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ハイイロ ノ カナタ  作者: mild
第三部
281/281

とある星の話


「大体さぁ、お前あいつらの事、神聖視しすぎだから。そんな大した奴等じゃねぇよ」

「そ、そんな事は無いよ」

「いいや、大した事ないね」


ゆっくりと荒野を突っ切って街へ帰っている。

特に急ぐ必要もなかったので、適当に駄弁りながら歩いていた。星空と静かな荒野の間の夜を漂うようにゆっくりと歩く。


「考えても見ろ。フェンなんかあれ、コミュ障が過ぎてコネ無しじゃ就職なんてできないからね?」

「そ、そりゃ、フェンは寡黙だけど」

「あの蚊トンボと関西弁なんかお前、言及するまでもないだろ。嘆かわしい」

「……すぐそういう事言う」


口を尖らせるユキネを見ながら、後ろ歩きで進みながら講釈を垂れる。


「いいや、擁護も出来んぞ。紛れもないうんこ製造機だね」

「……シアは?」

「バッカお前。あいつが一番悪質だぞ? 悪気が無いのは分かってるけどね? あいつが手あたり次第に優しくするから前述二人が生まれた様なもんだからね? ウンコ製造機製造機だからね?」 

「ハ、ハルユキ。止めた方が……」

「うんこの源だからね?」

「──すみません。気を付けますね」


背後から聞こえた声にびくりと体を竦ませた。

振り向くと、シアが居た。もう一回顔を戻して、また振り返る。シアがいた。


「でも、その。私は良いんですけど、ハルユキさんの評判に繋がりますので、あまりそう言うことは言わない方が」

「ほ、本気のダメ出し勘弁してください」

「あと、できれば私にも直接正体を教えて欲しかった、です」

「ご、ごめんなさい」

「その状況で、うんこの源呼ばわりは、正直傷付きました……」

「ごめんなさい!」


事ここに置いて言葉はいらず。五体投地の姿勢にて謝意を計った。

それを狙いすましたかのように上空から飛来した何かが、ハルユキの後頭部にめり込んだ。鼻も地面にめり込む。


「おい、コラ……!」


後頭部を踏みつけたのは雪駄。

こちらのことなど一顧だにせず、ふわりとそいつは歩を進める。


「後で殺す」


そいつは、ぼそりとすれ違いざまに、殺意を一撫で。大きく三つ編み一本に纏められた黒髪が、風に揺られながら彼女に続く。


「さて」


そして、陰口がばれたハルユキ以上に顔を強張らせたユキネの前に立ち塞がる。


「レ──……」

「構えろ」


名前を呼ぶことすらさせなかった。

血の剣を構えてその切っ先をユキネに向ける。

一瞬だけ戸惑いを見せたユキネだったが、意を決したように剣を構える。


「っち」


苛つく様にレイは舌を打つ。


「え」


ユキネが呆けた声を出した。

驚いたからだ。

"気付かれないままに距離を詰め、ユキネの剣に手を添えた事にではない"。

"ハルユキですら一瞬見失ったほどの速さにではない"。


いつの間にか、解かれた三つ編みと、夜空に光る艶やかな髪。


「その、姿──っ」


なんの挙動もなかった。

黒い魔方陣が吹き抜けるようにユキネを通り抜けたのが辛うじて見えた。


ふとユキネは気付いた。

自らの手に握られた巨大化した白いクレイモアと、純白のドレスに刃の翼。何と言っても溢れそうな全能感は紛れもなく神を超えようとした彼女の力だ。

発動などしていない。

無理矢理呼び起こされたのだ。そんな事が可能なのかは定かではないが。


「さて、構えたな」


変色した彼女の髪。

夜を跳ねのけるように靡く"灰色の髪"は、そんな事があってもおかしくないと思わせる。



   ◆



仰向けに倒れ込んだ瞬間、ユキネを追い続けていた無数の武器が雨霰と降り注いだ。


「っは、はぁ……」


無数の武器の中には剣だけではなく槍や矛、槌や鉄球、ショーテル、レイピア、青龍刀や柳葉刀などもあり、以前と違って血色ではなく真っ黒だ。


「さて」


レイは警戒する事も無く倒れたユキネに近寄ると、どすりと顔の横の地面に手に持っていた剣を突き刺して──。


「ふぐっ」


どすり、と倒れ込んでいるユキネの上に座り込んだ。


「儂の勝ち」


灰色の髪は緩やかに明度を失って黒髪に戻っていく。


「そ、それは、ずるくないか……ッ」

「何が?」


涼しい顔で、何気なくレイはこちらを見下ろしている。


「その、レイ……」

「黙れ」


レイがユキネに手を伸ばす。何でもない仕草ではあったが、その目に確かな意思のようなものが感じられて、ユキネは思わず目を瞑る。


「復唱しろ」

「むぁっ」


目を開けると、頰を握られて顔を潰されていた。


「私は弱っている相手の不意をついた挙句、鬼の首をとったかのようにその非道を盾にして、本日まで散々それはもう調子をこいていました」

「え、え?」

「こき倒しました」

「い、いや……」

「復唱」


戸惑うことも許さんとばかりにレイは指に力を込めて頰を潰してくる。仕方ないので、レイの言葉を繰り返すと、少し指が緩んだ。


「本気を出したレイ様には全く敵わず、己の無力さを思い知りました」

