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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
38/281

血の遣い



女の姿が再び闇に消え、すぐさま闇の中から何かが複数飛来してきた。



一瞬で俺も暗闇の中に飛び、後退する。



しかし、吸血鬼の狙いは俺ではなかった。




「明かりか……!」



飛来した何かが焚き火に殺到して、ここら一帯から人工の光の一切が消えた。




「用心深いことで…」


吸血鬼というからには、やはり人間よりも夜目が数段きくのだろう。星と月が照らしてはくれるものの、やはり視界は狭い。


これで圧倒的に吸血鬼が有利となったわけだ。



短い音と共に凶器が飛来する。



それを寸前で掴み取る。



赤い…針のようだ。




「血……か?」


「安心しろ、殺しはせん。ただ動くと手元が狂うやも知れんぞ?」




ヒュッと後ろに女の気配。


相当動きも速いようだ。


それをまたすれすれでかわす。




チラッと見えた手の先には血が固まって剣の様になっていたようだ。



また気配が闇に紛れ遠ざかっていく。



それを追って走るが、さすがに途中で見失ってしまう。



馬車からは、恐らく300メートルほど離れたか。



むしろ好都合だろう。


これだけ離れてればあいつらに被害が出ることもない。


少し気を抜くと、いきなり横から気配が現れた。




振り向いてみると、血でできた人の形をした分身が此方にゆっくりと拳を振り上げていた。




「趣味悪いんだよ…!」




それに拳を叩き込む。



いとも簡単にそれは崩れ去った。



しかし次々と周りから同じように結構な数の分身が出てくる。





「……ちょっと、面倒だな」




拳銃を精製する。続いてアサルトライフル、サブマシンガン。次々と銃器が俺の周りを取り囲んでいく。もちろん銃口は外側に向けて。




「何を……?」



見慣れぬ、物体を警戒する吸血鬼の声が聞こえた。



角度を調整して、3人には銃弾が届かないようにする。




「トリガーハッピー、ってな」




声と共にパチンと指を鳴らすと、銃器が一斉に火を吹いた。




弾幕が周りを蹂躙する。




血の塊を吹き飛ばし、地面を削っていく。



5秒ほどで弾幕を止め、銃器達を消し去った。


しかし、既に地形は変形し、血がそこら中に撒き散っている。





「滅茶苦茶、じゃの…」


「大丈夫だ、当たっても死なないようにはなってるし」


「なかなか出来る様じゃな


……本当は気絶させるだけのつもりだったんじゃが、……ちょっと痛い目に遭ってもらうとしよう」





周りの地面が蠢いた。いや、動いているのは俺が吹き飛ばした血だ。いや何処からかまだ増えているようだ。



それらが今度は無数の剣に変わり、上下左右に俺を取り囲んだ。




「こりゃ、すげえな」




本当に無数、だ。明らかに人一人分の血液量では足りていない。




「なに。お主はかなりの実力者のようだし、これくらいなら死にはせんじゃろ?」


「……いや、普通死ぬだろ。これ」


「武運を祈る」




そう言って手を振り下げようとした瞬間。



先程の銃声で起きたのだろう、此方に向かって走ってくる三つの影。




「ちッ! ここまでかの…」




流石に形勢が不利だと判断したのか、女が背を向ける。




「おい! この剣どうにかして帰れ!」




その声を聞いてぴたっと止まると、こちらを向いて悪戯な笑顔を浮かべた。




「…おい。コラ、小娘…!」


「………儂はな、小娘ではないんじゃよ」




何のためらいもなく、指を鳴らした。




「おまッ……」




途端に一斉に剣が襲い掛かってきた。


先程までの攻撃より段違いに速度が上がっている。



避けて通れるほどの隙間はない。銃器を再び精製するほどの時間もない。



考えている内に既に最初の剣は目の前。



咄嗟に掌でそれを弾く。弾くとそれは力を失い地に落ちた。




「ちょっとは…、手加減しろや……!」




言いながら二本目をまた弾く。三本目弾く。四、弾く。六、七、八、九、弾く弾く弾く弾く。



弾く。




弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く弾く。




肘で、脚で、拳で。



体のありとあらゆる部分で下以外のあらゆる方向から襲ってくる赤い剣を次々に弾き飛ばしていく。




「おらああああ!!」




最後の一本を怒りの雄たけびと共に叩き落とした。





「……ハル? 大丈夫か?」


怒り心頭の俺にちょっと引きながら駆け寄ってきたユキネが話しかけてきた。




「…ちょっと、いけない子を教育してくるから。朝までに帰ってこなかったら、先に行ってていいぞ…」




言うが早いか女が帰っていった森に飛び込んだ。




「……何なんだ、一体」


「何やったん?」


「いや、誰かを教育してくるらしい」


「……また、アホな事やっとるなあ」


「………フェン、寝なおそうか」


「うん」




三人はやれやれと首を振りながら、馬車へと戻っていった。






◆ ◆ ◆






ハルユキが森に入って、僅か五分。




「……迷いましたとさ」




勢い勇んで飛び込んだは良いものの、入る前から見失っていたものを土地勘もない人間が見つけられる訳もなく。




「そしてッ、帰れない…!」


もうね、泣きたい。


と心の中で、ハルユキは一人ごちる。




周りを見渡しても、枯れ木のみ。無茶苦茶に走ってきたからどっちから来たかも分からない。



まだ真夜中なので視界も暗い。



試しに一直線に走り抜けてみるが、正直本当にまっすぐ走っているかも自信がない。




「あ、上から行けばいいのか」


と思いつき上を向くと、




「あっ…と」




くらっと眩暈を感じ、その場に座り込んだ。


どうやら、アルコールを取ってすぐに激しく動きすぎたらしい。



再び上を向くとクラクラと世界が回る。




「だめだ……寝よ」




迷子。気分悪い。何かあの女もどうでもよくなってきた。



との理由で、ハルユキは現実の世界に別れを告げるとその場に大の字に寝転がり目を瞑ると、瞬く間に眠りに就いた。





◆ ◆ ◆





ハルユキが眠りに就いて、10分ほど後。




ザクザクと連続して土を踏む音が聞こえたかと思うと、着物を着た先程の女が姿を現した。




「ん?…って、のわっ!!」




地面で寝息を立てているハルユキを見つけると、驚きながら飛びのいた。



女は確かに目的地まで、最短距離を走ってきたはずだった。


しかし、目の前の男は間違いなく先ほどの男。




「……寝ておるのぅ」




信じられないが、私より遅く森に入っておいて、とことん回り道をして、それでいて私より早くここに現れたのだろう、と女はあたりをつける。



「……こやつ本当に人間か?」



見たところあの剣群を無傷で切り抜けているようだし、身体能力も恐らく吸血鬼の女よりも明らかに上だ。




「なぜここで寝ておるのかは、皆目分からぬが……」




放っておいてもいいのだろうが、この辺りには何故か結構な数の魔物が残っている。


このままでは餌にされてしまう可能性が高い。




「……おい。起きろ、ってこやつちょっと酒臭いの。


 この様な所で酔いつぶれておるのか。この男……」




近寄って揺さぶってみてもまったく反応がない。




「……はぁ。何故に儂がこの様なことを」




ぶつぶつ言いながらも、ハルユキを担ぎ上げる。




「後でしこたま血を頂く事にしよう」




男の身体を担いでいるとは思えないほどの軽やかさで森を迷わず進んでいった。







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