吸血事情
「これは、なんとも…」
馬車をとめ村の外に用意された馬車小屋に馬を繋ぐと、村を改めて見渡した。
「……何にもあらへんなぁ」
ドンバ村よりははるかに小さいものの、そこまで小さい村ではない。
しかし、まだ昼だというのに人通りが極端に少ない。
ちらほら店も開いているようだが、それにしても活気がなかった。
馬車小屋を見る限り、ユキネ達以外に旅人もほとんどいない様だ。
「……とりあえず、宿屋」
フェンがユキネの服を引っ張りながら、意見を言う。
「そうだな。ここは物価が安そうだからいい宿に泊まれるだろうし」
「飯付きの宿がええなあ。見たところあんまり店も開いてへんし」
宿屋を探すために、村の中に足を踏み入れると村の様子が変わった。
ざわざわと、道行く人々が騒ぎ出した。
最初は少なかったもののだんだんと人が集まってき始め、周りの家からもどんどん出てくる。
「な、なんだ……!?」
パッと見ただけで50人以上の人間がユキネ達を取り囲んでいる。
別に襲ってくるわけではない。
ただ、ざわざわとお互いに顔を交し合い、……縋る、様な目で此方をちらちらと伺っている。
「二人とも、準備はしとき」
何の、とは言うまでもない。フェンは杖を構え、ユキネは剣をいつでも出せるように準備をする。
「……お待ちください」
ユキネ達が臨戦態勢に入ると人垣を掻き分け、雰囲気が違う人間が3人の前に現れた。
「戦闘の意思などありません。どうか武器をお納めください」
50歳ほどの男。頭には白髪がところどころ混ざっている。
「……いきなりの不躾な質問をお許しください。
あなた方はドンバから来られた、フェン様、ジェミニ様、ユキネ様で間違いありませんか?」
「そうだが…」
それを聞いて、男はばっと地面に膝を突け頭を下げた。
それに続くように、周りの人々も膝に地面をつき頭を垂れる。
「………どうか、どうかその力をこの村にお貸しください…!!」
「あ、頭を上げてくれ!」
「どうか…!」
立ち上がってくれと頼み込んでも一向に土下座の姿勢を崩さない。
「……とりあえず、話だけでも聞いてあげたいと思うんだが…」
「………うん」
「やることもあらへんし、いいんちゃう?」
その言葉を聞いてもう一度深く頭を下げると、男は立ち上がった。
「では、此方へ。食事と宿のご用意をいたします」
◆◆◆
「ふーん、結構上手いじゃねえか」
レイが昨日のうちに作っておいたというスープを一気に掻きこんだ。
目の前ではレイがスプーンで同じ料理を食べている。
「吸血鬼も飯を食べるんだな」
「血はあくまで魔力を得るための手段じゃからの。栄養分はほかで取らんといかんのじゃよ」
「ん? 俺は魔力なんて持ってないはずだけど」
「魔力を持ってない?」
「ああ」
それから少し考えるような顔でスープを口に運びながら、俺を観察し始めた。
「……儂ら吸血鬼はの、血の中に含まれている魔力がほしいのではない。
儂らは血を魔力に、魔力を血に変えることができる。だから重要なのは、含まれている魔力ではないのじゃ」
「んじゃ、重要なのは?」
「そんなものがあるわけじゃないが、あえて言うなら霊力じゃの。どれだけ神聖な血かということじゃ」
────不意にガチャっとドアノブが回る音が聞こえた。
「あら、お客様でしょうか」
50歳ほどの綺麗に老けた女性が横のドアから姿を現した。
髪は赤毛、目は翠で壮麗という言葉がよく似合いそうな女性だ。
俺に向かっていっているのかと思ったが、その目線はレイにも向かっている。
「おい……お前、ひょっとして」
「ん? ここは儂の家じゃないぞ。言っていなかったか?」
「いえいえ。良いんですよ。久しぶりのお客様です。ゆっくりしていってください」
……いやいや。
「駄目に決まってるでだろ、おばさん。俺たちが強盗とかだったらどうするんだよ」
「強盗なのですか?」
「いや、…それは違うけどさ」
「なら、話し相手になって頂けますか? 一人は寂しくて」
調子が狂う人だった。ニコニコと笑って嘘や企みがあって言っているとは思えない。
「んじゃ……おかわりもらうわ」
「ほれ、イサンもここに来て食え」
そう言って、レイが女性を隣の椅子にくるように促す。
「あれ? イサンってこの人だろ? 何で名前知ってんだ?」
「ん? …ああ、表札に書いてあったからの」
スープに目を落としたままそう答えた。
表情は見えない。
◆◆◆
「ふう。…ごちそうさまでしたっと」
「ああ、お皿はそこにおいておいてくださいますか? 後で洗いますので」
「ああ、ありがとう」
手を合わせて食材に感謝を表した後、皿を流しに置き外に出る。
これといってやる事がない。
森の中に行くのもいいが間違いなく帰って来れない自信がある。
ぼーっと周りを見渡していると、一つ先程とは違っているものを見つけた。
森の入り口に向かって歩いていく。下からそれを見上げて驚いた。
「……桜か」
咲いてはいない。もちろん葉もない。しかし、確かに桜の蕾がそこに膨らんでいた。
改めて、ここら一帯に埋め尽くされている枯れ木を見渡す。
どうやら蕾が芽吹いているのはこの木の周辺だけのようだ。
「これ、全部桜かよ………」
ここは外からでも端が見えないほど広大な森だ。その木の全てが桜。
全てが咲いたらそれは綺麗な光景だろう。
それを見てから進むのもいいかもしれない。
「なんじゃ、帰らんのか?」
その声に振り向くと、風に髪をなびかせながら此方に歩いてくるレイがいた。
「だから、連れてけって言ってんだろ」
「何で、儂がそこまでしてやらんといかんのじゃ、アホめ」
「……酒あるか?」
「……脈絡ないのう、お主。
酒などなんに使うのじゃ?」
桜の蕾を指差しながら言った。
「まだ咲いてないけど、花見には酒がいるだろ?」
「何を…」
そこまで言って俺が指差す場所見て固まった。
「………これは…!」
蕾を見て、地面を見て、俺を見て、それから俺の指に視線が移って、その指に手を伸ばすと、
……噛み付いた。
「……何でやねん」
これも魔術的な何かなのだろう。痛みはない。
意外にもレイは、俺が引き離す前に自分から口を離した。
口にたまった俺の血を嚥下すると、キッと鋭い目線を俺に向けた。
「お主本当に、何者だ?」
「……ただの人間だって。それ以上でも以下でも以外でもない」
そう答えると、レイは今度は自分の手首を噛み千切って、血をまた振りまいた。
血は桜に降りかかり、染み込んでいく。
変化が、始まる。
血が掛かった所からではない。ぐるっとこの空き地を取り囲んでいた枯れ木たちが蕾を生み出し始める。
「お主の血を魔力に変えて、木に注いだ。この木はちょっと特殊での。蘇生させるのに途方もない魔力が必要だったはずじゃった。
しかし、お主一人の血でこの有様。ありえんことじゃ」
「……」
「考えれるとするならば、人間ではないか、それとも・・・」
「俺は人間だよ」
ぎりぎり、な。
「……もし、おぬしが人間だと言うのならば。一体、どれほどの……」
そこでいったん言葉を切って、深く呼吸をしてから言った。
「どれ程の時を、生きてきたのじゃ……?」
俺に向けたその顔は永遠のつらさを知っている顔だった。
俺と、同じ。