愚王と親友
ハルと会えなくなって4年になる。
どうやってあの部屋を出て来たのかは分からないが、とにかく目を覚ましたらここに寝ていた。
城の裏庭にある花畑の隅にある井戸の底で意識を失っている私を担ぎ込み、それから私は城でずっと眠っていたらしい。
もしかすると。
いやきっと、あれは夢だったのだろう。
少し空しい気もするが、つまらない記憶ではなかった。勢いでしてしまったキスも今となってはいい思い出だ。
何はともあれ、また私は城で生活している。
城住まいといっても軟禁という形で、だが。
私が眠っていたたった2週間でこの国の王家は没落していた。
元々、母上に次いで、王が突然の病で死んでしまってからは、宰相であるリュートンが政治を行ってきた。私がいきなり原因不明の眠りについてしまったのをきっかけに唐突に国取りを行ったそうだ。
たいしたものだと思う。かなり横暴な手段をとったにもかかわらず、ちゃんと自分を正当化出来る用意をしていた周到さだとか。
奴はこの国の王家は暴利をむさぼり、国に仇なす愚か者だと言い切った。
これに反発した王家派の人々と争いになったが、準備も整わないうちに攻められ私を人質にしたおかげで、ただ一方的な虐殺だったらしい。
国王縁のものはすべて殺され、子供だからと見逃されていた私も数日後の16歳の誕生日にめでたく処刑だ。
ちなみに王、──父はそんなことはしていない。むしろ横領や賄賂などに手を染めていたのはリュートンの方だ。
自慢げに父上を無能の馬鹿だと貶しながら、自分でそう言っていたにだから間違いない。
「……ユキネ」
「ん……どうした? フェン」
今日もいつもの淡白な服に袖を通していると横から声がかかった
透き通るような青い髪の小柄な少女・・・私の世話役もとい、友達のフェンが不思議そうな顔をしてこっちを見ていた。
ハルユキ以外の唯一の友達だった。
「どうした?」
ここは敵の高い地位の捕虜を監禁するための施設なので、姫だった頃の自室と比べてもなんら遜色はない。
そこにフェンと4年間閉じこめられている。無口な少女だが、慣れてくれればきちんと話してくれる。
「諦めちゃ、駄目、だから」
「え? ……ああ」
どうやら、もう会えないであろうハルのことを思って自分でも知らないうちに落ち込んでいたらしい。
なるほどそれを諦めの色だと感じたのか。
「あのな……」
「駄目」
別にネガティブな事を言おうとしたわけではないのだが、フェンが無理矢理言葉を切った。
……まあ、実際私は殺されてもいいと思ってはいる。
むしろ死ぬべきなのか。あんなに人を死なせてしまった。
ここには前もっと人がいた。王族の関係者や親密だった使用人達が大勢いたのだ。
しかし、閉じこめられて最初の辺りで次々に処刑されてしまった。
『今日一人の処刑を行う。誰にするかは貴様等で選べ』
そう愉快そうに言い放ったリュートンに対し、彼等は子供だったフェンと私を残して死んだ。
あの人達は優しいから、どんなことがあっても生きてくれと言ってくれたが、私は王族としてあの人達のあとを追う義務がある。
私達王族のせいで死んだようなものだから。
──だから。
フェンは知らないだろうが、私は処刑を受け入れているんだ。それに私が殺されるだけで、フェンだけは助けてもらえることになっている。
フェンは怒るだろうが、やはり唯一となってしまった友達には生きててほしい。
彼女は多分、今度リュートンが来た時、自分が死ぬと言うだろうから。
フェンに何か言おうと口を開こうとすると、同時に乱暴に扉が開かれた。
「フェン・ラーヴェル! 来い!明日の処刑に向けての審問だ」
耳を疑った。
ぽかん、と優に数秒は固まっていたと思う。
「……どういうことだ。次は私が処刑台に上る約束だったはずだ」
いきなりの話に驚愕しながらも、ほぼ反射的に口を開いた。そんなわたしをあざ笑いながら兵士が告げた。
「王は姫君が絶望する顔がご所望だ」
