか?」
「まあ、無理やったら逃げればいいやん」
しばらく歩いていると、だんだんと枯れ木の間から空間が広がってきていた。
どうやらそろそろ開けた場所にでるようだ。
各々武器を取り出しながら、ゆっくりと進んでいく。
やがて、開けた場所に出た。
木の陰に姿を隠しながら、様子を伺う。
中心に一本屹立する木の根元に、家が一軒。明かりが付いているので、中に何かいることは間違いないだろう。
他に何かないか視線を巡らせると、木の下で何かが動いているのを見つけた。
「ハル・・・?」
最初に見えたのはハルがポケットに手を突っ込んでふてぶてしく歩く姿。
そこまではいつも通りだった。
しかし次の瞬間、何者かがハルの背中に飛びつき歯を食い込ませた。
信じられないものを見て固まったのも僅か数瞬。
金縛りから解けると、考える前に飛び出していた。
「ハルから離れろ!」
ある程度接近すると、剣の先をハルの首筋に歯を立てる吸血鬼に向けて、そう言い放った。
◆ ◆ ◆
小生意気な人間に、吸血鬼の恐ろしさを教授していると、妙な闖入者が現れた。
「なんじゃ、お前は?」
腰ほどまであるであろう金色の髪に、赤色の眼。手にはその細腕に似つかわしくない大剣が握られている。
白を基調としたドレスローブに実を包み、その立ち振る舞いは高貴さがにじみ出ている、気が、しないでもない。
気を抜いた隙に、首に噛み付いていた男の手に捕まり、下ろされた。
「ああ、俺の連れだ」
女にした質問に男が答えた。
その声に驚いたのは、女の方。
どうやら、襲っていた後に普通に対応しあっているのについていけないのだろう。
その間に、さらに二人森から出てきた。
一人は茶髪の男。
もう一人は薄い青い髪の小娘。
男は焦った声で、未だ状況についてきていない女に口を開いた。
「ユキネちゃん! あれや、噛み付かれたせいで操られとるんや。きっと・・・!」
「はいそこ。遊ぶな」
しかし、女に見せないようにしている顔からは完全にからかって遊んでいるのは丸わかりで、横から小僧がツッコミを入れるが、女には届かなかったようだ。
「な、なんだと!?」
それから、ますます勘違いをエスカレートさせていく二人を遠い目で見つめながら小僧は儂に言った。
「な? アホだろ? ・・・・・・ホンットにアホなんだ」
そのくせ、どこか楽しそうに見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。
「まあ、落ち着け。俺は操られているわけじゃないし、決して珍妙な味わいが病みつきになる高級食材でもないぞ」
いつの間にかよく分からないところまで発展を遂げていた勘違いを、小僧が収めるために近づいていく。
誤解を解こうとあれこれやっているのを見て、悪戯心がむくむくと顔を擡げて、つい、口が動いた。
「そうじゃ。あれはただお互いの愛を確かめ合っておっただけじゃしのう」
びくん、と4人の肩が仲良く揺れた。
ギ、ギ、ギと音がしそうな動きで小僧がこちらを振り返った。
「この小むす「照れんでよいわ」・・・」
「だからぁ、「照れるな」」
小僧の言葉を次々と言葉の弾で打ち落とす。
笑いを堪えるために頬がぴくぴくと痙攣しているのが自分でもわかる。
「・・・・・・ベッドの上であんなに激しくツッコんでくれたではないか」
「はァ!!!?」
やがて、小僧を除く三人がプルプルと震え始めた。
「ツッコんだじゃろ?」
「いやツッコんだけど、それは・・・」
ジャキッ・・・
という、後ろから首筋に剣が添えられた音で、またしても小僧の言葉は遮られた。
「・・・・何をどう突っ込んだんだ? なあ、ハル?」
殺気だった雰囲気で、娘が怖いくらいに優しい声で尋ねた。
「いや、だから・・・」
振り向こうとした小僧の頬を、今度は剣と同じく添えられていた氷の槍が軽く刺し、抵抗も言い訳も無駄だと主張していた。
ここから見てもわかる程の冷や汗をダラダラと垂らしながら首をゆっくりとこちらに戻し、ダッシュで逃げ、出そうとした。
しかし、目にも留まらぬ速さでガッと三本の腕で襟首をつかまれて、最後の選択肢を奪われた。
「・・・ハルユキ。今度はワイも混ぜてな?」
ガスッ!!
実は味方だったらしい男も残った二人に一瞬で吹き飛ばされ動かなくなった。
残った小僧と娘二人は引き摺り引き摺られて、森に入っていく。
ぎゃあああ、と森から悲鳴が聞こえてきた。
それを聞いてククッと笑いが漏れた。
笑いが止まらず、どんどん苦しくなってきた。
「結局、全員アホじゃなぁ」
こんなに笑ったのは、本当に久方ぶりだった。
「・・・なにやら賑やかだと思ったら、皆さん楽しそうですね」
横から聞きなれた声が聞こえた。
30年間、毎日毎日同じようなことしか話してこなかった儂達にはこんな会話が新鮮だった。
「・・・・・・そうじゃな」
目線を逃げ回る小僧達に向けたまま答えると、イサンが言った。
「そうやって笑っていた方がいいですよ。お人形さんみたいでとっても綺麗」
・・・・・・なんとなく、本当になんとなく唐突に聞こえたその声が30年間儂を苛めてきた声ではなく、あの一年間の声じゃないか、とそう思って振り向いた。
しかし、そこにあったのは"いつも通り"の酷薄な笑顔。
我ながら女々しいとは思う。
こんなことをしても辛いだけだが、一度知ってしまった。
「儂の名前はレイじゃ。お主は?」
「イサンといいます。よろしく、お人形さん」
だから、今日も儂は繋がりを作る。例え、一日も繋がっていられない弱々しいものだとしても。
・・・全く、いつからこんなに弱く、人間臭く、
「アホになったのかのう・・・」
自分に呆れながらも出てくるのは、笑顔だった。