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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
43/281

花見酒

ここに来て五日。



それだけの時間で人外である私の体からは傷が完全に消えた。



二日目で既に歩けるようには回復した。


その足で周辺を歩いてみて気付いたこと。




ここは、煌びやかで華やかで美しい。



森が開けた場所の枯れた大木の下にポツンと立っている一軒家。



筆を走らせるなら絵になるだろう、詩を歌うならさぞ様になるだろう。



・・・・・・しかし、人間が一人で暮らすには寂しすぎる場所だった。



どうしてこんな所で一人でいるのか。かなり最初のあたりでそう聞いたら当たり前のように




ここが私の家だからです。とそう言った。




・・・・・・儂が早々にここを立ち去らなかったのはなぜだったのだろう。



恩を感じたのだろうか。



共感をしたのだろうか。



寂しかったのだろうか。




今考えても。


よく、分からない。




ただ最初のあたりは、ここを離れることなど考えもしていなかったことは覚えている。








◆ ◆ ◆








「────借金?」




一心不乱に何かを縫っているイサンに向かって、驚きの声を上げる。


「そう・・・・・親が、肩代わりしちゃ、った借金が残って、るんです。・・・・・・できたぁ」



嬉しそうに出来上がった売り物の妙な服を広げてみせる。


もうかなりここにおるのに、まったく気付かんかった。




イサンも隠そうと思っていたわけではないようなので、日常会話のように暴露していた。




「よくもまあ、気付かんかったものじゃ。・・・アホじゃの」




その言葉にむっとしてこちらを睨んでくる。




「もう、"人間"だの、"アホ"だの、どうして名前で呼んでくれないんですか。名前も呼ばせてくれないし。・・・・・・このお人形さん!」


別に名前で呼ばないことに意味があった訳ではないが、なんとなく言われて直すのは癪だったので名前など一度も呼ばないまま、もう半年だ。


それにしても、なんとも可愛らしい悪口もあったものだ。しかも本気で言っているのだから、全く。




「アホじゃなあ」




儂の呟きは今度は届かず、イサンは次の布を引き寄せて針を通し始めた。




「それ一つでいくらじゃ?」


「銅貨十枚です」


「借金は?」


「・・・・・・・金貨、二十五枚」




はあ、とため息をつく。



人間が使う金の単位など忘れたが、とてもこのままでは返せそうにないことはなんとなくわかった。




「・・・・・・待っておれ」




そう言って椅子を立ち扉をくぐって、夜の森へと向かう。





今日は月が出ていた。


ここの桜は魔力で一年中咲き誇っている。


花びらは月からの魔力を受けて光っているものだから、家の周りより森の中に入った方が明るいほどだ。




しかし、これだけの広い森でこれだけ魔力を集め続ければ、どこかに必ず溜まっていく。




そこを先日、偶然見つけた。


ポツンと存在する洞窟の中、その奥に夜になると光がほとばしっている場所がある。


そこの周りに落ちている石を一つ拾う。


それも光の奔流を受けてか、うっすらと光っている。


同じようなものをあと二、三個懐に入れると、家に戻った。




「あ、お帰りなさい。あれ、なんですか? それ」




儂の胸を指してそう言った。


胸を見ると薄ぼんやりと光っている。


その光の元を取り出して、イサンの前のテーブルに置いた。




「ほれイサン、これでも売ってこい。結構な金になるじゃろ」




ゴトンと音が鳴り、部屋の中を少しだけ明るくした。


イサンの目は釘付けだ。




・・・・・・・儂の顔に。




「呼んだ・・・。イサンって、呼んだ!」



・・・・・・・・・・・・・・・しまった。



はしゃぐイサンの横で、自分の顔にほんの少し顔に血が上っていくのが分かった。




「レーイ! レイ? レイ!! ほらほら、私の名前は? なんですか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・うるさいぞイサン。アホめ・・・」




