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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第一部
29/281

最後の最期でも

それは雄たけびを上げる。



誇りの、野生の、忠誠の、そして、災いの。



その雄たけびは空気を震わせ、周りの木々ですらも威嚇する。



それはゆっくりと歩を進めていく。



たどり着いたのは切り立った崖。



眼下には、華やかに光を躍らせる一つの村。







賑やかに祭りは進んでいく。


広場の周りには出店がずらっと並び、広場のいたるところに大きな組木が建てられてその中で煌々と炎が燃え、村中を照らすんじゃないかと言うほどの光を作り出している。


中心のステージでは、演奏や、芸や、劇などが行われている。




ハルユキはそれをまだそれを屋根の上で見つめていた。


おそらく、BLUETAILは最後のメインイベントとして出てくるのだろう。と言っても、もうあの舞台裏で準備しているだろう。


そこをまた力なく見つめていたハルユキの耳にトン、トンとリズム良くなって近づいてくる足音が聞こえてきた。


その足音の主は、ハルユキの隣で止まると、そのままハルユキの横に腰を下ろした。




「こんな所にいたのか。ハル」


「ここからだと祭りが良く見えるんでな」


「そうか」


「そうだよ」




それをに会話は途切れた。しばらく二人で黙って祭りを見つめていると、直にユキネが口を開いた。


「・・・・・・お祭りに参加するのは初めてだからよく知らないんだが、こういうのは一緒に騒いだほうが楽しいと思うんだ。」


「まぁ、・・・そうだろうな。」




「よし。なら行くぞ。」


そう言うと、俺の手をつかんで立ち上がった。その頬は強すぎる炎のせいか赤く染まっていて、いつもよりどこか大人びて見えていた。


ぐん、と握った手が引っ張られる。


ちょ、ちょっと待て、そっちは。




「えい。」


と、なんだか気の抜ける掛け声で、躊躇いもせず屋根から飛び降りた。言い忘れていたが、ここは3階建ての屋根の上で、普通の人間が飛び降りれば怪我ではすまない可能性もある。


仕方なしに、うおーと緊張感などかけらもない声を出しているユキネの手を引き寄せ、抱き寄せると、できるだけ静かに衝撃を殺して地面に着地した。


周りの人間はお祭り騒ぎなので俺たちのことは目にも入っていない。




「本当に、ハルは強かったんだなあ。」


抱きかかえているユキネからのんきな声が聞こえてきた。


「おまえなあ、なんつー無茶を・・・・・・」


「いやな、フェンからお前は本当はすごく強いって聞いたからな、ちょっと見てやろうと思って。」


「・・・・・・嘘って言うか、間違ってたらどうする気だったんだよ、お前」


そこで、いつかのように、にへらっと笑うと、当たり前のように言った。




「私は、友達のことは信じることにしてるんだ。フェンの言うことも、お前の強さもな。」




「・・・・・・・・・そうか。なら、しょうがないな。」


・・・・・・ああ、こいつは凄い奴だなと、そう思った。多分こいつは皆のために命をかけられる。だからこそ皆こいつのために命をかけられるんだ。


当然、俺も。やっぱり、恥ずかしいから言えないが。




ちょっとだけ泣いてしまいそうで上を向いていると、周りからヒューヒューと口笛が聞こえてきた。


よく考えれば、ユキネを抱きかかえたまんまだ。最初こそ注目されなかったものの、だんだんと気づく人たちが出てきてからかわれ始めた。


「あっ・・・・ちょ・・・!」


ユキネもそれに気づいたのか、じたばたと暴れだす。放さないと殴られそうなので地面に下ろしてやると、今度は周りを威嚇して人を掃いだした。


周りの人たちが笑いながら去っていくと、ユキネは俺に向き直った。


「よし! せっかくのお祭りだ。楽しもうじゃないか!」


そう言って最後まで離そうとはしなかった俺の手を引っ張り、喧騒の中に一緒に入っていく。







焼き鳥(?)を食べ、何か妙な味の焼きそばをかっ食らい、ステージの前で火の魔法を使った芸を見て一緒に笑った。


「はっはっはっ! 楽しいなあ、お祭りは!」


「・・・・・・そうだなぁ。」


手に飲み物とフランクフルト的なものを持って、ステージの前に大量に用意された椅子の一番後ろの席に座って次の出し物を待っていると、ステージの脇に設置された演目台がBLUETAILに変わった。


