目的ときっかけ
「一億才歳、らしいぞ。俺の歳」
「い、ち…億…」
レイは、愕然とした表情で俺を凝視している。
「部屋にずっと一人でな。まだ出てきて一ヶ月ほどだ」
「・・・・・・そこで一億も・・・?」
少しだけ間を置いてから、レイは真っ直ぐと俺を見つめなおして続けた。
「・・・・・・死のう、とは、思わなかったのか?」
死ぬ、か。
・・・それだけは、ありえないんだよ。死ぬのはあんなに独りで怖いのに。
「吸血鬼ってのも不死なのか?」
あえて、質問には答えずに逆に質問で返して話題を変える。
「・・・・・・ある程度成長すれば老いは止まるが、死なないということはない。まあ老衰で死ぬよりも先に何らかの理由で死んでいるだけかもしれぬが。
ちなみにわしでもまだ800歳ほどじゃな」
無理に変えた話題にレイは何も言わない。
「意外と歳食ってんだな」
「………………儂より、年上の人間なんぞ久しぶりに見たわ」
「だから言っただろ。"小娘"」
小娘。その言葉にピクンと反応して、呆れたように笑った。
「・・・・・・お前なんぞ"小僧"で充分じゃ」
「然様で」
「……少しばかり手伝ってほしいことができた。悪いが儂に少しお前の時間をくれ。
何、3日ほどじゃ。そうしたら村にも連れて行ってやる」
上目遣いとは程遠い挑戦的な目でこちらを見つめてくる。
「………断ったら?」
「3日分の血を一気に頂くことになるだろうの」
「………協力したら?」
「3日間毎日少しずつ血を頂くことになるじゃろうの」
オーケイ、治外法権だな理解した。人権がミジンコほども存在しない。
ま、別にいいんだけども。
「俺はよく食うぜ?」
「それは大変じゃの」
「自給自足なの…!?」
「冗談じゃ。まあ人並みには出してやる」
レイはニッと楽しそうに目を細めて笑った。その顔はとても云百年も生きた生き物とは思えない、見た目相応の可憐な少女のものだった。
◆ ◆ ◆
村人たちの包囲から解放された後、ユキネ達は村長だというマクスという男に連れられて、村で一番豪華な家だといわれるマクスの家に連れて来られていた。
「ここです。女性のお二人はこちらに、ジェミニ様は隣にもう一部屋用意してあります」
「・・・・・・いや、ワイも何卒、この部屋でお願いしますっ」
「・・・・・・・・・不潔」
「男子禁制だ!」
「だ、男子禁制? それほどそそられる単語が他にあろうか! いや! ない!!」
ガスッ! ドコッ!!
一瞬でボロ雑巾に変えられ、廊下に叩き出されたジェミニはすごすごと隣の客室へと入っていった。
「全く、ハルユキはまだ放浪してるし、うちは碌な奴がいないな…」
「…………ハルユキ、ここ、分かるかな?」
「外を回ってみるか。ハルユキを探しがてら」
「うん」
ユキネが外に出ると、ちょうどジェミニも部屋に荷物を置いて部屋を出てくる所だった。
「出たな。変態は変態らしく部屋の隅で大人しく体育座りでもしていろ!」
「………していろ」
「顔見た瞬間それなん!? ていうかそんな無害な奴が、変態なわけないやろ!?」
結局、三人でわいわいやりながら村へとくりだしていった。
「────吸血鬼?」
「そんな生き物が本当にいたのか?」
「らしいで。さっきの店でおばちゃんたちが噂してた。ホントかどうかは怪しいところやろうけどなー」
道を歩くたびに、村人たちがちらちらと隠れながら送ってくる視線を無視しながらぶらぶらと村中を回る。
もう日は傾き始めていて、あと一時間もすれば完全に日は沈むだろう。
「それが本当だとしたら、あの村長の相談事はそれ絡みかもしれないな」
「……十中八九」
結局ハルユキはまだ帰ってきていなかった。
ハルユキを探してぐるっと村をゆっくり一周してから宿へと戻る途中、大きなしかし寂れて活動の痕跡さえも見られない建物を見つけた。
「まさかギルドも潰れとるとはなー。そりゃ廃れもするわ」
それだけではない。
村の郊外には畑がいくつもあったものの一つとして、畑としての役目を果たしているものはなかった
ギルドもないから、旅人や商人も来ない。畑もないから自給もままならない。