目を合わせないように廊下へのドアを熱心に見つめる。顔にあがっていく血は止まらない。


視界の外からバッと抱きつかれて押し倒された。




「レイ! ほら、もう私たちは家族ですよ?」


「・・・・・・訳が分からんわ」




いいんですわからなくても、と小さく言って、苦しくなるほどに抱きしめられた。



でもやっぱり、おもわず笑顔になってしまうくらいには温かかった。






◆ ◆ ◆






結果として、イサンの借金はそれから三ヶ月もしないうちになくなった。



あの魔石はかなり高純度のものだったらしく、それを近くのセシ村に持って行かせたら飛ぶように売れたらしい。



それをなんどか繰り返したら、直ぐに借金などなくなり、もうあの洞窟に足を踏み入れることもなくなった。








「お花見をします!」




借金もなくなり、必要な分だけ働いて気ままに生きていたある日。


イサンがそう提案した。




「花見?」


「花見です!」




むん、と胸の前で握りこぶしを作って力むイサンを見た後、窓の外に視線を移した。


相も変わらず桜は咲き誇っている。




「・・・・・・いいかもしれんの。たまには」




儂が素直にそう言ったのが珍しいのか、きょとんとした顔で顔を覗き込んでくる。




「なんじゃ? 気が変わったか?」


「う、ううん。 やる。やりますとも! 今夜やりますからね! お楽しみに!」


「あいよ」




そう言ってイサンは、ばたばたと準備に向かった。




ほんの少し開けた窓から、桜の花びらが机に落ちた。


花見ぐらい付き合うとも。



最後、くらいは。





◆ ◆ ◆





「かんぱーい!」



グラスを派手にかち合わせた後、一気にコップの中身をあおった。



儂はワイン。イサンは甘酒だ。




「わぁ、綺麗・・・」



今夜は満月。



桜の花びらはこれ以上ないほどに光をいっぱいに吸い込み、瞬きながら散っていく。






春は桜。夏は星。秋は月で、冬は雪。





それだけでも十分に酒は美味いとよく言われる。



それが、雪以外の三つもそろっていれば美味しくないわけがない。




しばらく、景色を褒めたり、酒を飲んだり、料理をつまんだり、イサンをいじめて遊んだり。




いつも通りのやり取りを、少しだけいつもより華やかな雰囲気で過ごす。








そして、宴もたけなわ。



そろそろ、だな。




「イサ・・・」「実は! ここでレイにお知らせがあります!」




儂の声を遮ってイサンが声を張り上げた。


目で私が先に、と訴えかけてくる。


黙って、イサンの言葉を待つことにした。


それを確認して、イサンが口を開く。




「実は今日でレイが家に来てちょうど一年になります」




ピシッと背筋を伸ばして高らかに告げる。




そうか。もう一年、か。


なら、もう・・・・・・やっぱり。





「そこでこれ。キモノー!!」





バッと、大事に持ってきていた箱の中からいつも縫っていた、変わった服を取り出した。


深い藍色の服に、更に深い蒼の帯。




「えへへ。他のよりも豪華なんですよ」


「・・・・・どの辺が?」


「・・・・・・気持ち、とか?」


「出直して来い」


「ひどい!?」




冗談じゃ。と言ってそれを手に取る。



服なんぞに興味もなかったが、この様な服は一年中イサンが織ったり、縫ったりしていたので着る方法ぐらいはだいたい分かる。



本当に正しいかどうかなんぞ分からなかったが、適当に長着を羽織り、帯をつける。





10分後、少なくとも見た目はおかしくないほどには仕上がった。


くるっと後ろも確認しながら一回転。


それを見ていたイサンが口をあけて呆けていた。




「どうした?」


「ううん。・・・本当にお人形さんみたいだなって」


「・・・・・・ふん」




目を逸らしたのはきっと恥ずかしかったから。





「すごく綺麗だよ。レイ」





嬉しかった。きっと顔は紅く染まっていただろう。





でも儂の目には、桜が舞い散る中それに囲まれて優しく笑っているイサンの方がずっと眩しかった。


いくら着飾ろうと吸血鬼は吸血鬼。殺人者に変わりはない。





だから、もうここには、居られない。




「イサン。儂は・・・「それはね、一年間一緒に居た証」




またしても無理矢理に言葉を遮られる。




しかし、言わなければ。




もう、さよならだと。





「そして、お別れの、餞別」





桜にも負けないほどの明るさを持った顔で、そう言った。




「え・・・・・・?」




自分でも間抜けだと思う声が出た。




「わかるよ、そんなの。だって、家族でしょ?」


「ずっと一緒になんて入られないよ。わかってる」




途切れ途切れに言葉を続ける。


儂の口の方は開きっぱなしなのに、肝心の言葉は出てくる気配もない。




「でもね、私たちは家族だから」


「忘れないで。私も忘れないから」


「あの家は私とレイの家。あの家があって、私がここに居るから」


「そしたら、あそこはレイの家のままだから」


「時々にくらいは、遊びに来で、ね」


─────離れてても、ずっと一緒だよ?


最後に、そう言うと眩しい笑顔のままイサンの目に涙が浮かび始めた。




「・・・・・・ああ」




やっと声が出た。今まで声が出なかったのは目頭がいやに熱いせいだろうか。




だから笑った。イサンのそれに負けないように。




それを見受けたかのように風が吹いて、髪を流していった。



それを手で押さえようとしていると、イサンがフフッと笑った。





「忘れようがないです。こんなに絵になってれば」


「絵に?」


「レイと桜。桜にこんなに囲まれていれば嫌でも思い出しちゃいますよ」




・・・・・・今度は頬が赤くならないように我慢する。


こんな小娘にそう何度も後れを取るわけには行かない。



だから言った。儂の後ろに回って髪を結い始めたイサンに向かって。



いつものように。



ひょっとしたら照れ隠しだっだかもしれないが。




「・・・アホめ」



空と大地では、星と桜がお互いの美しさを競い合っている。









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