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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
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略奪

「じゃあの」


「またね、ですよ」



ほんの少しだけ路銀を貰い小さな手荷物だけ持って、扉の前で小さく別れを交わした。


着ているのは昨日もらった着物。



目立つかもしれないが、そもそも人が多い所に行くつもりはない。




「ハンカチ持った? お金は? お弁当は?」


「・・・・・・お母さんか? お前は」


「いえいえ、ポジション的には私はお姉ちゃんですよ」


「ペットじゃないか?」




最後まで憎まれ口。


だがまあ、イサンは楽しそうなのでよしとしよう。




後ろ手に手を振って、扉から離れていく。



しばらくしても、後ろではまだ手を振っている気配が伝わってくる。




森との間で一度だけ振り返った。



ぶんぶんと更に激しく手を振り回しているイサンに苦笑し、少しだけ胸の前で手を振り返し森に足を踏み入れた。







◆ ◆ ◆






とりあえず森を抜けてから。


そう思っていたのがまずかった。




「迷う、とはのう・・・・・・」




一年居たぐらいで全容を把握できる程この森は狭くない。


それに一度も村に行ったこともないし、そもそも近くの森にしか入ったことがないのだ。


それ以外の森は秘境に変わりないのだ。




「まあ、急ぐこともないのじゃがな・・・」




この人外の身体にどれぐらいの時間が用意されているかは知らないが、まだ体の何処にもがたはきていない。


これから先の退屈を考えれば、この桜を長く眺められるのは得かもしれない。




頭上で咲き誇る桜を見上げる。



そして、違和感を感じた。




淡い。




いつもは仄かにながらも、足元を照らすほどに光を発しているはずだ。



満月の翌日、次点ながらも吸収できる魔力は多い。


しかし今は、明らかに弱い上に遅い周期で明滅している。


まるで、苦しんでいるかのように。




(なんだ・・・・・・?)




しばらく呆気に取られながらも思考に耽っているとあることに気が付いた。


明滅しているわけではない。


失光の波が伝わってきているのだ。


ある地点から広がるように、花びらを伝って。




嫌な予感が、背中を撫でた。




知らずに走り出していた。


波の中心に向かって。








苦しみもがく桜の木達を横目にその横を走り抜ける。


波の周期が大分短くなって来た時、不意に波が収まった。



立ち止まって周りを見渡す。



桜達は疲れきったように、光などほとんど残っていない花びらを力なく散らせている。


一年間共にしてきた木達の苦悶の表情に、思わず立ち止まってしまった足を再び動かす。


嫌な予感が背中を突き刺すように急かしてきていたからだ。



走って、走って、走った。




「ここ、か・・・!」




弾む息を整えながら、終着の場を睨みつける。


辿りついたのは、いつか足を踏み入れた洞窟だった。


中にも、何も明かりはない。




まず、おかしい。




ここには、迸る程の光の魔力が存在している。


こんなに暗闇が支配しているはずがないのだ。




警戒しながら、洞窟の中に歩を進める。


警戒した割には、何事もないまま光の元がある、いやあったはずの場所に足を踏み入れた。




「なん、じゃ・・・・・・これは・・・!」




荒らされているなんてものではない。


何も、なかった。


魔力を吸収して光を放つ石もなくなり、それどころか壁すらも削りとられ、搾取されていた。


魔力を放っていた床の穴も無理やりに広げられ、漏れてくる魔力は弱々しい。


そのそばに忘れられたのであろうツルハシが、無造作に置かれていた。




「人間・・・か・・・・・・!!」




いや待て、おかしい。


なぜこんな所に人間が来る?


イサンの話によると、この辺りは森の最深部であり、人が来ることなど滅多にない。


ここから魔力が漏れているのを知っているのは儂と、イサ・・・ン、だけ・・・。




────気付いた瞬間、不吉ではらわたが裏返った気がした。




全力で洞窟を飛び出る。


儂は、争いの元になるかもしれないとイサンに洞窟のことを秘密にするように言った。


それなのに、この場所がばれたという事は・・・・・!




