金色の髪、緋色の目
「あ、いたたた……」
久しぶりに自分以外が発する声が鼓膜を揺らした。つまりは落ちてきたのはどうも生き物だという事。
このシチュエーションでなければ、諸手を挙げて喜んだだろうが今はそいつが落ちてきて、いまだそいつが座りっぱなしの腹が痛くてそれどころではない。
「……お、おい」
「こ、ここは……ひゃあっ!」
腹の痛みに唇を噛み締めながらもとりあえず話しかけようと肩に手を置こうとしたが、腕が上がらない。目をやると俺の腕は…俺の腹の上、つまりそいつの股間の間にあった。
「へ、変態……
「……色気づくな糞ガキ」
そいつは俺の上から飛び退くとベッドから1メートルほど離れた所から涙目でこちらを睨み始めた。
年はおそらく10歳程だろうと言う小さくて華奢な体。金髪、緋色の眼と言うのは聞いたことがないが、どうみても日本人ではない。言葉は通じないだろうが、どうにかしてコミュニケーションを取ろうとして、
「おまえは誰だっ。……変態め」
言葉は通じるらしい事は分かった。
「おまえが誰だ。娘っ子」
「知らないのか?」
「知るかよ」
この年頃の子供は自分が世界の中心だと思っていることが多いらしいが、ここまで顕著なものなのだろうか。自分の矮小さを教えてやろうか、──いや、これでも大事な客人だ。紳士的に。
「んー、……ユキネ。わたしのなまえだ。その、変態の名前は?」
「……それはつまり、俺の名前を聞いてるんだな?」
変態の名前を聞かれて自分の名前を言うのは流石に抵抗があるが、迅速に話を進める為にここは涙を飲む事にした。
「春雪、志貴野春雪だ。因みに断じて変態ではない」
「変態ではないのか」
「ああ。近年稀に見る超紳士だ」
「へ、変態はみんなじぶんが変態ではないと言うんだぞ」
「ははん、お前さては馬鹿だな」
神様にどうかこいつの知能指数を今すぐ20ばかり上げて欲しいと頼んだが、まあそこは俺の永年の願いを頑なに拒否し続けた神様。無視を決め込む事だろう。
もし会う事があったら必ず鍛え上げた右拳を見舞ってやろうと、固く誓いながら天井に逃げていた視線を目の前の子供に移す。
「変態じゃないのか?」
「だぁから……」
そして、堂々巡り。もう一度言うが俺は早く会話の進展が欲しい。どれだけ刺激に飢えていると思っている。
「……実は変態なんだ。全く幾度親を泣かしたことか」
しかし、これは良くなかった。幾ら進展を願ったとは言え、これでは知能指数が低いなどと馬鹿には出来ない。
「うわあ! 近よるなぁ! 変態!」
「……よし決めた。小娘、そこに正座しろ」
こいつの場合は、馬鹿と言うより幼いと言ったほうが近い気がする。よって、言葉で伝わらない分には体で伝えるとしよう。愛のある体罰も教育には必要不可欠だ。
◆
「変態ではないということはわかった」
「そりゃよかった」
小一時間かけて、その上己の趣味嗜好まで晒した結果、やっとここまで行き着くことが出来た。俺は色即是空の仙人だと半ば闇雲に言った事が功を奏したらしい。これから仙人を騙るのは骨だが、それはおいおいばらすとする。
心身共に距離が縮まってきてはいるが、それでもユキネは警戒はまだ解いてないらしく、腰が引けている。なんとか警戒を解きたい。なんと言っても初めての客人だ。
ふと、ユキネの腰に目がいく。もちろん変態的な意味ではない。
黄金色の大輪。一見すると秋桜のようだが、それにしては少し花びらが広く大きく、永年の埃を被った記憶とは合致しない。
「その花、……1本くれないか?」
「…花? ああこれかいいぞ、ほら」
そう言いながらまた1歩近付いてきたユキネから1本だけ花を受け取る。