おそらく、もうすぐメインイベントが始まるのだろう。





それをユキネも見つけたのか、持っていた飲み物を一口飲んでから、先程までとは違うトーンで俺に話しかけてきた。


「さっきな・・・フェンの所に行ってたよ。」


「知ってるよ。」


「このところ元気がなかったから、ちょっとだけでも励ましてやりたいなって思ってな。・・・・・・でも、駄目だった。」


「・・・・・・・・・そうか。」


駄目だった、ね。




「でも駄目だった理由は、分かったよ。」


「そうか。」


そこでステージの周りの火が消えて、あたりが薄暗くなった。


うつむき気味なので見えはしないが、ステージからは人が動く気配がする。おそらく、スタンバイが終わってBLUETAILのメンバーたちが出てきているのだろう。




「私が出る幕じゃなかったんだ。私が解決する問題じゃなかったんだよ。」


・・・わかってるよ。どれだけ考えたと思ってんだ。・・・・・・わかってんだよ。嫌になるほど。




そこで、ステージがいきなり明るくなり、歓声が上がった。


おそらく顔を上げれば、BLUETAILとフェンがいるだろう。




「私が、フェンのところに行ったのは友達が心配だったからだ。でな、今ここにいるの理由も、同じだ」


「・・・・・・・・・わかってる。」




「私と話してるのにな、私を見ていないんだよ。何を見てるのかって、・・・・・・あの髪飾り、ハルが買ったんだろ?」



「・・・・・・ああ。」




顔を上げると一列に並んだ列の一番右にフェンがいつものローブに大きな杖を持って突っ立っていた。



頭には、銀で作られた髪飾りが申し訳なさそうについていて、今は、はじめて見た時ほど綺麗には見えない。



当たり前だ。着けた奴があんなシケた顔してたんじゃ、輝きもくすむだろう。


嫌なぐらいによく見える目にはユキネがどんな表情をしているか、よく分かった。


いつか、どっかの蛇もどきに出会ったときと同じような表情かおと目。


・・・・・・俺が原因でいつまでもあんな顔をさせていたくなかった。




「なら、さっさと行け。」


座ったままぐるっと広場を見回すと、村人たちは今にもステージに上りそうなほど盛り上がっているのがよく分かった。


それを見て少しあきれながら思わず俺は言葉をこぼす。


「めちゃくちゃ、盛り上げってるよな。広場中。」




ユキネもステージを見渡し、こちらを見ずに楽しそうに笑いながら言う。


「そうだな。じゃあ明日にでも行くか?」




「冗談。今行くに決まってんだろ。」


「わかってるさ。」


これ以上、俺が原因でこれ以上あんな顔させているわけにはいかないだろう?




「・・・・・・・・・・明日、Gクラスの依頼を受けるんだが、私は4人で行きたいぞ。」


苦笑いしながら席を立つ。ここからでは、いくら声を出そうが手を伸ばそうが届きはしない。











そして一歩目を踏み出した時、それが、来た。










突如轟音が鳴り響いたかと思うと、ステージの後ろの壁がばらばらになって吹っ飛んだ。


破片と土煙が舞い、その中からまず出てきたのは黒ずんだ大きな足、顎、そこから覗く鋭い牙、そして血の色の目。




静まった観客席に見せ付けるように前足を掲げ、おそらくここまで飛んでくるのに使ったのであろう黒ずんだ翼を大きく広げ、咆哮した。



それをかわきりに広場が混乱に包まれた。






「ドラゴン・・・・・・。」


いつか見た覚えのある眼を見てハルユキは呟いた。


その眼はこちらに向いてはおらず、会場中を彷徨っている。


(加勢に行くか・・・・・・。)


何度か倒している連中といっても、街中ではあまり長引かせないほうがいいだろうと考えてハルユキは足に力をこめた。




いざ、飛び出そうとしたとき、ドラゴンの眼がこちらを向いていることに気づいた。


いや、こちらでは正しくない。




(ユキネ・・・・・・?)