走っていたときのことはあまり覚えてはいない。


ただ、見当違いであってくれと、願っていたことしか。




気が付けば扉の前にいた。




家には明かりが付いておらず、不気味なほどに音がない。


ギィと軽くドアを開けて廊下が目の前に広がった。




まず、目に入ったのはイサンが作っていたはずの着物。




びりびりに引き裂かれていて、柄を覚えてなければそれが服であったかなどわからないだろう。




幽鬼のようにふらふらと足を進める。


食卓がある居間に足を踏み入れた。


机がひっくり返され、横倒しになった椅子の足は折れているものもある。


部屋は割れた花瓶の破片や、叩き割られた壁の木屑、破かれた服の切れ端が散らばっている。




しかしそんなものは目に入らない。


この部屋にはイサンはいない。


それだけ確認すると、最後に寝室に向かう。


小さい家だ。直ぐに扉の前に辿り着いた。




間を空けずに扉を開けた。



そこにあったのは、まず部屋の真ん中に不自然に置かれた椅子。その下にはロープが散らばっている。


そして、イサンが寝ていたベッド。


そして、その向こう側から、裸の足が見えていた。




「イサ・・・・・・ン・・・?」




声をかけるが反応はない。


きっとイサンではないのだ。そう自分をだましながらベッドの向こうが見えるように近づいた。




イサンではない。


いや、イサンとは思えない姿がそこに転がっていた。


乱れた衣服から覗く体と手足には、きつく縛られたのであろう、ロープの跡が赤く腫れ上がっている。


いや、体中に殴られた跡があり、所々に血がにじんでいた。


その目は開かれて入るものの何処も見ていない。


あれほど眩しかったイサンの目の輝きは存在しない。




「あ、ああ・・・」




更に近寄るがイサンは身動きもしない。


どんどん心が現実に追いついてくる。




「イサン・・・!」




反応しない。・・・・・・まるで、人形のように。




「っぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」




心が現実に追いついたとき、




絶望が目の前に広がっていた。





◆ ◆ ◆





「イサンは縛り付けられ、暴行され、犯されて。さらに強力な自白剤も使われておった」


苦々しい顔で続ける。その顔にはまだ憎悪が残っている。



「イサンが目覚めまで、治療して看病し続けた。

 一ヵ月後、目が覚めたらああなっていた。全て忘れて、何も記憶を残そうともしない。・・・・・・ただ薄ら寒い笑顔を顔に貼り付けた人形に。

 ついでにここら一帯、全ての魔力を人間達に搾取され尽くしていての。

 気付いたときにはもう、木は枯れて草木一本育たないような大地になっていた」


「思い出してくれる可能性があるから桜を咲かせる、と?」


「・・・そうじゃ」


「可能性はほとんどないって理解してるか?」


「・・・ああ」


「それで、三十年も?」


「そうじゃ」




当たり前のように言い放つレイにため息をつく。


全く。



「アホだろ、お前」


「・・・・・・わかっとるわっ」



顔を逸らしてほんの少し赤面する。



「まあ、アホは俺の周りに結構いるからな。慣れてるっていえば、慣れてるんだが」


「・・・・・・ふん」


「まあ、とりあえず俺は血を提供すればいいんだろ」



俺がそう言うと、レイは俺の目を見据えてきた。



「・・・・・・先程はああ言ったが、断っても良いのだぞ?」



こちらを探っているかのようなわかりやすい仕草で言ってきた。



「・・・怖いのか?」



三十年を、無に帰してしまうかもしれない事が。


俺の言葉に肩をわずかに震わせる。



「それも、・・・それも確かに、ある」



恐らく、こいつは復讐とかもやっていないだろう。



「この森が死んだのは吸血鬼のせいだ、と村ではそう思われているはずじゃ。儂の手伝いをやるという事は悪の片棒を担ぐと思われるのじゃぞ。

 それに儂が本当のことを言っているとも限らんじゃろうが」



もし、もしイサンが元に戻った時、悲しむことがないように。


自分を殺せる奴なんだろう。



「俺がお前みたいな小娘に騙される訳ないだろうが」

「このアホめ!」

「そりゃ、お前だ」



散々言い合った後、お互いふぅとため息をついた。



「・・・・・もう疲れたわ」


「とりあえず明日からな・・・」



家の中に戻ろうと背中を向けると、後ろに何かが覆いかぶさってきて、



首筋に、歯を立てた。



「あだっ! 痛い痛い!! お前吸うなら痛くないように吸えや!!」



ちゃんと魔法を使えば痛みも傷もないだろうに、構わず全力で噛み付いてきている。



「うるさい! 死ね!!」



殺す気!!?


振り落とそうと暴れていると、





「ハルから離れろ!」





いきなり、森の方からそんな声が聞こえた。







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