途端に、懐かしさが穴という穴から染み渡ってきた。下品な言い方だが本当に、匂いやその色や、花びら同士が擦れる音でさえも、驚くほど敏感に感じ取り、俺の心を甘く痺れさせる。
決して言い過ぎではなく、口に入れて咀嚼してどこまでもその花の味と匂いを吟味したい程に。
「ぱくり」
「ええ!?」
「うまああああああああああ!!」
「うえっ!?」
「もう一本!」
恐れおののく少女を傍目に、もう三本ほど食べてみる。四本目を口に運ぼうとした辺りで少女の視線に気が付き、我に返る。
「あー、これ、何に使うんだ?」
「……こ、これはイーラと言う花でな。王冠をつくろうと思ったんだ。けど取りすぎちゃったみたいだ」
「ほう」
確かにユキネの頭の上には豪華な花の冠ができているのに、まだ腰には大量に花が残っている。
それだけあればあと一つくらい食べてしまっても構わないだろうか、と本気で葛藤しながら手元の花に視線を戻す。と、そこで一片だけ花びらが欠けていることに気付いた。
何となく、そこから一枚おきに花びらを取り除いていって食べて、何とも奇妙な花が一本出来上がった。因みに花びらも食べるのはきちんと我慢した。
それを、そのままそっと手放してみる。
「──お、お?」
くるくると回転しながら、ユキネの手の中にそれは着地した。まるで魔法でも見るような目で驚くユキネの目には、子供らしい好奇心が見て取れた。
「まぁ、プロペラだ」
「ぷろぺら?」
驚くほど分かりやすく、ユキネの瞳の中で警戒が好奇心に押し流されていった。苦笑しそうになりながら、必死に柔和で子供受けしそうな笑顔を作ってみせる。
そんな顔など一切見ていないことに気付いて、直ぐに止める事になったが。
「ほらこっち来い。教えてやるから」
無理して表情を作るのにも疲れたので、愛想などそっちのけでそう言った。
少し躊躇うかと思ったが、ユキネは自身の好奇心に従って、ちょこんとベッドの隣りに腰かけた。
「こうして、ほら出来た」
「む……?」
「いや、1枚ずつ間を開けて抜くんだよ。おっと抜いた花弁はこっちに寄こせ」
「お、おおできた! できたぞ、ハルユキ!」
警戒はどこへやら。キャッキャ、キャッキャと笑って騒ぐ。うるさいのは嫌いだったはずだが、降り積もった年月で大分人格が矯正されたのか。つられる様に自分の口元も綻ぶ。
何度も何度もベッドの上からそれを飛ばして遊ぶユキネを、邪魔するのも抵抗があってとりあえずそれを見つめていた。
ユキネはひとしきり遊び終えると、こちらの視線に気付いたのか、少し気まずそうな表情を見せた後、ちょっと考えてポンと手をたたいた。
「んー、よしちょっと屈んで、目をつぶってくれ」
何をいきなりと訝しむが、いわれた通りに目をつぶる。呆れるほど警戒していない事に目を瞑ってから気付くが、まあ悪い気分ではない。
ぱさっ、と渇いた音を立てて頭の上に何かが乗った。何が乗ったのかと確認する前にユキネが答えを言ってしまう。
「お礼だ」
「お?」
先程まではユキネの頭の上に載っていたはずの、花の冠だった。頭に手をやると、まだ瑞々しさが残った花びらと碧い茎の感触が心地いい。
「いいのか?」
「いいよ。また作るから」
頭からはずして、手に取り眺めてみる。不格好だった。花は片方によってるし、太さもバラバラ後ろの方は今にもちぎれそうだ。
調度品としては当然役には立たず、観賞用とも言い難い。が、何とも変え難い。
何故か食べてしまおうと言うよりは、手元に置いておきたいと思った。
「ありがとな」
「ム……、それはお礼だから、またお礼を言ったら終わらない」