その眼は確かにユキネを捉えていた。


次の瞬間、2度目の咆哮が鳴り響いた。狙いは・・・・・・明らかだった。




「ちぃっ・・・・・・・・・。」


横で放心しているユキネを担ぎ上げ、とりあえずこの場を離れようとドラゴンとは逆の方向に跳躍した。


後ろからは轟音が鳴り響き続いている。


理由は分からないがドラゴンの狙いは、間違いなくユキネだった。


ハルユキがまずはBLUETAILを信じて、ユキネを避難させようとしたのは当たり前の考えだっただろう。


広場を抜け、屋根を飛び移りながら、今日まで泊まっていた宿まで行った所で地面に着地した。




広場では、また轟音が聞こえてくる。


(苦戦してるみたいだな・・・・・・)


ユキネを地面にゆっくりと下ろして



「ここにいろ。ジェミニが来たら一緒に出来るだけ遠くまで逃げるんだ」




それだけ言うと、踵を返して広場に向かおうとした。しかしそんなハルユキの服をユキネが掴んだ。



「わ、わたしも・・・・・・!」


目には微かな戦意が宿っている。しかしハルユキはそれを見ないようにもう一度ゆっくり言った。



「大丈夫だから・・・・・・ここにいろ」



手を振り解いてハルユキはまた跳んだ。


残されたユキネは歯を食いしばり、きつく拳を握っている。



────しばらくうつむいていたユキネは覚悟を決めたように顔を上げると、着た道を戻って広場に走って行った。







「な、何でこんな所にドラゴンが!?」



幸いにもドラゴンを倒した時の装備でステージに上がっていたため、怯みはしたもののBLUETAILはすぐに戦闘の意思を見せた。





「待て、こいつ、眼が・・・・・・赤、い?」


喉を低く鳴らしながら、自分を取り囲んでいる人間達を見つめるその眼は確かに赤く染まっている。


連想するのは、血。林檎の鮮やかな赤でもなく、夕日の淡い赤でもない。ただ、生々しい残酷な赫。




「古、龍・・・・・・だと?」


奮起した戦意が冷え切っていく。


古龍。普通は特定の場所にしか姿を見せないドラゴンだ。


「なんで、・・・こんな街中、に。」


漏れる声は恐怖にかすれて、更に戦意を奪っていく。


ふらふらとさまよっていた目線が一箇所に留まり、再び咆哮が轟いた。目線の先は・・・・・・目の前の戦士達には向けられていない。




「ひるむな! ここは村の真ん中だぞ! 俺たちがやらないと村は滅茶苦茶だ! 最初から全力で行くぞ!」




リーダーである男の声に答えるように全員がいっせいに剣を杖を掲げ四方八方から未だ動きを見せないドラゴンに魔法をたたきつけた。


その魔法の威力でステージは更に破壊され、土煙が舞う。


「や、やったか?」





その声と同時にヒュンッと風を切る声が聞こえた。





「なッ・・・・・・!!」




煙の向こうから水平に振るわれた尻尾が、まずはすぐ近くにいた剣士を一人、更に二人、続けてまた二人、何の工夫もなくただ力で吹き飛ばした。




しかし、それだけでは止まらない。尻尾は軌道を変え縦横無尽にその巨大な尻尾を続けざまに何度もたたき付けた。




────乱打の嵐が止まった。




魔法が直撃した時、勝利を期待したメンバーもいた。しかし、一瞬。


一瞬で、それも尾を振るわれただけでBLUETAILは、壊滅した。







観客のために用意された椅子は完全な木屑となり、その下の地面は出鱈目に陥没している。


しかし、兇刃のような尻尾の圏内にありながら、壊れずにたっているものがあった。


