ちから
────ここは、どこだろうか。
記憶は懐かしい声を聞いた所までで途切れている。
立ったまま気絶していたのか、目を覚ましたとき、私は立ちっぱなしだった。いやそうじゃない。今も果たして立っているのかどうか分かっていない。
何しろ一面真っ白だ。今の私から見て上も下も右も左も。白い空間に浮いているといった感じだ。
と言ってもまだおきて5分も経っていないだろうが。
「……出れるのか? ここ」
「出れますとも。その前にやることがありますけどね。」
突然何処からか、懐かしさを彷彿させるあの声が響いた。そして目の前が歪んだかと思ったらそこから優しそうな顔の壮年の女性が現れた。
「あなたは……?」
「質問に質問を返すようで申し訳ありませんが、ウィーナを、知っていますね?」
知っているも何も……。
「私の……母上だ。」
そう答えると目の前の女性はにっこりと優しく笑うと安心したように言った。
「……私はその母君、ウィーナの"友達"です。」
「母上を知っているのか!?」
「当然です。親友でしたからね。あなたをお腹から取り上げるときもそばにいたんですよ? 覚えていませんか?」
「さすがにそれは覚えてないだろう……」
あきれたようにそう言うと、慌てたようにまくし立てた。
「ああ。こんな世間話をするためにここにいる訳じゃないんですよ。 急がないと時間がないので本題に入ります。
質問ですが……今、あなたは魔法が使えませんね?」
今その話が来るとは思わなかったので、少々驚いて返答に詰まってしまった。
「どうなんですか?」
「…ああ、魔力は少しあるが、文字がないからか魔法はまったく使えない」
そこで、今度は目の前の女性が驚いたような声を上げた。
「魔力がある? ……本当に?」
思っていたのと驚かれ方が違ったのが気になったが、嘘をつく必要もないので正直に答えた。
「ああ、魔法は全く使えないが、魔力は少しだけ。」
「漏れ出しているのでしょうか? ……分かりました。
では説明しますと、まずあなたが魔法を使えないのは、私とウィーネが文字を取り出し魔力を封じ込めたからです。
あなたには本当に気の毒なことでしたが、赤子のまだ耐性ができる前にしかできない方法でしたし……」
最後のあたりは何を言っているか聞いていなかった。
──まずあなたが魔法を使えないのは、私とウィーネが文字を取り出し魔力を封じ込めたからです──
最初のそれを聞いてから、頭の中に死んでいった人達の顔が蘇っていたから。
「なぜ……そんなことを…!」
そんなことをしたせいで、私の故郷と家族は……!
「………最後まで話を聞きなさい。私はともかくあなたのお母さんが何の理由もなくそんなことをするかと思いますか?」
「じゃあ、……なんで…」
「そうしなければ、あなたの魔力は赤ん坊のあなたの体では耐えられない程のものだったからです。あなたは王女だ。死なせるわけにもいかなかったそうです。
あなたと国を守るためにはそうするしかなかった。
あなたのお母さんは、…ウィーネは泣きながら決断をしました。
それを笑ったり、怒ったりすることは例えあなたでも許しません。」
顔を歪めて、本当に悔しそうに顔をゆがめてそう言った。
少しだけ頭の中が冷めた。
「……すまない。続きを、頼む。」
「いえ、私も年甲斐もなく言い過ぎました。それで、その封印した力は私が預かっています。それを今から返します。
誘拐したり、気絶させたりしたことは謝ります。しかし、もう私には時間がないのでそういう手段を用いました。ウィーネとの約束を果たすために。
……あの娘との約束は、何よりも私にとって大切だったから…」
そう言った顔は友達を想うどこか悲しくも、優しい顔だった。
「そっか……。母上は何て言ってたんだ?」
「時が来て、この子が来たら力を返してやってくれ。その時はこの子も強くなっているだろうから、と。」