「いいんだよ。色々あるんだ。俺は大人だからな」
頭をぐりぐりと、強めになでつける。子供らしくその髪は驚くほど柔らかい。癖になりそうな手触りに区切りを付けて手を離した。
ユキネは頭の上に載せられた手に一瞬きょとんとして、しかし、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「んで? ユキネはどこからどうやってここに来たんだ?」
「……上から落ちてきた」
「……お兄さん、具体性のない子は嫌いだなあ…」
先程の自愛に満ちた手付きとは対極のような荒々しい手付きで、頭に手を置いて、僅かに握力を加える。痛みは無くとも、言いたい事は伝わったのか、ユキネはたじろぎ出した。
「ほ、本当のことだ!」
「知ってるよ」
冗談はさておく事にして、ユキネが落ちてきたのであろう天井を眺めてみるが、天井だ。どこまでも天井でしかない。コンクリートのような、しかし硬度は他に類を見ない灰色の天井。
「と、ところでなんだが、ハルユキはなぜこんな井戸の中に住んでる?」
他にこの憎憎しい天井をどう例えてやろうかと腐心していると、ユキネが僅かにビビリを残した声で質問を返してきた。
そして、その答えに──いや質問にまた疑問が沸く。
いど。IDO。イド。緯度。異土。井戸。
前半の三つは意味不明。ここが地下なら緯度の下にいるのは当たり前。こんな子供が異土にいるはずも無く、ならば答えは最後の選択肢。
湿りも潤いも感じた事などないが、井戸の下にこの部屋はあるらしい。
「……ここ井戸の下だったのか?」
「知らなかったのか?」
「いつの間にかここいたんでな。ここがどこかも俺には分からん」
ホントは俺死んでいるだとか、世界は俺だけを残し消えてしまっただとか、そう考えたことは一度や二度ではない。ユキネが落ちてきた事で僅かにそれらの可能性は薄くなりはしたが、こいつもまた死んでここに来たとも考えられる。
しかし、二人しかいないと言う事は何か共通点があるわけで。そんな物は見当たらない訳だ。
大体井戸の下などという捻りが無い場所に居たとしたら、これほど長い間誰とも会わないのはおかしい。
「なぁ、ハルユキ」
古くなって使われなくなった井戸なのか。はたまた入室に何か条件でもあるのか。
「なあってば」
そもそも、俺が閉じ込められる前にあった井戸ならば間違い無く朽ち果てているだろう。ならばここに来てから建設された井戸ということになるが、ただこの部屋が地中にあるのならば分からないはずも無い。
「…………」
それに、俺が外にいたときには、井戸なんて骨董じみたものはほとんど存在してなかった。ならばまた兄貴の技術でも関わっているのか。
「ムシするなあっ!」
「あいた…」
猫のじゃれ付きのような可愛らしい感触に、目を向ければ、ユキネが涙ぐみながら俺の頭に打撃を与えていた。どうやら話しかけていたらしい。
「ああ、よしよし泣くな泣くな」
「な、泣いてない……!」
ユキネは明らかな強がりを口にしながら、ぐしぐしと背中を向けて目尻を服の袖で拭い始める。折角の客人だ。いったん考えるのをやめてユキネの相手をすることにしよう。
「ハルユキは、ここに一人なのか?」
「まぁ……、そうだな」
「そうか。友達いないのか」
「んんん。そうだなぁ」
何か話題でも探すか、と思考を巡らせる前に、ユキネがまた質問をぶつけてきた。今までとは毛色が違う質問で、とりあえず正直に肯定を返すと、考えるように顔を伏せて目を泳がせだした。
何かを言い淀んでいるような、そんな表情。沈黙を受け流しながら待つ事数十秒。意を決したようにユキネが顔を上げた。