「お、思い知りました」

「今後、一切無礼な態度を取らない事を誓います」

「ち、誓い、ます」

「これからはレイ様を……そうだな、親分と呼び、命令のままに手足の如く働きます」

「え、えぇ……」

「働きます」

「ひゃ、ひゃたらきまひゅ……」

「よし」


そこまで言うと、レイは手を離して立ち上がった。ひょい、とユキネの両脇を持って立ち上がらせる。

数秒、そのまま正面で向かい合った。鼻先三寸──とまではいかないが、レイの黒曜の瞳が中まで覗けそうなほどには近い。

やっぱり綺麗だなとか、身長は結局追い付けなかったなとか、そんな事を逃げるように思考していた。


──不意に、レイがユキネの頭をわしりと掴んで、引き寄せた。


「すまんかったの」


ほんの一瞬だけ、レイは自分の胸にユキネの頭を押し付けた。

ふい、とあっという間に離れて背を向けたレイの背中を見てから、ああ、極めて不器用に抱きしめられたのだ、と分かった。


「レ、レイ──」


呼び止めようとしたが、すかさず放たれたハルユキのドロップキックで数十メートルほど吹き飛んでしまったので、困惑する事しか出来なかった。


「ややこしなぁ、あの人等」


とてもじゃれ合いとは呼べないレベルの大格闘を繰り広げる二人を呆れ目で眺めながら、ジェミニが歩み寄ってくる。


「だから、わいからは一言か、二言だけ」

「……ジェミニ……っ」

「嬉しかった」

「え」

「ほら」


ぽん、とジェミニが山なりに放って来たそれを受け止める。

手のひらの上で、それは今まさに取っ組み合いのケンカをしているレイとハルユキの罵り合いが聞こえてくる。


「っき、聞いて……!?」

「誰が何と言おうと、大好きやで。ワイも。ユキネちゃんの事」

「っジェ、ジェミニは女の子ならみんな好きじゃないか……」

「えへへ」

「……ありがとう」

「うん。じゃ、流石にあの二人止めて来んと。この距離でも騒音苦情来るであれは」


ジェミニがそう言ってユキネの正面から体を退かすと、妙に背筋を伸ばしたシアがひょこりと顔を出した。

何事かを言おうとしたのかシアは口を開けたが、くー、と虫の鳴くような音に邪魔された。あ、とユキネはお腹を抑える。


「お腹空きました?」

「そ、そうだな。流石に」

「良かった」

「……シア」

「大丈夫ですよ」


微笑んで、シアは言った。


「私にとって、5人揃った皆さんは、いつだって無敵です」

「……うん」


ふと、気付いた。

シアの後ろ。背筋を伸ばして影を増やしているシアの背後に、シアの服をひっしと掴むもう一人がいる。


「じゃあ、私もジェミニさんの手伝いに、行きますね」


それはどちらに向けた言葉だったのかは分からない。ただ、ユキネは体を強張らせるばかりだったし、背中の向こうの少女も怯えるようにシアの手を握り直すばかりで──。

シアは道を譲るように、体を退けた。


フェンが目の前に現れる。

視線が合った。意を決したように見つめ合う。フェンは固く杖を握っていた。


唇を強く引き結んで、杖の先をこちらに向ける。

こちらも深く息を吐いて剣を構えた。


「────……」


そのまま、緊張感が高まって、無言の内に決闘が始まる──などという事は無かった。

フェンが俯いた。

雄々しく構えていた杖先も、萎びるようにゆっくりと下がっていく。


「……フェン?」


様子がおかしいと、顔を改めて覗き込んで、気付いた。

固く杖を握っていた理由も、目に強く力を入れてこちらを見上げていた理由も、唇を引き結んでいた理由も、戦いの意志などではない事に。


ぽろぽろと、それはもう大粒の涙が流れていた。


「私は、なんなの……」


焦るようにフェンは口を動かした。


「私は、ユキネに嫌わているんじゃって、思って、動けなくて、みっともなくハルユキに縋って」

「それなのに」

「いざとなったら、怖くなって」

「ハルユキが、ユキネに言葉をかける度に、何で、私はそう出来なかったんだろうって、思ったの」

「ノインに負けて、レイやハルユキみたいにケンカも出来ないし、話すのも、下手だし」

「シアみたいに、ユキネの世話も出来ないし。ジェミニみたいに、気も遣うのも下手で」

「自分もそうなくせに、ユキネが、人から嫌われるのが怖い事も、気付けないし……」

「ずっと、ずっと、ユキネが助けてくれた日から、いつか、助けてあげたいって、思ってたのに。2年もあったのに」

「ほんのちょっと」

「勇気が、あれば」

「優し、かったらぁ……」

「大人だったら、出来た、事なのに……。それ、なのにぃ……っ」


嗚咽交じりで、彼女にしては捲し立てるように、最後の辺りは鼻をすすりながら。


「結局、私だけ、何にも出来てなぃ……っ」


そう、最後に絞り出すと、徐々に崩れて始めていた表情を、更にくしゃくしゃに歪めて、挙句。

──わんわんと大声で泣き始めた。

大きく口を開けて、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、聞き取り辛い涙声を震わせながら、泣き喚く。