村が潰れるのも時間の問題。
いや、むしろ未だ村としてまだ機能を保っていられているのが不思議なくらいだった。
「……こんな現状を見てしまったら、おいそれと断るわけにもいかないな」
宿に着いたので宿のドアを開けようとすると、ドン、とユキネの身体に横から衝撃が伝わってきた。
「あっ・・・・・・!」
視線を落とすと、怯えた表情で小さな女の子がこちらを見ていた。
「ご、ごめんなさい・・・!」
そう言ってますます子供は身体をちぢ込ませた。
足元にはお使いか何かの途中だったのか、何かの果物がそこら中に散らばっていた
「こちらこそ悪かったな。前を向いて歩いていなかった私が悪い」
一緒に落ちた果物を拾ってから、頭に手を載せて頭を撫でながら謝った。
すると、女の子の目がが此方をチラチラとうかがっていることに気づいた。
「ん? どうした? 私の顔に何か付いているか?」
女の子はそれからまた少しもじもじしてから、心を決めて顔を上げた。
「お姉ちゃんたちが、吸血鬼を倒してくれる、の?」
どうやら、予想通り吸血鬼がらみの依頼だったようだ。
「・・・・・・・・・・ああ、お姉ちゃんたちは正義の味方だからな」
そう言ってやると、パッと子供らしい無垢な笑顔をユキネ達に見せると、お礼を言って去って行った。
「・・・・・・・・・・吸血鬼、か」
「聞かれましたか・・・」
ユキネがパッと後ろを向くと、そこにマクスが立っていた。
「んじゃ、やっぱりワイ達に頼みたいことってのは・・・・・・」
「それはこれから説明させていただきます。どうぞ。
夕食の準備もできました」
マクスに続いて三人共、宿の中へ入っていった。
◆ ◆ ◆
「お前、このスープしか作れないのか・・・・・・」
俺の前には昼間全て平らげたはずのスープが鎮座していた。
「文句があるなら食うな」
そう言いつつも、不味いわけではないのでスプーンは進む。
「イサンは呼ばないのか」
俺がそう言うとスープを口に運びながらこちらを見ずにレイは言った。
「直に来るだろうよ。それまでに飯は食っておけよ。すぐに外に行くからの」
言われなくても後一口ほどしかスープは残っていない。
小さい野菜の屑が残ったスープを皿を傾けて飲み干すと、それに会わせたかのように扉が開いた。
「あら、お客様でしょうか」
───嫌でも既聴感を呼び起こす声。
一度目にはどこか気を抜けさせるようだった優しいそれが、今はとても残酷に聞こえた。
「・・・・・・は?」
「すまんの。他人の家だったが、勝手にあがっとる。飯を作ってしまったから食べてくれ」
「いえいえ。構いませんよ」
レイは"いつもの様に"初見の挨拶をする。
そして、それにイサンもおそらくは何度も繰り返したであろう、返答をする。
「そういうことかよ・・・」
レイも最後の一口を口に運ぶと、表情も変えずに言った。
「よし、ご馳走になった。行くぞ、人間」
椅子から立ち上がると、玄関へと続く廊下に出て行った。
「あなたは行かないのですか?」
「・・・気をつけろよ。俺たちが強盗だったらどうするんだ」
わざと、同じ質問をしてみる。
「強盗なのですか?」
「・・・・・・いや、違う」
「なら、話し相手になって頂ければ。一人は、寂しくて」
返って来た声も、残酷なほどに同じだった。
「・・・・・・悪い。もう行く」
「あら、それは残念」
一人ニコニコと病的に笑顔を保っているイサンを残して家を出た。
家をでて少し探すと、家のすぐそばに生えている木の根元でこちらに手招きをしていた。
近くまで行くと、やれやれと言いたそうな顔をしていた。
「まあ、つまりああいうことじゃ。あやつはもう記憶がぼろぼろでの。
2時間会わなかったらほとんどのことを忘れてしまう」
「お前は・・・・・・いつから、ここにいるんだ?」
「かれこれ30年ほどじゃのう。まさかこんなに長居することになるとは思わんかった」
何でもないようにそう言った。
「話を、聞かせてくれるんだろ?」
「ああ。協力してもらうからには聞いてもらおうかの。
儂の目的と、そのきっかけを」