その言葉に思わず身がこわばった。
「私は強くなんか…。」
城の人たちに、フェンに、ハルユキに助けられてばかりだ。強さなど一つも持っていない。
私が言いたいことが分かったのか諭すように女性が言った。
「あなたが言っているような強さではありませんよ。私たちが魔力を奪っているのだから、戦いの力がないのは当たり前です。
私たちが言っているのはそういった強さではありません。
驚くほどの速さであなた助けに来た人たちがいましたよ? おそらく今も戦っています。……敵も混じっていたので、何も話せませんでしたが。
何はともあれ、ああいった人達が命を懸けてくれる。そういった魅力もあなたの力ですよ。」
……そういう風に、仲間の力が私の力というのならば、私は確かに強いだろう。
けど、それは私が強くなる必要がないということじゃない。
あいつらに頼ってばかりは嫌だったからもっと強くなりたいと願っていたはずだ。
そうだ。……迷う必要なんかないじゃないか。
「力を。私はもっと、強くなりたい。自分のために、仲間のために。」
それを聞いて女はフッとやわらかく微笑むと優しい声で言葉を紡いだ。
「……此処に力を返還する。龍の王より、力の聖女へ。還れ。主の下に」
私たちが立っているところに一瞬で巨大な魔法陣が広がった。
その魔法陣が端から崩れ始め私の身体に入っていく。
次第に意識が薄れていく。その時耳に優しい声が届いた。
「────に、よろしく言っておいてください。」
よく聞こえず、聞きなおそうとしたが、その前に私の意識は暗転した。
◆ ◆ ◆
目を覚ますと私は部屋の中心に仰向けで横たわっていた。
目線の先には、天井に開いた穴から月が見えている。
周りには誰もいないし、何もない。天井の岩壁に生えたヒカリゴケが狭い洞窟の中を照らしている。
見回した限りで言うと、10メートル四方の四角い空間の中心にいるらしい。
────夢、だったのか?
…いや、違う。さっきまで話していた記憶がしっかりと残っているし、確かに体のどこかに力が息づいている。
………これがおそらく魔力なのだろう。
考えても埒が明かず、とりあえず前方にあいている出口であろう入り口に向かって一歩踏み出すと、いきなりどこからか不快な声が聞こえた。
「くッ…。結局枯死しましたか。あの身体で魔力を使い尽くせばこうなることぐらい分かったでしょうに。」
上から聞こえている声に振り向くと燕尾服を着た男が帽子を押さえて天井に立っていた。
「天井に……!?」
そのまま、天井からふわりと床に降りると地面に手を置いて悔しそうにつぶやいた。
「魔力も欠片も残っちゃいないか……」
得体が知れない男に少しだけ後ずさった。どこか不吉な空気を纏っている。
「何だ? お前は………?」
その声に反応してその男はこちらに向き直った。
「ああ、失礼。私ゾディアックのサジタリウスと申します。いきなりの相談なのですが、ちょっとあなたを誘拐したいと思いましてね」
「…………嫌に決まってるだろ、馬鹿なのかお前は。」
「これは手厳しい。いえね、私はある魔力を狙っていたのですが、それはあなたのために使われてしまったみたいでして。
ひょっとしたらあなたの中に残ってるかもしれないじゃないですか。だから………バラバラに解剖したいと思っているのです」
声のトーンが一つ下がり、嫌な風が走り抜けた気がした。一瞬遅れてこれが殺気なのかと気がついた。
────怖い。
今この瞬間にも目の前の男が私の命を狙っているかと思うと怖くてたまらない。
でも、逃げたくはなかった。絶対に。
「私だって……戦えるんだ。」
「へえ? それはつまり私に勝つって言うんですか? どうやって?」
どうやって? そんなもの、
………………………どうやるんだろう?