「ごめんなさい、ごめんなさぃいい……っ」


ユキネは、ひたすらに困惑した。最近は少し表情が柔らかくなってきたとはいえ、こんな大声で泣き喚くフェンを初めて見たという事もある。


「フェン。ち、違うんだ……っ、悪いのは……」


焦って、わたわたと手だけは動くが、何をどうしたらいいのか分からない。


「ごめ、ごめんなざいぃっ」

「わ、私っ。私が……。だからっ」


つん、と鼻の奥に痛みを感じた。顔をしかめたら、目尻の所が熱くなって。


「悪いのは、私、私だから……っ」

「うぁ、ああ、ああああん、ひっぐ、ごめ、なさ……」

「だ、だからぁ……!」


鼻をすすりあげたら、涙が零れた。


「──な、泣かないでよぉ……!」


つられた涙だ。だけど、大事な大事な親友が目の前で悲しんでいるのが悲しくて、ボロボロと大粒の涙は零れた。


「私が、私が悪いのにぃ……っ!」

「ごめんなさぃい……っ」


わんわんと恥も外聞もなく、二人の少女はその場でへたり込んで大声で泣き続けた。




   ◆




わんわんと泣き喚く声が聞こえて、レイと俺は同時に動きを止めて、お互いの顔を見合わせて、ため息を吐いて、声の元へ向かった。


まず、ぎゃん泣きしている二人を見て途方に暮れた。

そのまま、まともにしゃべれもしない二人の大泣きが止むのを10分ほど待っていたが、とても収まりそうになかった。

もう夜も更けた。いつまでもこうしてはいられない。

フェンとユキネを何とか立たせて、歩かせる。

ユキネはシアとジェミニが支え、レイと俺とでフェンを支えて、街に向かった。


しばらくすると、目を真っ赤にして鼻を啜りながらも、足取りがしっかりとしてきた。

1メートルほど先を行くユキネも、少しは落ち着いてきたようだった。


「小僧」


俺は耳が良い。レイもそうだ。

ケンカしながらも二人の会話は聞こえていた。

レイの声に視線を向けると、偉そうにフェンを顎で差した。

また蹴り飛ばしてやろうかと思うが、まあ、概ね言いたい事は同じのようだ。


「フェン」


未だぐずり続けるフェンの頭に手を置き、ぼそりと耳元に囁く。


「お前さ、俺らが、あいつと一緒に大泣きできると思うか?」

「え?」

「出来るのはお前だけだよ。絶対だ。それは、間違いない」

「ど、どういう……?」

「ええい、もういい。フェン、儂の方に耳を貸せ」


ぐい、とレイも俺の手ごとフェンの頭を掴んで、反対側に引き寄せる。

ぼそぼそと、何事かを告げると、フェンは少しだけ驚いて、しかし恐る恐るながらもこくりと頷いた。


少しだけ、フェンは早足でレイと俺を追い越していき、ユキネの横に並んで、その手を握った。

驚いたユキネがフェンの方を見て、繋がれた手を見て、またwわんわん泣き始めた。つられてフェンも泣き始めた。


「何だあいつら……」

「ま、確かに出来んの、儂らには……」


溜息を吐いて、ハルユキも少し足を速めた。前を行くジェミニに顔を寄せる。


「お前の昔の話。今からでも大丈夫か」

「あー……、だいぶ遅なったな。ワイは別に寝なくても大丈夫やけど。シアちゃん今何時?」