「な、なら私が時々遊びに来てやろうか……?」
「は……?」
気でも使っているのかとも想ったがどうやら違う。
その言葉と表情を少しばかり意訳気味に解釈すると、どうやら友達が欲しいと。
天邪鬼な物言いが面白かったからか、それとも純粋に嬉しさからか、ハルユキは迷うべくもなく最大の好意を持って頭に手を置いて軽く撫でた。
「おお、そりゃ助かる。ぜひそうしてくれ」
大人の対応。もう子供ではない。一瞬、ぽかんとした表情で言葉の意味を咀嚼すると、ユキネの表情に花が咲いた。
「そ、そうだろう? よ、よし、きょうからわたしとハルユキは友達だ」
「よしよし。友達だ」
またユキネの頭をなでくりまわす。柔らかな髪の感触がやはり堪らなく気持ち良い。…………抱きついて良いだろうか。いや、決して変態的な意味ではなく。
何しろ何十世紀以上の孤独だ。舌は味を忘れ、肌は風と人肌を忘れ、体は性欲を忘れている。
だからお前は狂っているのだと言われれば強く否定は出来ないが、どちらかと言えば、長い月日が赤子のように好奇心を鋭く大きくさせているのだと信じたい。
「へへ……」
俺のそんな葛藤などいざ知らず、撫でられたユキネはご満悦の顔である。改めて見れば驚くほど整った顔立ちをしている。いや、久しぶりに女を見たからだろうか。
そう考えると今の所性欲が枯れていて助かった。こんな年端もいかない少女に手を出したとあらば、史上最高のロリコンに認定されてしまう。
「よし、今日はもう帰るかな。また明日来るよ」
そして、遂にその話題が出てしまう。ひく、と口の端が強張って痙攣するのが自分でも分かった。
「どうやって出るんだ?」
眩しい笑顔のまま部屋を見渡して、どうやって出るか分からなかったのだろう。その眩しい笑顔をこちらに向けてきた。咄嗟に目を逸らした俺を許して欲しい。
俺が悪い訳では決して無い、とは思うが、それでも全く、──申し訳なくて顔が見れない。
しかし、黙っていてもしょうがないので慎重に話してやることにした。慎重に言葉を選んで。
「……俺はここから長い間、出ていない」
「……?」
「いや、出られていない。壁を殴り続けた事数知れず、壁を相手に空中132コンボを決めたのは俺ぐらいだろう」
「…? ……?」
「つまり!」
「つまり…?」
一呼吸おいて言い放つ。
「ここからは出られない、んだよね」
一瞬間が開いて、ユキネの驚きの声が部屋の中に響き渡る。非常に喧しい同居人が出来た、いつもとは少しだけ違う一日だった。
◆ ◆ ◆
──結論から言えば、ユキネは2週間ほどしか一緒にいなかった。
それはまあ、ユキネにとっていい事だったと思う。
こんな所に閉じ込められるなど、不健康この上ない。しかし、帰れないと言った後ユキネは一旦落ち着くと、それからはあまり気にしなくなったように見えた。
「ハル」
ハルとはユキネが考えた俺の愛称のこと。ユキは自分の名前に入っているから駄目なんだそうだ。
「……ん?」
いつものように遊んで。笑って。けんかして。仲直りして。疲れて。ベッドに寝転がって。もう今日することは寝ることしかなくなったとき、ユキネがそう呟いた。
その声は、ひどく沈んでいて、最初誰の声かわからなかったほどだ。
「私はな、実は結構な身分の、──と言うより一つの国の王女なんだ」
「……は?」
突拍子も無い言葉に咄嗟に気が聞いた言葉を返せるほど、俺の会話力はウィットに富んではいない。それより王女だと? いつから日本は王政になったのか。それもこいつは金髪。欧米か欧州にでも乗っ取られたのか。
いや待て、それより"これ"が王女だと?