と、一瞬気が抜けた隙に、男から何か鋭利な鉄の紐が私を貫こうと迫ってきていた。
避けきれるタイミングではなく咄嗟に身体を腕で庇う。が、その紐は私の腕にも届かなかった。
ヒュン──…、と短い音がして何処からか何かが飛来してきた。
それは、紐をはじくと私の目の前に突き刺さった。
一振りの大剣。
私が武器屋から持ってきたものではない。
無意識のうちにその剣を手に取り、中段に構える。
────その瞬間、剣の根元が輝き出した。光の元となっているそこには、荒々しく刻まれた文字。見たことも無い文字だが、イメージが伝わってくる。
『破』、と
光は止まらず、むしろその強さを増していく。
膜のように光が広がり、中から再び剣、いやそれを持った腕、兜と、続いて鎧。最後に足まで出てきた。
人型のそれは周りを見渡し始めた。
鼻まで隠れた兜に、首から足先まで鎧で覆われている。しかし、それよりも目立っているのは、背に浮かんでいる9本の剣。
刃のほうを外にして柄が背中で隠れるように浮かんでいる。
「……メサイア………」
なんとなく、本当になんとなく頭に浮かんだ単語を口にすると、それはこちらを振り向いて跪いた。まるで主に忠誠を誓う騎士のように。
「精霊、獣………だと?」
……精霊獣?
「はははははははっ!! それも普通の精霊獣ではないようですね! どうりで必死に守ろうとするわけだ! ますます解剖したくなってきましたよ!」
殺気がより濃厚になる。男は懐から石を取り出すとそれを握りつぶした。
「ですがね、精霊獣なら私も持っているんですよ。」
光が走り、全身を赤い布で巻かれたミイラのような2メートルほどの人間が光の中から姿を現した。
出てきた勢いのままこちらに突進してくるが、メサイアの剣の一振りで叩き伏せられる。
「……一撃ですか。さすがにこんな偽物では太刀打ちできませんね。しかし時間稼ぎにはなったようだ」
気がつくと先程の鉄の紐がこちらに先端を向けて、ぐるっと取り囲むように無数の数で私たちを取り囲んでいた。
しかし、またしてもそれは届くことはなかった。
いきなり何の前触れもなく、男に無数の氷の雨が降り注いだ。
それを防ぐために、男は舌打ちをしながら鉄の紐を総動員して目の前に壁を作ってそれを防ぐ。
「この魔法は……、フェンか?」
「ユキネ!」
右後ろにあった穴からフェンが息を切らして出てきた。
「これは……精霊獣?」
私の傍らに浮かんでいるメサイアをみて、警戒をし始める。
「大丈夫だ、フェン。こいつは敵じゃない。……多分」
私の言葉に少し考えて頷くと私のそばによって来て、今度は男を見ていった。
「お前、死んでなかったの?」
「いえ死にましたよ。ただ身体が死んでも完全には死なない人間だっているってことです。それでも一瞬で殺されるとは思っていませんでしたがね。
あんな化け物みたいな人間がいるとはさすがに想定外でしたよ。見たところ、あの場に彼を一人だけ残してきたようですがいいんですか? 死にますでしょう? あなたの連れの男。
………しかし、そのおかげでこちらはちょっと形勢不利ですかね、身体もないわけですし。此処はいったん撤退するとしましょうか」
そう素早く決断すると、男は私たちに背中を向けた。その背中にフェンが魔法を放つが、男の身体に変化が現れ、その魔法は当たらなかった。
男の身体は先程の針金に変化すると上に飛んで行く。いや巻き上げられていると言ったほうが正確のようだ。
その先に目をやると天井にあいた穴に人影、その人物が持つ何かに巻き上げられているようだ。あれはブローチ、か?
そのブローチから声が響いた。
「では、またお会いしましょう」
そう言って、サジタリウスであろうブローチとそれを持った人物は立ち去っていった。それを確認したようにメサイアは薄れていくように消滅した。
サジタリウスの気配が遠ざかって分からなくなった後フェンは私に向き直って聞いてきた。
「ユキネ……今の精霊獣は…」
「ああ、多分私に関係あるものだと思うんだが……よく分かんないな」
手に持った剣を見つめながらそういうと、フェンも考えにふけようとしてはっと顔を上げた。
「急がないと、ハルユキが一人で戦ってる。ユキネは……」
「私も行く。絶対、行く。」
剣を握り締めて必死に訴えた。
「…………分かった。」
一瞬迷うような表情を見せたが、フェンは頷いてくれた。
足並みをそろえて、洞窟を進む。曲がりくねった一本道をしばらく進むと目線の先に出口が見えてきた。おそらく私が気を失った場所だろう。
そのままスピードを緩めずに洞窟を抜けると、信じられない光景が広がっていた。