「えと、深夜1時20分です」

「長なるしなぁ。ま、ええわ。なら、道すがらに話そか。レイちゃん、こっちこっち」

「聞こえとるわ。そのまま話せ」

「こんなトコで、いいのか?」

「だいぶ昔の話やし。それに、別に誰に聞かれて困る話でもないし」


何げなくジェミニは視線を上げた。ああ、きっと星を見たのだろうと何となく思った。


「……ホントに、しょうもない話や」





   ◆






「──ジェミニ! 本出しっぱなしは止めてって言ったじゃない!」

「置いてるんだよ、それは。だからアクア、散らかしてるのはお前だ」

「本は本棚に置く物でしょう」

「そんな常識に縛られてるからお前の胸は膨らまないんだよ」

「小さくないし。仮に小さかったとしてもニーズには答えてるし」

「誰のだよ」

「ジェミニ。ここは共用スペースだ。本は片付けてくれ。アクア、確かに君は魅力的だ」

「きゃー、聞いた? 魅力的だって」

「……うるせえぞレオ。品行方正で成績優秀ならそんな偉い口叩けるってか?」

「絡むな絡むな」

「何か嫌な事でもあったか?」

「うっせ」


その場所はツルツルとした灰色の壁で、灯りの代わりになぜか天井の一部が光っていて、たくさんの本があって、あと、とにかく床に敷き詰められた絨毯がふわふわなのが好きだった。

自分の部屋と医務室と訓練場とこの部屋とを行ったり来たりするだけの毎日で──。


「皆、おはよー。よう眠れた? なんや職員寮は"空調"壊れてたみたいやけど!」

「おはよう、アル」

「おはぁ、レオは今日もかっちょええなぁ」

「ありがとう」

「アルはもうちょっと髪とか顔とか整えなさいよ。せっかく若くて美人なのに」

「アクアー! くぁわいいなぁ!」

「でしょー!」


レオとはフランクに言葉を交わし、アクアとは笑顔でハイタッチをする。

毎朝の事だ。特に感慨もなく開きっぱなしだった本のページを捲る。


「うぇーい!」


しかし、させてたまるかとばかりに、横合いからそいつは飛びついてくる。

毎日の事。咄嗟に頭を掴んでそれを遠ざける。


「ええい、止めろって言ってんだろう! 毎日毎日」

「だってぇ? ジェミニはぁ? こうでもせんと、構ってくれへんしぃ?」

「分かった、分かったから……」

「おはよ」

「……おはよう」

「冷たない? アクアー、ジェミニ冷たない?」

「変な喋り方だから分かり辛いんだよ」

「何言うてんの! いつも言うとるやろ? この言葉遣いはな──」


むん、と胸を張って、アルは言う。


「──笑って生きる事に魂賭けた、誇り高き一族の言葉なんやから!」

「はいはい」

「また言ってるー」

「私は好きだよ。親しみやすくて」


言いながら、アルは演説を始めて、アクアはそれを呆れながら聞いて、レオはジェミニが読んでいる本を覗きに来て。

決して普通ではなかったけど、そんな瞬間があったから。


──きっと、あいつは世界を敵に回す事になったのだ。






今回はとりあえずここまでです。


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