氷の壁。その表面にはひびが入り、壁の前にはおそらく同種の壁であったであろう氷の屑が散らばっているが、結果的にその壁の向こう側は守りきっている。


向こう側には人影が二つ。一人は、フェン。壁の向こうに力なく倒れているメンバーを見て、唇をかむ。


一人助けるのが精一杯だった。




「イシル、逃げて。ハルユキを・・・・・・。」


そこで言葉が止まったのは、ここ最近のハルユキとのこともあったが、イシルの意識がないことが分かったからだ。




その一瞬の隙に死を含んだ尻尾が頭上から襲い掛かった。


氷の壁はもろくも崩れ去る。




当たったわけではない。ただの余波だ。それでも二人は吹き飛んで一番後ろの席にまで吹き飛んだ。幸い何かにぶつかる事もなく地面を滑りながらもほとんど無傷のままだ。


そこでいきなり、ドラゴンは体を震わせながら体を一回転させると体にまとわりつくように存在しているステージを完全に吹き飛ばした。


そこで、ようやくドラゴンの全貌が明らかになった。


黒ずんだ足に首、いや全身がその一色で包まれている。





「・・・・・・鎧龍。」


文字通り全身が鋼に包まれているドラゴン、鋼のような鱗、ではない、全身の表面が鉄で出来ているのだ。当然先程の魔法など毛ほども効いていない。


赫の眼がフェンを捉える。古龍特有のその眼は否応なく、いつか森で出会った龍と恐怖を思い出す。体の自由を恐怖が縛っていく。




・・・・・・諦め始めている自分がいることに気づいた。






「・・・・・・・あああああ!!」



フェンが今まで出したこともないほどの大声を上げ、魔力を練り上げる。



「・・・・・・・諦め、ない・・・!」


尤もらしい理由で恐怖から逃げようとした自分を心が許さなかった。慣れない大声で心を奮い立たせ、漏れ出す魔力を一箇所に凝縮して、巨大な氷の槍を精製する。




「────攻城氷槍バリスタ!!」




全長10メートル、直径も一メートルはあろうかという巨大な槍が鎧龍めがけてその大きさに似つかわしくないスピードで襲い掛かった。



それを、鎧龍も硬い鎧で包まれた尻尾で迎撃する。火花が散って力は拮抗し、ユキネの渾身の一撃は、尻尾を押しのけ鎧龍の胸のド真ん中に激突した。


鎧龍はたたらを踏み一、二歩後ずさる。




しかし、それだけだ。氷の槍は勢いを失い、踏み出された鎧龍の鉄の足に踏み潰された。


鎧には微かに傷がついているが、ダメージ自体はほとんどないだろう。


フェンを敵だと判断しなおしたのか、フェンに血の眼を再び向ける。




「くっ・・・・・・!」


一人では勝てない。そんなことは分かっている。だからフェンは待っていた。私が諦めなければきっと、来てくれる。来ないはずがない、そう確信して。


だから死ぬまで、いや死んでも




「・・・・・・・・・・・・諦めない・・・!」




"人生の秘訣は諦めないことだぜ?


────そう言ってくれたことをまだ覚えている。




ポン、と頭の上に手のひらの感触。




「・・・・・・手伝うか?」




鎧龍が現れてから、いや祭りの朝から、・・・・・・・違う、何日も前から待ち望んでいた声が耳に届いた。


「・・・・・・・・・よろしく。」


何の驚きも含まない声で即答する。それで十分だったから。





頭に付けた髪飾りが炎の光を受けて、綺麗に光っていた。







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