「……気品って知ってる?」
「……なぜいまそんなことをきくんだ?」
以外に頭が回ったのか、ぴくぴくと額に可愛らしい青筋を浮かべ始める。返答如何では暴力に訴え始める兆候だ。
「(笑)」
「器用な笑い方をするなぁ!」
ゲシゲシと手加減無しで向こう脛を蹴られる。まあ痛くも何ともないが、とにかく日本人の十八番は通じなかったらしい。
「で、王女がどうした。王女だからって何も特別扱いはしないぞ。甘えんな、ここは俺の城だ」
少し目を見開いて、驚いたような、嬉しいような、怒ったような顔になった。変な顔だった。
「そうじゃにゃくて……」
噛んだ。絶対に噛んだ。そして今言い直すかそのまま話を進めるかで葛藤しているのが、ありありと伝わってくる。如何にして馬鹿にしてやろうかと、俺の頭が本日最高速度で回りだす。
「そうじゃなくて…」
前者を選ぶらしい。そして言葉は未だ沈んだまま。舌っ足らずをいじってやりたいが、まじめな話みたいなので、無言で先を促す事にした。
「城には私の居場所が無くてな、詰まらないんだ。みんな私を邪魔だと思っている」
「……そうか」
「い、いや慰めてほしいわけじゃないんだ。その……わたしが言いたいのは……」
ユキネはまたいい難そうに口ごもり始めた。顔を真っ赤にして、俺を睨むように見上げると勢いに任せて口を開いた。
「こ、ここは、ここにはハルがいるから楽しくて……。だからずっとここにいてもいいなぁ、なんて。……あとさっきは引っ叩いてごめん」
「同情を誘う話の後に謝るなよ」
「ばれたか」
咄嗟に軽口を返したが、本当は謝る為に自分の事を話したのではない事は分かった。どちらかと言えば逆。最後に付け加えたのはただの照れ隠しだ。
そしてそれが本当ならば俺にも多少の驚きがあった。俺もユキネも楽しくやっていけてるのはわかっていたが、多かれ少なかれ帰りたいと思っていると思っていた。その時は止めてはいけないということもわかっていて、少し寂しい思いもした。
黙っている俺に不安になったのだろう。ユキネが重そうに口を開く。
「ハルは、……わたしと居て楽しくないか?」
どう答えるべきか少し迷うが、こういう時に自分の気持ちに嘘を付ける程器用ではない。ただし見栄を張るのは得意だが。
「おまえが居ると……うるさいし、疲れるし、ほこりが立つ。悪口は言うし、暴力もふるう」
「……ご、ごめん」
涙目。やばいやばいやばい、言い過ぎた、泣かないでくれと心中で慌てふためきながら、言葉を探す。
それはもう、必死だったのだ。見栄を張るのも忘れて、考え無しの発言をしてしまったのは、きっとそのせい。
「……けどな、退屈はしてないよ。おまえが居るとだな……まあ嬉しいって言うか…………楽しくないことも、ない」
くそ。一時のテンションに任せてあまりに恥ずかしい台詞を口走るところだ。
しかし、いくらか身を削ったおかげで、涙目でぽかんとしていた顔が、笑顔に変わってくれた。自分でも情けない程に胸を撫で下ろす。この表情が一番好きな事は、自覚していた。
──もう、狂気を感じることはない。以前の俺には想像も出来ないだろう。朝起きて、目の前で笑顔と挨拶を貰う度にぞわぞわと爆発しそうになるのは歓喜と期待。
そのせいか寝起きで抱き締めそうになった事14回、もれなく毎日。因みに我慢できずに抱き締めてしまって、殴られた事6回。
正直、感謝している。悔しいから言わないが。
「そっか、ハルユキも楽しいのか……そっか」
「……楽しくない事もない、だ。拡大解釈すんなもう寝ろ俺も寝るまた明日な」
早口でそう言って背中を向けて眠気を迎えることに全力を尽くすことにした。ユキネに背中を向けて、熱い顔を意識しないように目を瞑る。
「おやすみ、ハル。また明日」
それから、眠りにつくまでどれくらいかかったか定かではないが──。
眠りに落ちる直前。何かが体の上に覆い被さり、頬に柔らかくて温かい何かが触れた、──気がした。
そして次の日。
部屋で待ちかまえていたのは少女ではなく、静かな孤独だった。