「ふざけるな……!」
一番近くの兵士に殴りかかる。懇親の力を込めた。意表も付いた。しかし所詮は魔法も宿っていない女の細腕。当然敵わずに逆に殴り飛ばされた。
「あっ…!」
「ユキネ!」
フェンが小さい体でこちらに駆け寄ろうとしているのが見える。が、兵士に力尽くで引っ張られていく。
唇をかみしめて立ち上がろうとするが、よほどひどく殴られたのか、体が動かない。しかし何よりつらかったのは、体の痛みではない。
悔しさが頭の中に、血の味が口の中に広がっていく。結局、歳をとっても王女であっても。私には何もできない。
バタン、と扉が閉まる音と同時に、ユキネの意識は遠のいた。
◆ ◆ ◆
ここは。
私は、どうしていたんだろうか。
そう、そうだ。兵士に殴られて、それから気絶でもしてしまったのだろう。記憶がすっぽりと抜け落ちている。
「フェン……!!」
「まぁ、もうそろそろ死んでるんじゃないですかね……」
不快な声にはっとして顔を上げると、ぶよぶよと脂肪の付いた顔がいやな笑みを浮かべていた。
「──リュートン、貴様ァ!!」
飛びかかろうとするが足が引っ張られてひき戻される。
「野蛮ですねぇ。これだから、没落王家は」
「く……」
見れば体中が鎖で拘束されている。動くのは指と首ぐらいだ。
イジイジとリュートンは自分の爪をいじりながらこちらを見る事すらしない。
「とは言っても、いきなり決まった処刑ですから、シャミラの森の真ん中に手ぶらで放り出すぐらいしかできませんでしたが」
「シャミラ……!?」
フェンは優秀な魔法使いだ。
だが杖も何もなくては、一般人と変わらない。シャミラには凶暴なモンスターが山ほど居るはずだ。万全な状態ならともかく、無手では、どうしようもない。
「は…なせぇ!!」
今まさに命の危機に襲われているかもしれないと思うと、居ても立ってもいられなかった。だが力を込めても鎖はびくともしない。
「すぐに、会えますよ」
「ッ……?」
「2日後ですね16歳の誕生日。やれ、国民感情と言うのは厄介でしたよ」
その言葉を聞いたとたん、怒り一色だった感情の波に何か冷えた感情が流れ込み、胃に何か重いものでも落ちた感覚をかんじた。
切り落とされて地面を転がる自分の顔が。
ぶらぶらと首から吊るされて揺れる自分の体が。
脳裏に表れては、ユキネの体温を奪っていく。
「っ……」
しかし、下唇をかみ締めそんな事はすぐに頭から追い出す。
今はフェンを助けるために、頭を下げなければならない。私一人では、どうしようもない状況なのは教えられるまでもなかった。
「……フェンを助けてくれ。頼む……!」
「………頼み方ってのがあるでしょう?」
ニヤニヤと脂肪がたっぷりと乗った顎を撫でながらリュートンが汚らしい眼でそう言った。
屈辱的ではある、がそんなことは今は気にしてられない。
「お願いします! お願いだから! 何でもしますから、フェンだけは!」
王家としてのプライドも捨て頭が地面に着きそうなくらい必死に頭を下げる。しかし、返ってきた言葉は半ば予想していた言葉。
「ボツですね、ちょっと普通すぎますよぉ……」
「あっ……!」
下げた頭を踏みつけられた。地面に顔がこすり付けられ血と地面の味が口の中に滲んだ。
「あ、そうですね。助けて兵士たちの慰み者にしてもおもしろそうですね。それなら良いですよ」
今まで耐えた怒りと屈辱が全身で爆発し、目の前が真っ赤に染まっていく。ああ、こいつにはそもそも私達を助ける気など一切ない。
「貴様ぁあああ!!」
頭の上の足を振り払い、掴みかかるが、鎖に邪魔され届かない。
怒りを顕すように、手首の拘束具と接触している部分から血が滲み、鎖がけたたましい金属音を響かせる。
「ま、もう死んでますかね」
リュートンは見張りの兵と何か言葉を交わし、部屋の出口へと向かった。
「ゆる…さ、ない…!」
兵士に何か薬をかがされる。
爆発しそうな怒りを抱えたまま、再び意識が沈んでいった。